110:ブルーローズ
「調理班の皆さん、聞いてください」
「みんな静かに。ナディアさん、続きをお願いします」
例年通り、収穫祭に出店するGR農場だったが、今年は季節が少し早まり八月の後半に予定している。
今回ナディアが調理班及び関係者を集めて、何点か上がっている議題を投げかけることになった。
ナディアは主に外部向けの窓口になり、ユーシスはGR農場の内部をまとめている。
入社当時は誰もが大手商会の孫娘だと知っていて、腰掛だろうと多くの者が思っていた。
普通ならば祖父・父と続いた商会に入り、幹部として悠々自適な生活をしているのが一般的だった。
堅物と言われているユーシスがナディアを射止め、今では双方共に農場の責任ある立場に上り詰めている。
あまり上下関係を重視しないGR農場でも、上層部を除いたらこの二人は別格であった。
そして、残り少ない別格は王妃とトルテだ。そんなトルテを中心に、調理班にも多くの課題が投げかけられていた。
まずは夏祭りの話になった。
例年通り商業ギルドが音頭を取り、メインから隅っこの方まで出店の配置が決まることになる。
まずは出店者名と料理名を提出して、うまくバランスを取るのが今までのやり方だった。
ここ最近、GR農場の出店はネームバリューがあるからと、隅の方に追いやられていたが、今年からは主張する方向にした。
「これはリュージさんからも許可が出ています。手加減ばかりしていたら、ライバル店に申し訳ないと。料理には口出しはしないけど、お客さまを楽しませる事と、農場の宣伝をしましょうと言っていました」
「そうだな。ライバル店は焼きトウモロコシとかじゃがバタとか。農場の名産を茹でたり焼いたりしているだけじゃないか」
「焼きナポリタンだって、ナポリタンなら焼くだろう。それだってリュージさんが広めたんだし、ケチャップはうちの商品じゃないか」
「はいはい。リュージさんは、『そこを指摘しないように』と言っていましたよ」
GR農場で出した商品は、翌年には何処かの店で真似をされるのが常だった。
それでもきちんと教えを請いに来た者へは、トルテが丁寧に指導をしていた。
出店グループには暗黙の了解として、真似をして不出来な物を出したら、二度と呼ばれないという前例があった。
GR農場は農場で多くの知恵を絞り、毎回毎回悩みに悩み貫いて出店していた。
議題はまだまだあった。
祭りの時に裏開催として、トルテに教えを請うた貴族家の料理人達が調理を競うというものだ。
雇い主である貴族も多く出席するようで、仮面をつけた立食パーティーとなる。
多くの料理人が、その場で盛り付けや料理を仕上げる方式で、農場からも一品作る予定だ。
新しい施設についても、何か案を出して欲しいと言われているようだ。
後で聞いた施設名『さくら院』だが、簡単に食事を取れるスペースを作るらしく、もし頑張りたいなら企画を立てて手を上げて欲しいと言われていた。食材はGR農場産の物を商業ギルド経由で卸すらしく、先代会からは「料理も一緒にお願い出来ないか?」と問い合わせを受けていた。
最後に独立問題だった。後々王都で一旗上げたいと思う者や、貴族家・商家からのお抱え、身近な人に広く食事を作りたいなど、様々な理由で独立をしたいという者が出てきた。
『さくら院』でもリュージが難色を示しているので、他の飲食業界との兼ね合いが問題になっていた。
これは賛成派が増えたようなので、大した問題にはならないと思うけれど、飲食業界に手を出さないと言った手前、通すべき筋を通してからという話になった。
トルテが名前を呼んでいくと、それぞれ専門チームを作っていく。
きちんとトルテが監修を行うようなので、呼ばれたメンバーがリーダーとなって進めるようだ。
この農場の凄い所は、部門を飛び越えて協力体制が取れることだ。
『今何が旬なのか?』『今どんな加工食品が売れ筋なのか?』、最近では『体に良い食事について』とザクス博士から提案されている。まだ時間があるだけに、期待に応えられる候補を出すのが調理班の使命だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アキラ君。結構、遅くなっちゃったけど大丈夫?」
「あ、そろそろ時間ですね。ところで、ゴルバさん。今、何杯目ですか?」
「気にすることはないぞ。これは業務らしいからな」
小さい樽に座りながら、干し肉を肴にエールを飲んでいるドワーフ。
そのドワーフのゴルバが、もうちょっと冷たい方が良いとか、もうちょっと温かくとか細かく指示をしている。
ゴルバが持つピッチャーサイズの樽状のコップに、言葉通りに温度を調節しているリュージは、ゴルバが酒を飲みたいだけだと気がついていたようだ。
「はいはい。さっきから調整してないのは気がついてました?」
「なんだ、もう終わりか。じゃあ、仕事終わりの一杯に切り替えるか」
「それで満足出来ましたか?」
「ああ、大切に使わせて貰うぞ。役得役得っと」
一つ決まれば、後は同じように付与するだけだった。
ゴルバは大切そうにコップと椅子として使っている小樽を収納に仕舞うと、軽く手を上げて軽快に去っていった。
リュージに収納の事を聞くと、ごく一部にだけ性能がそれほど良くない物を渡しているらしい。
明日の予定を聞くと、何件かのテーラーを回るようだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
水曜日も集合は、農場のリュージの私室からだった。
食堂はいつも通っているので顔パスだけど、いつの間にかここまで素通りになっている。
そして何故かリュージの私室なのに、昨日と同じメンバーが資料を持ち込んで作業をしていた。
ブラウンは呼べば来るので、本当に困った時以外呼ばないようにしているらしい。
みんなに挨拶をすると、暖かく迎えてくれた。
考えてみると、王国の英雄の法衣男爵に同格の博士が二人、そして異世界から来たリュージと豪華メンバーだ。
レンは元々伯爵家の令嬢だと言っていたし、考えてみると自分の周りには貴族が多い。
養子になったので自分も貴族の一員だけど、どうも一般人の意識が強いせいか、貴族にピンとくるものがなかった。
今日は浴衣関係で何件か回る予定だけど、何故かあのおっさんが予告もなく、新古品の浴衣を何着かダンボール箱に詰めて送ってきた。その箱の一番上にはメジャーが何個かあり、系列店で人気がなくて使わなかったのでサービスだと書いてあった。
多分、リュージを上得意だと認識して、ゴマをすっているのかもしれない。
ダンボール箱を取り出してリュージに見せると、他のみんなも箱を覗き込んできた。
「へぇぇ、随分サービスしてくれるんだね」
「これが入っていました。系列店って……ですよね」
「アキラ君も、そういう店行った事あるの?」
「う……、頭に靄が……」
「別に責めたりしないよ。依頼はそういう所からだからね」
レンが浴衣を広げると洋服の上に充てている。
リュージが机からモデルが着ている画像を見せると、「思ったより可愛いわね」と食いついていた。
「ねえ、レン。ローラとアデリアに、手伝いをお願い出来るかな?」
「多分、大丈夫だと思うわ。アデリアは着付けの関係で?」
「うん。念の為、この書類と1着渡しておくよ。ちょっとブルーローズに行ってから合流するから、欲しいと言いそうな人は声かけといてね」
「それは良いけど、レイシアはいいの? アキラ君、ミーシャちゃんにも着てもらうといいんじゃない?」
早速レンが、資料を持って出かける準備をする。
今日はまだ来たばかりなので、レイシアとミーシャの確認は後ですることにした。
自分は用意された馬車で、リュージと一緒にブルーローズへ向かうことになった。
「リュージさんって、本当に何でもやってるんですね」
「ガレリアさま程じゃないさ。どうも、実力を計る目的なのか、一時期貴族の文官が何でもかんでもガレリアさまに投げた時期があってね。それを片っ端から処理してたら、それがバレて、その文官はいらないなという話になったそうなんだ」
「へぇぇ」
「それからは、厄介事と不良債権を投げてくるようになったんだよ。ローランドさまは、きちんと売却先まで見ているからね。自分で自分のポイントを下げているのが理解できていない文官が多くて困るね」
「お金と自分の価値の計算が出来ない文官ですか……」
ガレリアは実力的には伯爵クラスで、最低でも願えば子爵にはなれるらしい。
ただ、ザクスとレンもそうだけど、貴族としての重荷を今更担ぐ気にはならないようだ。
冒険者の学園でも、薬学科の特待生だったザクスに、農業科の特待生だったレンは、ある意味今の仕事の基礎となる勉強をして、その延長線上の仕事が出来ていた。
豪華な屋敷のような場所に行くと、カクシャクとした老紳士が自分達を迎えてくれた。
貴族家なんだろうなとは思いながら、真昼間から正装をしている老紳士が家人に馬車の誘導を頼み、自分とリュージは中に迎えられた。
「リュージさま、アキラさま。主人に代わりまして、お二方のお越しを心より嬉しく思います」
「いえいえ。皆さんお変わりありませんか?」
「えぇ。皆、恙無く暮らしております」
リュージに合わせてお辞儀をすると、ふと自己紹介したかなと気になった。
こっそりリュージの傍に寄り、「リュージさん。自分が来る事を伝えていました?」と聞くと、「伝えてないよ」と何気ない風に返事が帰ってくる。不思議に思っていると、「アキラさまは有名ですから」と、振り返った老紳士が返事をした。
再び歩き出した老紳士は、大きなドアの前に立つと、自然にドアが開かれた。
そこは一言で言えば、大人の社交場だった。
いや、成人男性の社交場と言うか、とにかく開店時にしか味わえない全員によるお出迎えというか。
う……頭の中に先輩に連れて来て貰った時の記憶が……何故、しっかり残っているんだ……。
とにかく、豪華なソファーに丁度良い空間を区切るパーテーション、キレイで上品な女性が揃っているここを見れば、誰だってここが高級キャ○クラだと分かっただろう。
そんな女性の中で特に目立っているのは、中央にいる『しっとりした女性』と、その隣の黄色いドレスを着た女性だった。
いつの間にか先程の老紳士は姿を消していて、その二人の女性に案内されて席についた。
「リュージさんにアキラさん。本日はありがとうございます」
「いえいえ、ユアさん。いつも農場の商品ではお世話になっておりますから」
「初めまして、アキラ君。ミィだよ、今日は宜しくね」
「あ、はい。宜しくお願いします……って、リュージさん。自分、まだ11歳ですよ」
「あはは、大丈夫だよ。今日は商談だからね。ミィちゃんもあまりからかわないようにね」
ぱっと見ユアさんと呼ばれた方は黒髪で、しっとりしていて大人の色気を感じる事が出来る。
多分20代中盤くらいで、隣のミィちゃんと呼ばれた方と同じくらいに見える。
片方が『さん』で片方が『ちゃん』かぁ……と思っていると、なにやらミィがこちらを興味深そうに見てきた。
「アキラ君は、あのアキラ君なのにゃ?」
「にゃ?……って。あ、えーっと。あのが何を指しているかは分かりませんがアキラです」
「ミィちゃん、まずはお仕事から。あなたも責任者になるんでしょ」
「はーい。ミィちゃん失敗しちゃった」
リュージはマイペースの書類を並べている。
ユアがいつの間にか黒服を呼ぶと、気付かない間にレモン水が用意されていた。
リュージと喋っているはずなのに、ユアの事を見ると何故か目が合ってしまう。
これはミィも一緒で、目が合った瞬間目を瞑り、小さくchuっという音を出して、またユアにジト目で見られていた。
どうやらミィに、完全にからかわれているようだった。




