123:顛末
タップ・アンジェラ・グレファス・シーン・コロナは馬車に乗り込むと、依頼の場所である男爵領へ急いだ。
公爵さまからの依頼のようで、リュージからは「嫌な予感がするから、油断しないように」とタップは言われていた。
あれ程冒険に向かなかったリュージからの言葉が、真実味を持たせるのは多くを見てきたからだと思う。
餞別に貸し出し用の収納を得たタップは、移動中に身軽になれるよう各自の荷物をまとめていた。
「うっわー、のどかだなー」
「まあ、この国では普通の場所だな。アンジェラさん、コロナ疲れていないか?」
「タップさん。何でそこに私の名前をいれてくれないの? こう見えてもレディーよ」
「シーン、お前が一番元気そうだからだよ」
「こちらは大丈夫そうです。被害にあった方が心配ですので、急ぎましょう」
馬車はまっすぐ冒険者ギルドに到着する。
今回の御者はこのメンバーをサポートしてくれるので、全員が別室で説明を受けている間に宿の手配をしていた。
タップが先頭でギルドマスターに案内されると、詳しい説明を聞くことになった。
「我らギルドが、不甲斐なくて申し訳ない」
「いえ、今回は公爵さまからの依頼ですので。多分、事の重大さを考えてのことでしょう」
「それで、被害者の方は大丈夫なのでしょうか?」
「えぇ、不思議な事に死者はおりません」
ギルドマスターからの報告では、今回探索に当たったのは二つの冒険者パーティーだった。
この冒険者達は犯人に遭遇することなく、街の警備の手伝いにシフトしていた。
犯行は段々街の中心部から離れていき、今は森の方へと逃げているようだと言っていた。
いずれも被害者は中肉中背の女性で、髪の長さと色がほぼ同じということくらいしか共通点はなかった。
夕方から夜にかけてその者は現れ、背後から女性をつけて歩き、肩から背にかけて傷を与えていた。
その傷の数は五本。ただ被害者からの証言では、獣ではなく人型の背丈で、片側の腕が歪に盛り上がっていたらしい。
「熊とかなら、そんな鋭く浅い傷はつけないわね」
「人の背丈で、そんな化け物は聞いた事ないぞ。しいて言うならライカンスロープ……動物憑きだな。後はガーゴイルとか、デーモン関係ならそういうのもあるだろう。ただ、この王国では報告されていないはずだ」
「森に向かっているって分かっているなら、なんでそちらを探さないんだ?」
「今警備に当たっている者は、まだ冒険者になりたての者なんだ。領内としては、森から遠くに逃げて欲しいというのが本音なんだろうな」
衛兵や冒険者からの報告では、現場には足跡が残っていたようだ。
それはきちんと履物を履いていて、デーモンや野生の獣説があっさり消える事になった。
ライカンスロープと言えば、ワーウルフ等が有名だが、例えばワーウルフなら狼に変身する部位が個体によりマチマチになる。
しかし、もしワーウルフなら爪で攻撃するよりも、噛み付く者の方が多いだろうという結論になった。
冒険者がいくら初級者だとしても、それなりに訓練を積んでいる者だ。
足跡の状態からすると、犯人は突発的に行動する犯罪の初心者のようだと証言があった。
たまたま手に持っていた刃物で、相手が暴れた為に傷をつけてしまったというような、何とも矛盾した説明だった。
「刃物を持っている時点で、犯罪者じゃないか?」という意識はみんなあったが、考えてみると冒険者なら当たり前の事だ。
「そこで俺達の出番か。犯人が逃げないうちに、さっさと捕まえようぜ」
「グレファスは変わらないな。それで、作戦はあるのか?」
「それは、これだけ女性がい……」
「うん、その後は?」
「シーン、俺何かまずいこと言いそうになったのか?」
「もう、ほぼ言ってるね。じゃあ、タップさん、作戦はそれで行きましょう」
コロナはアンジェラを見る。アンジェラは安心させるように、コロナの肩に手を置いた。
今からゆっくりでも森へ向かえば、夕方には間に合うくらいの時間だった。
「相手は、呪われた武器を持っている可能性もあるな」と言ったタップは、誰よりも冒険者として経験があった。
傷の特徴からすると、熊手のような武器の可能性もある。あくまで犯人を見つけないと、正解にはたどり着けないのは確かだ。
タップは苦笑しながら、ギルドマスターにこの近くに洋服を買える場所を紹介して貰う。
そして、言いだしっぺが責任を取るように、中肉中背の少しがっしりしたワンピース姿のグレファスが誕生した。「よくお似合いです」と含み笑いをしていた店員が、カツラまで用意してくれたので、メンバーからは「カワイイ」を連呼されることになった。
森に到着した一行は、グレファスに買い物カゴを持たせて、不自然に色々なところを往復するように指示した。
残りのメンバーは幌から外の様子を交代で見ることにした。タップだけは外に出て、叢をうまく利用して隠れている。
「まぁ、困ったわ。早くしないと暗くなってしまう」
「おい、グレファス。喋ったらばれるだろう」
「そんな事言ったって……」
男二人が、小声で怒鳴るという難しい技を使っていた。
森のほど近い所で、街へ移動しようとしたらそこそこの時間がかかる場所。そんな微妙な場所で囮捜査をすることになった。
グレファスは鎧を脱いでいるが、ワンピースに短剣を忍ばせていて、格闘術だけでもその辺の男性には負ける気がしなかった。
「アンジェラさん、あんな囮でも釣れるもんですね」
「シーンさん、後ろは任せてください。コロナさん、もし、よくない種類の魔物の時はお願いね」
「はい、お願いします。コロナ、十分離れていてね」
「……分かりました」
挙動不審で、がっしりしたワンピース姿のグレファス。
「急がないと大変だわ」と小声で演技をしているようだが、それはコメディーにしか見えなかった。
それぞれが武器を構える。馬車からグレファスへの距離はそこそこに遠い。
「……ュなのか?」
「……」
「なあ、俺の話を聞いてく……」
まもなく日も沈む頃、女装したグレファスに後ろから話しかけた者は、右手でグレファスの肩を叩こうとして躊躇し、左手で叩こうとした瞬間、振り向いたグレファスに左腕を極められ、地面に倒されていた。
「なんだこいつ?」
「おい、グレファス。油断してないで離れろ!」
「え? えー」
あっさり倒された男性は、明らかに戦闘の素人だ。
しかし、咄嗟に地面に倒して腕を極めて、通常の人だったら動かせる可動域は少ない。
せいぜい、相手の体に手で触れ、離してくれと合図をするくらいしかできないはずだ。
タップの声にあっさり腕を離し転がった瞬間、ありえない角度でもう片方の腕が降り注いできた。
むき出しの土の地面に、ドリルのような黒い塊が突き刺さる。それは、先程までグレファスがいた場所だった。
「な、なんだよ。お前達」
「俺達は冒険者だよ。何で来たか、分かってんだろ?」
「あ……あぁ。だが、俺のせいじゃない。この手が勝手に」
「それは盗賊の言い訳……ではないみたいね。あなたのその手は何?」
中肉中背のこの男性は、一回倒された事によってほぼ満身創痍だった。
疲れきって憔悴した顔、ただその右腕は異様なほどに盛り上がり、甲虫のように黒光り鱗状の形が見てとれた。
そして、手の先がドリルの形だと思ったものは、指の先から伸びた爪の集合体だった。
自然に広がった手は、犯行を裏付ける爪がしっかり存在感を示していた。
「よく分からねぇよ。変なおっさんに何かされて、気がつくとこの場所だ」
「一応言っとくが死者は出ていないぞ。投降するなら助けてやれるが。ところでお前さん、名前は何ていうんだ?」
「ゲッペイだ」
「あ?」
「ゲッペイっていう名前だ。もう、こんなのはたくさんだ。投降するから助けてくれ」
ゲッペイは膝をつき、左手を縄で縛ってもらうように手首を曲げて差し出した。
タップは短剣を腰に仕舞い、グレファスに盾と剣を渡す。続けて捕縛用のロープを取り出した。
シーンは警戒を緩めず、トライデントを杖にしながらゲッペイを見ていた。
「タップさん、何でタワーシールド出すんだ?」
「緊張の糸を緩めるな、グレファス」
「そうそう、いつもの悪い癖よ」
「そんな事はしてねぇよ。ゲッペイ、いざ」
「投降している相手に、恫喝してどうするのです?」
いつの間にかアンジェラが出てきて、そのすぐ後ろにはコロナがいた。
ハンドサインの指示の通り、ゲッペイと一定距離を取っており、きちんとグレファスを間に挟む位置にいた。
「私は協会のアンジェラです。きちんと謝罪をするならば、あなたの罪はそう重くはならないでしょう」
「あ、あぁ。俺はこう見えても貴族家の者だ。きっと勘当されるだろうが、大人しくする」
「そこまで覚悟をしているなら、俺からも口添えをしよう。では、動くなよ」
「早くやってくれ」
タップのハンドサインは『油断するな』『一定の距離を取れ』を示している。
武器を仕舞ったタップがロープを持っており、グレファスがアンジェラとコロナを守るように少し距離を取り、不測の事態の為シーンがトライデントを構えている。そして、両手首を縛ろうとした瞬間、ゲッペイの意思に反して右手がタップの首に向かった。
シーンのトライデントが、ゲッペイの爪を跳ね上げる。
「ち、違うんだ。これは」
「安心しろ、想定内だ」
「落ち着くのです。それはあなたの腕であって、あなたの腕ではありません」
「コロナ!」
右腕に引きずられるように、ゲッペイが立ち上がる。
左手で右腕を押さえようとしているが、右腕はタップを威嚇するように長い爪を見せつけていた。
獲物は逃がさないという現れだろうか? 掌の中央に薄っすら真横に線が引かれ、上下に分かれると瞳が発生した。
コロナが詠唱を始める。それは女神さまへの祈りを捧げるものだった。
ゲッペイという足枷をものともせず、ターゲットにしていたタップへ爪が伸びる。
タップは声をかけながら、シーンが割り込める位置をきちんとあけていた。
そして、ゲッペイへの信頼を勝ち取る為か、武器を抜くことはしなかった。
「少しくらいの痛みは我慢しろよ」
「早くしてくれ! 腕がちぎれそうだ」
ゲッペイの右腕は目標をコロナに変えている。その前にはアンジェラとグレファスが立ちはだかっていた。
ミチミチミチと嫌な音がしている。腕に導かれるようにゲッペイもグレファスの前に立ったが、爪はタワーシールドに阻まれてコロナにはたどり着けない。そして、コロナの詠唱が完了した。
「闇に震える貴方に温もりを! ホーリーフレイム」
「そのまま撃ち出すのです」
「はい、アンジェラ先生」
小さく青白い火種が、ゲッペイに撃ち出される。
振りほどくように、その内の一つを弾いたゲッペイの右腕に、青白い炎が燃え広がった。
すると、ゲッペイの体で嫌な音を立てていた部分の振動が止まる。右腕の黒い部分は、肘と肩の丁度中央辺りまで達していた。
ゲッペイは苦しんでいた。それは右腕の化け物の部分がダメージを受けているようで、その痛覚が本人に作用しているからだ。
青白い炎は、ゲッペイ自身を何一つ焼いていなかった。
苦しみながら、目の前にいるグレファスをゆっくりと攻撃しようとする。
その腕をシーンは打ち下ろすように地面に縫いつけた。
瞬時にグレファスは剣でゲッペイの腕を切断した。それは黒い部分を完全に切り落とすギリギリの場所だった。
アンジェラが癒しの魔法でゲッペイの腕の止血をする。ゲッペイは腕の痛みに蹲っていて、タップはポーションをかけて包帯を巻きつけた。
残った腕が煙をあげて焼け焦げていく。全てが終わると最後には、黒い宝石が残っていた。




