122:嬉しい報告
時間が空いた時には、農場で樽への付与をすることにしている。
ただ、リュージが一緒にいないと出来ないので、オルトがいる木工作業場で色々教えて貰っていた。
現在、『さくら院』の作業スペースは仕上げに取り掛かっているので、生産は一時休止中らしい。
オルトは分厚い木材を削りながら、軽さと形を確かめていた。
「オルトさん、一本作ってみました」
「うん……、まあ、最初にしては……」
「やっぱり、歪ですよね」
「私としては、なるべく協力してあげたいけれど……。正直言うと、お勧め出来ないんだよね」
オルトは杖の職人としては、まだまだ勉強中らしい。
それは「いくら姿形を似せようとしても、父親の仕上げた失敗作にも届いていないからだ」と言っていた。
ただ、オルトには原因も分かっているらしく、樽への付与の時にリュージに許可を得て、付与の様子を見ていた。
そんな事が続けば、ガレリアも付与の際にやってくる。ガレリアと同年代だったオルトの父も、ガレリアの手解きで法衣男爵にまでなった技術を得たので、付与魔法に親子で興味を持ったのは、何か通じるものがあったのかもしれない。
「ガレリアさま。お邪魔してしまい、申し訳ありません」
「いや、それはいいんだ。それにしても、二人の作業を見ていてもつまらないだろう?」
「いえ、親父もこうして学んでいたと思うと、いつまで経っても修行に終わりはないなぁと」
「その後、何か問題はあったかな?」
「妻子共々、恙無く過ごせています」
「ところで、オスローが学んだことに興味はないか?」
「父が得た技術には興味があります。ただ……」
「アキラ君に期待している……って訳でもなさそうだね」
「はい。いずれ、アキラ君も諦めてくれるでしょうから。そうなった時、親父の事を忘れてしまいそうで」
「オスローに付与魔術を教えたのは私だが、彼は独力で技術を身につけたよ。学んだ事に対して、何を身につけるかは自分次第だ。まだ時間は取れるのだろう? 基礎だけでも学んでみないか?」
「でも、今無駄にできるお金は……」
「それは、時間が空いた時に、アキラ君に木工を教えてくれれば良いさ。これはオスローに対する供養でもあるからな」
リュージとの付与作業は順調に進んでいた。
クーラーボックスもミシンも購入出来たようで、クーラーボックスへの付与は最優先で行われた。
費用はリュージ払いで一つは自分が貰い、残りはリュージが受け取ったようだ。
今度、隣国のダンジョンに下見に行った後、リュージが支援している冒険者に持たせて、魚介類の仕入れに行かせるらしい。
そういえば、付与の作業をしている時は、オルトがよく見に来るようになっていた。
ガレリアも来るようになり、オルトとガレリアがこちらの作業を見ながら何かを話していた。
リュージに一回だけ、「オルトさんに、メディテーションの魔法を使ってくれないか?」と言われたので、五分くらい瞑想を一緒にした。まさか、リュージからこの魔法のリクエストが来るとは思わなかったので、何か実験的な事かなと少し考えてしまった。
「そういえば、アキラ君」
「はい、何でしょうか?」
「やっとソバット診療所から連絡が来たんだよ。急なんだけど、明日時間取れるかな?」
「えぇ、勉強に関しては両親から一任されていますので」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
水曜日の午前は、リュージと二人で『ソバット診療所』に向かった。
夏休みに向けてみんな忙しくしており、ミーシャもロロンも男爵領で新しい仲間と楽しく過ごしているようだ。
今日のウォルフは溝さらいをすると言って、意気込んで汚れても良い格好で向かった。
薬草採取もやったようだけど、体を動かす方が『気が楽』だと、誰も受けたがらない依頼を受けたらしい。
その領内のトップの息子が溝さらいに来るなんて、依頼を出した人が気の毒だと少し思った。
今日の『ソバット診療所』は休診日らしい。
農場のナディアから日曜の収穫の話を聞いており、常連さん達が意外に元気だと言っていた。
ツイストは『さくら院』の立ち上げで忙しくしているので、今日はソバットと婦長がいるらしい。
薬師は休める時に休まないといけないので、今日はいない予定と聞いている。
「リュージさん、自分は何をしたら良いですか?」
「うん、アキラ君には別の視点で、気付いたことを教えて欲しいんだ」
「別の視点?」
「そう、後はサプライズゲストってところかな?」
玄関には休診となっていたが、リュージが迷わずドアを開けると、少人数ながら常連さんがお茶をしていた。
その中にはソバット院長と婦長もいて、何故かアンルートとカエラと侍女までいた。
「カエラさんに、アンルートさん!」
「やあ、アキラ君。いらっしゃい」
「何でここにいるんですか? 後……、大丈夫なんですか?」
「えぇ、きちんと代官には話を通しています。後、主治医はソバット先生ですから」
「リュージ君。後、アキラ君と言ったかな? そんな所に立ってないで座った座った」
何故か、リュージがおでこに手を当てていた。
サプライズと言っていたリュージが驚いたのは、アンルートとカエラにではなく、先代会のグレイヴにだった。
まさか、サプライズと言った本人が逆ドッキリにかかるとは……ところで、自分にとってグレイヴはこの人誰だろうって感じだった。
リュージからの紹介で、『GR農場のナディアの祖父』だと教えて貰ったが、よくよく聞いてみると王都を中心とした大商会の先代会頭だった。常連のおばちゃんも、お重のような箱に山盛りで一品料理を持ってきていて、それが少なく見ても三個あった。
「グレイヴさん、こんな所で何をしているんですか?」
「あぁ、今日辺り来るかなと張っていたんだよ。ここは俺達の憩いの場だったのに、大々的になっちまったからな」
「それは、セルヴィスさんからも話があったでしょう?」
「もちろん会合で話し合ったさ。パーシモンの奴も大忙しで良いことだが、『さくら院』にも期待する事が大きいからな」
「ここまで話が大きくなったのは、アキラ君が関わっているんですよね」
突然話を振られたので、改めてグレイヴに頭を下げる。
常連さんと婦長さんに『芋の煮付け』を勧められ、少し談笑をすることとなった。
ソバット院長からは「師匠まで来てくれるとは、大変ありがたい」とリュージとグレイヴに報告があった。
「でも、困ったわね……」
「婦長さん、やっぱりツイスト先生ですか?」
「えぇ。あの先生は寄り添うリハビリから、マッサージまで担当していたから」
「こちらに補充はないんですか?」
「なくはないけど、素人が来てもね……」
リュージと婦長のやりとりで、あまり『ソバット診療所』に協会が力を入れていないのは分かった。
古い施設と新しい施設の、どちらに力を入れるかと言われれば言うまでもない。
「あくまで提案ですが、スラムの子供達を雇うのはどうでしょう?」
「ふむ、わし等は構わないぞ」
「グレイヴさんが言うなら、私も異論はない」
「ただ、大丈夫なのかね?」
「はい、そこはGR農場からきちんと選んで送り出します。うちで真面目に働く子も多いんですが、どうしても距離的な問題と年齢の関係で来られない子もいるんですよね。スラムから来る子は、働く意欲が有り余る子と、無い子の差が激しいので大丈夫です」
リュージの説明でグレイヴが承認すると、ソバットも婦長も問題がないようだった。
常連さんも見た目さえ良ければ、真面目な子だったら問題ないらしい。
リュージはGR農場からの出向だと分かるように、作業着かエプロンを作るので、その辺は大丈夫だと太鼓判を押した。
王都内では相変わらずスラムを危険視する貴族も多いが、少しずつ社会貢献と働く意欲を見せている世代もいるので、王家と高位貴族家は取り立てて問題にはしていなかったようだ。
「さてと、折角リュージさんとアキラ君が来てくれた事だし、やる事をやって後顧の憂いを絶つとしようか」
「「はい、お願いします」」
「じゃあ、関係者は診察室に来てくれ。婦長はグレイヴさんのお相手を」
「はい、院長」
院長が診察室に行くと、アンルートが入りカエラの車椅子を侍女が押して入った。
その後をリュージと自分が一緒に入っていく。
カエラが自分の足で立ち上がりベッドに腰掛けると、そのまま仰向けに寝そべった。
「アキラ君、今日はもう一度メディカルサーチをする予定だ。この間と同じように手伝ってくれるかな?」
「はい、大丈夫です。そういえば、三日は寝込むと言っていましたが、あの後何かありましたか?」
「いや、長めの休憩は取ったが、特に問題はなかったよ」
「ソバット先生、私も手伝います」
「おおぉ、リュージさんの名前は伺っています。神聖魔法が多ければ多い程良いみたいなのでお願いします」
ソバット院長・リュージ・自分が杖を取り出すと、真っ先にリュージの魔法が展開された。
相変わらず予備動作も詠唱もないので、何をしたか一瞬迷うが、室内に清浄な空気が満たされていく。
まるで光の粒子が見えるような神聖な空気に、そこにいるだけで癒されているような感じがする。
自分はカエラにメディテーションをかけ、目を瞑ったカエラは穏やかに寝ているようにも見えた。
ソバット院長はメディカルサーチと唱え、杖の先をカエラのおでこに軽く当てた。
弱い光がおでこに残り、その魔力の動きは、水面に何かが落ちた時の波紋のようだった。
再び集中すると、今度は喉元・鳩尾・両肘・両膝と魔力を残していく。
「へぇぇ、まるで水の属性魔法のようだね」
「私は感知しか出来ませんので、この魔力の波動は分かりますか?」
「ええ、見事です。アキラ君はどうかな?」
「自分は癒しの方の神聖魔法を覚えたので、改めて水の属性魔法と言われても……」
「多分、固定観念なんだろうね。聖光も癒しも女神さまからの授かり物だし、水の精霊さまは女神さまに仕えているからね」
ソバット院長の魔法の光は弱かったが、広がる波紋は段違いだった。
多分、リュージが使った、室内を浄化する神聖魔法のせいかもしれない。
そして、波紋がきれいに同心円状に広がっていく。それは、歪みのないきれいな広がり方だった。
「先生、どうでしょうか?」
「うん、アンルート君。一言で言えば完治だね。後は日常生活を続けていく事をお勧めするよ」
「ありがとうございます。先生、ありがとうございます」
「ソバット先生。もし、この魔法が使えたら、誰が使っても良いでしょうか?」
「リュージさん。女神さまからの贈り物は、誰の物でもありません。どうぞ、世の中の役に立ててください」
アンルートの揺さぶりに、浅い眠りだったのか、カエラが起き上がる。
改めて主治医から完治の宣言があったので、カエラはソバット院長にお礼を言って、リュージにお願いをした。
それは、車椅子の返却だった。数年に渡り苦しめられたかもしれないが、自分の足になってくれた車椅子。
しかし、もうこの呪縛から解き放たれる時が来たのだ。
「これは、ナーゲル男爵家に贈られた物ですよ」
「うちの父は、十分に利益を得たと思います。でも、これがあれば活動範囲が広がる人もいるでしょう」
「リュージさん、どうします?」
「うーん、正直困ったな……。あの活動で利益を受けていない貴族家もあるけど、受けた利益を返されるってのは初めてだから」
「じゃあ、いっそ。『さくら院』にナーゲル男爵家から寄贈という形を取ったらどうでしょうか?」
「アンルートさん、カエラさん。アキラ君がこう言っていますが?」
「「はい、お願いします」」
リュージの仲介により、『さくら院』への車椅子の寄贈が正式に決まった。
使用権だけではなく複製の許可でもあり、ナーゲル男爵家は全ての権利を正式に手放した。
それは会戦派との決別という要素もあったようだが、今その団体は全体的になりを潜めている。
王家への報告と挨拶回りが済んだアンルートとカエラは、この診察をもって自領へ帰ったようだ。
次に会うのは、アーノルド男爵領の収穫祭の時期になる。
思ったよりきな臭い話や深刻な状態にないと分かったので、スチュアートに嬉しい報告をしようと思った。




