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神竜さんの里帰り  作者: ばけ
緑竜
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母娘

 テメェどこの馬の骨だーガシャーンぱりーん グサッうわー。


 ……なんてことにはならなかったが、緑のが俺から離れても、ディーの眼光は変わらず鋭いままだった。


 天敵を前にした獣のごとき その視線を一身に受けつつ、諸々とまったく気付いていない緑のからディーの紹介を聞く。


「ディーはあたしのお友達で、ご近所さんなんだ。

 といっても小さい村だからみんなご近所みたいなものだけどね」


「お友達」と紹介されたところで、ディーから溢れる敵意が一瞬だけシュンと沈んだ。

 あぁ、なんか「幼馴染」のほうが有利そうな響きあるもんなぁ。

 あのあと幼馴染の少女とくっついたであろう異世界の友人を思い出しつつ、内心苦笑する。


「それでディーにも改めて紹介するけど、この人があたしの幼馴染で、……えーと」


 ふと言葉に詰まった緑のが ちらりと俺を見る。

 どうかしたのかと首を傾げかけて、はたと気付いた。


 そうか、名前か。


 弟妹たちは人間として暮らすとき、いくつかの名前をローテーションさせて使っているようだった。

 偶然 人里で会うことがあっても、名乗られるまでお互いのことは呼ばないらしい。

 相手がどんな設定で、どの名前を使っているのか分からないからだ。


 そして俺は人里に下りても観光客のようにパーッと遊んで帰るだけの事が多く、必要になる機会がさほどなかったため、これといって用意してある名前もない。だからこそ今 緑のが困っているわけだが。


 高校生として使っていた名前は金の九尾さんがつけてくれたやつで、気に入っているけど、響きがこっちの世界向きじゃなかった。


 仕方がない。この場で適当に決めてしまおう。


 太陽の……タイ、鯛?違うな。

 金色……キン?金さん?いやいや。


 神竜……神……。


「シンっていいます、よろしく」


 よし。

 これでいこう。



 そうして謎の三角関係を構築しつつ辿り着いた、緑のが暮らす村は、本当に誰もがご近所さんと言えるほど小さく、素朴なところだった。


 だけどちゃんと手入れをされた花壇や、走り回る子供達の姿、井戸の傍で洗濯物片手にお喋りをする女の人たちの明るい声が、ここが温かい場所であることを教えてくれる。


「へぇ、いいところだな」


「でしょ?」


 隣から俺を見上げた緑のが、そう言って自慢げに笑った。

この村での生活が気に入っているのだろう。


 妹が嬉しそうで何よりだといつもの調子でその頭を撫でた瞬間、背後から殺気に近い何かが漂ってくるのを感じて、はっと今の自分の設定を思い出した。


 いや、ディーごめん。ホントごめん。全くもってそんなつもりではなかったんだ。

 俺は別に恋の刺客とかじゃないので、出来れば彼とも仲良くなりたかったのだが、たった今 自分で難易度を吊り上げてしまった気がする。


 どうしたものかと考えていると、井戸端会議をしていた女性の中のひとりが、こちらに気付いてぱたぱたと駆け寄ってきた。


「ミリィ!」


「ララさん」


「あなた薬草取りに行ったきり中々戻ってこないから、ディーが心配して探しに……あら? そちらの方は?」


 ああ。野菜届けるっていうのは口実だったか。

 さらっとそのへんを暴露したララと呼ばれた女性が、見慣れぬ人間の姿に首を傾げる。


 そこでディーのときと同じように緑のが俺を紹介すると、彼女は「あらまぁ」と口元に手を当てて驚いたあと、気遣わしげに俺を見た。


「そう、じゃあシン君も……」


 どうやら俺も故郷の村を失った薬師一族の生き残りと見なされたらしい。

 ちらりと隣を伺えば、緑のが話を合わせろと目で必死に訴えてくる。分かった、分かったから。


「えー……と、俺も運良く命拾いしたんですけど、さっき偶然 森でミリィに会って、驚きました」


「そうそう! まさかお互い無事だったとはね! 思わなかったからねーっ!」


 なぜか設定元であるはずの緑のの演技のほうが怪しくなっているが、ララは俺達の話を信じてくれたらしく「同郷の人に会えて良かったわね」とまるで自分のことみたいに喜んで、緑のに笑いかけた。


 村の人とも本当に仲良くやっているらしい。

 微笑ましい気持ちでその様子を眺めていると、突然、足元に軽い衝撃を感じた。


 何事かと視線を下げる。そこには。


「……こども?」


 三歳くらいの小さな女の子が、俺の足にへばりついていた。


「あらマルル。お友達と遊ぶのはもういいの?」


 ララが柔らかな声でその子供に話しかける。

 おそらく彼女の娘なのだろう。まとう気配が同じ色をしていた。


 足にくっつかれているのでしゃがんで目線を合わせることは出来ないが、少し身をかがめて、マルルと呼ばれたその子に顔を近づける。


「こんにちは」


「こーんわー」


 子供特有のふわふわした発音で挨拶を返してきたマルルは、少しの間 興味津々に俺を眺めたかと思うと、やがてにぱりと笑った。


「にーちゃキラキラしてるねぇ、きれーねぇ」


 おっと、これは。


 ララはマルルが俺の髪のことを言っているのだと思ったようで、「そうね、綺麗ね」と微笑ましげな相槌を打っていたが、たぶんマルルは“見えている”んだろう。


 幼い子供は真実を見る。


 竜体で空を飛ぶとき、光の屈折をいじって人間から見えなくしても、動物には気付かれるように。

 人の子も、小さいうちは外から見える“形”に惑わされることなく、そのものの“本質”を捉えるのだ。

 もちろん皆が皆ではないけれど、マルルには神竜としての俺の色が見えるのだろう。


 俺としては見られてどうというわけでもないし、本人も見えたことを成長と共に忘れていくものだ。

 とりあえず綺麗と言ってもらったことに「ありがとう」とお礼を言っておいた。



「そういえばララさん! 手伝ってほしいことがあるんだけど!」


「どうしたの? ミリィ」


「に、…………シンにね、この村の美味しいお野菜で作ったご飯をごちそうしたいの!」


 お前いま兄ちゃんって言いかけたろう。

 早めに気付いたのは偉いが、危うく俺の名前がニシンさんになるところだった。


「あらあら、それじゃあ急いで準備しないとね。ミリィのお家でいいの?」


「うん! というわけで、あたし達 今からたくさんやることあるから、

 シンはそれまで村の中をディーに案内してもらってね!」


「はっ?」


 ずっとムスッとした顔で黙り込んでいたディーが、突然の指名に目を見開く。

 まぁ恋敵(仮)の案内なんてしたくないだろうからなぁ。


 だが緑のがディーの手から野菜の袋をひょいと受け取って「お願いね!」と元気いっぱいに笑いかけると、その顔が一気に赤くなった。


 短い沈黙の後、ディーはひとつ頷いて了承する。

 惚れた弱みが俺への悪感情を凌駕したらしい瞬間だった。


「マルルも行くわよー」


「あーい! キラキラにーちゃ、またねぇ」


「ばいばーい! またあとでー!」


 そしてマルルと同じ勢いで手を振る(実年齢は遥かに上の)妹やララ親子の姿を見送れば、この場に残されたのは俺達二人。


 ああ、平和な村の中でここだけギスギスした空気が漂ってる気がする。


 これは自力で散策することにしてディーを開放してやるべきだろうか。

 いやでも余所者だけで自分の村を歩き回られるのも嫌かなぁ等とぼんやり考えていると、ディーがすたすたと先を歩き出した。


 少し進んだところで足を止めて、肩ごしに俺を振り返る。


「おい……行くぞ」


「え。あ、うん」


 返事だけ聞くとディーがまた前を向いて歩き始めたので、駆け寄ってその隣に並んだ。

 ディーは目だけでこっちを見て嫌そうに顔を顰めたけど、特にそれ以上の動きは見せなかった。


 案内、というか黙々と村の中を歩くディーについて行きつつ、たまに俺が質問をして、ディーが言葉少なに答えるということを何回か繰り返す。

 相変わらず俺たちの周りだけ空気が険悪だけど、なんか段々慣れてきた。


「なぁ、さっきから女の人か小さい子しか見てない気がするけど、何で?」


「今はな」


 ディーから淡々と説明されたところによると、川向こうに隣村と共同で使ってる大きな水田があって、もうすぐ田植えの時期なので男手はその準備に行っているらしい。夜にはみんな戻ってくるんだとか。


「でもディーは村に残ってるんだな、何で?」


「…………」


「……ごめんって、そんな睨むなよ」


 ちょっと疑問に思って聞いただけだったのだが、どうやらディーは残されたのが不満だったらしい。


「村にも一人くらい男手を残しておくって話だけど、結局ただの子ども扱いだろ」


 どこか悔しそうに、そんな言葉を吐き捨てる。


 そのあとは、俺相手に話し過ぎたと思ったのか、また険しい表情で黙り込んでしまった。

 俺は穏やかな村の様子に目をやりつつ、途中で ちらりとディーを見た。



 ―― 子ども扱い。



「本当に、そうかな」


 小さく小さく呟いた言葉は、自分以外の誰の耳にも届く事なく、のどかな鳥のさえずりに混じって消えた。


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