120:芋掘り
「張っていて良かったわ」
「えぇ、レンさん。まさか、エプロン姿で行こうとするとは思いませんでした」
「ナディア、準備は出来ている?」
「はい。ユーシス、トルテさんの確保を!」
「え、えぇ?」
日曜日の早朝は、トルテの確保から始まった。
リュージのとりなしにより、ユアを市場に案内する役目を受けたトルテだが、市場を回るにはそれなりの格好が似合うはずだ。
農場での生活ではきちんと掃除洗濯はされているので、エプロン姿でもトルテの良さは損なわれない。
だから朝の捕り物劇は、レンとナディアの暴走に近い。ユーシスは新しい服と、ザクス作成の香水を用意していた。
トルテは服装を受け入れたが、香りの強いものを身に着けるのは料理人としてどうかと思い、手首に数滴だけで勘弁してもらった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ユアちゃん、ダメじゃない」
「え……、そんなにダメですか?」
「だって、今日はデートでしょ? ドレスはいいの? 髪も盛るわよ」
「今日は……、多分お仕事です。だから、これでも十分背伸びをしているんです」
「ユアちゃんの素材がいいのは分かっているわ。……じゃあ、この髪留めだけでもしていって」
「ありがとうございます」
ブルーローズの化粧室は、早朝にも関わらず多くのキャストが残っていた。
裏方として、キャストが気持ち良く仕事が出来るようにしていたユアが、今日は主役になる日なのだ。
表舞台に立てばトップ3以内に確実に入るユアだが、かなり熱心に誘わなければ接客をすることはない。
女性が集まれば派閥が出来たり、噂話をしたりもするだろう。しかし、ユアの悪口を言うような者は、ここにはいなかった。
「うん、今日も可愛い」
「ありがとうございます。おかしく……ないですか?」
「うん、大丈夫。思わず押し倒しちゃいたいくらいに可愛いわ」
「「ユアさん、頑張って!」」
「だーかーら、今日はお仕事なの。じゃあ、行ってきます」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よいしょー、よいしょー」
「ばあちゃん、こんな大きいの取れた!」
「私の方が大きいよ。ねえ、みてみて」
「うんうん。どちらも大きいよ」
早めに集まった『ソバット診療所』の常連さん達は、孫達を連れて芋掘りに勤しんでいた。
婦長さんも今日はオフらしく、総勢50名くらいの団体は手押し車を押して、カラコロカラコロと農場にやってきたのだ。
レンの畑での収穫物は、たまに団体を招いて振舞われる事がある。
今回はザクスとトルテの競作によるカレーと、今植えているジャガイモのタイミングがあった為、定番の芋掘りになったのだ。
腰が悪い者が多い『ソバット診療所』の常連は、子供を連れてくるより孫達と触れ合いたい者が多い。
自然と孫達の収穫体験教室のようになり、はしゃぐ孫達の姿を微笑ましく眺めていた。
「ナディアちゃん、大きくなったわね」
「おばちゃん! 最近見ないと思ったら、腰を痛めていたの?」
「それもそうだけど、そろそろ楽をさせて貰おうと思ってね。グレイヴには世話になったわ」
「お爺ちゃんも、孫を可愛がるくらいが良いのにね。今は曾孫に夢中で困るわ」
「あら、そういえば隣にいるのは、ナディアちゃんのいいひと?」
「ユーシスです、妻がお世話になっております」
今日のユーシス達の役目は、子供達がこの場を離れてしまわないかの確認だった。
普段は見学の手伝いをすることがない、調理班のブリュレも芋掘りを手伝っていた。
子供達がはしゃぐ中収穫も終わり、農場からはカゴに入ったジャガイモがオープンサロンに運ばれた。
貴族などを招く事があるこの場所でも、きちんとした理由と予約さえ出来れば使用することが出来る。
外で泥を落としお行儀良く座っている孫達の前に、さっき収穫されたジャガイモ料理が並んだ。
ポテトサラダ・ポテトフライに、ゴロゴロ大きめにカットしたジャガイモのカレーライス。
もちろん農場産のサラダやスープ、レモン水なども用意されており、女神さまへのお祈りで食事が始まった。
「おばあちゃん、美味しいね」
「あら、このカレーとかいうの。思ったより食べやすいわ」
「それはですね。ザクス博士とトルテさんとで……」
「ブリュレさん、良いんですよ。そういうのは」
「本当に、ジャガイモがこんなに美味しくなるなんてね」
「レン博士に感謝しかないわぁ」
「そんな……。みんなに美味しく食べて欲しいから、いろんな人に手伝って貰ったんです。みんな、美味しい?」
「「「「「うん、おーいしー!」」」」」
部屋に隅には、まだまだジャガイモがカゴで積まれている。
食事が終わると、普通なら三々五々解散を予定していたが、ナディアの知人から「家族にも何か作ってやりたいねぇ」と話があがった。この大きな部屋は隣接する場所に調理場があり、今日は調理場の責任者の代理でブリュレも来ていた。
「ブリュレさん、どうでしょうか?」
「えぇ、ナディアさん。食材も調味料もありますし、子供達に危険がければ大丈夫です」
「よし、じゃあ私が子供達の面倒をみよう。みんなー、ご飯も食べたし、少し休憩したら冒険に行かないかい?」
「なになにー? 冒険ならいくー」
「ナディア、こちらは任せて。ブリュレさん、二時間くらい農場を探検したら戻ってきます」
ユーシスが休憩後に、子供達を連れて農場の見学に出発した。
少し多めの職員を配置し、見学に出たユーシスと子供達。
へたな社会科見学より見るものが多く、小さな山を登るくらいの見学コースがある。
残ったレン・ナディア・ブリュレは、お婆ちゃん達の料理を手伝うことになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「キッド君、調子はどうだい?」
「あ、リュージさん、こんにちは」
「こんにちは、リュージさん」
「うん、ボウイ君も元気そうだね」
お昼を少し過ぎた頃、ダンスホールにリュージが現れた。レイルドとミーアは、お昼に長めの休憩時間を取る。
踊りに慣れている二人でも、長時間のレッスンをするのに体力が不足しているようだ。
自分とウォルフは歩きで家まで帰ったので、少しは体力がついてきたと思う。
リュージに一週間付いて行動したが、今週は学院で勉強をする予定だった。
翌週の金曜には学院が休みに入るので、今のうちに魔法を頑張らなくてはいけない。
「今日来たのはね、休み前にライマードとロメロに稽古つけてやって貰えないかなって」
「ウォルフ、どう?」
「うん、大丈夫だと思う」
「さっきローラにも話したんだけど、金曜の午後なら大丈夫かな? 良ければ王家には連絡しておくよ」
「「はい、お願いします」」
今回もレイルドとミーアは参加するようで、ミーシャとロロンは両親の許可次第のようだ。
それはリュージから相談するので問題はない、ただ別件の方が問題だった。
どうやら公爵さまから夏休みに、「王家と伯爵家とアーノルド家に遊びに来ないか?」と打診を受けたようだ。
ただ、王家が移動するとかなりの大事になる。そこで、ゲートの魔法を使う事は出来ないかというお願いにリュージが来たらしい。
「そうなると、先に自分がいかないとまずいですね」
「どこにでも行ける魔法なんてないからね」
「あれは安定していますか?」
「うん、オルトさんが来て作業しているよ。農場でも、開いている部屋は多いからね」
『オスローの杖』を出てから考えていたことがあって、リュージに相談をしていた。
それはルームで木工作業場を作って備品を設置した後、オルトにその作業場で杖の作り方を教えて貰えないかと。
その為には周囲にバレることなく、使い慣れた道具で作業できる作業場が必要だった。
試験運用ということで、GR農場の一室にドアを固定して、誰でも木工作業場に入れるようにしたのだ。
4+1レベルの時空間魔法により、ルームのドアや部屋は5つまで使える。
木工作業場に倉庫と私室、残り2つの空きがある。もし仮にドアを固定化出来るとして、公爵家と王家をドアで固定化して廊下で繋げられるなら、マークとは別枠で数える事が出来る。
どちらにせよ公爵領に行く必要があるので、夏休みに急いで行く必要があった。
「ところで、公爵領って何があるんですか?」
「うん、公爵領は馬で有名でね。牧場があったり山でキャンプが出来て、避暑地としても有名なんだよ」
「ちなみに自分が断ると、王家は不参加ですよね?」
「その場合は、かなり大掛かりで強行するか、中止になるだろうね」
王国内でも、高位貴族や王族の移動には危険が伴う。
さすがに軍隊を連れて行った場合に、盗賊などの危険は少ないが、テロ的に図られた場合に危険が生じる。
弓矢による狙撃・魔法による範囲攻撃・水や食料や毒の問題など、考え出したらキリがない。
全ては自分の答え次第で、ライマードとロメロをぬか喜びさせる訳にはいかないので、先にこちらに聞きにきたらしい。
「ウォルフは行きたい?」
「あぁ、興味はあるけど……。多分、ミーシャやロロンが喜ぶだろうなぁ」
「ミーシャとロロンと遊ぶ時間が少し短くなっちゃうけど、大丈夫かな?」
「公爵領は、馬を使えばそんなに遠くないさ。俺からも頼めないか?」
「うん、そういうことなら。リュージさん、義父に相談してみないと分かりませんが、自分なら大丈夫です」
「じゃあ、今日送る際に相談してみるよ」
リュージがローラを手招きし、公爵領に誘われている事を報告する。
移動について問題ない事を話すと、レイルドとミーアを呼んで、来週末の訓練と公爵領への旅行の旅を話した。
「旅行については本決まりになるまで秘密よ」と、ローラは子供達と約束をする。
どちらにせよ、夏祭りは全員参加予定なので八月の予定となる。
午後のレッスンが徐々に始まり、ウォルフが踊りに参加していく。
レイルドとミーアも体力がないなりに、剣術とは違う才能を示していた。
「そういえばアキラ君、今日ワインバーから差し入れが届いたよ」
「あ、もしかして」
「うん、なかなか美味しかったよ。ブリュレさんが『やられた』って言ってたね」
「やられたって?」
「夏野菜を集めてトマトでまとめるって盲点だったみたい。早速、夏野菜を素揚げして、カレーに合わせてたみたいだけどね」
「外で食べると高いやつですよね。多分、それも正解だと思うな」
「うん、ただどうしても二番煎じのように思えてしょうがないんじゃない?」
夏に何を食べたら良いかは、永遠のテーマだと思う。
冷たい麺類・スパイスを効かせたアジアン系・沖縄だと豚肉をよく食べていると聞く。
枝豆・ビール・ヤキトリ・スイカ。うなぎにうめぼし、これは食い合わせが悪いやつだ。
祭りに関しては、リュージがいるので大丈夫だと思う。
自分は樽とクーラーボックスの付与と、浴衣の寸法合わせが関わってくるはずだ。
まずは、学院で魔法の修行をしながら、長期休業まで頑張りたいと思う。




