103:バージョンアップ
「ヴァイス。公爵さまからの依頼なら、そこそこの名声は必要だよね」
「あぁ。だからと言って、一男爵領の傷害事件だからな。ここが難しくさせてるんだよ」
「久しぶりに四人で出るって事も考えたけど……」
「リュージ、それって俺とレンも含まれてる?」
「ザクスは、アンジェラと離れるのはきついか」
ほぼ全員貴族のような地位の、豪華メンバーで出るというリュージの案は、ガレリアの忠告によりあっさり却下された。
王国では法衣男爵クラスの扱いである博士は、ある意味十把一絡げな男爵より上位にあった。
レンやザクスに何かあったら、ミレイユに掛かる負担は大きいだろう。
結局、学院に通うグループから募るか、GR農場が支援する冒険者からお願いをすることにしたようだ。
そこに何人か、サポートメンバーをつければ大丈夫という話になった。
「リュージさん、こちらからは何時もの依頼とお願いです」
「ナディアさん、先に依頼を聞いてもいいかな?」
「はい。商業ギルドを通してなんですが、また夏祭りを開催したいという話なんです」
通常、この国では収穫祭という名目で、秋祭りを行っている。
ところが、王家のローランドと公爵家のセレーネが結婚する際、収穫祭と重なっては女神さまへの感謝が薄れると、収穫祭を夏祭りと称して前倒しをした。
その時の祭りは色々あったが、噴水が公開された時期でもあり、とても盛り上がっていたと毎年話題に出る程だった。
「うん、その辺はユーシスさんとナディアさんで進めていいよ。トルテさんも協力してくれると思うし、ワインバーの方も要請があったら手伝ってもいいんじゃないかな?」
「はい、お爺ちゃんも乗り気なんです」
「そっか、先代会とはなかなか会わないからなぁ。グレイヴさんは元気?」
「もう、私達より元気で……。それで、お願いなんですが、王都での独立の話なんです」
毎年祭りに出店していると、一般の人が気軽に食べられるように、きちんとした店を出して欲しいと要望があがる。
ところが、飲食関係の店が初年度に、「うちらの店が一掃されてしまうので、GR農場は王都で飲食店を出して欲しくない」と言われてしまったのだ。もともとリュージは、農場と食品加工としての仕事を考えていたので、飲食店を出す事は考えていなかった。
セルヴィスからの依頼で作ったワインバーは毛色が違うし、そのお願いをされる前の事だったので苦情は出ていなかった。
ところが十年も経つと、それぞれの立場も変わってくる。
頑なに出店しない幻の店として評価が上がり、飲食店は新しい食材や調理法により経験と自信をつけていた。
そしてGR農場には、貴族家や王家で勤める料理人が修行に来ることがあった。今ではエルフまで調理場で修行をしている。
そんな状況の変化と自信をつけた調理スタッフ、後援者により調理班から飲食店への独立を熱望されていた。
「うーん……。個人的には勧めることは出来ないなぁ。もし本人が本気で独立を考えているんだったら、支援はやぶさかではないし、その時はきちんとお金を返す形にした方がいいね」
「外部からの支援は断った方がいいですか?」
「それは相手によるとしか言えないね。まだ、貴族家に雇われた方がいいと思うけどね」
「そうですね。そういう依頼も多いですが、独立を考えている人は大衆向けにやりたいそうなんです」
「トルテさんは調理方法を公開しているから、今更新しい料理人が上手く行くとは思えないけど……」
リュージは、どちらにせよ通すべき筋を通さなければいけないと言い、最終的な許可はガレリアにお願いすることにした。
何かと不在にすることが多いリュージは、盗賊ギルドの仕事もしないといけない。
また、若干融通が利かないことを理解しているらしい。
その点ガレリアは多くの相談をされることが多いので、上手く着地点を見出しながらきちんと仕事に繋げていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アキラ君、申し訳ない。旅に出ると、どうしても情報が不足してね」
「リュージさん、大忙しですね」
「それでも、今は自分が動かなくて済んでいるからね」
「そうなんですか? それにしては、さっきから宿題をいっぱい貰っているようですけど」
場所を移動して、リュージの私室で話をすることになった。
旅の間も気にかけてくれたようで、タップから手押し車の話を聞いて、色々力になって欲しいと言われたのだ。
リュージの見立てでは、ウォルフは何かの大きなきっかけがない限り、魔法には目覚めないタイプだったそうだ。
この世界の人は魔法の素質がある。それが表に出るかどうかは運次第のようだけど、少なくとも可能性という点では0ではない。
それでも属性の判明からきっかけ作りを短期間で行った事から、リュージは瞑想という魔法に目を付けようだ。
サリアルが開発した着火の魔法は、火を作り出す魔法ではなく、魔力の発生元に干渉して魔道具を使えるようにする魔法だ。
これは繊細な魔力操作を必要として、火をつける感覚を覚えさせるという難しさがある。
ところが自分の瞑想の魔法は、魔法使いが魔法を覚える前提の技術を、強制的に体験させるというものだ。
魔法使いの階段があるとするならば、その階段を本人に上らせることになる。
それからは新しい魔法や時計の事、何か思い出した事はないか質問をされた。
ソバット診療所で体験した、メディカルサーチについてリュージに報告すると、知らない魔法だと言っていた。
この世界は医学や医療は進んでいない。その分ポーションや魔法があるので問題はないと思うけど、前世の一般的な医学知識や薬があるならば、少しはこの世界に役立てるのではないかと思った。
「そういえばアキラ君、色々購入出来ているようだね」
「リュージさんも、何か必要なものがあれば、用意出来ると思いますよ」
「お金ならあるからね。うーん、インターネットがあれば情報は良いと思うけど、パソコン関係一式って無理かな?」
「えーっと、やるだけやってみましょうか」
メモ帳とボールペンを出すと、タブレットを自分の胸の前に水平に固定した。
メモ帳に『パソコン・スキャナー・プリンター・交換用カートリッジ他、必要そうなもの』と書くとリュージに見せた。
「これでいいですか?」
「うーん、アキラ君はパソコン使える?」
「メールとインターネットくらいなら。入力は出来ますよ」
「じゃあ、『×2』っと。表計算ソフトと文章作成ソフトもね」
リュージから戻されたメモをビリッと破ると、タブレットに落とした。
「金額はどのくらいですかね?」
「とりあえず、このくらいでいいかな?」
リュージが収納から、お金が入っているだろう袋ごとタブレットの上に落とす。
魔力で大体の位置は把握しているようで、タブレットの上に落とされた袋は問題なく入金されたようだ。
すると、いきなり豆電球のアイコンのようなものが、タブレットから出てきた。
不思議に思ったので、そのアイコンに意識を向けるとタブレットが起き上がり、その向こう側からおっさんがゆっくり歩いてきた。
何時ものごとく、到着と同時にタバコをくわえ、深い息を吐き出す。
『はぁぁ、なあアキラ。最近金遣いが荒くないか?』
「いや、今日は必要なものがあっての入金です」
「ん? アキラ君。誰と喋ってるんだい?」
「リュージさん。前にも説明した、この世界でのサポートをしてくれている人です」
『結構信用している人も出来たんだな。それは良い事だ。でも、騙されるなよ』
「それは分かっています。でも、全てを疑う事は出来ません」
「会話が出来ない相手って厳しいな。魔法的何かってのは分かってるから……。アキラ君、その人に出てきて貰えるか、聞くだけ聞いて貰えないかな?」
「はい。えーっと、シュージさん。リュージさんが話をしたいと言っていますが」
おっさんの出した回答はノーだった。あくまで自分の為のサポートで、そんな機能はこのタブレットにはないらしい。
『まあ、バージョンアップ出来れば可能かもしれないがな』とおっさんが言うと、ケツポケから手帳を取り出していた。
「何かありましたか?」
『あぁ、一千万あれば可能らしい』
「一千万?」
『いまどき、そんな出来るか分からない機能に……ブフッ。即入金とはどういう相手だ』
リュージは新しい袋を取り出すと、魔力の波動を追ってその場所に縦方向に落とした。
何故か入金されてしまったので、おっさんはその反応の速さに思わず噴出したようだ。
「アキラ君、これで大丈夫か聞いてみて。お金の事は必要経費で気にしなくていいよ」
「はい。では、入金も確認出来たようですし、どうですか?」
『分かった分かった。俺も何がどうなるか分からないが、色々特典もつくらしいぞ』
おっさんはそう言うと、先にタバコを消して片付けを始めた。
データなんだから、そこから火事になる訳でもないし、毎回毎回律儀なおっさんだと思う。
画面の左隅から丁寧に掃いていく。次々と掃いていくと、画面はブラックアウトした。
故障かな? と思ったタブレットは、いきなり光に包まれて15インチくらいのディスプレイに変化した。
「タブレットが少し大きくなった」
「へぇぇ、それでどうなったの?」
「それが、画面が真っ暗に……。あ、再起動したようです」
またまた水平になったタブレットは、相変わらずリュージには見えてないようだった。
ところがその画面から、ムニーっとおっさんの上半身が3Dで競りあがってきた。
「初めまして、シュージです。女神さまからの依頼により、こいつをサポートしています」
「こちらこそ初めまして。多分、この世界初の転移者のリュージです。女神さまにはお世話になっております」
「自分にはぞんざいな扱いなのに、リュージさんには丁寧なんですね」
「当たり前だろ。お前は色々ミスってるんだからな」
記憶のない前世のことを言われても、自分にはどうしようもなかった。
リュージはシュージに色々質問をすると、どうやらこの世界の女神さまは、転生者か転移者にサポートをつけてくれているようだった。リュージには土の精霊さまがサポートをしていて、今では精霊さまに恩返しをしている立場のようだった。
女神さまはリュージに、「自由に生きて欲しい」と言っているようで、新しい人生を魔法や前世の知識を使って楽しんでいるようだ。
「注文は了解した。でも、それを出せるのはアキラだけだが」
「その辺は理解しています。それと、出来ればこの世界用にカスタマイズしたいんだけど」
「あぁ、フォントの問題か。これを挿せば何とかなるはずだ。後は色々カスタマイズしたから、アキラにタブレットをたまには確認するように言ってくれ」
「二人で話が終わったみたい……か。まあ、後でリュージさんに聞いてみるか」
リュージはおっさんから何か小さい物を貰っていた。
一千万も出したんだから、もっと良さそうなものを渡せば良いのにと思う。
その前の入金も、いくら入れたかは知らないけれど、リュージは結構な金持ちだと思った。
最後におっさんからの伝言をリュージから聞くと、今まで送った物がルームの中に結構たまっているようだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふぅ、随分太っ腹なパトロンがついているようだな」
おっさんことシュージは、考えるようにタバコの煙を細く吐き出した。
まさか、一億円を二回も振り込んでくるとは思わなかった。ちなみに価値が十倍になるとは言ってはいない。
そして、バージョンアップにお金が掛かるのは仕様なのも本当だ。
ただ、何段階かに分けてバージョンアップ出来る金額分を、どうせ払えないだろうと提示して諦めさせるのが目的だった。
急激な変化は本人の為にはならないし、この世界に来てそれほど日も経っていない。
多くの人と出会い、徐々にお金を貯めながらこの世界に馴染んでいけばと考えていた。
まあ、先輩がいるなら良い助けになってくれるだろう。




