121:特別授業
久しぶりの学院での勉強は新鮮だ。
在学期間一年にも満たないのに、結構な頻度で休んでいる気がする。
そして、来週末にはもう夏休みに入ってしまう時期になっていた。
11歳という年齢を考えれば、そろそろ将来を見据えて動き出す頃だ。
12歳から奉公に出る者もいるようで、技術を持って働くには、早ければ早い方が良いとされているらしい。
無償の特待生枠なので剣に魔法に知識にと、生存確率を高める事が出来る今のポジションは最高のようだ。
今日の講義は、特別な先生を招くらしい。
付与魔術を得意とする職人のエントで、確か『聖別の儀』でも関わった人物だった。
今回の教室はグループ実習のように、4~6名が座れるテーブル席が4つあり、何故か講師陣も何箇所かに分かれて座っている。
セルヴィスまで座っているところを見ると、かなり高名で特別な講義が聴けると期待できた。
「おーっし、今日の講義は俺みたいな、『おちこぼれ』の為の講義だ。優等生は聞かなくていいぞ」
「えっ……」
「掴みは良い感じだな。まあ、今日は昼寝回と思って、ゆっくり見ていてくれ」
軽い自虐ネタから始まった講義は、とても珍しいものだった。
魔法と言えば大抵は、『神聖魔法』か『属性魔法』が大半を占める。
存在自体は確認されているが、魔法とは一部の者にしか扱いきれるものではないようで、冒険者の学園にある魔法科に在籍しても、最後まで魔法を使えない者はいるらしい。
一般的に魔力が少ない者や、魔力を形として放出出来ない者は、『身体強化魔法』や『付与魔法』の可能性が残されていた。
アンルートは身体強化系で素早さを上げ、戦闘に生かしていた。
しかし、もし攻撃魔法が使えるなら、相手に近付く必要がないので危険は少ない。
エントは攻撃魔法のバリエーションは、サリアル先生に聞いてくれと説明をはぶいていた。
「さあ、ここで質問だ。ここに立方体の木材がある。みんな、見えるか? 大体握り拳二つ分だと思ってくれ」
「せんせー、見えませーん」
「恥ずかしがって後ろの席を取るからそうなるんだ。本当に見たければ近くに来い」
隣の生徒と小突きあって、おずおずと前に出る生徒。
そして立ち見になるとみんなが見えなくなる為、みんながエントの周りに集まった。
「いいか? この木材を俺はここからここまで動かしたい。さあ、みんなどうする?」
「簡単じゃね? こう持ち上げてここに置けば良いんだからな」
「あぁ、そうだな。じゃあ、やってみてくれ」
自慢気に言った生徒が、木材を持ち上げようとすると、机にへばりついたように動かない。
一生懸命持ち上げようとすると、机が動きそうになるので、エントはそれを制して木材を持ち上げてみんなに見せ、再び元の位置に戻した。その動きはまるでマジシャンが客席を煽っているようで、何人かが笑っているのが見て取れた。
「あぁ、言い忘れていたよ。これはとても重いぞ。そして、机上での距離は近いが、全力疾走出来るくらいの距離だと思ってくれ」
「そんなん、後付で言うなよ。じゃあ、人数揃えて押してやるよ」
「お、いい所に目をつけたな。だが、残念ながら地面は凸凹だ。嵌ったら最後、前にも後ろにもいけないぞ」
「おっさん、いい加減にしろよ……」
「コホン、少し言葉が過ぎるな。魔法使いなら冷静な目で見るべきだぞ」
セルヴィスが冗談めかして咳払いをいれた。
でも、明らかにエントはその生徒を煽っていたし、解決方法に茶々を入れるのは問題だ。
「エント先生、先に条件を教えてください。これは、どういうシチュエーションでしょうか?」
「聞かれた事には答えるぜ、優等生のアキラ君」
「う……」
「こら、エント。真面目に講義をしなさい」
「わぁったよ、サリアル。そう怒るな」
ここは街道を少しだけ外れた森の中、盗賊に追い立てられて馬車の荷物は取られてしまった。
馬は盗賊に盗られてしまい、不幸中の幸いか怪我人は出なかった。
馬車は窪みに嵌っていて、とても動かせる状態ではない。ただ、これを放って街道で誰かを待つのも、何時になるか分からない。
ベストは街道近くまで馬車を移動して、そこで助けを求めつつ休息をとる事だった。
「まぁ、こんな感じかな。木材を右から左に運ぶでもいいが、臨場感が出るだろう?」
「先生、その時の時間は?」
「あぁ、昼を食べて少し経った頃だな。暗くなってくれば人通りもなくなり、狼くらいは出てくるかもな」
これは考える講義だ。正解を導き出すのが目的ではなく、どれだけ多くの手段を考えるかだと思う。
質問をしたら、力自慢の男性二人と非力な二人の計4名での活動のようだ。
「持ち上げるのは無理そうですね」
「あぁ、巨人でもいるなら別だがな」
持ち上げて木材を見せた後、元の位置に戻すエント。
その後、生徒が指で突いたらビクともしなかった。
「普通に考えたら力自慢の二人を前方に置いて引かせるか、後方に二人置いて押しますね」
「正攻法で来たか。動かないとは言ったが、少しは動く気配はありそうだぞ」
「そう言えば、窪みって四輪全部が嵌っている訳ではないですよね?」
「あぁ、左前方の一箇所だけだな」
何か見落としがあるはずだ。
結構喋りすぎた自分に、サリアル先生が「これ以上質問しないように」みたいな視線で制してきた。
車輪があってこれだけの人数がいるなら、釣鐘を指一本だけで揺らす理論のように、前後に揺さぶって勢いをつけて脱出する。
しかし、「……あぁ、魔法の講義だったんだ」と、ふと思い出した。
「エント、その大きさの木材が、どうして動かせたり動かせなくなったりするのです?」
「サリアル先生は優しいねぇ。おいおい、睨むなよ。それはそこの生徒に聞いてみれば分かるだろ?」
「え、あ……重くなっているから?」
「いや、馬車だとすれば元から重いだろ? ということは?」
「軽く……なっている?」
「みんな忘れているかもしれないが、これは魔法の講義だぞ」
ただの木材を引き摺ると、摩擦による問題がある。
車輪があるなら、走り出せば距離は問題にはならない。
エントはもう一台、荷車に四輪ついた木材を出してきた。
「魔法を使って良いなら、窪みに土を盛ればいいんじゃねーの?」
「その窪みに嵌っているのよ。見えない対象に魔法を使うのは大変なのよ」
「ゴーレムを作って、引かせればいいんじゃないか?」
「あなたにそれが出来るのかしら?」
「いいぞ。そういう風に何が出来るのか考えるのが魔法使いの仕事だ」
「先生、限界です」
「随分諦めるのが早いな。正解を思いついた奴も、何名かいるみたいだが……」
「馬車がひとりでに走るわけじゃないし、こんな重いの不可能だわ」
「お、面白い意見が出たな」
「重い……軽くすればいいのか」
何個かそれっぽい答えが出た所で、シンキングタイムが終了となった。
エントは「動かせた者は全員正解だ」と言い、色々見せてくれた。
動かなかった木材が軽くなって、生徒は恐る恐る浮かしながら目的地まで動かした。
ひとりでに走ると言った生徒には、車輪のついた木材の後方を軽く押すとゆっくり走り出した。
窪みを埋めると言った生徒には実演は出来なかったが、力持ちがぎりぎり押して窪みの部分を目視出来たなら、埋める事も出来るだろうと断言した。
「良いか? 物事を諦めるのは簡単だ。俺だって今じゃ教える側だが、かの有名なガレリア先生が教える劣等性だったんだ」
「ふふっ」
「こら、サリアル。お前はそもそも騎士科だったし、魔法で言えば劣等性だっただろう?」
「「「「「えぇぇぇ」」」」」
「こいつは努力の人だからな。一般人なら真似しようと思うなよ」
エントは付与魔術師であり職人だ。
それは魔法のみで芽が出なかったので、仕方なく努力した結果だと言っていた。
一人の考えでは限界があるし、どのような手段をとっても望んだ答えが出たなら正解だ。
それは優等生である魔法使いになるほど、自分の得意分野以外は出来なくなる盲点のようなものらしい。
自由な発想には未来がある。
職人には職人の、魔法使いには魔法使いの、冒険者には冒険者のギルドがある。
同じ片手剣に盾を持った戦士だけを集めるなら、騎士さまに任せておけ。
そんな事を言ってニカッと笑ったエントは、サリアルに怒られていた。
最後に木で作った鳥の置物と、稼動部分が何箇所かある鳥の模型を出してきた。
『何故、鳥が飛ぶのか?』『どうやって飛ぶのか?』『人が飛ぶ為にはどうすれば良いか?』
そんなことを問いかけて話し合い、グループとして発表した。
二コマを連続した講義は、盛況のまま終わりとなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
3限目は予定を変更して、グループディスカッションとなった。
テーマは『四大属性魔法の可能性』で、それぞれの属性であって属性でない物を想像する講義だった。
引き続き講師陣の多くが残ったが、メインの講師がエントからサリアルに代わり、今いる生徒で使える属性で土と水が多かったので、そちらを中心に話し合うことにした。
「まずは攻撃魔法だな」
「普通に考えるなら、武器や天候の形よね」
「土をたくさん降らしたらアローだけど、水をたくさん降らしたらレインだな」
「レインというか、そのまま雨じゃない」
「水魔法は攻撃に向かないよな」
「ねえ、隣の班で水魔法は攻撃に向かないって言っているわ」
「そんなことないよ。水は形を変えやすいんだから、鋭い刃物にすれば切れるし、圧縮して撃てば貫けるよ」
「お、もうそんな魔法が使えるのか? さすが優等生だな」
「止めてください、エント先生」
エントは先生と言われるのがこそばゆいらしく、先生は止めるようにと言われた。
どうやら自分のことはガレリアとリュージから聞いているようで、樽への魔力付与を手伝っている事も知っていた。
「確かリュージさんが、魔力で生み出した水には、植物にも良い影響を与えるって言っていました」
「リュージさんって、GR農場だよな。ワァダ先生も農場出身だったはずだよ」
「お、呼んだか? この班は水の話題が多いようだな」
「あ、ワァダ先生。結局、水の属性って何なんでしょうか?」
「おいおい、今日はそれを話し合う講義だぞ。正解かどうかは考えなくていいからな」
水の属性の精霊であるユキは、氷の関係の魔法を教えてくれた。
リュージとサラは、水の属性魔法で癒しの魔法を覚えている。
サラは水属性の支援魔法を覚えていたし、熱さを和らげる魔法も扱うことが出来た。
「やっぱり、サラさんは天才なのかな?」と、ディスカッション中に考えてしまった。
「ワァダ先生、水の属性が冷たさも司るなら、土の属性魔法は温かさも関係ありそうですよね?」
「お、面白い意見だな」
「輻射熱というか、陽の暖かさを溜め込むと思うんです」
「ほう、そうなると、土でも冷たさは再現できないかな?」
固体を司る土の属性は、硬さも関係があるようだ。
ところが、細かい魔力操作を得意とするサリアルは、編み込むような『土の壁』を作ることが出来た。
ワァダはリュージのアースウォールの魔法を知っているが、魔力量と壁の厚さは誰も真似ができない程だと言っていた。
サリアルの『土の壁』の魔法は、硬さの他に柔らかさも兼ね揃えている。
想像力とは創造力だ。最後に各班で発表があり、ワァダは興味深く全てを記録に残した。




