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127:厳選食材

 あれもこれも手を出すと、時間がいくらあっても足りないのは当たり前の事だ。

土日のダンスに学院の講義、アーノルド領での剣術の修行に勉強と、これだけでも一週間の予定はかなりある。

予習に復習・ルームの整理・化粧品のアンケートの翻訳に、届いた商品の取扱説明書の翻訳等、雑務はかなりの物になる。

ただ、パソコンで打つだけの作業は操作の勉強にもなるし、その場ではガレリアやリュージがいる事が多い。

何気なく話した事がスムーズに進む事があるので、一概に無駄な時間としては過ごしてはいない。


 試供品のコメントを書いて、それに見合うだけの量を発注する。

レイシアが身内だけと配った範囲が思いの他広く、丁寧なコメントと業務用とも思える量を発注した為、直筆のお手紙まで添えられて商品が箱単位で届いてきた。それにはメーカーによる『一緒に使うと良い商品』というお勧めも入っており、アーノルド家の美貌に磨きがかかることになった。

まだ本格的な化粧品が入っていない状態で『この効果』なので、レイシア達が本気を出すのが恐ろしいと思う。


 ウォルフと一緒にやっている土日のバイトも無事に終わり、帰宅の際に最近のミーシャとロロンの話になった。

なんでもスチュアートから「次週の剣術訓練に二人とも参加したいなら、アキラ君に負担をかけちゃいけないよ」と言われたらしい。

ウォルフはその先にある公爵領でのキャンプの話も知っているので、ウォルフからも二人に協力を求めたようだ。

その他にも夏祭りに収穫祭と、移動を可能にする口実は、リュージを使わないといけなかった。


「ウォルフも忙しそうだけど大丈夫?」

「あぁ、アキラよりかはな。そうだ、Eランクになったぜ」

「早いね。自分の時は、薬草とか摘んで結構時間がかかったけど……」

「なんか、誰もやりたがらない依頼が多く残ってたんだ。何故か受付が『本当にやるんですか?』って聞いてきたけどな」


 知っているだけでも、溝掃除に屋根の補修。荷運びに新人冒険者パーティーでの薬草取りなどをしていた。

順当にポイントを稼いでいるウォルフだが、ある一定まで稼げれば害獣駆除やゴブリン退治が一気に上乗せされるはずだ。

そして、Dランクの戦闘技術の試験については、全然心配をしていない。

一緒にランクを上げる作業を手伝おうかと思っていたけれど、実力を計りながら進められる力をきちんと持っていた。


「アキラは遅くまで起きているようだけど、ちゃんと寝られてるのか?」

「うん、今は少し無理をしてでも頑張る時期だと思うんだ。休みに入ったら、ちゃんと休むよ」

「俺も頑張るから、今度実戦形式で戦おうぜ。もちろん、魔法も剣もありありでな」

「えー……。それって最近、さらに差が広がってない?」

「なんか、やればやっただけ力になっている気がするんだ。分かるかなぁ? 負ける気がしないって奴」

「少し分かるよ。どちらかというと、魔法寄りだけどね」


 毎日家族と食事をしているけれど、やっぱりウォルフは良い兄だと思う。

真似をしようとコツを聞いてはみるが、本人は無意識にやっているから分からないと言っていた。

その後、小さい声で「……されると思う」と言っていたけれど、よく聞こえなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 今週で学院が休みに入る予定だ。金曜日の午前に終業式があり、その後にコンサートが開かれると聞いている。

その日は午後に稽古の予定があるので、興味はあるけど参加することは出来ない。

多くの協会関係者と治療目的の人、他には支援目的の者から仕事依頼の者まで来ると聞いていた。

同じ特待生として食堂で話す事もあり、順調な学院生活を送っているのが嬉しく思う。


 もう少し先の話なので、今日も魔法関係の講義を受けることにする。

最近また、コロナと一緒に講義を受けるようになっていた。

コロナはアンジェラと一緒にいる事が多くなると思っていたらそうでもなく、どんな魔法技術でも貪欲に学ぼうとしている。

特に午後のGR農場での作業が面白いようで、少しずつ火属性にバリエーションを加えているようだ。


「なあ、リュージ。アキラも付与魔法の適正があるんじゃないか?」

「エントさんもそう思います?」

「リュージと一緒で器用そうだからな。それより、ガレリア先生が教えているオルトさんを見てみろよ」

「この短期間に、基礎の一つを覚えてますよね」

「あぁ。夏祭り用に魔道ランプを作って欲しいと言われていてな。ガレリア先生の教え方が上手いのか、お嬢ちゃんまでサポートをすれば付与が出来るようになっているな」

「エントさん。あれって違う光だって気がついてますよね」

「本当に優秀な奴は困るぜ。お嬢ちゃんが作った物は、協会に高値で売らないとな」


 リュージが片手間にやっている作業も、こちらは繊細な魔力操作をしている。

樽への付与は規定数量をとっくに超えているのに、数が減っているようには思えない。

念の為確認してみると、今回出店する屋台で欲しいと言われている物と、各所で給水する為に追加発注がきたようだ。

どんな作業でもきちんと帳簿につけているようなので、木工設備の支払い用にアルバイトは出来る限り頑張るつもりだった。


「エントさん、付与魔法ってそんなに簡単なんですか?」

「魔法の部門別習得速度で考えれば簡単だ。ただ、バリエーションまで含めると、四大属性と変わらないと俺は思っている」

「アキラ君。それはエントさんも、ガレリアさまに教わったから言える言葉だと思うよ」

「やっぱりそうですよね。この魔法の受付時間から、能力を埋め込む量と強さなんて繊細ですから」

「この理論もガレリア先生が確立したんだ。やっぱり、本物の知恵者や魔法使いにはかなわねぇな」


 付与魔法で最初に使えるようになるのは、大抵二通りに分かれるらしい。前進/後退か光/熱だった。

どちらもエネルギーに方向性を与えるもので、オルトが覚えたのは後者の光の部分だった。

これほど早く才能が開花するのは稀らしく、リュージは瞑想の魔法を使った人の名前を全員聞いてきた。

今週いっぱいは、途中リュージが抜けることもあるが、こんな感じで過ごすことになった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 明日には学院も終業式になる。

旅に出る準備も徐々に進めていて、月曜日はGR農場で準備する馬に乗って公爵領へ旅立つ予定だ。

そして、何故かヘルツが旅の同行者として名乗り出たようだ。これには街道の視察の名目があるらしい。

お昼に食堂にやってきたリュージと、午後の予定でこっそり話すことになった。


「アキラ君、いろいろ頼んで申し訳ないけど、一度隣国のダンジョンを見てみたいんだよね」

「リュージさん、もしかして魚介の件ですか?」

「うん、せっかくクーラーボックスに付与も出来たしね。これでモンスターが強いんじゃ、送り出せないからね」

「二人で行くんですか?」

「どうしようかな? ヴァイスに話すだけ話して、ダメだったら二人で行こう」


 午後に待ち合わせ場所に行ったら、革鎧を着たヴァイスとローブ姿のリュージがいた。

自分の立ち位置が微妙だけど、革鎧に弓と矢筒を用意して腰には杖を刺していた。

ヴァイスはこの特区の管理者として指示を出す立場なのに、ニコニコ顔のリュージと比べて憮然としていた。


「なあ、リュージ。タップから話は聞いただろう? 新人を出さなきゃ、万が一も起きない場所だぞ」

「ヴァイス、視察は大事だよ。もし、各地にゲートを開ける場所があって、大人数を送り込めたらどうする?」

「それが可能なのは、今のところアキラ君だけだろ。大人が唆してどうするんだ?」

「あ……、あの。ちゃんとその辺は理解して、自重はしようと思います」

「うん、リュージよりかは安心している。でも、リュージとか他の偉い人に頼まれたら断りにくいだろ?」


 ふと、リュージの方を見ると、目をさりげなく逸らされる。

ローランドからの依頼でヘルツをアーノルド領に送ったのも、ある意味『偉い人に頼まれる』と言っても過言ではないだろう。

ただ、魔法を使う使わないの決定権は自分にあると言われているので、今まで嫌々使った記憶はなかった。

ヴァイスにきちんとその事を伝えると、納得したのか「急ぐぞ」と、誰も来ない部屋でゲートの魔法を唱えた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 隣国のダンジョンで、ゲートで行ける場所は、10層で一つ確認されている。

音楽化のランドールの弟子であるシリルの耳の病を治す為、低層で色々試しながら色々なアイテムを探していたのは、もう半年以上も前になる。ゲートを開いた先は人がいないようなので、先導して八層の池を目指した。

特にモンスターと遭遇することもなく池に到着すると、槍を足元に置いた30代くらいの茶髪の男性が釣りをしていた。


「ブレスさん、お久しぶりです」

「お、アキラ君、こんにちは」

「GR農場のリュージです」

「ヴァイスです」

「おぉ、もしかして醤油の?」


 前回の冒険で、ブレスにここでの釣りについて教えてもらった。今日も変わらずここで釣りをしていた。

隣国でも海は遠いので、釣りをするなら遠くの川に行くしかないそうだ。

毎日のようにここで釣りをしているようで、たまに来る冒険者に釣りを啓蒙しているらしい。


「いやぁ、リュージさん。会いたかったです」

「そんなに醤油が気に入りましたか?」

「えぇ。どうしてあんなに、魚料理を不味く作っていたのか悔やまれます。本当に……」

「あ、ブレスさん。引いていますよ」


 この池では近距離・中距離・長距離で釣れるものが変わるようだ。

ブレスは釣竿を固定出来るようにしてあり、多少話をして目を離しても大丈夫にしてあるようだ。

一言断ると、リールを豪快に巻き始めた。

ここでのモンスターはギリギリまで引きあげると、針をはずして釣り人を獲物として認める。

今回浮かび上がったのは、ここではメジャーなアジだった。


 ブレスは落ち着いて槍に持ち替え、宙空に浮いている中型犬くらいの鯵に集中した。

ブレスは戦闘中なので、以前説明された事をリュージ達に伝える。

ここで釣れた魚介類は大抵宙に浮き、最初に水属性魔法を放つ。

今回は鯵の顔の少し前に、水の球が二個浮いていて、それがレーザー光線のように同時にブレスに向けて撃ち出された。

ブレスは難なく避けて、すれ違いざまにエラに槍を一撃突き刺して仕留めていた。


「おい、アキラ。これが普通なのか?」

「ここは低層なんで、いくら戦ってもお金にはならないって聞いています」

「どうですか? 魚釣りって面白そうだと思いません?」

「おおぉ、戦利品は鯵の干物が10枚連なって2セットドロップですか」


 リュージとブレスが世間話モードで話している間に、ヴァイスが先程の質問を確認してきた。

あまりに簡単に倒しているようだけど、ブレスの冒険者としての腕前はヴァイスから見ても凄いらしい。

ちなみにヴァイスにソロで倒せるか聞いてみたら、最初の水の魔法がどれくらいの威力か分からないが、多分問題なく倒せると言っていた。騎士の訓練を受けた者は、どうしても回避より盾での防御に頼る傾向があるようだ。

水の属性魔法が一種類ではない為、最初は近距離にいる魚で慣れる必要があると言っていた。


 ここでの注意点は、遠距離での釣りにある。

特にこの池の主と言われるようなモンスターが何種類もいて、特に危険なのはサメや、タコ・イカなどの頭足類のものだ。

その他にも、池の周りには貝のモンスターがいて、これは外殻が硬くて倒すのが大変だった。

ふと、ウォルフがいたら、最初の水属性魔法を無力化出来るので、かなり相性が良いと思った。

ランクが上がりスチュアートの許可が出たら、ここで修行をするのも良いと思う。


「まあ、考えていても進まないから。アキラ君、ここで一番強そうなのを見ておこう」

「え……。ヴァイスさん、良いんですか?」

「なっ? 俺が止めるのも分かるだろ? それも計算に入れて俺を誘っている訳だから性質が悪いよな」

「ヴァイス、後で上手いものをご馳走するよ」


 いきなりの大物狙い宣言に、ブレスは驚いていた。

自分としては鯵の干物で十分なのだが、リュージとしては安全性の確認もしたいそうだ。

その確認作業が安全ではないだけで……。でも、こちらの身の安全は二人が保障してくれるとまで言ってくれたので、前回の大型用の仕掛けを用意し、アンカーを埋め込みグルグル回して遠投の要領で遠くに投げ込んだ。

すると、その釣り方に池の主が怒ったのか、すぐに食いついてきた。


「リュージ、即効で沈めるからな」

「うん、ヴァイス。アキラ君の事はお願いね」


 リュージはいつの間にか大鎌を取り出しており、ヴァイスは剣をまだ腰に収めたまま、盾だけを持ってロープを自分の前で引いてくれている。ブレスも槍を持って、いつでもサポート出来る位置にいて、こちらの様子を見守ってくれていた。

地引網のように、かなり腰を入れて引いている姿は、もはや釣りとは思えない。

そして十分くらい格闘した末、ようやくモンスターが姿を現したのだった。


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