128:リュージの実力
現れたのは横幅5mくらいもある、オバケハマグリだった。
うっすら口を開けていて、そこがフックに噛み付いたんだと思う。
ロープを回収するとすぐにヴァイスが剣を抜き、弓矢は無駄だと思ったので杖を構えた。
ハマグリの周りは霧状になっており、どんな魔法が来るか身構えていた。
「ねえ、アキラ君。これって相手の魔法を待たないとダメなの?」
「そんなことはないと思いますが、魔法を撃った後にこちらに向かって来るんです」
「リュージ。そんなに焦ると、相手の実力が分からないぞ」
「じゃあ、ハンデとして受けとくか」
ハマグリは少し時間をかけて、振動しているように見える。
そして、霧状の魔法がハマグリの存在を徐々に薄くさせていった。
「これは姿を隠す魔法かな? それとも蜃気楼?」
「リュージ、蜃気楼ってどういうものだ?」
「ヴァイス、ザクスみたいな事聞くなよ。今戦闘中だぞ」
「ザクスみたいって言われると、悪いことしたって思うな。後であいつに説教しておこう」
なんか理不尽な会話をしている二人だけど、気を抜いている訳ではなさそうだ。
あれ程大きかったハマグリが、すっかり姿を消している。動いているか動いていないか、まるっきり分からない。
あの質量が体当たりしてきたら、人間なんてひとたまりもないだろう。
耳を澄まして次のアクションを確認しようとすると、リュージが軽く二回素振りをしていた。
真横に一回、真っ直ぐ一回。それは何気ない素振りにしか見えなかった。
「おつかれ、リュージ」
「まだまだ、なまってないみたいだね」
「え? ……え?」
よく分からなかったのでブレスを見たけれど、ブレスにも何が起きたのか分からなかったようで、首を左右に振っていた。
すると突如、池の一箇所でドゴーンというかザパーンというか、何とも形容し難い水しぶきが発生した。
時間差でハマグリが現れたかと思うと、貝の上皿の部分が消えていた。
それも少しすると、下側の貝まで真っ二つに切られ、第二波かと思うような振動と水しぶきが発生した。
いつの間にかリュージの手の中には、緑色のネットに入ったハマグリセットが抱えられていた。
「ヴァイスさんは、見えたんですか?」
「あぁ、どうやって倒したかは分かったよ。でも、あの攻撃を避けろと言われたら無理だな」
「リュージさん。その強さで、何でBランク止まりなんですか?」
「アキラ君、そこは……そっとしてあげて貰えるかな?」
「ヴァイス、慰めも辛いな……」
自分とブレスは何をしたか理解できなかったので、空気を変える為に改めて質問をした。
リュージが言うには、一撃目で無属性の魔力を撃ち、蝶番を破壊した後二撃目で真っ二つにしたそうだ。
二撃目の魔力で貝を壊す事無く切断した破壊力を考えると、一撃目で蝶番を壊さなくても倒せたんじゃないかと思う。
その事を指摘したら、ヴァイスと自分がもし接敵してしまった時の為に、弱点を分かりやすくした方が良いと思ったそうだ。
「アキラ君、クーラーボックス出して」
「はい。……あれ? リュージさんも持っていましたよね?」
「うん。分けられる物は分けるけど、魚介類はアキラ君の方が得意でしょ?」
「じゃあ、一回全部預かりますね。戻ったら料理は手伝います」
取り出したクーラーボックスは、一般的なサイズのものだ。
個人が片手で持てるもので、こんな一抱えもあるハマグリを入れたら大部分を占めてしまう。
しかし、そんなことはおきなかった。このクーラーボックスには大きさの拡張と保冷機能があるようで、中に入れるとハマグリを入れたネットが縮小したように見えた。
リュージからはサンプル件数を増やそうと言われ、中距離・遠距離を中心に再び釣りをしてモンスターと戦った。
その間、ブレスが何故か火の番をしてくれていた。
一匹目のハマグリでリュージはバーベキューセットを取り出し、簡易テーブルに色々並べ始めた。
ブレスはしきりにクーラーボックスを眺めていて、リュージは網を外してきれいな玉砂利を均等に並べて連鎖炎石を放り込んだ。
後は浜焼きの要領で少量のはまぐりを並べ、その間に釣り上げたモンスターの討伐となった。
ぱかっと開いたはまぐりに醤油をかける。ブレスが提供してくれた鯵の干物も、良い感じになっている。
サメが落としたフカヒレは調理が大変なので保管し、イカはイカソーメンにタコはタコ刺しになった。
タカアシガニは脚だけドロップして、これも少量だけ焼きガニとしてポン酢で頂くことにした。
リュージはいつの間にか小樽を出していて、キンキンに冷えたエールを自分以外の三人分注いでいる。
そして、釣りは小休止して宴会が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
GR農場に戻った三人は、共通認識として敵の強さを順番に確認していた。
あまりに簡単に倒すリュージをヴァイスが止め、三人で共闘するスタイルで後半は進めていた。
そして出した結論は、『近距離の魚介類で十分』で、戦うにしても問題ない強さだった。
「うん、大体これでいいね」
「リュージは、無駄な脱線が多いんだよな。まあ、危険が分かっただけ良いけど」
「ヴァイスだって、久しぶりに体が動かせて良かったでしょ? 気付いていないかもしれないけど、最近愚痴が多かったよ」
「そりゃあ、馬鹿な貴族が多くて嫌にもなるさ。家名が復活したから、俺の役目はもう終わりにしても良いんだけどな」
「領地が必要なら耕すよ」
「リュージが言うと、冗談に聞こえないから止めようぜ。後は弟達と考えるさ」
二人は軽口のように言ってはいるけれど、二人ともかなりの地位にいる。
前に『レンとザクスを貴族にする計画があった』という話のことを思い出し、GR農場とリュージの関係者は人材の宝庫であり、少し後押しすれば容易に貴族になれるんだと思った。もちろん、それには本人の努力があったのは想像に難くない。
それを思うと同級生がじゃれあっている姿は、滅多に見られるものではないと思う。
「リュージさん。あの約束しちゃって良いんですか?」
「うん、特には問題ないよ。バーベキューセットは一部の貴族でも持っているし、それが入るくらいの収納なら作れるから」
「まあ、収納はダンジョンでも見つかるからな。重量制の物や容量の物もあるし、タップの実家が作ったダンジョンの宝箱用の道具で、開錠率が上がってるって聞いてるぞ」
「口止めと正規のルートには通せないって事は念押ししたけどね。アキラ君、クーラーボックスも込みで配送をお願いできる?」
「はい、近いので大丈夫です」
ブレスの家は商家だけど、ほとんどの時間は釣りをしているようだ。
他にもポン酢に感銘を受け、調味料セットの発注や食べ方も教えて欲しいと言っていた。
代わりに釣り道具セットを用意してくれるようで、GR農場との秘密の業務提携が始まったようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
学院の終業式は、あっさりするほど早く終わる。後で聞いた話によると、終業式自体は特に参加をする必要はないようだ。
この一週間のうちに夏休みの課題を受け取り、休み明けに行われる試験範囲の確認をすれば良いらしい。
ただ、式典には多くの来賓が予定されているので、顔合わせを望む者は小さな伝手でも使って積極的にアピールをしていた。
この長期休暇は就職活動時期でもあり、まだ職に就いていない者はアルバイトや訓練をするらしい。
この学院から騎士を目指す者は少数でも、セルヴィスの弟子というブランドは存在する。
セルヴィスは忙しくしているようなので、GR農場へ行きリュージと一緒に家族を迎えに行った。
馬車で前回の訓練場に向かう。
メンバーは前回と一緒で、ライマードとロメロに侍女兼護衛のソアラとチリがいた。
伯爵家の双子はレイルドとミーアで、アーノルド家からはウォルフ・ミーシャ・ロロンに自分だ。
母親達とお婆さまはリュージと話をしていて、どこかに行ってしまった。
ローランドは各種式典に参加するようで、前回の騎士の皆さんはこちらのサポートについてくれた。
まずは鬼ごっこのようなランニングから始める。
二回目になると要領が分かったらしく、相変わらずタッチを妨害するソアラとチリをスクリーンにして、タッチをかわす手段を使いだした。これは卑怯でもなんでもないので、徐々に本気度を上げるのに最適だと思う。
今日はロメロがやる気を出している。ウォルフと相談して、先にドッチボールで楽しさの部分を味わおうということになった。
ちなみに訓練中の敬称はどう呼んでも良いことにした。
「ウォルフ、今日のチーム分けはどすうる?」
「そうだなぁ……。ソアラさん、チリさん何か希望はありますか?」
「私達はなるべく、ライマードさまとロメロさまと一緒が良いです」
「よし、じゃあ今回は騎士の皆さんにも協力してもらいましょう」
現在10名いて、ヘルツとマイクロと騎士が4名いる。
今回は外野も入れて、一回宣言すれば戻れる方式を取った。外野が内野を当てた場合は、戻れることになっている。
王家と侍女チームに騎士が四名入り、残りのメンバーでチームを組んだ。ヘルツとマイクロと自分が三方向で最初に外野に立つ。
きちんとルールを説明したのに、ジャンプボールを騎士に任せ、ライマードとロメロはライン際に陣取っていた。
騎士とウォルフのジャンプボールは僅差でウォルフが叩き、ロロンがボールを拾うと弓なりに正面の外野にいる自分に投げてきた。無防備なロメロが唖然としている……。可哀想なので、一回ボールの感触を確かめるために地面に弾ませ、左右にいるヘルツとマイクロにパス回しを始めた。寄せては引いていく波のように、人の群れがあちらからこちらに、こちらからあちらにやってくる。
その群れはお互いに小さくなっていき、今回はチーム王家の敗北で終わった。
次はシャッフルしてもう1戦すると、ロメロが入っているチームが初勝利を迎えた。
剣術の訓練の時間になっても、前回のような空気にはならなかった。
レイルドとミーアも体力がないなりに、一生懸命稽古についてくる。
ウォルフが前に立って指導をしている。これにはマイクロもヘルツも口出しすることもなく、暖かい目で見守ってくれていた。
考えてみるとセルヴィスに習ったという事は、同門で兄弟子という立場になる。
地道な稽古の途中で、リュージから呼び出しがかかった。
「リュージさん、このタイミング狙っていました?」
「アキラ君、本当にごめん。みんなが集まる、丁度良い機会だったんだよね」
いつの間にか母親達とお婆さまの集まりに、レンとレンの兄嫁であるアデリアも一緒にいた。
その部屋のテーブルには、化粧水やシャンプーリンス・石鹸などが並べられていて、違うテーブルにはミシンが何台か置かれていた。説明は既に終わっているようで、自分の役目はコンセントに挿して使えるようにする事だった。
タタタタタとミシンが軽快に動き出す。適当な布地で試してみると、後は勝手にやるらしい。
水分補給を侍女にお願いして、再び稽古に合流した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「以上で今日の稽古は終わりです。お疲れ様でした」
「「「「「ありがとうございました」」」」」
「はーい、みんな聞いてくれるかな? 今回、公爵家から遊びに来ないかって誘われています」
「「やったー」」
リュージの発表に、レイルドとミーアが喜んだ。
ミーシャとロロンは何がなんだか分からないようで、キョロキョロとレイシアを探していた。
ライマードとロメロは何かを我慢しているように、悔しそうな顔をしていた。
どんなに頑張っても、王都を少し移動するだけで、厳重な警戒態勢が敷かれる現状は理解していた。
「ライマードお兄ちゃん、ロメロくん。嬉しくないの?」
「ロロン、僕達は多分行けないから……」
「その辺は問題ないわよ。ねえ、リュージ」
「レン、もうちょっと見てようと思ったのに……」
今回の夏休み中に剣術の稽古の名目で、公爵領で過ごすことになった。
全員参加出来るとリュージから発表があると、今度は大きな歓声があがった。
日程は警備の関係でまだ不明となるが、いつでも出掛けられる準備だけはして欲しいようだ。
月曜は朝早くから公爵領へ旅立つ、みんなの期待に応えるためにね。




