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118:ワインバー2

 乱暴な言い方をしてしまえば、オリーブオイルを使えばイタリアンだ。

そこに強めの鷹の爪を加えればシシリアンになる。ごま油を使えば中華になる、あくまで個人の印象だ。

スタッフに連れられて調理場に行くと、隣にはロロンがいた。

さっきの材料はここに戻されているので、早速必要な材料を分けていく。

今回は玉ねぎ・ズッキーニ・赤と黄色のパプリカ・ナス・トマトに、その他必要な素材を並べる。


「アキラ兄さま。お肉はないの?」

「うん、夏野菜でさっぱり作る予定だから。でも、あくまで『~風』な料理だから入れても良いかな?」

「とにかく、どんな物でも大丈夫だよ。後できちんと工夫をするからね」

「じゃあ、今回はリクエストに応えて、ハムも入れましょうか。料理名は後で考えましょう。とりあえずは、夏野菜のトマト煮込みで」


 ラタトゥイユとかカポナータとか言うから、決まった切り方や調理方法が固定概念として出てくる。

カボチャが入っていない、『ほうとう』がほうとうじゃないように、料理名が示す存在感は大きい。

ただ、料理方法だけを考えれば鉄板は存在するし、全国各地に『ほうとう』に近い物は存在する。

だから今回は、あくまで『夏野菜のトマト煮込み』とすれば問題はないはずだ。


 調理スタッフの一人が合流してきたので、二人のスタッフに夏野菜を切ってもらった。

ナスのヘタを切り、縦に真っ二つ。その半分に切ったナスを6等分にすると、残りの野菜も同じような大きさになるように切って貰い、素材ごとにバットにまとめて貰う。ニンニクをみじん切りにして、フライパンに火を入れる。

オリーブオイルをたっぷり目に入れればもうイタリアンだ。


「みじん切りにしたニンニクと鷹の爪を入れて香りを出して、そこからは玉ねぎから火の通りにくい順番に炒めていきます」

「あいよ。それだとハムはいつ入れるんだ?」

「あぁ、忘れてた。角切りだから取り出せますよね?」

「じゃあ、玉ねぎの前にでも入れとくか。野菜に火が入ったら最後に再投入しよう」

「ええ、それで大丈夫です」


 問題は最後のトマトだった。

ラタトゥイユもカポナータも、違いが分かる程の料理知識はなく、トマト自体に旨みがあるのは知っている。

でも、こういう料理にコンソメを入れると美味しくなるのも、今までの経験則で知っていた。

一味足りない時は、後でリュージに相談することにしよう。

順調に夏野菜に火が通っていき、オリーブオイルとニンニクの香りが漂ってくる。

追いオリーブもしてもらい、角切りハムを再び鍋に戻すと、トマトを入れて煮込みに入った。


「料理自体は簡単だな」

「そうですね。温かくても冷たくても、どちらも美味しいと思います。パスタやピザにも合うかな?」

「へぇぇ、それは楽しみだ。アキラ君はどこで習ったんだい?」

「それは……、秘密です」


 煮込んでいる途中で味見をして、白ワインビネガー・塩コショウで味をまとめる。

途中でピザ釜を見せてもらえるようで、ロロンと一緒に焼くところを見せてもらった。

どうせならと、生地にチーズだけ乗せてもらい、最後に蜂蜜をかけてもらう。

それを給仕の女性にお願いして、みんなの所へ運んでもらった。


「お、どうした? これが新しい料理か?」

「はい、新商品のようです。アキラ君、説明をお願い出来ますか?」

「ロロン、説明できる?」

「うん、チーズのピザに蜂蜜がかかってるんだ」


 簡潔な説明だったが、セルヴィスは違和感があるように手が止まっていた。

最初に手を取ったのはレイシアで、次にミーシャが手に取った。


「うん……、これは意表をつかれたわね」

「母さま、この味とても好きです」

「ワインにも合うね。ただ、デザートの色が強いかな?」

「料理のバリエーションとしては良いが、裏メニューのような感じがするな」


 セルヴィスもきちんと試食をしたが、もともとワインと一緒に、あまりきちんとした料理を食べないと言っていた。

ただ、ワインだけでは店として成り立たない。そんなお客さまの要望に、徐々にメニューを増やした結果、ピザを取り入れ商品開発も力を入れるようになったそうだ。

枝豆やナッツ・チーズがワインのお供に人気のようで、ピクルスも結構な頻度で出ているらしい。


 セルヴィスの反応に対して、調理スタッフはアリだと思ったようだ。

そして念の為と味見をした結果、反応が真っ二つに分かれる。

誰もに好かれる味は大事だけど、振り切れている味も、ある意味熱心なリピーターを持つようになる。

給仕の女性にスマッシュヒットしたようで、全体的に見ると女性に良い反応が出ていた。


 煮込み料理は時間がかかるものだ。

長い間王都にいたセルヴィス夫妻に、『健やかなる筋肉』である聖者ウェイドの話を振ってみた。

レイシアはウェイドの名前は初めて聞いたようで、スチュアートは噂として知っていると言っていた。

そして、セルヴィスからは、半ば伝説の先輩のような雰囲気で語られ始めた。


 以前の聖者達が協会職員の現役として活躍してた頃、セルヴィスは王都をよく飲み歩いていた。

それは営業活動半分・趣味半分で、そこそこの剣術を修めていた為、やんちゃしていた時代だった。

この頃は冒険者と言ってもならず者が多く、治安の悪さに輪をかけるような存在が多かった。

政治不信・不作・働き口の減少等、社会的弱者は身を寄せ合いながら、その日を何とか生き抜くのに精一杯だった。


 苦しい時代にこそ、協力して生き抜かなくてはならない。国が後押しした遠方地の開墾作業の指示や、死者を大量に出してしまった貴族領の統廃合など、様々な政策も目に見えて効果は出なかった。

そんな中、協会の良識派である『寄り添う者』を中心として、何とか生きていく術を見出していく。

すぐに収穫出来る野菜を中心として薬草園を家庭菜園に変え、害獣で困っている場所へ協会職員を派遣して狩ってもらう。


 いつの間にか、半グレであった冒険者を鍛えなおして害獣の駆除を教え、一緒に狩りながら炊き出しとして配布する。

他国と戦う体力がない騎士達も、積極的に狩りに連れ出して、住民の安全と共に騎士も食わせていく。

当然、騎士の指揮系統を遡ると王家に辿り着く。建前で言えば、『寄り添う者』と『健やかなる筋肉』達が行っている行為は越権行為に等しく、腐敗した貴族達は正直面白くなかった。


 ごく一部の貴族が結託を図り、一斉に協会に対する献金を止めた。

いくら善意を建前に成り立っている献金と言えど、国の委託業務もあれば、国民の冠婚葬祭を司る仕事もある。

神事から教育・医療関係まで幅広い業務の停滞を、一番恩恵を受けるべき貴族が止めたのだ。

これには王家も貴族に再考を打診し、国民からは貴族に向けて反発が起こった。それに呼応するように、貴族出身の協会職員が協会を離脱し、その貴族達にデュエルを申し込んだ。複数の貴族をまとめて指名した事もあり、三対三のデュエルを行うことになった。


「それで、どうなったんですか?」

「あぁ、協会の武闘派である三人が勝ったよ。……素手でな」

「素手……、相手は武器を持っていたんですよね?」

「まさに、赤子の手をひねるような戦いだった。最後にデュエルを反故にしようとした貴族を、ウェイドさまは平手打ちで改心させた。そして、後を追おうとした職員に、『代理神罰』が地面に拳を空打ちすると、真横に線が引かれていたと聞く」

「これより先に進むのは、女神さまの意に沿わない。我ら三名がその罪を背負い、王都を出るので協力してこの苦難を乗り越えるように……でしたわね」


 それからすぐに良い世の中が来る訳でもなく、地道な努力によって少しずつ情勢は安定することとなる。

その間に協会職員の中で心境の変化があり、多くの職員が協会を辞め、旅立つことになった。

その頃にはセルヴィスも真面目になっていて、貴族として努力を続けることになる。


「おやっさん、おまたせー。……って、何この空気」

「あぁ、悪いな。これが本当の新作だな」

「えぇ、もうこの香りだけで、美味いって分かりますよね。さあ、試食しましょう」


 オーナーでもあり家長でもあるセルヴィスに、夏野菜のトマト煮込みは一番に取り分けられた。

ワインを一口飲んだ後、セルヴィスがナスをじっくり見て口に入れると、「うむ!」と一言漏らした。

ニンニクと鷹の爪を控えめにしている事を伝えると、レイシアからは「それだったら、酸味をもっと強調しても良いわね」と感想が出た。自分も一口食べてみたが、あれ程控えめにしていたニンニクや鷹の爪も、かなりスパイシーだった。


「ロロン、どうかな?」

「うん、ちょっと辛いけど美味しい!」

「無理はしてない?」

「うーん。ちょっと大人の味かなぁ」

「ロロン君、ピザにすれば食べられるんじゃないかな?」


 後からやってきた調理スタッフが、生地に料理とチーズを乗せて持ってきてくれた。

葡萄ジュースや水でリセットした後、真っ先にウォルフが手を出し、競うようにロロンも取った。

辛さは残るけど、チーズが塩味と包み込むような優しさを出していて、とても美味しく食べる事が出来た。


「おーいしぃー!」

「今度こそ、成功かな?」

「大人向けに作るなら、辛さを追求するか、酸味に走るかした方が良いようだな」

「「「はい、おやっさん」」」

「出店の方は後でリュージ君にも報告するので、必要な人員を考えておいてくれ」


 セルヴィスの経営者としての姿が、妙に生き生きしていて眩しかった。

学院長は学院長で仕事はしていると思うけれど、お爺ちゃん先生として剣術を教えている姿の方が楽しそうだ。

貴族としてのセルヴィスも見たかったが、王都で皆に慕われている姿が似合っていると、ふと思ってしまった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「リュージさん、やってきましたよ」

「ありがとう、ナディアさん。今日の来客はそれで終わりかな?」

「多分、お昼前になると思いますが、ブルーローズのユアさんがいらっしゃる予定です」

「こちらが長くなるようだったら、先にトルテさんのところへ案内してあげてください」


 土曜のGR農場には様々なお客さまがやってくる。

精霊さまへの感謝の施設の話をした後、男爵・子爵・伯爵の三貴族は一度指示を出し再び王都へ戻ってきていた。

正規のアポイントメントを取ってきたので、優先順位を考えて会うことにした。

応接に案内してもらい、ガレリアと一緒に対応することにした。


「忙しいところ申し訳ない。王国を飛び越えて、直接来たのはルール違反だと思っている」

「いえいえ、伯爵さま。皆さまの準備がスムーズに行くよう、私達も出来る限りの事はするつもりです」

「ガレリア殿、素直にありがとうと言おう」

「それで、今日はどのようなご用件で?」


 三貴族は、それぞれ対等な立場のライバルとして、戦う事を改めて宣言した。

そして、こういう公の行動は、抜け駆けせずに歩みを一緒にするようだ。

今日来た目的は、『さくら院』の見学の許可を求めてだった。

どんな施設になるかは、前身となる『さくら院』を見るのが一番だからだ。


 盗賊ギルドでは、三領での暗躍をきちんと把握していた。

山賊や盗賊を装って、他領への治安を悪くする。そして、それを過剰とも思える戦力で討伐していく。

お互いに膿を相手に押し付けて、それを浄化していく。それは暗躍ではあったが、健全化に直結するというおかしな構図だった。

王子がこの件を任せたクレストにもきちんと報告しており、今日の件も報告する予定だ。


「ある程度建物が完成して、責任者がOKを出したら、大丈夫なようにしておきます」

「念の為、見学する日時は連絡してください。出来れば皆さまご一緒だと都合が良いのですが……」

「それは了承しておる。ところで、責任者はもう決まっているのか?」

「はい、聖者のメルナールさまです」

「そうか……。では、それまでに我らは、領内の整備でもしていよう。宜しく頼む」


 交通の利便性だけで努力をしない貴族家が、一世一代の賭けに出ている。

精霊さまへの感謝の施設には変わりはないが、ローランドと盗賊ギルドの策略にはまっている三領がある意味気の毒だ。

ただ、ここで会戦派の戦力を削ぐ事と、新たな事業で忙しくさせるのは、王国内の平和にも繋がることだ。


 治安の良さは他領への交流にも繋がる。

公爵さまから、「王家の子供達を、公爵領に遊びに連れてこないか?」って言われていることを思い出した。

公爵領は馬の名産地だし、避暑地としても良い場所だ。これはまたアキラ君に人肌脱いでもらわないとかな?

そんな事を思いながら、応接を後にするのであった。


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