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010:思い出の

 今日のお客様は、ダンスパーティーの時に会った、ミーシャのお友達のキャリーだった。

あの時はセミロングの茶髪で、闊達なお嬢様という感じだった。

女性らしさをかけらも見せず、ミーシャには限りなく異性に近い同性という立ち居地だったと思う。

女性は2年も経つと化けるものだ。髪を伸ばしただけではなく、所作というか雰囲気というか、家格が同列とはいえ順調に貴族のお嬢様として完成していっている。


「キャリーさま、本日は如何致しましょうか?」

「あの……お願いがあります。ようやくここに来る事が出来まして、してもらいたい事は決まっているのです」

「はい、私に出来ることなら時間内で何でもしますよ。まずはお飲み物をお選びください」

「お、お茶をお願いします」


 緊張を解く為に少しぬるめのお茶を出すと、キャリーは口をつけゴクリと音を立ててしまった。

その間にテーブルにお茶菓子を持ってくると、何故か頬を赤らめていたので希望を聞く。


 限りなく耳を澄まさないと聞こえないくらいのBGMに、二人とも無言の時間が訪れる。

キャリーがあまりクッションの効いていないイスに座るとその後ろに立つ。

櫛を上から下ろすただそれだけだ、それだけなのにキャリーが恍惚の表情を浮かべている。

時折真顔になるのだけれど、耐え切れずにまにまというかお嬢さまの仮面が剥げていく。


「キャリーさま、如何でしょうか?」

「これは何という至福の時間なのでしょう。ミーシャから話を聞いていた時、ずっとずぅーっと気になっていました。最初は正直いって疑っていました。でもダンスパーティーの時にあのミーシャの顔を見てから、何時かアキラさまにやって貰う事を夢見ていました」

「夢見るだなんて大げさですよ、キャリーさまも侍従などいたのでしょう?」

「ええ、小さいながらも貴族ですから」

「うちの家はなんというか、引篭もっていましたから、普通とは違いますしね」

「あの、こんなことを聞いて良いか……」

「私の言える範囲で良ければ何でも答えますよ」

「では……」


 どうやら自分がミーシャの家に来た時の事や、仲良くなった経緯を聞きたいらしい。

話せない事はぼかしながら誤魔化して、昔話を始めることにした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 腕の怪我が治るには多くの時間がかからなかった。

スチュアートからの提案もあり、行く当てもなかったのでしばらくお世話になることにした。

さすが貴族家というか、とても広く『客間ではなく、出来るだけ迷惑がかからない部屋を』とソルトにお願いすると、村から手伝いに来てもらった人が泊まれる小さな部屋を借りられる事になった。


 ウォルフは貴族としての日課があり、剣術・馬術・算術にダンスと忙しい。

まだこの時は知らなかったけど、ソルトからミーシャとロロンと一緒に何かする時は走らせないように、十分休憩を取るようにきつく言われていた。ミーシャは主に室内で遊ぶように言われており、ロロンは誰かが一緒じゃないと遠くまで行ってはいけないらしい。

大人は日々忙しく、ミーシャとロロンは女の子と男の子である。

やはり好みの遊び方は違っていて、早く自分の手が治り一緒に遊べる事を望んでいたようだ。


 ソルトから三角巾が取れたら普通に過ごしても良いと話があり、それまではなるべくそっとしておくようにと言われていた。

まずは一人の時間を利用して魔法の確認をすることにした。


 覚えている魔法は『時空間魔法』と『召喚魔法』だった。

『時空間魔法』で覚えてたスペルは【マジックバック】と【マーク】で、バックと言う割には鞄も袋もなくても適当な空間に右手を突っ込むと何か入っている事を確認できた。

「ん?何か入っているような?」がさごそしてると、一瞬頭に電球が光るアイコンのようなものが浮かぶ。


 意識してタブレットを起動させると、疲れたおっさんがタバコを吸いながら画面の中に歩いてやってきた。

「あぁ、だりぃ。ガキの朝ははえぇな」

「こんにちは、もうすぐお昼ですよ」

「細かい事言うやつはもてねぇぞ、どうやら魔法を使ったようだから手伝いに来たんだ。手早く説明するから一回で覚えとけよ」


 時空間魔法のレベル1で覚えるのは【マジックバック】と【マーク】というスペルである。

今はないから仕方がないけど本来は袋や鞄にかける魔法で、その中は時間が止まっていて入るだけの荷物が入るようだ。女神さまより贈り物がひとつだけ入っているけど、それを頼りにしすぎるのは危険なので本当にピンチになった時に取り出せと指示を受ける。

「お前は一回失敗してるし、人の話を聞かないからなぁ」

「いや、聞きますって」

「俺の顔を覚えていない時点で信用できないわ。こんな事も守れないようなら一切手伝い出来ないから、絶対取り出すなよ。フリじゃないぞ」

「わかりましたよ」


 もう一つの魔法についても説明を受けた。

召喚魔法のレベル1で覚えるのはその名の通り【召喚】というスペルだった。

確かタブレットにある『ショッピングサイト』で買った商品を、こちらの世界に持ってくるのが出来るのがこの魔法である。

ちなみに『ショッピングサイト』と書いてあるけど、実際はこのおっさんが買いに行ってくるので時間とお金がかかる。

準備が出来たらさっきみたいに案内が来るらしい。


「試してみるか?」と言われたので、まずは『ショッピングサイト』を見てみた。

おっさんが付き合いのあるお店の関係で、最初に出たのが『酒・タバコ・化粧品関係』だった。

他にも百円均一と八百屋があったようだが生鮮品は禁止らしい。出来れば完全密封されたものをと指定され、重いのも止めろよなと言われていた。

なかなか禁止事項が多いようだが、このおっさんの手間の問題なのかどうなのかが良く分からない。

そして細かくも買うな、頼むならそこそこまとめてにしろと矛盾した事も言われる。


 そして選んだのが以下の品物だった。

トランプ・スープ類各種・調味料・マグカップ・出汁の素各種・クッキー各種・櫛数種・手鏡・石鹸数個。

試しに選んだのがこれで合計5000円だった、「ぴったりでこの金額ですか?」と聞くと「だいたいでいいんだよ、こういうものは」と適当に返されてしまった。

準備が出来たら合図を送ってくれるらしい、そして「すぐに魔法の確認が出来ないな」と考えたおっさんがサービスだと、どこからかシャンパンを出してきた。


「んじゃ、さくっと召喚と唱えてみな」

「はい、では召喚」

手元に箱に入ったシャンパンがフルボトルでやってきた。でも、これ多分安い奴だなと思う、口には出さないけど。

「明日夜までには用意しとくから待っとけ」


 そう言うと画面の足元にいっぱい溜まったタバコの吸殻を、どこからか箒と塵取りを持ってきて掃いていた。

魔法は自動で頭に使い方が浮かぶので、今後新しい魔法を覚えても問題ない。

俺の役目は終わりだなと言うと、おっさんが箒と塵取りを持って画面の奥の方に歩いていった。


 とりあえずシャンパンをマジックバックに仕舞う。

外に出ると最後のマークという魔法の確認作業に入った。

屋敷の正面から若干死角になる木陰でマークと唱える、頭の中にこの景色が焼きついた。

「え・・・これだけ?」

どの魔法もほとんど魔力を消費しておらず、マークに至っては一箇所だけで景色を刻む魔法かよとがっかりした。


 それから翌日に荷物を受け取り、三角巾が取れるようになった頃、スチュアートに報告があると告げる。

正直辺境地にある屋敷にしては、そこそこ新鮮な野菜もあるし料理もそれほど悪くはない。

ただ、お世話になっている以上、無用な隠し事はするべきではないと思っていた。


 ソルトと同席でスチュアートの部屋に行くと、正直に魔法が使えるようになった事を話した。

この世界では魔法を使える者が普通に存在し、特に迫害されるといった事はないようだ。

「ほう、アキラ君。君はどんな魔法が使えるんだい?」

「はい、ちょっと色々出しますね」


 どさっとおっさんに送ってもらった品物を出していく。

最後にシャンパンを出すとスチュアートの目が光ったように感じ、ソルトにグラスを出すように命じていた。

グラスと共に現れるレイシアは、ワクワクしながら見ていたように思える。

「これは君の世界のワインかい?」

「いえ、厳密にはワインではないのですが……」

「ほう、ということはワインの親戚のようなものだね。飲んでみてもいいかい?」

「はい、ちょっと驚くかもしれませんが、大きな音がしますが危険はないので」


 10歳の子供の力なので少しタメが長い。

ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ、ポンッと音がするとソルトが身構えた。

噴出すシャンパンをあわててグラスに注ぐ、何故か4個分のグラスがあったので自分の分も注ぐと、レイシアとスチュアートが我慢しきれない様子だった。

ソルトがこちらを見たので、「アルコールが入ってますけど今だけは見逃してくださいね」と言うと半分飲んでみた。

某ジュースのようなシャンパンではなく、紛れもないアルコールのシャンパンだ。

ゆっくり体に負担がかからなように飲んでいくと、続けてソルトが一口味わった。


「え……何この感覚。……でも、美味しい」

この台詞でスチュアートとレイシアが嬉々として口をつけていく。

それからは箱の中身の質問攻めだった。

半分以上分かってないようだけど、クッキーを出した瞬間レイシアが前のめりに質問してきた。

「え? ただのお菓子ですけど……」

「ねえ、食べてもいいかしら?」

「どうぞどうぞ」

一口食べたレイシアは、ただただ涙を流していた


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