108:新たなる道
偉くなると、なるべく一箇所に落ち着いて欲しいようで、ガレリアは慣れたと言っているが、リュージは慣れたくないと言っていた。
ローランドと別れると、リュージと一緒に建設中の施設を経由して、開戦派に巻き込まれた杖職人の店に行こうという話になった。
この世界では徒歩がメインであり、つい最近まで家まで歩いて帰ったので、ちょっとした距離で馬車に乗るようなことはしない。
リュージと歩きながら他愛もない話をして、まずは建設中の施設を目指した。
「アキラ君、学院生活はどうかな?」
「はい、少し休む事もありましたが、六年もあるなら順調に勉強できていると思います」
「その年齢で、それだけの魔法を修めているなら天才の部類かな? 出来れば色々と仕事を手伝って欲しいんだけど」
「そうですね。間もなく夏休みに入るようなので、その期間なら大丈夫だと思います」
水の属性であるユキに魔法を教えて貰ったので、冷却の魔法を付与するのに手伝って欲しいと言っていた。
ワァダもサラも水の属性魔法は使えるが、ユキに直々に教わったのはリュージと自分だけらしい。
凍るくらいのキンキンなグラスにエールを注いで、枝豆で一杯とリュージがシズル音を出して表現している。
生憎とこの年齢ではエールに手を出し辛い。男爵領なら、ワインくらいは手を出せるのだが、やはり葡萄ジュースの方が多かった。
それとは別にリュージは夏祭りに向けて、ある店から何か目新しい物をと依頼を受けていたようだ。
以前から浴衣を考えていたようだけど、現物もなければ画像・設計図などもない。
今回のパソコンの発注には、そんな目論見も隠されていたようで、後で調べてみると言っていた。
リュージには、「この世界にあるもので、再現出来ないものは極力販売しないように」と言われている。
恩恵に預かれる範囲はアーノルド男爵領と王家が中心で、ある程度リュージが判断してくれるようだ。
この世界には使命があって来ていると思うので、特にお金儲けに力を入れたい訳ではない。
儲けていると言われているリュージも、思いの他慎ましやかな生活をしている。
ただ、趣味に費やすお金に際限がないだけだと思った。
「おおぉ、かなり広い土地ですね」
「はぁ、今までこの土地を死蔵していたと思うと……」
「何もなくても、草とかは生えそうですしね」
「維持管理費に税金、買い取らされた時に払った資金と……嫌になるね」
ソバット診療所は、資金の関係でスラムに近い場所に建っている。
それに比べてこちらは住宅街に近い場所にあり、事業に失敗した豪商が持っていた土地らしい。
ざっくり言うと、そこそこ田舎の中学校か高校くらいの広さがあると思う。
敷地の右側に仮設の作業場があり、情報が確かなら手押し車や乳母車を作っている。
正面は一階が温泉施設と食堂になり、二階は休憩所になっているらしい。
左側は一階が診療所を予定していて、二階がリハビリ施設になるそうだ。
事務棟は右側の作業所の上になるらしく、今は受注品の生産を最優先にしているらしい。
工事風景を見るグループは、何箇所かに分かれている。
新しい施設に心躍らせる王都民もいれば、明らかに裏家業のような人も見受けられた。
協会関係者もいるようで……、何処かで見たと思ったら、聖者である『寄り添う者』がダイアナと一緒にいた。
リュージと一緒に挨拶をすると、変わり行く王都の施設に感動しているようだった。
「メルナールさま。それもこれも、リュージさんが来てからのような気がします」
「あれ、良いのですか? お名前は隠していると聞いていますが」
「近しい人なら良いのです。聖母は呼び易いのですが、私の二つ名は呼び難いですからね」
「そうですか……。確か、昔はこういう施設もあったと聞きましたが」
「そうですね。そして、協会がマッチョと隠れマッチョだらけになりまして……」
「うわぁ……。それはちょっと」
各地に散った聖者達がまだ協会で現役の頃、メルナールを中心に協会はまとまっていた。
食糧事情はまずしくても協会関係者は粗食に慣れており、豊かになろうと皆熱気に満ちていた。
貴族達も自分達だけが良い思いをしたいと重税を課し、あまりに暗躍する姿に王家も打てる手が少なかった。
そんな世の中に『自分が、自分が』という者が増え、協会内部の腐敗に絶望した聖者達は一斉に旅立ったのだ。
残される者へ、最後まで寄り添ったのはメルナールだった。
たとえ今の聖者達がいなくなったとしても、運営出来るだけの知恵を残した。
魔法による奇跡だけではなく、人による協会の運営の仕方をきちんと教えてきた。
間違った道へ進もうとしている者にはチャンスを与え、道を外した者にさえ道を示した。
そんな昔話がダイアナから語られると、メルナールは「ただ話を聞いただけですよ」と苦笑した。
聖者にはそれぞれ武勇伝と言われるような話が存在するが、メルナールのそれは他と比べて大人しい内容だった。
最近のメルナールは協会関係施設を慰問して、年齢に関わらずお金持ちかどうかも関係なく、更にスラムにまで顔を出していた。
上司から指名されたダイアナがお供に就いているが、どう考えても勉強させて貰っているようにしか見えなかった。
「時代は移ろいゆくものです。正直に言うと、今の人達が羨ましいわ」
「メルナールさま。まだまだ、そんな年齢ではないでしょう」
「リュージさん。年齢だけで言えば、もうおばあちゃんよ。聖母のような、同年代で集まれば気分は若いけどね」
「もう、協会には戻らないのですが?」
「えぇ、グレオスティが頑張っておりますから。私達は影に徹するのが良いのです」
協会のトップであるグレオスティは、多くの聖者達に教わっていた立場だ。
『聖別の儀』により協会内部の別組織から、『無能』の烙印を押されたグレオスティだが、意外にも庇ったのは聖者達だった。
聖者達の後ろ盾を受け、今は民に寄り添う改革を進めている。
本来なら今目の前にある施設も、利益を生む手押し車も協会は認定すらしないのが通常だ。
協会は時代に合わせたあり方を模索し、信仰と共に豊かになろうと努力をしていた。
「もし、宜しければ。この施設を盛り立てて頂けませんか?」
「リュージさん? 私達聖者は時代の影に静かに……」
「それは本心ですか? マザーはアンジェラを残して行きました。ラース村では楽しそうに暮らしていましたよ」
「でも、良いのでしょうか?」
「ガレリアさまより、良い人がいればお願いするように言われています。理想を言うならば、協会関係者から一人以上出て、後は管理と現場職がいれば大丈夫かと」
「メルナールさま。私もお手伝いします」
「ダイアナさん、ありがとう。それならば、私もあなたに協力しないとね」
「それならば、お二方にお願いがあります。『聖別の儀』でマザーが行ったあれ、お願い出来ますか?」
「ダイアナさん、貴方なら出来るわ。きちんと私がサポートしますので」
あっという間に、多数の課題にピースを埋めていく。でも、リュージが依頼した聖母の技術は、言うほど簡単なものではない。
確かガレリアの『魔導ライン』という理論で、バランス良く四属性を付与するのが本来の目的のはずが、フレアの魔力の暴走でバランスを崩しそうになっていた。圧倒的なエネルギーを転化し聖火を点す、それはただの聖光が使えるだけでは出来ない技術だと思う。なるべく同じメンバーを揃える予定だけど、どうしてもマザーだけが都合つかなかったらしい。
全てはこの施設の完成後に行うようで、リハビリ施設を使って魔力の付与をするらしい。
自分も関係者らしいので、「アキラ君も是非来てね」とリュージに言われてしまうと参加せざるをえなかった。
こんな仕事の詰め込み方をしているから忙しいんだなと、リュージの仕事のやり方に思わずクスッと笑ってしまいそうになる。
メルナールとダイアナと別れると、杖職人の店に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うわぁ。これはひどいと言うか、ひきますね」
「これは聞いてないなぁ」
『オスローの杖』という店は、正面ドアが開きっぱなしになっていて、ドアには斧が刺さっていた。
ボヤの後なのか焦げているところも見受けられ、所々に衛兵が睨みをきかせていた。
作業場と販売所が一体になっている店で、ドアの向こうには誰かが作業している姿が見えた。
衛兵に向かってリュージと一緒にお辞儀をすると、「こんにちはー」と声を上げてドアを潜っていく。
「あの、どちらさまです?」
「生前、親父さんにお世話になったリュージです」
「そうですか。申し訳ないですが、今取り込んでいるので」
そっけない対応に、リュージは杖を取り出した。
リュージの杖は片手で持てるタイプで、持ち手の少し上に緋い宝石が埋まっている。
自分の杖も出すように言われると、若い男性に見せるように出した。
「何ですか、まだ用事で……も。これは!」
「オスローさんが、ここ数年で一番の出来だって言ってたものですよ」
「覚えてますよ。親父は仕事だけは手を抜かない人でしたから。後、こっちは……リュージさんって農場のリュージさんでしたか」
「もっと早くに頼ってくれたら……」
「いや、あれは親父が悪かったんです。法衣男爵になっても変わっちゃいけなかったんだ。『俺達は職人だ、それを忘れちゃいけない』って言っていた親父でしたから。……自業自得なんでしょうね」
オルトと名乗ったこの青年は、オスローと一緒にやっていた仕事に誇りを持っていた。
ただ、一代限りでも貴族になってしまうと、こうも変わってしまうものかと父親に落胆していたようだ。
オルトにしてみれば、父親は死ぬし店には迷惑をかけられるし、踏んだり蹴ったりだったのかもしれない。
幸いにして材料や道具は無事だったが、父親が持っていた技術の一部が永久に閉ざされてしまったようだ。
オスローが法衣男爵となって、そんなに年数が経っていないので、遺族年金が一括で支払われるようだ。
贅沢をしなければ、一家でかなりの年数を過ごせる金額が支払われる事になっている。
オルトは儲からない杖職人は辞め、木工関係の雇われ社員として働くかなと言っていた。
嫁と子供の為にも、危険が予想される仕事を続ける訳にもいかないらしい。
「じゃあ、この店は閉めてしまうんですか?」
「えぇ、もう杖は作らないと思うので。その杖は大事に使ってください」
「この備品はどうするんですか?」
「こういうオーダーメイド品は処分になるんでしょうね。価値がつくとは思えませんので」
オルトから杖を返却して貰うとリュージが、「出来れば親父さんの技術を再現して欲しかった」と呟いた。
こればっかりは本人のやる気次第だし、事情を聞いた限りでは頑張って欲しいとは言えなかった。
リュージが「今話題の手押し車なら紹介できるけど……」と言うと、「お願いしたいのですが、まずここを整理しないと」と少しがっかりしている。そんなに急ぎで決めなくても良いと言うと、なるべく早く処理をすると言っていた。
「リュージさん、これ買い取れませんか?」
「ん? アキラ君欲しいの?」
「いや、そういう訳ではないんですが。確か杖工房って、ここしかないんですよね」
「他国では分からないけど、杖を作るって難しいらしいからね」
オルトが手を止めてこちらを見ている。
「あ、ごめんなさい。続けてください」
「悪いね。早く片付けないと次に進めないからね」
「アキラ君がチャレンジしようとするなら、買い取っても良いよ。このままだと、杖職人がいなくなってしまうからね」
またまたオルトがこちらを見ている。
本職の職人の前で言う言葉ではないなと思いつつ、この後に続く魔法使いが困らないようにしないといけない。
「後で必ず支払います」
「アキラ君、気長に待っているよ。オルトさん、備品を全部売ってもらっていいですか? 後、どこと付き合いがあったか教えて貰えると嬉しいです」
「あ、はい。それは良いのですが……」
「すぐに作れると思ってないですから大丈夫ですよ。オルトさんは次の仕事を頑張ってください」
やはり少しは未練があるようで、すぐに撤去できるように固定具をはずしたオルトも、その備品を本当に渡して良いものか悩んでいるようだった。無料で良いと言ったオルトに、リュージはこの建物の撤去費用と相殺することを提案した。
備品を次々と自分の収納に仕舞っていく。この後の処理はリュージが責任をもって行い、オルトは無事新しい施設への就職を決めることになった。




