106:やらかした
こんな時だけおっさんの仕事は速かった。パソコン一式が届いたようで、早めにリュージに渡す必要がある。
どちらにせよ自分が同席しないと設置が出来ないし、電気を使うので時空間魔法を使う必要があった。
朝の稽古が終わると、ミーシャとロロンの勉強を良い所まで見て、そこからはセルヴィス家経由でGR農場へ向かった。
「あれ? アキラ君どうしたの?」
「リュージさん、おはようございます。あれ、届いちゃいました」
「あぁ、そうか。あの人仕事速いんだね」
「今回は特別のようですが、とりあえず見て貰えますか?」
リュージと一緒にルームで現物を確認し、すぐに戻って二人でため息をついた。
「はぁ……。届いちゃったから仕方がないね」
「まあ、お金は200万しか減ってないので、安くなっているとは思いますが」
「安すぎるのは間違いないね。とりあえず設置をお願い出来るかな?」
GR農場のリュージの部屋は、執務室と応接室が合わさっているが、そんなに広くはなかった。
職員に手伝いをお願いすると、まずは応接テーブルと椅子を撤去させた。
ある程度の場所を確保すると、とりあえず全部ここに出すことにした。
デスクトップのパソコン二台にデジカメ四台、ノートパソコン一台に何故かフルカラーの複合機が二台あった。
どこをどうすれば、プリンターが複合機になるのだろうか? インクジェットのプリンターで十分のはずだ。
確かにプリンターと言えばプリンターだし、スキャナー機能もついている。でも、小さいプリンターにもその機能はついているよね?
トナーセットやUSBなど、小物までやたら揃えていた。
リュージは設置場所に次々とコードを繋いでいき、最後に時空間魔法で電気的問題を解決すると、リュージがパソコンを立ち上げた。パソコン三台とも文書作成ソフトと表計算ソフトが、プリインストールされているものだった。
ガレリアやザクスやレンが続々とやってくる。画面を見たザクスが、リュージに次々と質問をしていた。
「うーん、リュージ。これって、どう使うものなんだ?」
「言葉にすると難しいな。ちょっと、三人ともそこに並んで」
「こうか?」
リュージがデジカメで三人を撮影すると、パソコンで取り込んだ画像を加工して、文書作成ソフトに貼り付けた。
文字を適当に打ち込むと、それを複合機で印刷をした。
「おおぉ、読めないけど、これは凄いな」
「でしょ? これで薬草の本とか作ったらどうかな?」
「本って凄い金額になるだろう?」
「まあ、普通に作ったらね。ここにある物だけで作って、外部にここの情報を出さないなら使ってもいいよ」
リュージも紙の有用性には気がついていて、林業の援助を通して何とか紙作りが出来ればと考えていた。
ところが教える程の技術もなく、色々な樹木を育てる事は出来ても、一人で出来る事には限りがあった。
結果、紙すきのような技術の理論と材料を投げて、試行錯誤してもらっているという現状だった。
完成度はあまり高くないのに、高額な紙はごく一部にしか流通していなかった。
全てセットアップが終わったので、リュージに完了の報告をする。
デジカメは一台あれば十分だし、パソコンもノートので十分だったので、残りはリュージに使って貰えるように話すと、複合機の置き場所について要相談になった。
「なあ、リュージ。これ俺も使えないかな?」
「ザクス、ここから持ち出さないなら良いよ」
「あ、ずるい。私も欲しい」
「でも、リュージ君。二台しかないし、その文字もリュージ君達がいた所の言葉なんだろう?」
リュージが考えながらふとポケットに手をいれると、「ん? そうか」と何か小さい物を取り出した。
それはUSBで、多分おっさんが渡した物だった。リュージがUSBを挿すと、何かカチカチやっていた。
その作業を、三台分操作をしている。初回の作業時間が少し長かったのは気のせいかな?
リュージは一台のパソコンを共用として、一台はリュージ専用とした。
「さあて、どうなったかな?」
カチャカチャ操作をすると、きちんとこの世界の文字で表示されるようになった。
ガレリアの目が一番輝いているようで、早速運び出した応接の代わりに、同じ高さの机と椅子を用意するように手配を取っていた。
この分だと、新たに必要台数のパソコンの追加発注が来ると思う。
とりあえず、ノートパソコンとデジカメ一台は回収させてもらった。
レンもザクスもやりたい事とやれそうな事で溢れているようだった。
設置が終わったので、この後はソバット診療所に行く事にした。
その事をリュージに話すと、ガレリアに「午後からにしないかい?」と引き止められた。
後ろ髪を引かれるように、みんなで応接へ移動する。
「まずは、アキラ君が関わった手押し車の最新情報について伝えるよ」
「はい、ガレリアさま」
ガレリアの所には多くの情報が集まり、相談から実施に向けて各種の調整が行われていた。
この件も各団体が関わるだけに、『声が大きいだけの貴族』には関わらせたくないという意向が見え隠れしていた。
GR農場は度々貴族達の足枷として、使えない土地を下げ渡されることがあるが、今回のような事があった場合には積極的に使うようにしていた。
「現在、ソバット診療所はとても人気だ。多くの人が押し寄せて、捌ききれない人数が集まっているよ」
「そんなにですか?」
「あぁ、ただ野次馬的な者も多いし、手押し車や乳母車についての問い合わせも多いようだね。という訳で、早々に相談を受けて施設を建設中なんだ」
「それは凄いですね。でも、金銭面とか大丈夫なんですか?」
元々は先代会が資金援助をして、寄り合い所みたいな感じで作ったのがソバット診療所だった。
お金はある先代会でも、今回の商品は薄利多売をモットーとしているし、多くの資本を入れないようにしていると聞いていた。
まずは箔付けというか後ろ盾として、ローランドの妻のセレーネが資金提供を申し出ている。
慈善事業なので回収できなくても問題はなく、個人で使える範囲なのでそんなに大きな額ではなかった。
先代会も貸付という形で資金を出している。
パーシモンは今回、原材料の確保という形を格安で提供しているが、職人に対してはきちんと対価を支払う事を約束している。
ただバカ旦那の会には、労働力の提供とある程度の暴走は認めていた。
締め付けだけでは技術の向上は見込めないようで、生粋の職人による暴走はある種歓迎だった。
「最初に雨露を凌げる場所を作って、今は管理棟を作っているよ。後はリハビリ施設を中心に診療所と、運動できる広場の整備になるだろうね」
「そういえば、組織と管理者は決まったんですか?」
「それなんだけど、少しもめていてね。今のところ、アンジェラの上司であるヴィンター氏が最有力となっているんだが」
「確か、今一番順当に出世している人ですよね」
「そうなんだよ。だから、今協会から少しでも離れるのは得策ではないんだ」
組織と組織名が決まらずとも、順当に商品の生産は続いている。
セレーネが援助をしていると知ると、多くの貴族家も支援を申し出ていて、商品を売るという分野は問題なかった。
問題は大人数に対応出来る、リハビリが出来る人物の育成だった。
ソバット診療所からツイストの移動は決まっているので、抜けた穴を補充するのにも苦労しそうだった。
「リュージさん、あまり忙しいんじゃ、顔を出さない方が良いですか?」
「魔法については確認したいけど、使った後に三日くらい動けなくなるんだよね。誰かサポート出来る人いないかな」
「なあ、リュージ。うちの研究班から人を出すってのはどう?」
「ザクス、研究は大丈夫なの?」
「正直、今は行き詰っているかな。やっぱり、薬に慣れ親しむって事があまりないからね。スラムの協力でもっているようなもんだけど、最近はあの地区も健康的になったから」
「今回は病気であって病気じゃないものだからね」
リュージもまだ旅から戻ってきたばかりなので、正直あまり動くことは出来ないでいた。
農場から協会へ使いを出して、ソバット診療所の空いていそうな時間で、アポを取るくらいしか出来なかった。
今日はまだ時間が取れそうなので、ダイアナ経由でヴィンターに会うか、ローランドのところに行くかリュージから打診された。
教育係りとしての件は家族から了承を得たので、一度話に行く必要があるみたいだった。
複合機一台を収納に仕舞った後、お昼になったのでリュージ達と食堂へ向かった。
リュージがやけにニコニコしている。そして、今日のランチはサラダとカレーライスだった。
どうやら限られた人にしか、手を出せない特別メニューらしい。
「リュージさん、これってもしかして」
「やっぱり分かる? 昔ながらのりんごと蜂蜜を使ったあの商品だよ」
「滅多に周りをみない農場の人達が注目していますね」
「そりゃあ、今まで失敗した歴史があるからね」
直々に配膳してくれた調理班は既に味見済みのようで、こちらの感想を早く聞きたいようだった。
一応自分はゲストらしいので、リュージは最初に味見をする資格があると一口目を待った。
「うん、普通に普通です。あ、これって甘口なんですね」
「あはは、まあその感想が出るのは仕方がないね。みんなも感想教えて」
「おい、リュージ。これが本物なのか? 前のも悪くはなかったけど」
「ザクス、あれは本格的に頑張りすぎたんだよ。あっちも本物だけど、慣れ親しんだ味はこっちかな?」
ガレリアもレンも、「色は悪いけど、これなら大丈夫」と楽しみながら食べていた。
トルテがやってくると、「これは新しい味です。しかも、作り方も簡単ですね」と熱弁していた。
ただ、リュージは今まで研鑽してきたカレーも否定はしていない。
どうにかして、このカレーと今までのカレーで、良いところ取りを出来ないか研究して欲しいと調理班にお願いをした。
米が普通に食べられる環境で、このカレーはある種の脅威だ。
サラダがつく贅沢さは農場ならではだし、今まで長い事インスタント食品から離れていたリュージには、懐かしいものだろうと思う。
「リュージさんは、これどうですか?」
「うん、涙が出るほど美味しいよ。ただ、もうちょっとバリエーションが欲しくなるけどね」
「カツカレーとかですか?」
「シー、あまりそういう情報を……。遅かったか……」
トルテがキラキラした目をしていて、カツが何を指しているか分かってしまっている。
お代わりを頼んでモクモクと食べているザクスに、トルテは色々な揚げ物を持ってきていた。
ボディーブロウのように胃にダメージを受けているザクスは、自前の薬を取り出し「なあ、リュージ。これって今まで通り、カンポウって奴だよな」と聞いて薬を飲むのを諦めた。
食事が終わると、ローランドの執務室をリュージと二人で目指した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人払いが済んだローランドの執務室で、リュージはまず帰還の挨拶をした。
ウォルフと自分の帰還も報告を受けているようで、ローランドは自分の姿を確認するとセレーネを呼び出した。
セレーネが来るまでに、ローランドからリュージへ労いの言葉があり、リュージの派遣団の関与が年度内で終了することを告げた。
対外的な理由としては、『国が行うべき業務を、一般人に委託するものではない』という事だった。
実際は貴族達が享受する利益の不安定さであり、『車椅子』問題が指摘されたからでもあった。ガレリアへの依頼は、法衣男爵の為ギリギリセーフだったらしいが、モデルケースがなかった事業が軌道に乗ったからの排除とも取れる。
事前にヴァイスから話を聞いていたので、リュージには思うところはなかった。
自分に関してはかなり心配してくれたようで、あまり両親に迷惑をかけないようにと注意された。
これについては素直に聞き入れるしかない。思えばデュエルでも迷惑をかけたばかりだった。
竹を割ったような性格なのか、注意はあまり長くならず、お茶が届く頃セレーネがやってきた。




