雨男
私には忘れられない人がいる。
あなたにとっても私はそうでありたい。
いや、いっそ忘れたい。忘れてほしい。
つい想わずにはいられない。
空を見上げる。青い。自分が見ているこの空と彼女が見ているであろうそれは同じ物なのだろうか。私には分からない。でも、繋がっていてほしい。あの群青を辿っていくと君の笑顔が。その笑顔が私に向けられることはもうない。彼女が笑いかけるのは違う、私以外の、誰か。それでも私は。
初めて見たときは気の強そうな顔立ちに、うっ、と思った。あまり笑わない彼女。同時に、少し表情に影があった。自分から他人に話しかけない性格はより一層私の中で彼女を不思議な存在にした。学年の中でも彼女は一際目立っていた。整った目鼻もさることながら少し幼さが残っていて美人と可愛いを両取りしていた。
彼女への関心は次第に好意へと変わっていった。彼女を知りたい。淡い恋心だった。何を話したら良いものか悩んだ。その末、
「知ってる?タラバガニってヤドカリの仲間なんだよ?」
今思うとバカだ。初めての会話がこれだ。なんてもったいない。知ってる?、だなんて普通に考えたら、お前何様だ。
それでも彼女は笑ってくれた。
惚れた。
それからの交流はなかった。彼女と私は同じ高校に通っていた。たまにすれ違う。少しでも彼女の気を引きたくて精一杯友達とはしゃいだ。なるべく目立つように。彼女に振り向いて欲しかった。
そんな私の気持ちを汲んで友人がくっつけようと色んな策を凝らしてくれた。なるべく私の話題を振って潜在意識に働きかけるといった小細工だったが。
ところで、学校行事が何のためにあるかご存知で?勿論女の子と仲良くなるため。共学の高校のアドバンテージだ。異論は認めない。一緒に作業していたら芽生えてくる何かがそこには眠っている。
残念な知らせだが、私の容姿は中の下くらいだ。不自由なく育ったが、こればかりは遺伝子を恨む。人間としてのスペック自体は高いと自負しているが、どうしても顔と身長がどうにもならない。だから丸腰で勝負するようなものだった。私の目標はとにかく彼女を笑顔にすること。
振り返ってみても、このときの私はとても真っ直ぐだった。この素直さが吉と出るか凶と出るか。
少し間を開けてみたかったけれども、この流れで振られているとしたら大分ダサい。
思い返すとタラバガニのような話ばかりだった(当時、雑学の本を面白がってよく読んでいたため)ので詳しく説明するつもりはないが、とにかく頑張った。
文化祭の準備。ノーベル賞級の偉大な発明だ。一緒に作業する段取りに抜かりはない。クラスの文化祭実行委員に選出された瞬間からこの計画は始まっていた。
遅くまで残って作業してるひたむきな姿を見せられる。おまけに、近場の駅まで送るなんていう口実ができる(彼女が自転車通学でなかったことを神に感謝する)。少しずつ少しずつ仲良くなっていった。
2人の距離感が近づいていくほど学校から駅までの道のりは長くなっていった。それでも体感時間は短かった。過ぎていく一秒一秒が惜しい。
街中でよく思わずにはいられないだろう。なんでこんなやつに可愛い彼女がいるんだ、と。私もこんなやつの1人だった。人生勝ち組。そう。付き合えた。
諸行無常。勝ち組期間は半年程で終わった。
お互いに熱が冷めてしまった。と言っても飽きるほど何かをしたわけではない。付かず離れずの距離感と、卒業間際の高校生カップルを襲う破局ムードに押されてしまっただけの話だ。受験の苛立ちを無意識のうちにぶつけあっていたのかもしれない。
別々の進路に進んだ。彼女は専門学校。パティシエになりたいと言っていた。私は医学部。胸を張って言える成績ではなかったが、一応医学部。高みを目指しておけば進路を変えてもある程度対応できるだろうから。と、周りには言っていた。
本当は違う。件の彼女に白衣が似合いそう、と言われたのだ。
名医になろう。そして。
彼女は何て言うだろうか。あの何気ない会話から始まった私に。褒めてもらえるだろうか。そもそも覚えているだろうか。
彼女のLINEは持っている。いつでも連絡を取ることはできる。そう思っていた。何と言ったら良いものか。
用もないのに気になって彼女のLINEのホーム画面を開いてしまう。二度と見ることはないと思っていた笑顔に再び会える。隣の人は誰だろう。
そうか。
私はまだ彼女に。彼女を。彼女が。
雲行きが怪しい。帰って洗濯物を取り込もうか。
後悔してることありませんか。
私はありません。
正解はないから。
立ち止まりそうになるけれど。
それでも道は続いている。
あなたにはほんの一瞬の記憶。
私には一生の思い出。
勢いで書いてみました。
ストーリー構成が未熟です。
青春時代を思い返していただける作品であると信じたいです。