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116:見学会

 こちらの話が一段落したのを見計らって、ブリュレ達が挨拶しにきた。

GR農場内では、どんなお客さまが来ても対応していたメンバーも、外ではセレーネとメルナールに気後れしているようだ。

考えてみれば分かる事だが、国がスポンサーで、協会が全面的にバックアップしている、ある種の王家御用達のような施設だ。

事業内容が健康設備の販売と、王都民向けの診療・リハビリなので、高額な商売は予定していない。


「ブリュレ。折角リュージさんや皆さんがいるんだから、意見を聞くか考えを聞いて貰ったらどうだ?」

「はい、トルテさん。あ、でも……まだ検討している段階で……」

「まだ急がなくていいですよ。相談なら何時でも聞くので、直接来てくれて大丈夫です。急いで探したいなら、ブラウンを呼んでくれればいいから」

「はい。リュージさんの求めるメニューを作れるようにします」


 深々と頭を下げたブリュレと同じように、後ろの調理班も頭を下げていた。

セレーネとメルナールは、農場の方針にまで口を出す様子はなさそうだ。

リュージがさりげなく自分の方を見たので、ブリュレ達が離れる前にトルテに質問した。


「トルテさん、ここは診療所とリハビリ施設に付帯する食堂ですよね」

「ああ、そうだよ」

「確か、年配の方が多く来るんですよね。そうなると、あまり重たい食事はどうでしょうか?」

この場を離れようとしたブリュレの足が止まる。


「そうだね。運動場や入浴場所も出来るからね。軽めの食事が喜ばれるだろうね」

「ただ、病人ではなさそうなので、食事制限は必要ないですよね。良質なタンパク質なら……」

「野趣あふれる肉よりかは、鳥の方が良いだろうね。豆って選択肢もありかな?」

「あの、今のをメモしても良いでしょうか?」


 ブリュレは生真面目だが、きちんと実力を持っている。

少なくとも、今集まっている調理班でリーダーを務めるくらいの腕を持っていた。

ウォルフは鳥より違う肉の方が好みらしい。自分は最近妙に魚が恋しい時期だった。


 メルナールには、協会で普段どんな食事をしているか質問をした。

すると、硬いパンと薄い塩味のスープと、異世界のデフォルトのようなメニューだった。

最近は農場産のトマトや保存食などもあり、昔に比べて格段に美味しくなっているはずだと言っている。

医療施設の近くには薬草園が、孤児院の近くには菜園が作られている事が多い。


 ブリュレは果敢にも、セレーネに質問をしていた。

王家と言っても、王妃はGR農場で普通に食事を取っている。

簡素な料理も凝った料理も、サラダでさえ普通に美味しい美味しいと食べていた。

そして、ブリュレは思い切って、セレーネとメルナールに質問をした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「リュージさん、無茶振りが過ぎますよ」

「ごめんね、アキラ君。100点の質問だと思ったけど、タイミングが良かったね」

「100点って言えばウォルフですよ。『ここで聞くのもいいけど、ソバット診療所が大きくなった施設だろ』って言った瞬間、ブリュレさんが何かを悟ったような顔をしていましたよ」

「アキラ、何かまずかったか?」

「いや、大正解ってこと。頼りになるなぁって思ってるよ」


 メルナールは、優しい笑顔をこちらに向けていた。

セレーネはそもそも心配してなかったようで、「GR農場として上手く提案出来なかった時は、入札にするのも手ですね」と言ったリュージの言葉にだけ反応していた。メインのスポンサーが『先代会』ということもあり、GR農場との結びつきは強い。

何より、ハズレたことがない事業を、現在進行形で続けているガレリアとリュージへの期待が大きいようだ。


 この建物の進みが一番遅いので、左の建物へ向かった。

一階の診療所はほぼ形になっていて、協会の職員らしき人が忙しなく色々整理をしていた。

広い待合室は『ソバット診療所』を思わせるような造りで、診療室が3部屋ありその先は繋がっていたのも一緒だ。

メルナールからは、GR農場から薬草を仕入れて、処方させてもらう予定だと言っていた。

ここにいると邪魔かなと思っていると、『ソバット診療所』のツイストがやってきた。

真っ先にメルナールへ握手を求めに行くのは仕方がないだろう。


「みなさま、お疲れ様です」

「ツイストさん、ごめんなさいね。ただ、協会でも良い施設なら広めたいのよ」

「メルナールさま。ソバット先生とも十分話しましたし、明るく送り出して貰えました」

「今話していて大丈夫ですか?」

「アキラ君、大丈夫だよ。私より優秀な人が集まるみたいだからね。でもなぁ、しばらく本格的な診療を、あちらにお願いしないといけないかもなぁ」


 『ソバット診療所』では、小さいなりに分業が成立していた。

ソバットが診た患者で、リハビリが必要な者をツイストが診る。

新人の看護士が来ることもあるが、婦長が全体を見て薬師が処方する。

ここで足りないのは、ソバットに変わる人材だった。


 勿論、ツイストもソバットに師事していて、患者を診る事が出来る。

ただ、細マッチョなツイストは、一緒に汗をかいて盛り上げるタイプだった。

歩行補助器も松葉杖も、ツイストには新しいリハビリ器具を使った構想があったようだ。


「あれ? 確か昔はこういう施設があったんですよね?」

「ええ、私達が若かった頃ね」

「その頃の先生にお願いするのは、難しいんでしょうか?」

「そうねぇ。頼むなら頼めるけど、きっと暑苦しくなると思うわ」

「目星はついているんですね」


 『聖別の儀』で集まってくれた聖者の中に、『健やかなる筋肉』という聖者がいた。

協会関係者なのに、筋トレが好き・筋肉を創るのが好き・筋肉をいじめるのが好きな変態らしい。

その名前を出した瞬間、ツイストは憧れているのか、目をキラキラさせていた。

そして、「ソバット先生のお師匠さまです」とカミングアウトしていた。


 協会関係者なのに軍閥の貴族や騎士関係に強く、腐敗していた貴族社会でも怖がられていたようだ。

時代でいうと同年代の、『拳の説法師』や『代理神罰』と一緒に無茶をやっていたらしい。

聖者の名前は、その二つ名だけで震え上がる程、トラウマになっている者までいるようだ。


「あの頃は、裕福な人は大抵太るのを目指していて、痩せている人がほとんどだったわ。『健やかなる筋肉』……ウェイドは、せめて明るくあろうと、頻繁に害獣駆除を行って炊き出しをしていたの」

「偏っていた時代ですね」

「そうね。王家や貴族、敬虔な女神さまの使徒は、清貧を旨としていたわ」

「ウェイドさまに、お願いを出来るでしょうか?」

「まだ王都にいると思うから聞いてみましょう」


 メルナールの申し出に、ツイストは目を輝かしていた。聖者の存在自体、ここ最近までは過去の伝説だった。

教会関係者だからこそ、聖者の価値が分かるということがあるらしい。

自分に近しい人と言えば学院ではアンジェラだし、大叔母さまならマザーになる。

それでも身近になりすぎて、他の人が持つような憧れの感情は湧き出てはこない。

やはり聖者というものは、世間に広く認められてこそ、その真価を発揮すると思う。


「メルナールさま、リュージさん。今日で課題は分かりました」

「セレーネさま。ある程度任せてもらっても良いのよ」

「私に出来る範囲ですが、きちんと参加させて頂きます。ウォルフ君にアキラ君、今日はありがとう」

「何か手伝える事があったら言って下さい」

「期待しているわね」


 セレーネとメルナールは、まだ打ち合わせが足りないのか残る事になった。

リュージが自分とウォルフをセルヴィス家に送ってくれると、生地探しチームの帰宅も大体同じくらいになった。

そういえば、大魔法使いとしてリュージがいないと、建前としてゲートを開くことが出来ない。

そんなことを思っていると、お婆さまから「土日はゆっくりしていったらどうかしら?」と提案があった。

荷物を家に仕舞っている間に、リュージと一緒に男爵領に戻り、スチュアートへ報告すると、家族は土日を王都で過ごす事になった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 土日はダンスホールへのアルバイトがある。ところが、土日に王都にいると、どうしてもミーシャとロロンの目があった。

今日はスチュアートとレイシアが一緒に来るようで、折角だからとセルヴィス夫妻も一緒に家族全員で行くことになった。

アルバイトは急な休みでも何とかなる。偶然だけど、月に一度予定している、貴族出身の騎士が来る日に当たっていた。

最近では貴族家の見学も多くなり、生徒達は気合が入っていた。


 アデリアとローラが迎える中、今日はダンスホールの見学となる。

勿論、ウォルフとアキラとして参加しているので、ボウイとキッドは欠席の予定だった。

騎士達はなるべくチャラくない人選がされていて、今日の為にめかし込んでいる者までいた。

ただ、今日の参加者には、貴族家の未婚の当主は存在しない為、生徒達の見る目は思いの外シビアだった。


 生演奏のもと、優雅なダンスが披露される。

さすがにセルヴィス夫妻は見学者に徹していたが、音楽に真っ先に反応したのはレイシアだった。

しきりにスチュアートに話しかける姿を見ると、根っからの踊り好きなんだと思う。

講師の目が頻繁にレイシアに向く。ローラの事を知っている先生なら、レイシアに気がついてもおかしくはなかった。

何曲か終わった時、講師から「見学者の方の意見も聞いてみましょう」と、客席いじりが始まった。


「レイシアさま……ですよね?」

「ええ、今日は家族でお世話になっています」

「こちらこそ。印象に残った人や踊りがありましたら、ご意見をお聞きしたいのですが……」

「私で良いのかしら?」


 熱心に頷く講師に、レイシアは穏やかに感想を始めた。

まず、全体の女性達のレベルが高い点。初めての相手でも、見られる事を意識して踊れたのは素晴らしかったと褒めた。

ただ……と、何名かの技術的な面について指導を始めた。

体を動かす筋肉と体を支える筋肉の両立は難しく、リフトで言えば軽い方が相手の負担は少ない。

回転では軸を意識して、明るく爽やかに笑顔で……と言った所で、「一曲見せましょうか?」と提案した。


「見学者なのに悪いね。手短に済ませるよ」

「あら、スチュアート。私と踊るのは嫌?」

「そんな……、お嬢さま。どうか、機嫌を直して」

「「「キャァァァァ」」」


 スチュアートが演奏者を見ると、何故か二人がここぞと言う時に踊る曲が流れ出す。

今日の二人の衣装は、貴族としては平服で、踊りに向くものではない。

ただ、音楽が始まると、誰より二人に光が集まっているように見えた。


 王女を射止めた近衛騎士、それは騎士にとっては最上の名誉であり、伝説にもなっているカップルだ。

己の愛を貫いた『愛の伝道師』、ちょっと年上のお姉さんにしか見えない年齢のレイシアが、スチュアートの前だと乙女に見えてしまう。二人が向き合った時から、主役は決まっていた。

二人の踊る仕草は芸術の域に達していると思う。それは、背景に花が咲き乱れているように見えても自然で、難しいステップもそれを技術と思わせない優雅さがあった。


 結果、何が凄いか分からないけど、とにかく凄いとしか言えなかった。

これは兄弟誰に聞いても、この答えしか出なかった。

音楽が終わり、二人のお辞儀から数秒、静寂に包まれる。

そして、申し合わせたかのように同じタイミングで、歓声と拍手が鳴り響いた。


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