126:こんふゅーじょん
オルトから届けられたサンプルは、直ちにブルーローズへ届けられた。
何故かみんな忙しいと持っていくのを拒否したので、ユーシスが名乗りでたのだが、男性が一人で行くと妻に誤解されてしまうと食堂で相談したところ、トルテも一緒に行くことになった。
トルテは視察としてブルーローズに行くことがあり、特に偏見というものは持っていない。
そもそも女性がついてお酒が飲めて、お話をするだけの店なので疚しいことは何もないのだ。
GR農場の馬車で、二人はブルーローズに向かう。
正門で執事に迎えられ、サンプルを渡し「履き心地を確認してください」と伝えると、何故か中に通された。
トルテは慣れたもので、商談用の応接室に通されると、静かに執事を待った。
ガレリアからは、「本日の業務は終わりでいいから」と、二人は支度金を預かっていた。
ただ、GR農場は商談でお金を取らないし、ブルーローズでの商談もお金が発生することはない。
きれいな女性が、ドレス姿でワゴンを押して来る。
そこには食前酒と、前菜の盛り合わせが彩りよく並んでいた。
そして、少し遅れてノックがあり、執事と調理人のゼンがやってきた。
「トルテさま、ユーシスさま。本日はお越しいただきまして、ありがとうございます」
「後で連絡を頂ければ良かったのですが……」
「ゼンが折角ですので、どうしてもと言うもので……。あり合わせのもので申し訳ございません」
このレベルがあり合わせなら、本格的に用意した物はどのレベルになるのだろうと思う。
トルテの料理は多くの料理人に広まっているが、そこから磨き上げていくのが一流の料理人だ。
ブルーローズでは女性に食べてもらう事が多い為、『可愛く・小さく・美味しく』がコンセプトになる。
トルテは視察の度に刺激を受ける。味を追求し大人数に対応する食事を作る場合、盛り付けは普通のレベルになってしまうのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ユアちゃん、大変」
「どうしたんですか?」
「GR農場からのお客さまよ。これを届けてくれたの」
「そうですか。あの、それで……」
「もう、いいから早くこれを着て。ミィちゃんが『一番に仕上げて』って言ってた物なんだから。真っ先に見せてあげたい人でしょ」
「でも、そろそろお店が始りますので……」
「みんな、協力して! さあ、真っ先に仕上げるわよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ゼンさん、いつ見ても見事です」
「トルテさんに、そう言って貰えると嬉しいです」
「お二人とも、遠慮なさらずにどうぞ」
「「では、いただきます」」
執事がドレスの女性に合図をすると、女性は退出していった。
今回の目的はサンプルを渡すことで、試食はトルテにとっては副次的な業務の一環だ。
ゼンの料理には全幅の信頼を寄せているらしく、トルテからは批判的なコメントは出なかった。
執事とユーシスは、静かに二人の料理人を見守っていた。
ゼンが会話の主導権を握り、これから来る季節やイベントについて相談をする。
ワインバーとは客層が違う為、この店では極度に辛いものや油っこいものは好まれない。
料理の会話は二人の共通点なので、取り留めのない話でも、いくらでも続ける事ができた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「トルテさんは、まだ帰っていませんか?」
「ユアさん。ゼンさんが引き伸ばしてくれているので、しばらくは大丈夫そうです」
「落ち着いて、私がきっちり仕上げてあげる」
「はい、お願いします」
衣装の着付けが終わり、今は化粧とヘアメイクの順番だ。
ユアはキャストが持っている物と比べて、安物の髪留めを胸元にしっかり握りしめている。
ヘアメイクは、その髪留めに篭った想いをきちんと理解していた。
喩え、トルテがGR農場の女性に言われて、義理で買った物だとしても。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
男性四人で、色気のない話をしている。
酒とツマミがあっても、あくまでお店と協力会社での商品開発のような感じだ。
そこでは決して酔うこともなければ、羽目を外した話をする訳ではない。
そんな応接室にノックが聞こえた。
やってきたのはユアだった。
紺地の浴衣には、ワンポイントで紫陽花が咲いていた。
髪にはトルテから贈られた髪留めがあり、キャストのように派手に盛ることはなく、大人の女性を上手く演出している。そして、本日の目的であった女性用の下駄が、純和風美人をかもし出していた。
「いらっしゃいませ。ユーシスさま、トルテさま」
「キレイだ……」
「えぇ、見事ですね」
深々とお辞儀をしたユアは、なかなか頭を上げる事が出来なかった。
トルテが「キレイ」と言ってくれたのだ……、嬉しくてニマニマしてしまう。
そして着付けやメイクを優先してくれた、スタッフとキャストに感謝の念が絶えなかった。
しかし、瞬時に気持ちを落ち着けると、上体を元に戻し席に着いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ブルーローズの客席では、久しぶりに男性だけの同窓会が開かれていた。
リュージ・ヴァイス・ザクス・タップで、今日はタップの冒険を労うのが目的だった。
男性一人にキャストが一人つき、タップにはブルーローズのナンバーワンがついていた。
既婚者三名には、あまり慣れていないキャストと衣装さんがついていた。
「まさか、私が呼ばれるなんて思わなかったわ」
「それだけ、この三名が恐妻家ってことさ」
「へぇぇ、レンを目の前にしても、それを言えるのかなぁ?」
「ザクス。こういう場では、余所の女性のことを言うのはタブーだぞ」
「まあまあ、ザクスもタップも。とりあえず、何時もみんなに仕事を振って申し訳ない。今日は飲もう」
「リュージ、程々にだぞ。こういう所ではザクスじゃなくて、俺が言われるんだからな」
GR農場ではユーシスとトルテを送り出した後、普通にリュージ達がブルーローズへ向かった。
一人でも女性が同席すると話し辛いだろうと、ナディアとレンが計画したことだった。
ユーシスが預かったお金は既に支払われており、急な予約でも問題なく入れたのは、偏に信頼関係によるところが大きい。
それだけトルテとユアを結び付けたい人が多く、二人が多くの者に慕われている証拠でもあった。
八名が好きな飲み物を頼み、乾杯をするとパーティーのように果物と料理を並べてもらう。
新人キャストは「こんなに料理を頼んでいる人、見たことないです」と驚き、衣装さんは普段口にすることがない為、リュージが「トルテさんとゼンさんの仕事の視察だよ。覆面ガイドみたいだけどね」と、みんなには通じない用語で感想を欲しいと頼んだ。
「私、正直お酒弱いんですけど、この梅酒大好きなんです」
「その色だと、ほとんど水だよね? 果物の味は残ってる?」
「はい、なんか『しあわせぇ~』って感じになれるんです。内緒ですけど、後で梅を食べるのも好きで」
「あぁ。あれって結構酒精が強い部分になるんじゃないかな? 大丈夫?」
「ほわわわーんって、なるんですよね」
「あぁ、もう酔いが回ってるのね」
今日のナンバーワンは大変だった。普段はサポートしてくれるはずのキャストも、新人が二人に裏方が一人だ。
黒服が気を使ってよく来てくれたので、ナンバーワンはタップに集中して、リュージ達三人は仕事半分練習半分として楽しんだ。
「そうそう、リュージさん。あの衣装、本当に素晴らしかったです」
「ええ、裏でユアさんを見たんですが、本当に可愛かったなぁ」
「あの衣装を、みんな着られるんですね」
「それは是非見てみたいなぁ。なっザクス」
「ああ。でも、リュージ。生地は見せてもらったけど、あれって人を選ばないか?」
「まずは、着ている姿を見ないとだよ。ヴァイスの所は興味ない?」
「うちのは身長が高いから、似合うかどうかは難しいな」
「あら、ヴァイスさんの奥さんって、マインちゃんのお友達でしょ? 絶対に似合うと思うわ」
裏方である衣装さんは、かなりの人と交流がある。
服のスペシャリストなだけではなく、どうしたら輝けるかのアドバイスもするし、オーダーメイドでの作成も受けていた。
それを可能にする専門店でもあるし、トータルコーディネートをする為に、協力会社も数多く存在していた。
「それで、どうでしょうか? 今からでも間に合いますか?」
「勿論よ、リュージさん。あそこまで詳細な設計図を準備してもらったら、出来ない方がどうかしているわ」
「設計者には報酬を出して買い取りましたので、一元化出来そうです」
「それは助かるわ。多分、うちが支払わないといけなくなるでしょうけど」
大至急、ユアの分を仕上げた事で、浴衣一式の美しさと完成図が見えたようだ。
今日はいないミィや、タップの相手をしているナンバーワンの人はこだわりがあるようで、染付けや刺繍など多くの作業を必要とする。まずは王家の納品分と、生地メインのアーノルド家の納品が早く仕上がる予定だった。
作業は順調のようで、アーノルド家の分は金曜日にセルヴィス家に納品される予定だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トルテはあまりに美しさに見惚れてしまい、かける言葉を失っていた。
そんな時、何故かリュージに言われた、「料理人が『何かを食べさせたい』と思った異性に出会ったなら、それはもう恋なんじゃないかな? 勿論、両者が独身ならだけどね」という言葉を思い出した。
トルテは正直良い年だ。世間で言えばおっさんの部類に入り、色恋とは遠ざかった生活をしていた。
十年を総括して見ても決してつまらない人生ではなく、むしろ仕事を中心に充実した生活を送っていたと自負している。
数々の美しい女性を見たのも確かだ。特に貴族家は美形が多く、平民としての暮らしでも王族から一般市民まで、多くの縁を結びたいという話も聞いていた。しかし、GR農場ではそれ自体は珍しい事ではなかった。
過去に何回かお見合い大会が開かれた事もあるが、トルテは喜んで裏方で料理を作りまくっていた。
幸せな瞬間には、その時にあった色・音・味・香りが記憶として残る。それはトルテにとっても幸せな事だ。
トルテは正直混乱していた。だから、この場から一人減り二人減ろうが、気付く事が出来なかった。
ユアがお酒を注ぐ、それをトルテが飲む。仕事中なら、いくらお酒を飲んでも正気を保つ事が出来る。
では、何故胸がドキドキするのだろうか……。長いこと忘れていた感覚に、トルテは混乱していた。
「あの、トルテさん」
「は、はい!」
「来月の話ですが、お休みを頂きまして」
「は、はい!」
「お祭りの日は忙しいですよね?」
「は、は……。いえ、大丈夫です。もし……、よろしければ一緒に祭りを見学しませんか?」
「はい!!」
この世界では、誰もが魔法を使える。
誰もが魔力を持つので、後はその魔力に気がつくかどうかと、きっかけが魔法を使えるかどうかの分岐点になる。
全ての条件が揃った場合、気持ちが言葉に乗り、相手に届くことになる。
決してレジストされない魔法、それが『恋の魔法』だった。




