117:ワインバー
土曜日のダンスホールは、スチュアートとレイシアの話で持ちきりだった。
ただ、これではレッスンにならないと、アーノルド一家は午前中でダンスホールを出ることになった。
レイシアは思わず踊りに熱が入ってしまった事を、ローラとアデリアに謝っていた。
講師と演奏者は感動していたみたいだけど、レッスンの為に来た生徒達に見せる踊りではなかったようだ。
高度すぎて講師も指導しきれず、騎士達は置いてけぼりだった。
生徒達はしきりに自分とウォルフを見ていたけれど、女性の方から踊りを申し込むのははしたないとされている。
その為、首を傾げる生徒は何名かいたけれど、無事にダンスホールを抜け出すことに成功した。
帰る間際に、「明日は普通に出勤します」とアデリアに言うと、「待っているわね」と返事があった。
「さて、昼は何にしようか?」
「あなた、折角ですから有名店にでも行きましょうか」
「父さんも母さんも。孫たちの前だからって、そんなに無理しなくてもいいんだよ」
「あら、孫達に美味しいものを食べさせたいと思うのは、普通の事なのよ」
少し早めに出たと言っても、どこかのお店に入る頃には良い時間となる。
有名店は予約が必要そうだし、かといって安い定食屋では、お婆さまが納得出来なさそうだ。
すると、レイシアから「義父さまのワインバーが見たい」と提案があった。
スチュアートも見た事はなく、以前にお婆さまは配達にも付き添っていたが、ワインバーには行った事がないという。
「食事をする場所ではないし、スタッフも休んでいるかもしれないぞ」
「本格的な食事は、少し時間をずらしても大丈夫でしょう」
「そうね、あなたのお店も見てみたいわ」
「みんなも、それで良いかしら?」
「「「「はーい」」」」
満場一致で決まったので、セルヴィスが経営しているワインバーへ向かうことになった。
お婆さまは家族で散歩するのも楽しいようで、はぐれないようにロロンと手を繋いでいた。
到着した場所は、商業区画のほど良い端っこの場所。看板はクローズとなっていた。
来る道で説明があった。ワインバーはGR農場のグループ傘下ではあるが、オーナーはセルヴィスらしい。
ただ、お金は出すが口を出さない経営をしているようで、二号店も資金的に回収出来ているようだ。
「誰かいるかな?」と言いながら、クローズにも関わらずドアを開けると、中に人がいるのか入る事が出来た。
「「おやっさん」」
「オーナー」
「オーナーは止めないか。今日は家族と見学に来たのだが、少しテーブル席を借りても良いか?」
「そんな、おやっさんの店じゃないですか。あ、お昼食べましたか?」
「いや、まだだが。何か簡単なものでも、お願い出来るかな?」
「はい。みなさんに、おやっさんの店の凄さを見せましょう」
男性二人が調理スタッフらしく、女性は給仕のようだ。
一人の男性が、かまどに火を入れるように言うと、女性が飲み物を持ってきてくれる。
大人は昼間からアーノルド産のワインで、子供達は葡萄ジュースだった。
好き嫌いを聞かれたが、考えてみるとこの家族の『嫌い』は聞いたことがなかった。
お婆さまは子供達のテーブルにつき、ソルトを含めた大人四人はもう一つのテーブルに陣取る。
メニューには乾き物や枝豆・スライストマト・ピクルス等の一品料理や、マルゲリータとポテマヨベーコンの二種類のピザがあった。
チーズやハム等の加工食品単体や、スープとパスタもいけるようだ。
特に注文をしている様子がないということは、調理スタッフが見繕ってくれるんだろう。
料理を待っている間、まずは先程のダンスの話になった。
貴族の嗜みとも言われているダンスは、アーノルド家の得意とするところだ。
セルヴィス夫妻のダンスもかなりのようで、スチュアートに「嫁をダンスで娶ったのは、お前だけではない」という台詞は、正直凄いと思った。それに引き換え、子供達はダンスに一線を引いている節がある。
ミーシャはあの場所で「踊りたい」とは言わなかったし、自分とウォルフはアルバイトとして行っている。
「ミーシャは、ダンスホールに行ってみたいって思う?」
「うーん。アキラ君がレッスンで付き合ってくれるから良いかな」
「ミーシャ、誰が聞いているか分からない時は、『兄さま』と言わないか」
「ウォルフ兄さま。ちゃんと周りは見えています」
隣のテーブルにいるスチュアートが、苦笑しているように見えた。
ミーシャの踊りは、ダンスホールの生徒と比べても頭一つ出ているので、今から社交界デビューに向けて焦る必要はない。
考えてみると、ミーシャの体が悪い時期から、少しずつ技術を詰め込んできたのかもしれない。
そうでもなければ、この短期間にあのレベルの完成度になる訳がなかった。
夏休みに入ったら、少しミーシャとのダンスの時間も増やせるかなと思った。
「はーい、第一陣です。まずはナッツ類・チーズ・角切りハムです」
「こちらにはスライストマトにサラダスティック。スープを飲んでお腹を落ち着けといてね」
「業務時間外に悪いな」
「いえいえ、おやっさん。夏祭りの話が来ていて、相談してたんです。後で報告に行こうかと……」
「あぁ、任せっぱなしだからな。それで、順調なのか?」
「まだ、何も決まってないんですよ……。試作品が出来たら、是非食べてください」
十年前に夏祭りをした際に、このワインバーも出店していたらしい。
その時はワイン騒動があった年のようで、王都民のワイン離れが進みそうになったそうだ。
別の男爵領のワインが余り、それを使ってサングリアを出したようだ。
今年の王国からの振る舞い酒は、エールを予定しているらしい。
ワインに関する物を出すか、ツマミを出すかは自由だが、祭りに賭けている店は多く、利益度外視で宣伝をする店もあった。
このワインバーは入りきれない事が多いので、「何とか出来ないか?」と言われて、二号店もつい最近出来た程だった。
宣伝はしても店に入りきらない可能性があるので、ごく普通の利益率で祭りが華やいで楽しめる物をと考えているようだ。
そんな話をしていると、メインであるピザがやってきた。
「「「わぁぁぁぁ」」」
「マルゲリータだ……」
「アキラ君が驚くって、よっぽどだね」
「だって、ピザの王道っていうか。ピザですよ、ピザ」
田舎町にだってピザ屋はある、ギリギリ配達範囲内に入っていただけだが……。
ただ、冷凍食品のピザは味気なく、配達のピザを頼むとしたら何かのお祝いくらいだ。
離れている期間が長く、お祝い……思い出せない事は、無理に思い出さないことにしよう。
漁師の仕事では、スローフードの食事が多い、食べる速度はファストフードだが。
チーズの白・バジルの緑・トマトの赤とイタリアンカラーが……。
……って、あぁ、もうみんな食べているのね。
「おっいっしー!!」
「ロロン、チーズがこぼれるぞ」
「あらあら、ロロンちゃん。慌てて食べると火傷するわよ」
「アキラ君、早く早く。これ本当に美味しい」
「あ、あぁ。うん」
やっぱりピザには魔力がある。ミーシャから薦まれるまま、先端から耳のギリギリまでパクリと一口頬張る。
優しいトマトの酸味に、チーズが絶妙に利いている。
これは宅配では味わえない、少し歪な形だけど香ばしい生地が軽さを表現している極上のピザだった。
続けてやってきたベーコンポテトマヨも子供達には人気で、ウォルフとロロンが競って食べているようだった。
「おやっさん。気に入って貰えたようで、良かったですね」
「あぁ、ピザはうちだけの商品だし、生地に秘密があるからな」
「ワインにも良く合いますし、いっそ三号店も出しましょうか?」
「まずは二号店が軌道に乗ってからだな。それとも、独立したい者でもいるのか?」
調理スタッフとセルヴィスの軽口に、家族は尊敬の念を抱く。
教育者としての姿と、経営者としての姿。剣術も踊りも出来るなんて、他の家では真似を出来ないだろう。
しかも、元貴族という品格もあり、王都では顔役として活躍していると聞く。
お爺さまの店ならば、協力出来ることもあると思った。
「今回の祭りでは、どんな料理を作るんですか?」
「うん、大体は考えているんだけどね。他所の店で、出す料理ってのは大体決まっているんだ」
「そうそう。それでいて、常温のままでは厳しい物はダメとか、ルールもあるんですよね」
今回の祭りでは、騎士団によるスイカ販売とスイカ割りがある。
以前の夏祭りでは、GR農場から朝顔が鉢ごと出され、提携ガラス店からは風輪が売られていた。
飲食関係の店では、焼きとうもろこし・ナポリタン・串焼き・じゃがバタ・焼きそば辺りがあるらしく、ワインバーでは考えが形にならなかったら枝豆を予定しているらしい。ワインバーも休む訳ではないので、あまり人数はかけられないそうだ。
「うーん。エールに枝豆なら、問題はないと思います」
「そうなんだよね。ここでもエールを出さなくはないからさ。枝豆で良いんだけど、新商品に繋がるかなと」
「新商品か……。ワインの事なら多少助言は出来るのだが、料理となるとな……」
「この時期なら夏野菜でしょうか?」
「あぁ、実際に材料を見たほうが、イメージが沸くかな?」
調理スタッフ二人で、野菜をカゴにいれて近くのテーブルの上に並べる。
給仕の女性は飲み物のお代わりを配っていて、空いた皿を片付けていた。
トマト・キュウリ・ナス・ズッキーニ・ピーマン・パプリカ赤黄・茄子三種他、ブロックのハムにベーコンがあり、ニンニク・鷹の爪・香辛料などが広げられた。
「やっぱり、外で調理するには向かない物が多そうですね」
「新商品開発でも良いんだ。何か気になった物があったら教えてくれないか?」
「うーん……。この材料なら、ラタトゥイユ……というか、違いは分からないけどカポナータ辺りかな?」
「アキラ君、それって何かな?」
「はい、まずは暑い時期ですが、食欲って落ちますよね」
「うん、それで体力が落ちて病気になる者もいるね」
「でも、そんな時に精のつくものって、食べたくないじゃないですか」
本当はうなぎの蒲焼とか言いたい。
でも確か桃栗のように、『串打ち三年 裂き八年 焼き一生』って言葉があったと思う。
喩えうなぎがあったとして、タレの問題と加工の問題がある。
ラタトゥイユやカポナータは、一時期横文字の料理に凝ったことがあり、存在自体は知っていた。
「えーっと、多分パスタやピザにしても良いと思います。簡単に言うと、ニンニクと鷹の爪をベースに、野菜を角切りや薄切りにしてトマトで煮込む感じでしょうか?」
「それは……、アキラ君ちょっと調理場へ来てくれないかい?」
「ええ、大丈夫ですが……」
「アキラ君、お願い出来るかね?」
「あ、はい!」
セルヴィスからのGOサインが出たので、調理スタッフの一人と一緒に調理場へ入る。
料理自体は嫌いじゃないけれど、本職さんがいるのでお願いすることにした。
何故かこっそりついて来たロロンが気になるけれど、「邪魔をしないから」という言葉で信用をする。
ロロンは年齢の割りに賢いので、何か意見が聞けると良いと思った。




