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100:協力者2 【閑話】

 おっさんと呼ばれているシュージの仕事は緩い。

前店長・ナンバー2と部下二人が抜けた穴を、本部はたった一人の新人を寄越しただけで終わらせた。

サポートメンバーはそこそこいるが、ナンバー2が抜けた売り上げを考えなければいけない。

副店長と言っても、監督兼選手のような難しいポジションだった。

新人の動きがそこそこ慣れた頃、シュージは一本の電話を入れた。


「いらっしゃい、レイカ。突然悪かったな」

「ほんっとうに絶妙なタイミングでかけてくるわよね。仕事が上手くいった時にかけるなんて、監視してるんじゃないかと思うわ」

「それは良かった。席はいつもの場所でいいかな?」

「ええ、お願いするわ。アケミちゃん、行くわよ」

「はい、レイカさん」


 グレーのパンツスーツのレイカに、リクルートスーツのようなアケミ。

二人とも大きな鞄を持っていて、黒い大きな筒がささっていた。

新人が座席まで案内すると、まずは熱々のおしぼりを広げて手渡す。

シュージは少し遅れて合流すると、小さいアタッシュケースのような黒い収納を持ってきた。


「お仕事お疲れさま。それで、レイカは何飲むんだ?」

「今日は仕事場から二件目なの。軽く済ませたいかな」

「OK。じゃあ、新人君。お連れ様のオーダーをとって」

突然振られた新人は、アケミに労いの言葉をかけてから注文を確認する。


「私、こういうお店初めてで……。レイカさんと同じものでいいです」

「あ、あの。楽しむ為には好きな飲み物を頼む事をお勧めするっす。お酒はTPOに合わせて無理をしなきゃいけない時もあるけど、良い上司の方と一緒のこういう場では、ピンドン持って来いとか言わなければ大抵大丈夫っす」

「あの、ピンドンって?」

「おいおい、いつの時代の事を言ってるんだよ。イメージを伝えるとか、ベースのお酒から選ぶカクテルとか。うちはそっち方面に力を入れているから、大抵の我侭は聞けるんだぞ」


 悩んだ末アケミは、やっぱりレイカと同じものを頼むことにした。

一緒について歩いているということは、憧れの先輩に勉強させて貰っているのかもしれない。

丁度シュージと新人の関係のように……。グラスが揃うと、四人で仕事の成功を祝い乾杯をした。


「え? これは」

「ああ、そうだな。ノンアルのただのジンジャーエールだ」

「普段はモスコミュールが好きなの。でも、ねちっこい取引先相手だとね……。酔わそうとする魂胆が見え見えなのよ」

「レイカさんもそう思っていたんですね。いつもの柔らかい笑顔が変わらないから、てっきり慣れているのかと」

「酒は楽しんで飲むものさ。俺は酒を嫌いになって欲しくないからね。だから飲まないって選択肢も、飲むってことなんだよ」

「シュージさん、全然分からないっす」

「こいつには難しい話をしたみたいだな。後で酒を飲ませてよく頭を振っときますよ」

「ええぇぇ」


 シュージはレイカに、今日の仕事の成果を促した。

どうやら設計とプレゼンが上手くいき、これから忙しくなるそうだ。

女性が正攻法で仕事を取ることに、嫌な顔をする男性は少なからずいる。

そしてやっかみから、不当な評価を押し付けようと足を引っ張ろうとするのだ。


 そんなレイカはアケミに、仕事を教えながら引継ぎ先を紹介し、新しい大型プロジェクトを獲得できたのだ。

この先は誰かがこの成果を横取りしに来る。大抵は嫌な上司が多いが、今回はきちんと評価をしながら上に上げてくれる人が『協力』という形でサポートをしてくれるのだ。

『氷のレイカ』と呼ばれている女性がシュージの前で、憧れている先輩の姿を想像してデレているのだ。

だから、アケミはこのジンジャーエールがモスコミュールだったら、酒のせいにして忘れる事も出来たのにと思った。


「そうかそうか。そんな良いタイミングだったんだな」

「ええ、仕事が成功したら嬉しいわ」

「本当に仕事だけか? 実は先輩に『よくやったな』って、『いいこいいこ』して貰えると思ったんじゃないか?」

「「なっ」」


 顔を真っ赤にしているレイカは、既に『氷のレイカ』の面影はない。

そして、『ホストクラブなのに、口説きに来ないのはどうしてなのか?』と、アケミは不思議がっていた。


「アケミちゃん、どうしたの?」

「レイカさん、ここって本当にホストクラブですか? もっと怖い所だと思っていました」

「あら、ホストクラブってのも本当だし、怖い所だっていうのも本当よ」

「おいおい、レイカ。未来のお客さまに、先入観を与えないでくれ」

「違うとでも言うのかしら?」


 シュージに向かって挑戦的に笑い、反応を楽しんでいるレイカ。

仕方がないなとシュージは新人を立たせて、この店の社訓を大声で宣言させた。


「私達は今この時と、明日の貴女を応援します」

「ちょっと、みんなが見てますって」

「これは新人の儀式のようなものさ。俺達に残された誠意でもあるな」

「そうね、あなたは数少ない猟師で、狼を飼いならしているんだからね」


「ああ、だから赤頭巾ちゃんは、12時の鐘が鳴る前に帰らないといけないんだよ」

「帰らないと、どうなるんですか?」

「それは俺の口から言えないな」

「キャー」

「レイカさん、そんなキャラでした?」


 少し酔いが足りないアケミに、レイカは追加のオーダーを出す。

すると、シュージは仕事の成功のお祝いに、グラスでシャンパンを出すと言った。


「いいの? ここだってあなたが身銭を切っているんでしょ?」

「ああ、新人も負担している。こいつは知らないけどな」

「え? そうなんですか?」

「その分、きちんと仕事をしているっていう評価がつく。どこかの派閥に入らなきゃ、ヘルプもつきにくいぞ。いるだけの奴に給料を払うなんてバカらしいだろ? だから、早く出世しろよな」


 シュージはハンドサインだけで、シャンパンを人数分用意する。

そして本日二度目の乾杯をした。


「アケミちゃん、ここに来る時は私とだけにしなさい。もしくはシュージに見てもらうの」

「嬉しいねぇ。俺も人気者なんだな」

「違うわよ。いい? 昔の男性は会話の仕方とかキャバクラで勉強していたの。キレイな女性と話せて嫌がる男性は少ないわ。なら、女性がホストに行っても良いと思わない?」

「えぇ、まあ」

「そう、その警戒心は必要よ。だから、『食べられない』ように、猟師さんに睨みを利かせて貰うの。少なくとも次の一回くらいは指名しなければ安全よ」

「はい。でも、それならレイカさんは、何の目的でここに来ているんですか?」

「それはね……」


 レイカがシュージに目配せをし、シュージは「仕方がないな」と、さっきの黒い収納をあけた。

「レイカ、最近寝てないだろ?」

「ちょっと、何を言うんですか!」

「アケミちゃん、申し訳ないけど睡眠の方ね」

「あ……、はい、分かってました」

「まあ、いいか。それで、その疲れた顔で、憧れの先輩に会えるのかい?」

「だから、ここに来たのよ」


 シュージは収納から、次々と化粧道具を出した。

夜の店なので、今から化粧を重ねても残り時間は短い。

それでも一日の疲れを癒す顔のマッサージをすると、スヤスヤと眠り始めた。

ムニムニと頬を引っ張っているのも、本当にマッサージかと疑わしくはある。


「さてと、氷のレイカを取り戻すか」

「え? 何でそのあだ名を知っているんですか?」

「こいつはな、新人の頃泣いてばかりだったんだ。『そんなんじゃ強くなれないよ』ってこいつの先輩が、ここに連れてきたのさ」

「もしかして、伝説の先輩ですか?」

「そこまでは知らないが、ここで化粧した次の日、こいつは見事に再現してみせた。すっきりした顔をして、自信を持ったらしい」

「あの……。私も、また来てもいいですか?」

「それは氷のレイカさんに聞いてみな。次に来た時に、俺が店に出てるかは分からないけどな」


 シュージは携帯型の加湿器を出し、静かに作動させると、微かにラベンダーの香りがしていた。

寝ている人間に化粧をするのは曲芸に近い。だが、身も心も預けてホストの前で眠るレイカは、可愛らしいと思った。

2タイムが終わる10分前に、レイカはすっきりした顔で起き上がる。


「レイカさん、とてもきれいです」

「何よ突然、どうしたの? アケミちゃん。いつもの私と変わらないはずだけど」

「はい、でもはっきり違います」

「それは、シュージに任せれば大丈夫って安心感かな?」


「もしかして……、惚れちゃってるんですか?」

「あはは、大丈夫よ。この人はベジタリアンだから」

「え? シュージさんって菜食主義者なんですか?」

「違う違う。愛妻家の『妻食主義者』よ。家庭の話を出すと長くなるからここまでね」

「レイカ、そこまで振って話を切るか?」

「だって、もうすぐ時間でしょ」

「ハァ、店の立場で客の意見も聞かずに、延長は出来ないからな」


 レイカとアケミは、リフレッシュして帰っていった。

新人は「これが今この時と、明日の貴女を応援する」って事かと感心する。

たった90分なのに、しっかりアケミの心まで掴んでいた。

これで本指名をさせていないとは、本来は許されることではない。

ただ、どのお客さまにも数々の方法で戦うシュージは、多くの武器を持つ弁慶のようにも感じた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「えーっと、あいつは気がつくかな」ポツリと独り言を呟く。

ミズホの部屋でタブレットを操るシュージは、多くの仕込をしていた。

設備の営業や、化粧品のセールスなど、パンフレットを種類別にタブレットに入れると、『ショッピングサイト』がアップデートされる。

アキラからの注文は「文具品たくさん」とか「シャンパン他酒類」とか、だんだんこちらに任せるようになってきた。

今回の注文は「ジャンクな食べ物を箱買い」とか、もう仕送りをする親の気分になっている。


「まあ、ミズホを救うなら、これくらいは知識として必要だよな」

本を読み重要なところをチェックすると、最後にその本をタブレットに入れる。

すると、その本の内容がマニュアルとなり、ヘルプ機能にチュートリアルが追加された。


「さて、15歳までに何人救えるか。お前の心が持てばの話だけどな」

シュージはミズホの夢を見る。それは再び元気な笑顔で、仕事も恋も頑張っているその姿を。

アキラとミズホが消えた世界で、女神がどう辻褄を合わせるかは分からない。

それでも、願わずにはいられなかった。あの日のアケミが、俺達の接客で元気になれたように。


100話記念の閑話です。

次回からは通常ルートに戻りますので、引き続き読んで頂けたら嬉しく思います。

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