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119:後押し

 GR農場には、アポイントがなくても入れる者は意外と多い。

特にトルテを中心とした調理班は多くの交流があり、貴族から街の料理人まで幅広く頼られていた。

GR農場でしか食べられない物や、ごく一部にしか出荷されない物も存在する。

話せる段階でないものは勿論無理だが、それでも試食と称して色々な物を食べさせてもらえる場所だった。


 一件目の来客が思いの外早く終わったリュージは、特に考えることもなく食堂へ向かった。

すると、もう少し遅くに来る予定のはずだったユアを見つけ、声を掛けようとした所でその奥のミーティングを目にした。

ユアの隣にはブルーローズの調理人もいた。しかし、ユアにはミーティングの中心人物しか目に入っていないようだった。


「こんにちは」

「あ、リュージさん、こんにちは。ユアさんは、トリップしているので少しお待ちください」

「はい、大丈夫ですよ」


 調理班はたまにミーティングを行っていた。それはスタッフの健康状態の確認と、気付きの報告をメインとしていて、新作が出来た時は上司に味見をして貰えるようお願いをする場でもあった。

トルテも一歩引いた感じでミーティングに参加していて、今は『さくら院』を担当するブリュレが報告している所だった。

視察で抜ける事が多いので、その分の役割分担のお願いと、『お客さまの顔を思い浮かべて、季節や健康とテーマを持ったメニュー作り』の大切さを説いていた。


 一通りの発表が終わり、トルテから総括が発表された。

『さくら院』・『夏祭り/裏夏祭り』・『独立』・『貴族領への出向』等、色々な問題点が出てそれに対して真面目に対応している。

トルテは仕事に対して真摯に向き合う姿勢をまずは褒めた。ただ、「そこに『驕り』はないだろうか?」と問いかけた。

『誰より凄い料理を自慢したい』『この食材は農場でしか使えない』『技術を認めさせたい』

そして、ブリュレが発言した言葉を繰り返した。


「砂糖や蜂蜜は高級品です。新しくお店を開き、それらをふんだんに使ったお菓子を出せば喜ばれるでしょう」

「トルテさん、それのどこがいけないのですか?」

「甘さは麻薬です。昔話をする訳ではありませんが、以前は塩がとても高級で、とても残念な食事が普通でした」

「今は豊かになったじゃないですか」


 まだ若い調理班のメンバーが質問をする。

GR農場は美食を追及する施設ではない。トップであるガレリアやリュージも、陶芸をしている訳でも書を嗜んでいる訳でもない。

食材の提供と食品加工、それは広い地域に安全・安心・美味しさを届ける、縁の下の力持ち的な立場だった。

GR農場が賄える農産物は、王国内で生産される農産物に比べると微々たる量だ。

トルテはその若いスタッフに、今度商業ギルドのレイクについて、市場を見て回るように助言した。


「料理という言葉には意味があります。ただ、切っただけで美味しい物は、そのまま出しても料理とは呼びません」

「農場の野菜は、そのまま食べても美味しいけどね」

「そこ、その通りだがきちんと聞くように」


 昔塩分が少なくてまずかった料理は、本当にそれだけが理由だったのか?

一時期豊かになった反動で、強い塩分の食事が流行った時期があり、それを持て囃した貴族や豪商もいた。

「何故私達が認めた物を否定するのか?」、その時のトルテには明確な答えが存在しなかった。

味覚とは人それぞれだ。現に肉体労働者には、塩分が強い食事が好まれる事を知っている。

トルテはある時リュージに投げかけた。その答えが『塩梅』という言葉だった。


 リュージは時々難しい表現をする時がある。

グルタミン酸やイノシン酸なんかは、最後まで分からなかった用語だ。

ただ、体が欲する甘味・塩味・酸味・苦味があり、それを理解することは出来た。

真夏の暑い時期に、キンキンに冷えたエール。これはごく一部でしか味わえない恩恵だ。

昔に比べて果物も増え、ジャムなどの加工品も少しずつだが価格を抑えられている。


 成人したから・結婚記念にと、少しだけ無理をすれば届く範囲にまで、甘味が届いてきている。

それは一部の金持ちや貴族だけで、独占して良いものかと聞かれれば、調理班は全員否定をするだろう。

ただ、まだそこまでの段階に達していないだけなのだ。


 ドワーフのゴルバは、商業ギルドの出向からGR農場職員となったが、商業ギルドが関わっている植林に助言をしている。

植林する樹木も、林業で使うものや果物関係、色とりどりの花が咲くもの、実が成るものなど様々だ。

この十年で確かに豊かにはなった。ただ、今後GR農場の調理班の務めとして、手持ちのカードで勝負をする下地作りが大事だとトルテは説いた。パン一つをとっても、まだ圧倒的に発酵させていないパンが主流になっている。

一部では甘い野菜を練りこみ、工夫をしているパン屋も徐々に出てきていた。


 トルテは独立を目指す者に、GR農場から食材が届かない前提で、市場から仕入れて調理し、どれだけの経費がかかるかきちんと計算するように話している。調理班からは少ない人数だが、公爵家に正規に引き抜かれた者もいた。

生鮮食料品には鮮度が関わってくる。その者達は文句も言わず、今の環境で頑張っていると言っていた。


「ユアさん、そろそろ大丈夫ですか?」

「あ……はい。リュージさん、こんにちは」

「すっかり見入っていましたね。そろそろ行きますか?」

「ハァ……、トルテさんって凄い人ですね」

「ええ、安心して任せられます」


「あの、もうちょっとだけ見ていていいですか?」

「リュージさん。ユアさんは余韻を楽しみたいそうです」

「はい、こんな近距離で話しても、自分達の話が聞こえてなさそうですね」


 それぞれのグループに一週間の猶予を与え、トルテは交代で調理場を回すことをお願いした。

研修で来ているスタッフもいるので、人数が足りなくて困ることは少ない。

それでも流行の発信地としての役割と、本来持つ使命が上手く釣り合っているのは、トルテの差配が大きかった。

トルテが解散を言い渡すと、グループ毎に分かれて数分話し合った後、いつもの仕事に戻っていく。


「あ、リュージさん。来ているなら声を掛けて貰えれば……」

「あぁ、うん。自分が参加しない方が上手く回ることもあるしね。ところで、今日はブルーローズからのお客さまです」

「いらっしゃい、ユアさん。ゼイさんも、今日はゆっくりしていってください」

「はい! 今日はお願いします」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ブルーローズには、優先的に果物をまわしている。

それは今までフルーツの盛り合わせ的なやり方だったが、段々とお酒にシフトしてきていた。

アーノルド産のワインを置けるのは一流の店だ。その他にGR農場では梅酒を作っていた。

ごく少量だがリモンチェッロやラース村からは芋焼酎など、少しずつだがバリエーションが増えている。


 そして、ブルーローズの姉妹店として、ミィがプロデュースする若者向けの店が出来る予定だった。

裏方のスペシャリストとしてユアが同席し、ブルーローズの調理人ゼイがトルテとアイデアを出し合いながら料理を決めていく。

長い間、ブルーローズが若者向けの店を出さなかったのは、店の品格というものを第一に考えていたからだ。


 元々ブルーローズは、貴族家が運営するサロンのようなものだった。

品格ある貴族が、世情を交えながら国の行く末を憂い、自領の発展を望むものだった。

そこには秘密の保持が重要になり、お客さまをもてなすホストとして、良い酒を確保するのがステータスになる。

マナーがなっていない客は客ではない。そこにはある一定の基準が設けられ、次第に参加するのも高いハードルとなっていた。


 王国でマナーに関する事で、有名な貴族家と言えばポライト男爵家だ。

王家にも指導出来るくらいの技量があり、ポライト男爵は外交で他国の文化にも明るく、男爵夫人はサポートをするように自国の文化と他国の文化の研鑽に勤しんだ。ただ、ポライト男爵夫人が教える人数にも限りがある。

一般の男爵家などでは行儀見習いの家庭教師を呼び、無理な家では母親と家人による訓練をすることになる。

ブルーローズは、貴族子女の行儀見習いの場所として一部で人気になった。

それとは別に尼寺的場所として、貴族家の子女が逃げ込む場所にもなっていた。


 リュージはユアの事情を聞いていた。

簡潔に言うと、少し年の離れた兄が好きで仕方がなく、これ以上一緒にいたら問題を起こしてしまいそうだった。

ブルーローズがユアを引き取り、適正を考えた末裏方に回ったそうだ。

もう絶対恋なんて出来ないと言っていたユアの前に、トルテが取引相手として現れたのだ。


 普段は男性を避ける為に、野暮ったい格好をしていたユアに、トルテは農場で出されるごく一般的な料理を出した。

その頃のユアは人間不信で、仕事さえきちんとしていれば、生きていくのに何の問題もないと思っていた。

堅いパンだろうがスープをつければ問題はなく、味が濃い肉だって同じ年代の女の子も食べていた。

サラダが好きとかは、女子が言う言葉だ。執事からの暴露は、こんな台詞まで届いていた。


 お腹を満たすだけの栄養補給が、トルテの料理で団欒に変わる。

サラダを食べ、スープを飲み、パンに舌鼓を打つ。ユアはその温かさに、長い間会っていない家族を思い出した。

ツーと零れ落ちた涙を拭おうともせず、上品に食事をしていく。

そして、真正面にいる男性が顔も似ていないのに、何故か兄の持つ優しさに似ていると思ってしまったのだ。


 リュージは、執事とミィから後押ししてくれないか? と打診をされていた。

調理人のゼイまで知っているということは、ブルーローズ全員知っていると思っても良いだろう。

トルテは独身で、昔の事は軽く「逃げられちゃいました」としか聞いていない。

子供もいないみたいで、浮いた噂も聞いたことはない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「お待たせしました。今日はお酒の試飲なので、最初に食事でお腹を満たしましょう」

「スパイシーな香りがしますが……」

「えぇ、カレーです。リュージさんが正解を教えてくれたので、食べやすくなっているはずです」

「あれだって作ったのはトルテさんですよ。それにしても、今日は張り切りましたね」

「それはユアさんが来るって聞いていましたから。何故か美味しいご飯を、食べさせたくなるんですよねぇ」


 ユアが少しうつむき加減で頬を赤らめていた。

前回はシンプルな家庭のカレーだったが、今日は大きめのココット皿にカレーが入っていて、ライスは平皿に置かれている。

大きめのナスとチキンが存在感を示しているが、カレーの色は給食で出るような辛さを主張しないタイプだ。

添えられたガリは淡いピンクと白の二種類で、カレーをかけたら地味な色合いに彩りを与えるだろう。


 今日はトルテも一緒に食事をしながら話すので、食事は四人分並んでいる。

リュージの前にゼイが座り、ユアの前にはトルテが座った。

一つ隣の席にレンとザクスが座ると、レンはリュージに合図を送っていた。


「じゃあ、まずは食事にしましょう」

「えぇ、是非感想を聞かせて欲しいです」


 自然な笑顔でユアの食べる姿を見て期待するトルテ。ただ、やはり料理人だからか、感想を言ったのはゼイが先だった。

GR農場によく来る者は米食にも慣れている。頻繁に来る者は箸の扱いにも慣れて、この方が美味しいと和食を楽しんでいた。

以前来た時にゼイは本格的カレーを食べていた。ところが、前回より味の深みが減ったのに、奥の深さを感じるようだった。


「美味しい……。ううん、それだけじゃない。何故か優しさを感じるわ」

「味の次元で言えば前回の方が素晴らしいです。ただ、こちらの方が素直に美味しいって言えますね」

「なんか痛い所を突かれちゃったな。リュージさん、さっきのミーティング聞いていましたよね?」

「うん、とても良いミーティングだったね……」

「あれは、自分に対する戒めでもあるんです。この農場がなければ、仕事に自信も持てずに腐っていたでしょうね」


 トルテは元々、商業ギルドの商品開発部門からの出向だった。

料理が得意でやる気と熱意だけを募集要項として集まった人であり、ある意味商業ギルドの余剰人員でもあったらしい。

料理や職人の世界は、若い頃からの下積み年数が重要であり、センスは重要だが体育会系の年功序列が大事だった。

今更転職して就くような職業でもないので、味のトレース能力だけあっても、既存の店に出向以外で行く術はなかった。


「トルテさんは下地があるから、言葉に説得力があるんですよ」

「リュージさん、そんなことないです。自分の言葉が届かなかった人は多かったですから……」

「今はそんな風に思っている人は、少ないと思います」

「ありがとう、ユアさん」


「ユアさんは、市場って行った事ありますか?」

「やっぱり行かないとまずいですか? でも、一人で行くのは……」

「うん、善は急げかな? トルテさん、明日ユアさんを案内してもらえないかな?」

「え? 仕事は大丈夫ですが……」

「ブルーローズさんにうちから食材を供給しているけれど、うち以外からの仕入れもあるでしょ? アフターサービスの一環で、商業ギルドの事を知っている人が案内してくれると助かるんだ」


 テーブルの奥ではレンが頷いている。明日はレン主催の『ジャガイモ掘り』を予定していた。

今回当たったのは、またもやソバット診療所だった。

常連が団体名をソバット診療所で申請しているので、今回はその常連と子供・孫達が参加することになる。

今回のカレーが、明日の『ジャガイモ掘り』でも振舞われる予定だ。

少なめの食事を終えたみんなは、この後カクテル風のお酒を楽しむことになる。

ユアの頬がほんのり赤いのは、決してお酒だけのせいではなかった。


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