109:パソコン教室
アキラと別れると、リュージは多くのToDoリストに目を通した。
パソコンを入手したことにより、今まで調べられなかった情報が手に入る可能性がある。
リュージはパソコンに向かうと、画面にある何点かのアイコンにため息をついた。
「これは多分、アキラ君が持っているタブレットのアイコンだよね」
人払いをしているので、リュージの呟きに反応する者は誰もいない。
まずはサーチエンジンで、『浴衣』の画像と型紙をダウンロードして印刷した。すると、テーラー用のメジャーが必要だなと気付く。
アキラ曰く、あまり細かい頼み方をすると嫌がるので、○○関係と頼むようにしているらしい。
「ミシン4台くらいに裁縫セットで頼むかな? メジャーを忘れずに」っと、誰も聞いていないのに口に出していた。
「さて、問題はこれをどうするかだな。物語で言えば予定調和って感じか」
まずはR15のアイコンを選択する。かなり暗い画面の中から女性が浮かび上がる。
中肉中背な感じだけど、上半身しか見えていない。アイマスクをしている女性は、口元を見る限りシュっとしていた。
そして、音声は繋がっていないのか、少しすると早口気味にタスケテと言ったように感じた。
それから女性が叫ぶ映像が流れ、どこからか何かが飛んできて、ガチャと音がする。
ギュリリリリリリ……ガチャ、ギュリリリリリリ……ガチャと、リュージはよく目を凝らし音の回数を確認する。
そしてカメラが女性の顔にズームインしていくと、<<あなたは誰ですか?>>と動画画面に文字が浮かび上がった。
数秒の後に窓は勝手に閉じて、R15とR18のアイコンがグレー色に変わっていく。
「彼女がミズホさんかな? あの音は鎖……。この靄がかかったような感覚が、アキラ君の言ってた奴か」
結構な情報が出た上であのメッセージが流れたということは、まだあの先に続きがあるのだろう。
このパソコンがアキラのタブレットと同期された可能性がある。サーチエンジンで何個か調べてみたら、調べられる項目と調べられない項目があった。そして『ラース芋』で調べた時ヒットしたと言う事は、この世界特有のサーチエンジンとシュージによる情報が混ざっている可能性があると思った。目に付くとまずいアイコンは隠し、リュージはそっと電源を落とした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リュージとの話の中で、今週は一緒に行動することになった。
セルヴィスとサリアルにはリュージから話が行くようなので、家族には自分のほうから説明をしないといけない。
家に帰って説明をすると、問題なく許可は得られた。ウォルフには金曜の件を話して了承を得ている。
火曜日は朝から、農場のリュージの私室に集まった。
ガレリア・ザクス・レン・ブラウンが生徒となり、リュージがパソコンの説明をして自分がサポートに入る。
応接セットがなくなり、事務机が並ぶオフィスタイプの部屋に変わったので、訪れる人達は立ち話で用事が済まされる。
農場の中の事は、ユーシスとナディアが中心になって進めているので、上層部は安心して趣味に走ることが出来ていた。
ノートパソコンを出して、デスクトップ2台と合わせて交代で覚えて貰う。
今回はリュージ用のパソコンを使っても良いと言っていたが、実際の運用については使用禁止らしい。
珍しく断言する姿に違和感を覚えたけれど、パソコンは基本的に個人用だと思うのも分かる。
リュージが追加でパソコンを発注したいと言うと、特に異存はないので了承をした。
他にも欲しいものがあるようなので、それも併せて発注してもらうことにした。
一通り説明が終わると、問題点がいくつか出た。
一番の問題はキーボードとキーの配列で、真っ先にザクスが今使っている文字とキーが噛み合わないと文句が出た。
するとブラウンがリュージに、「書き換えても大丈夫でしょうか?」と確認を取った。
ノートパソコンは自分用なので、「二台のデスクトップはいいよ」とリュージが言うと、対応するキーをこの世界のアルファベットのような物へと書き換えていく。
「リュージさん。何でこんな事が出来るんですか?」
「そこはブラウニーのブラウンだからね。職人系の技術は一通り出来ると思った方がいいよ」
「ブラウニーってそもそも何ですか? お菓子でなら聞いた事ありますが」
「ほら、寝ている間に仕事をしてくれる、妖精の話って聞いた事ない?」
「あぁ、小人さんですか。それにしても、凄い技術ですね」
キーボードに表示されている文字を変えると、早速中に入っていた単語の名前を早打ちするソフトを立ち上げた。
2文字から3文字の単語を次々とクリアしていくと、あっという間に諺や格言まで入力が高速で行われる。
「検証も終わりました。御用の際には、是非このブラウンをご指名ください」
そう言ったブラウンは音も立てずに消えていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ザクスとレンがパソコンで『単語のシューティングゲーム』をしている頃、ガレリアとリュージによる付与魔法講座が行われていた。
午後からは新しい施設の会議を開くようで、空いた時間に少しでもキンキンエール作戦を進めなければいけないらしい。
付与する樽は全部で20個もあり、一気に付与出来るリュージとは違い、こちらは付与魔術師の誰かと一緒にやらなければならなかった。屋外に樽が並べられ、大きさが近い白い宝石が並べられている。
元講師であり、『常春さま』という称号を得た付与魔術の英雄で、法衣男爵の地位を得ているガレリアの講義は分かりやすかった。
リュージの補足によると、ガレリアが『常春さま』として確立した、『広範囲に於ける温度(室温)の固定化』はその時の温度を、宝石を核として魔力制御をすると言うものだった。冬の寒い時期にその場所を固定化し、氷室のような状態で冷蔵庫代わりに使う。
春の陽気にその温度を固定化し、過ごし易い環境を整える等、劇的な変化は出来ないが、これを理論立てて複数人による儀式魔法として確立させたのが凄い所だった。
ただ、その技術と利益関係で、今回のオスローのように事件に巻き込まれていた。
ガレリアは理論構築が優れているが魔力量が少なく、圧倒的に魔法使いには向いていないらしい。
教え子であるサリアルもその傾向があり、緻密な技術と繊細な魔力制御を伸ばす事で、一流の講師にまで育て上げたそうだ。
リュージは異世界から来たチートなので、現在の魔法事情には当てはまらないと推測できる。
説明が終わった頃、オルトが手土産を持ってやってきた。
高級茶葉と使いやすい初期セットを適当に見繕ってくれたようで、ガレリアとリュージに丁寧にお礼を言っていた。
「オスロー殿の件は、力になってやれず申し訳なかった」
「いえいえ、ガレリアさま。法衣男爵にまでなれたのはガレリアさまのお陰と聞いております。どうぞ頭を上げてください」
「うん? あの杖はやっぱり何か仕掛けがあるのですね」
リュージの問いにオルトは頷いた。
杖本体の職人として研鑽を積んでいたオスロー親子だったが、ある時期を境に杖の質ががらりと変わったようだ。
それが何時かは、魔法使いが少ないこの世界では、気がついた者は少ない。
オルトの話によれば、ガレリアとオスローの共同開発だと言っていた。
オスローは年を取ってからガレリアに師事し、不器用ながらもその成果を実らせていた。
実際に評価されたのがここ数年だというのは、オスローにとって幸せだったか不幸だったのかは分からない。
ガレリアが教える技術で、真っ先に思い浮かぶのが付与魔術だ。
そして、オルトはその技術を学ぶのは後でも出来ると、杖本体に対する研鑽を積んでいた。
午後からの施設の会議は結構気軽に参加出来るようで、ガレリアがオルトを誘うと是非にと返事をしていた。
リュージはブラウンを呼ぶと、オルトを昼食に誘い案内して貰った。
成人男性の胸程もある樽に、リュージは魔法で水を注いでいく。
八分目まで入れた樽に、リュージは白い宝石を手に取り、魔力を注ぎながら埋め込んでいく。
収納からコップを取り出すと、水を一杯汲み出して口につけた。
「アキラ君、今の手順は見えた?」
「はい、見ていましたけど……。そういう意味ではないですよね?」
「あぁ、ごめんごめん。魔力的にって意味でね。付与する工程は無理でも、水に関する物なら分かったでしょ?」
「あ、えーっと。多分?」
リュージの魔法操作は、簡単なように見えてとても高度な事をやっていた。
まず、樽に八分目まで入れる水の量が多く、ピタリと丁度良い量で止まっている。
そして、付与後の水の中を攪拌したようで、上部と下部の水温まで一定になっているよと言っていた。
これは魔力を注いだ後放っておけば一定になるので、気にしなくても良いと言っていたけれど、水温を決める上では必須だった。
しっかり見えているガレリアの説明で分かった事だけど、この二人の技術は凄いと思った。
コップを二つ出したリュージは、自分とガレリアに温度を確認して欲しいと言ってきた。
夏祭りは八月の後半に行われる予定なので、今よりももっともっと暑くなる。
そして、水温だけでは分からない点もあるので、後で小さい樽に取っ手がついたピッチャーのような物を作り、ゴルバに確認して貰おうということになった。ドワーフならば酒の最適な温度は分かるだろうし、何より喜びそうという理由だけで作るそうだ。
中にあった水は、ウォーターボールとして上空に打ち出した後散布し、残りの樽はリュージの収納に仕舞われる事になった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オルトと昼食を取った後、そのまま食堂で新しい施設の打ち合わせをすることになった。
協会からはメルナールとダイアナが、先代会からはパーシモンとセルヴィスが。
商業ギルドからはグラントと職人と事務方が数名いて、そこにガレリア・リュージ・オルトと自分が参加をしている。
何故か王妃とセレーネが、末席に座っているのが気になったが、これは自分が指摘することではなかった。
まずはグラントが司会となり、この施設への参加者を確認した。
管理者は『寄り添う者』のメルナールであり、共同代表としてセレーネが就任することになった。
ただ、セレーネは日々多忙という事もあり、事実上のトップはメルナールになる。
そして、ソバット診療所のツイスト先生がリハビリ部門のトップになり、診療部門は協会から出向が予定されている。
開発に関わったメンバーへは部材供給の外注を約束しており、その職人が抱えている弟子が出向として施設に来てくれるらしい。
特別なパーツは本職の職人が担当し、組み立て改造作業は『バカ旦那の会』を中心に行うようだ。
オルトにはこの二グループの仲立ちをお願いしているようで、出来れば現場をまとめあげる立場になって欲しいとガレリアから激励されている。
事務仕事は当面商業ギルドからの出向者が担当し、貴族の子飼いの業者を排除する目的があるようだ。
商業ギルドは国家間を超えて信用があり、敵に回したら領地が干上がるくらいの実力はある。
今回の後ろ盾は協会であり王家であり公爵家なので、手を出すような者はいないはずだった。
事業内容は診療所兼リハビリ施設で、関連備品の製造及び販売だった。
運動場とお風呂と休憩所は保養施設というか、付帯施設という扱いらしい。
年配者向け施設ということで、お風呂と休憩所のみの利用は、そこそこの金額を取るようだった。
あまりに施設施設と言うので、ここらで名称を決めませんかと言う話になった。
施設の名称では多くの候補が上がった。『ツイスト診療所』や『先代会 保養所』や『王都 療養院』など、案は出るがどれもピンと来るものではなかったようだ。
「そういえばリュージ君、今年の花見も盛大だったよ。ソバット診療所からも、その名義で参加出来たようじゃの」
「へぇぇ、あの倍率を当てたんですか」
「リュージさん、あまり堅く考えないで『さくら』とか、草花の名称をつけるのも手ですね」
「うーん。『協賛会 さくら院』とかかな?」
看板は大々的に作るようで、協賛事業者の名前は書くことにしている。
敷地を囲うように桜を設置しようと案が上がり、記念植樹として一本一本に協賛金を出して貰ったらどうかという話になった。
王家・公爵家と共に名を連ねる事が大事な貴族家なら、喜んで記念植樹を見栄として申し出ることだろう。
愛称は何もつけずに『さくら院』で決定した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
会議が終わり実際の運営としては、協会部門と商業部門に分かれる事になる。
リュージが関わる部分はもう少し後になる予定だった。
「リュージさん、少し欲しい物があるんですが……」
「うん? それは難しいもの?」
「えーっと、金曜日用にですね……」
リュージの許可は問題なく出たので注文をお願いした。ついでに足りない物はリュージが出してくれるらしい。
ローランドとセレーネの子供については、リュージからの依頼なので問題なく対応してくれるようだった。




