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111:浴衣

「二人とも、真剣な顔をしていますね」

「ユアちゃんは裏方さんなのだ。でもでも、最近裏メニュー的な指名で呼ばれる事もあって、少しずつだけど表に出てくれるの」


 かなり座り心地の良い革のソファーに、リュージと並んで座っている。

リュージの向かいにはユアが座っていて、その隣にはミィがいた。

何回か「ミィさん」と言ったら、その都度「ミィちゃん」と訂正されてしまう。

リュージの期待する視線に何度が挑戦してみたけれど、根負けして「ミィちゃん」と呼ぶと満面の笑みを向けられてしまった。


 リュージは最初に浴衣の資料を出すと、ユアとミィはすぐに「お願いしま~す」と手を上げて、黒服に誰かを呼ぶように指示をしていた。少し時間がかかるらしいので、その間にブルーローズへの出荷状況を確認している。

主にお酒を飲みながら静かに話をするお店らしく、『この店で話した内容は、外には絶対に漏れない』と、政治的な話をしに来る者までいた。ローランドも昔は通ったようで、リュージの暴露にユアから注意を受けていた。


 お酒はアーノルド家のワインを中心としているが、ここ最近はGR農場から新商品が出るたびに取り入れているので、リモンチェッロや梅酒なども飲めるようになっている。ラース村から少量だけど焼酎を仕入れているので、ワインやエールだけではなく幅広く飲める店になっていた。

それに伴い、様々なお酒の飲み方と、ちょっとした料理や新鮮な果物などが、GR農場を通して提供されることになる。


 季節の果物と食べ方、カクテルとしてのバリエーションは、ブルーローズの調理スタッフが度々トルテの所へ修行に行く。

その時、高頻度でやってきているのがユアだった。

果物は食べやすいサイズにカットすればなんとかなる。やってくるお客さまは主に年配の男性で、キャストである女性に食べさせたい・飲ませたいと思う事が多いらしい。そうなると、おしゃれで可愛く軽いものが好まれることになる。


「ユアちゃんは、裏方さんなのにとても人気なのだ」

「分かります」

「分かるのは良いのだけれど、アキラ君は何か忘れていないですか?」

「ミィさんも、人気なのは知っていますよ」

「ミィちゃん」

「ミィちゃん」

「宜しい。かろうじて40点です」


 どうも自分の周りの人は、自分に対して辛口の評価をつける人が多いみたいだ。

レイシアに教わった『女性への礼儀』も、過剰なくらい対応出来ていると思うのに、今日はその仮面が外れかけている。

大体、自分の相手をしてくれている女性が、隣の女性を褒めた時の正解なんて、何と言っても不正解だと思う。

かと言って、ユアは話を聞いていないようで、しっかり聞いているのは丸分かりだ。


「こういう店で聞いちゃダメでしょうが、ミィ……ちゃんとユアさんは好きな人いないんですか?」

「今のは45点かな? ミィちゃんは、みーんなが大好きだから、アキラ君にもまた会いたいのだ」

「はい、またミィちゃんに会いに来たいです」

「58点。アキラ君は、今度黒服さんの修行に来ると良いかも? スペックが高いのに、生かしきれてなくてもったいなーい」

「ミィちゃん。今日はお客さまであって、お客さまじゃないのよ」

「だって、トルッテももったいないんだもん」


 急に巻き舌になって言った言葉に、ユアがびくっと反応した。

まあ、「『とっても』に聞こえたよなぁ」と思っていると、ミィが話題を変えてきた。


「アキラ君も、お料理は得意なの?」

「いえ、知識はリュージさんと同じくらいだと思いますが、得意なのは魚介類と卵料理くらいかなぁ?」

「アキラ君は、遠くの国の出身なのですか?」

「あー、ミィちゃん。その辺はシークレットで。今はアーノルド家のアキラ君で後見人は自分です」

「はい、そういうことでお願いします」


 ミィの言葉に他意はなく、やはり海が遠い土地だと改めて感じた。

そう考えると、塩や乾物屋で頑張っているのは凄い事だと思う。


「あれ? でも、リュージさん。隣国のあのダンジョンなら、ある程度賄えるんじゃないですか?」

「うん? あぁ、現実的な距離がね。輸送の手間があるでしょう」

「それなら、冷凍しちゃえば何とかなりません?」

「冷凍? ……あぁ冷凍かぁ。ありだね」

「リュージ君、魚介類は長いながーい旅をしないと食べれないのです」

「ミィちゃん。リュージさんは、その他国を旅してたのですよ」


 隣国のダンジョンの件は、あまり広がっていない。

肉の代用品としてカツオなどを食べる場合、しぐれ煮など醤油を使ったやり方などではないと、高確率で受け入れ難いと思う。

そもそも低層で狩るメリットが少ないので、釣り人兼商人のブレス以外いなかった気がする。

多分、あの場所がブレスにとって安全という事もあり、スポーツフィッシングの感覚でやっていたのだろう。

食材の確保という意味で釣りをしている人がいないので、とてももったいないと思った。


 リュージの営業活動は功を奏し、取引量は微妙な右肩上がりになっているようだ。

食事やデザートで稼ぐ店ではないので、どうしてもお酒に偏りキャストの人件費に落ち着くらしい。

ミィプロデュースの店が本格始動すれば、少なくとも倍以上の取引額を見込めることになる。

ただ、農場としては信用出来る取引先を増やしたい訳で、誰でも売れれば良いというスタンスではないらしい。

軽い雑談をしていると、お目当ての人物がやってきたようだ。


「こちらはヘアメイクさんで、こちらが衣装さん」

「初めまして、リュージです。早速こちらをご覧頂けますか?」

「あら、変わった衣装ね」

「この髪型も斬新だわ。しかもシンプルね」


 今回は荷物持ちとして同行しているので、リュージの指示で収納からダンボール箱を取り出した。

出た瞬間にヘアメイクさんと衣装さんまで拍手をしているのは、この店の最低限のマナーなんだろうか?

ミィは勿論のこと、ユアまで拍手しているんだから、この店では普通なんだろう。

ダンボールから浴衣セットを取り出すと、衣装さんがまず生地を確認する。

リュージは画像と共に型紙の寸法が書いてあるものを見やすい位置に置くと、「ふんふんふん」と衣装さんが頷いていた。


「リュージさん。アデリアさんが待っているんじゃ?」

「ああ、そうだね。みなさん、元ポライト家のアデリアさんに資料を送っているのですが、先に合流しませんか?」

「それは、この衣装を着た姿の完成バージョンが見られるってことかしら?」

「多分、大丈夫だと思います」


 ユアが「お願いしまーす」と老紳士を呼び出す。

どうやってお願いしますに意味を込めているか不思議に思うけど、ハンドサインでもしているんだろうか?

馬車の用意が済んだようで、二台に分かれてダンスホールへ向かうことになった。

今回ヘアメイクさんは居残りで、ユア・ミィ・衣装さんが来てくれるらしい。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 平日は人が少ないはずなのに、ダンスホールには結構な人数が集まっていた。

何故かローラの子供のレイルドとミーアもいて、その他は女子率がかなり高かった。

アデリアは浴衣をローラに着付けて、全体的なバランスにおかしな点はないか確認している。

レンは黒板に知らせなきゃいけない人と、作る人一覧を作っていた。

ダンボールを置くと、長くなりそうな話から一歩遠ざかった。


「「アキラお兄ちゃん」」

「レイルドとミーア、久しぶり。ローラさん、きれいだね」

「うん、お母さまとてもきれいなの。お父さまも喜ぶわ」

「ミーアも着たい?」

「うーん、みんな一緒がいいなぁ」

「あれは男性が着ても良い物だよ。男性用のは別になるけどね」


 ローラはその言葉を見逃さなかった。

黒板まで行くとレンにチョークを借り、旦那とレイルドの名前を追加した。

今ここにいる女性メンバーは全員欲しいらしく、その他は王妃・セレーネ・レイシアには知らせるらしい。

そして、依頼をしたミィは最優先で作りたがっていた。


 この衣装さんはブルーローズが懇意にしている、貴族家御用達のテーラーの幹部だ。

貴族御用達にも色々あり、最上級は王家御用達になる。

金さえ積めば同じものを作る店もあれば、質を落とし量産化する店もある。

ただ、今日来ている衣装さんの店は、本物の価値が分かる人にしか売らない本物志向の店だった。

貴族が最低条件でそれなりの金額を取り、製作途中でもおかしな事を言ったらキャンセルになる可能性があるらしい。


 寸法を取る為にメジャーを衣装さんに渡すと、型紙にも納得したようで、まずは一着仕上げることになった。

アデリアが侍女を呼ぶと、女性達が着替える場所にミィと衣装さんを案内して貰う。

そして、残りのみんなでどこにどう依頼をして、製作をするか検討することになった。


「ねえねえ、アキラお兄ちゃん」

「なにかな? レイルド」

「何時頃遊びに来るの?」

「あぁ、そっちは詰めてなかったなぁ。今度ウォルフにも聞いてみるね」


 大人達が相談をしているので、折角なのでローランドの子供達の事をレイルドとミーアに聞いてみた。

一度金曜日に顔合わせをして、今後は会う機会が増える事を話すと、レイルド達との関係を教えてくれた。

まず、ローランド息子であるの三兄弟は、ちょっと俺様なライマード9歳・ロメロ7歳、甘えん坊のリューク4歳だ。

そんな上の二人を面倒見ているのが、18歳の双子の姉妹であるソアラとチリという名前らしい。

侍女兼護衛のポジションで、没落貴族の中から立候補したらしい。


 レイルドとミーアは月に一度会う程度で、親戚としての付き合いというより、臣下として接しているらしい。

貴族家でも12歳以下は多少の我侭は許される事が多い。

特に礼儀については15歳までに身についていれば良く、親戚付き合いをしてもおかしくない年齢でもあった。

レイルド曰く、「だって、偉そうにするんだもん」らしく、確かに偉いことは偉いが、仕事をしていない子供の価値は等しく大人には及ばない。収穫祭などの祭りは大人を労うもので、税金を納めている者が偉いのはこの世界でも一緒らしい。


 金曜日ウォルフと一緒に行く時に、レイルドとミーアも一緒に行きたいと言っていた。

今回は顔合わせがメインだし、剣術の稽古をすると言ったら、レイルドも一緒に習いたいそうだ。

いくら頭を使う方が得意でも、貴族家なら剣術は上手いに越したことはない。

ローラがこちらの会話に気がついたのか、リュージに頭を下げていた。


 大人達の会話も一段落したようだ。

まず衣装さんが店に戻り事情を説明した後、なるべく独占的に作るそうだ。

これは店との相談になるが、ここで済めば話はお終い。ダメなようなら、次は王家御用達の店が出てくる。

こちらが出た場合は、生地による差別化を図り、2社による業務提携及び守秘義務の共有となる。

どちらにせよ、新しい服だということは理解しているので、勝手に店側で進める事はないらしい。


 完成図的に、小物類をどれだけの業者に投げるかの方が問題だったようだ。

「一通りは努力してみます」と衣装さんは言っていたが、履物だけは扱えない事が分かった。

サンプルであったのは女性用の下駄で、緋い鼻緒の黒い下駄だった。

ちなみにローラが着ているのは、紺地に金魚があしらわれている若干シックなイメージのする浴衣だ。


「うーん、これはレイクさんに頼むか、パーシモンさんに頼むか」

「リュージさん。オルトさんはどうでしょうか?」

「オルトさんか……。まだ仕事は始まっていないし、見せるだけ……。ああぁ、ダメか。仕事道具の関係で」

「部屋を片付けるので、一度聞いてみませんか?」


 この世界で履物と言えば革職人の分野で、下駄の他には草履や雪駄などが候補にあがると思う。

ただ、折角見本があることだし、きちんと工夫をすれば新たな道が見えると思う。

衣装さんは既に動き出していて、ヘアメイクさんは新しいアレンジを検討するようだ。


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