出会い
前回倒れていたなにかの正体は…。
男は全身の痛みで目が覚めた。
長く目を覆うような前髪の隙間から、日の光が見え一度瞬きをする。
―――死ねなかった。
そう胸中で呟いたところで、誰かの寝息が聞こえそちらを向く。柔らかそうな髪質した茶髪の少女のような人がベッドに寄りかかるようにして眠っていた。
「…だれ?」
「ん、あれ…私眠ってた?」
そう呟きながら身を起こす。どうやら、昨日の家の前にいた人物の世話をしていたらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
昨日は大変だった。運び込むのもそうだが、あの後熱を出したのだ。よくみると、本当にボロボロで、腹のあたりにはじんわりと血が広がっており、けがをしているのが分かった。多分熱はその傷のせいだろうと踏んで、応急処置をした。この街には医者が居ない。隣町に呼びに行くとしても時間が時間で呼ぶことが出来なかった。だから人を集め出来るだけのことを行い、あとは彼の生命力に頼るしかなかったのだけれど…。
「いない…は?なんで?」
ベッドはもぬけの殻だった。ペタペタとシーツを触ると、ほんのり暖かい。それは先ほどまで彼がベッドにいたということに他ならない。
私は、家じゅうを探し始めた。
数分とかからずに彼は見つかった。
家を出たすぐのところで立ち尽くしていたのだ。空を見上げながら。
さらりと吹いた風が彼の髪を揺らす。昨日まで汚れてくすんでいた髪が太陽光を浴びてキラキラと光っていた。
空の青に映える金、佇まいは凛としていて、まるで絵のようで思わず口を開けて見惚れていた。
空を見上げていた彼が不意に振り返り、こちらをみる。その動作にあわせ揺れた長い前髪の隙間から覗いた瞳は宝石のようにきれいな緑だった。整った目鼻立ちに釘付けになっていると、彼の薄い唇が動いた。
「なんで、死なせてくれなかったんですか。」
「…は?」
目の前の美しい男は今、何と言った?聞き間違えであってほしい言葉が聞こえた気がする。
「あのまま放ってくれていたら…。」
「は?」
「…。」
私が、彼の言葉に対してひどい返答をしているから黙ったのではなく、何やら考え込んでいるようだ。
と、一応付け加えておきますよ?だって私間違ってないよね?ねぇ!
まずこういう時ってお礼言わない!?死なせてくれなかった?んなら、家の前じゃなくそこらへんの道端で倒れてなさいよ!
「それもそうですね。何で、君の家の前で倒れてたんでしょうね。」
「知るか!そんなこと!」
…あら?もしかして私考え事全部口に出してた?
「全部聞こえてましたよ。」
「……。」
「……。」
お互い無言になってしまい、なんとなく気まずい。
さて、どうするか…。
「…ありがとう。まずは君が言う通りお礼だったかな…。」
「え、え…どういたしまして?」
「すごく、いい迷惑だったんですけどね。」
「…あなた、見た目詐欺ね。」
なんなんだこの男は。美しい容姿に騙されて近づくと容赦なくその口から紡がれる毒に殺されてしまうな。何人のお嬢さんがこやつの犠牲になったことやら…。それに、皮肉?悪口言ってやったのに、ニコニコ笑ってるとか…。本当に助けなければ良かったかしら?
「そうそう、助けなくて良かったんですよ。」
「その笑顔がムカつく!!」
「褒め言葉ですか?」
「黙れ黙れ!この見た目詐欺野郎!傷のこと心配だとか、熱は大丈夫なのかとか絶対言ってやらん!」
「お人好しですね。あと、そんなに怒っていると、人並みの顔が歪んで人並み以下になりますよ。」
最低野郎だ。こいつ、いつか罰が当たればいい。そうそのお綺麗なご尊顔に目も当てられないような傷がつくとか。そうだ、それがいい!
フフフフとか笑うな!!
あまりにも腹が立ち、乙女の恥じらいもどこへやら、地面を思い切り何度も踏んでいた。
男は笑いながら「いいもの見せてあげますよ」と言いながら、巻いてあった包帯を取り除き始める。お前の裸なんざ、見たくねぇよばーかばーか!!
邪魔なものが取り除かれた男の肌はうらやま…恨めしいほど綺麗で。
…綺麗?
「!?」
驚く私をよそに、彼はニコニコと笑っていた。
ただ、目は笑っていない。長い前髪から覗く緑は冷ややかであった。
「…傷が治ってる。」
男に近づき、昨日村の人達とてんやわんやしながら処置をした傷があった部位を無遠慮に見て(こんなやつに遠慮なんてしない)、触る。
傷もなければ傷跡すらない。ムカつくほど綺麗な肌だ。なんとなく、無駄な肉のない、筋肉質な腹に爪を立てて思いっきり抓ってやった。
痛がる男に胸がすっとしたのを感じながら、問いかける。
「あなた、ハーフだったりする?」
その質問があまりに以外だったのか男は目を見開きこちらを凝視している。
先ほどまでお腹をじろじろと見ていたのを棚に上げて、その視線に対し不快感をあらわにする。男は気まずそうに視線を逸らした。
そのまま沈黙されるのも腹が立つので思いっきり、腹を叩こうとしたがあっさりと躱される。悔しい。
もう一度別方向から腹めがけて今度は拳を入れようとしたが、腕を掴まれ阻止されてしまう。悔しさに顔を歪め、腕を振りほどこうとブンブン振るがほどけない。むしろ先ほどよりも強く握られ引き寄せられる。気が付いた時には端正な顔が目の前にあった。顔をそらそうとすれば逆の手で顔を痛いほど掴まれ固定される。
じぃっと覗き込むようにこちらを見てくる。…つばでも吐いてやろうか。
「…怖く、ないんですか?」
つばを吐かれると悟ったのだろうか。男はタイミングよく言葉を発した。
その言葉が、声が、唇が、震えていたなんて気のせいだ。
「なんで。」
「いや、だって普通ならこんなことあり得ない。」
そうですね!普通じゃあり得ませんよ。ただ、それは人間の普通がそうであるだけ。
私は知ってる。両親といろんな国に行ったから。それこそ、前の世界で読んだエルフだとか妖精さんだとかもこの世界にはいることを知ってる。すごく希少な例だけど、今目の前で起こったことも種族によってはあり得るんだって教えてもらった。だから、聞いたんじゃない!ハーフなのかって!
「…私は、ハーフじゃありません……。人間です…ただの人間です。」
彼はそれっきり黙り込んでしまった。またその場を沈黙が支配する。
…ていうか、態勢このまま!?
「訳アリなのはよぉくわかったわ。とりあえずこの態勢やめてくれない?」
「え?」
「周りを見なさい。」
そこでようやく気が付いたのだろう、私たち以外の人が居る気配に。
遠巻きにこちらを心配そうに、あるいは好奇の目で村の住人たちが私たちの一挙一動を見守っていた。
「あっ…」と男は呟くと彼女を解放し、距離を取った。
解放された私は、ため息をつくと、集まった人に何事もない旨を伝え、この場から引いてもらった。
興味津々の鼻息の荒い奥様や、見た目詐欺男の容姿に釘付けの村娘たちから今後質問攻めなことが予想出来て頭が痛くなってくる。いっそこのまま、誰かに押し付けてしまおうか。
男のほうへ振り返ると、今にも人を食い殺さんばかりの目で私を…否、私の後ろを睨みつけていた。
手負いの獣か。本当になんなんだこいつ。
「あのさー。」
「…なんですか。」
「あの人たちいわばあなたの恩人よ?そんなに睨んでいいと思っているわけ?」
「助けてくれなんて頼んでません。」
「クソ野郎。」
「なんですか平均並みの顔で私に何か文句でも?」
コイツニテヤロウカ。ご自慢のお顔に煮立ったお湯で火傷を負わせたい。
「自慢でもないですよ。あなたの平均並みの顔がうらやましいです。」
「嫌味だな!!喧嘩なら買うぞ!!このクソ自意識過剰男!」
「意気込んでるところすみません。私の服はどこですか?」
ほんっとうに、本当に!!!こいつは!!!!
私は、ビシッと衣類やシーツなどが干してある場所を指さす。
「お天道様に十分あたっていないので、半乾きでとてもくさいと思いますがどうぞ!?」
「最悪の状態ですね。きちんと乾かしといてくださいよ。」
「なんせ、あなた様の傷がすぐにふさがるとは思ってみなかったもので!」
「…ということで、乾くまで厄介になります。」
男の言葉を疑った。もう多分目が落ちるんじゃないかってぐらい見開いてるよ私。
ねぇ、笑ってないでさっさと半乾きの服着て、どこかに行ってしまいなさいよ。
「あなたが勝手に助けた命です。責任とってください。」
「知るかぁああああああ、ばかぁああああああああああああ!!!!!!!」
という私の悲痛な叫びが村中に響き渡り、また人だかりが出来たのはいうまでもない。
なんとなく作品の説明がシリアスちっくですが内容はテンション高めで進みます。