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第10話 451号文書

 時雨は真剣な眼差しで蔵人を見つめる。



「姿を消す特殊能力スキルは、存在した。5年前に水鏡恭一郎がマスコミを集めて大々的に行った《HYPER CUBE》発表記者会見でも、βテスターにその存在がいることを明言してる。そして《HYPER CUBE》の正式サービス開始直後に、私は戦っている。姿を消す特殊能力スキル『Invisible dance on the moon』の使い手ゴーストを相手にな」



「5年前に既に戦ってたのかっ!」


 蔵人は驚きから思わず声を荒げる。



「そうだ」



「《HYPER CUBE》の正式サービス開始直後、すなわち5年前、私は月乃としずくと一緒にいた。初期のギルド『最前線』は私たち3人だったんだ。βテスターだった矢沢月乃が同じくβテスターだった私の姉の雫を誘ってギルド『最前線』はできた。そして、正式サービス開始の直後、私は雫に誘われてギルド『最前線』に入団したんだ。その頃、私たち3人は、ゴーストと3対1で対戦した」



 苦々しげな表情で時雨は続ける。




「そして私たち3人は為すすべなくゴーストに完敗した」




 蔵人は驚愕する。


「お前たちは、《HYPER CUBE》サービス開始の直後から、ギルド『最前線』を名乗ってたわけだろ。メンバー全員がLevelもHPもKIも全てが他の追随を許さないステータスを持ち、圧倒的な火力を持つ完全無欠の集団。自分たちこそが新MAPを攻略する最前線たる者との自負より『最前線』との名を自らのギルドにつけ、有言実行し続ける無敵の軍団だったんだろ。そんな最強だった3人が、わずか1人にか?」



「ああ、そうだ。今でも、はっきりと覚えている。彼奴きゃつは濃淡のローブをかぶったみょうなヤツだった。第1ターンになると同時に、彼奴きゃつは濃淡のローブを脱いだ。そして、第1ターンに発動された特殊能力スキル、それこそが術者の姿を完全に消す『Invisible dance on the moon』だ」



「私たちはターゲットに狙いを定められず、大混乱だ。月乃は『爆発ファイヤする小剣ボム』を、私と雫は『ドラゴニア雷槌サンダー』を、四方八方にぶっぱしたよ。だけど、結局1撃も当たらなかった……」



「そして彼奴きゃつは、斬系の特殊能力スキルで、私たちをジワジワといたぶってくれたよ。服をビリビリと斬られ、スカートも斬られた。斬られた衣装や防具を修復するのにゲーム内マネーで1人200kほどかかったほどだからな、初期のプレイヤーには痛い出費だった。そんなかんじで私たち3人は衣装を斬られた公開ストリップだったぞ。まだ誰も到達してない最新MAPでの対戦だったから、観客がいなかった、それだけが唯一の救いだったな。あの場面をキャプチャされてたかもと考えると今でも不安になる……」



「やがて月乃が斬系の特殊能力スキルで心臓をえぐられゲームオーバー。次に雫が、最後に私が。彼奴きゃつのHPを1すら削れない完敗だ……」



 当時のことを思い出し、時雨の表情に困憊こんぱいの色がにじむ。



 蔵人は驚きながら尋ねる。


「お前たち3人がHPを1すら削れないのか……そこまでの最強プレイヤー、そして姿を消すというユニーク特殊能力スキル。それなのに姿を消す特殊能力スキルは都市伝説とされ、そのプレイヤーは全く話題になってこなかった? なぜだ?」

 



 苦しそうに雫は、つぶやく。


「どうして話題になってこなかった……か……それは私たちギルド『最前線』が封印したからだ」



「封印? ……」



「そうだ。有言実行の『最前線』を名乗ってた3人が1人にやぶれるなんて、いい笑いものだろ。そんな不名誉なことを言えるか? 私たち3人は、それを無かったこととして当時の記憶を封印した。誰にも言わないでおこうと誓い合ったわけだ」



「そして『Invisible dance on the moon』の使い手ゴーストも、お前たち『最前線』を破った直後、《HYPER CUBE》世界から姿を消したという訳か?」



「ああ、そうだ」



「何か彼奴きゃつの手がかりとなる情報は他に無いのか?」



「ふふ」


 時雨はニヤリと笑う。



彼奴きゃつの手がかりか? いい質問だな。今から1年前、私は第4回《HYPER CUBE》世界大会へ出場するタッグパートナーを探していた。お前に出会う少し前だ。そして私は3人のタッグパートナーを候補として挙げて、執事の黒野たちに探させていた。

 1人は謎の伝説のプレイヤー「隻眼の使徒」。もう1人は盤上の唯一神・ニアリーリトとの2つ名を持つ人色ジン、お前の親父だ。そして、もう1人。それが『Invisible dance on the moon』の使い手ゴーストだ」



「世界中に商社の支社を持ち、地球規模で情報網を張り巡らせてる二神財閥の力があれば、そのうちの1人くらいすぐに見つかるとタカをくくっていたが、全く上手くいかないことに私は驚いたよ。お前は5年前のバビロン事件の後、1度も《HYPER CUBE》にログインしてなかった。人色ジンはDarker Than Crimson Redにさらわれ、行方不明。今から思えば、見つからなくて当然だがな。焦った私は最後の手段に出たよ」



「最後の手段?」


 いぶかしげに蔵人は尋ねる。



「ああ、そうだ。私の幼なじみで親友の粟山を使ったよ。あいつは《HYPER CUBE》の運営だ。ゆえに、《HYPER CUBE》のプレイヤーの個人情報にアクセスできる権限を持つ。私はあいつを使って、『Invisible dance on the moon』の使い手ゴーストの現実世界リアルでの本名と住所を調べさせたよ」



「それは犯罪じゃないかっ!」


 蔵人は強い口調で詰問する。



「そうだ。粟山は、人が良すぎて気づかなかったんだろうな。私を心配する余り、やってくれたよ。当時の私は、そこまで焦っていたとうことだな。今は悔い改めてる……」


「……」


 時雨の表情に真摯な反省を読み取った蔵人は、何も言わず、沈黙することで時雨に話の続きを促す。



「粟山はイリュージョン・アーツ株式会社の機密資料室でβテスターの記録情報を調べてくれた。《HYPER CUBE》には、11万4514人のβテスターがいて、1人ずつに詳細な資料が作られていた。だから、1号文書から11万4514号文書までがあったらしい。しかし、『Invisible dance on the moon』の使い手ゴーストの資料だけは、存在しなかった」



「え?」

「なんで?」


 エリチが、泉が、驚く。



「存在しなかった……のか? だが、時雨は戦ってたんだよな?」


 蔵人は不思議そうに尋ねる。



「私は戦った。だからゴーストが存在したことは間違いない。他方、粟山は、もう1つの情報を私にくれた。βテスターについて記載された文書のうち450号文書と452号文書の間にあるはずの文書が失われていると言ったんだ。すなわち451号文書が紛失していた」



「その451号文書こそが、『Invisible dance on the moon』の使い手ゴーストについての記録情報だ。そして、ゴーストは、自らの正体を隠蔽すべく、この記録情報を持ち去ったということで間違いないと私は推理している」


 そう言って真摯な眼差しで時雨は蔵人を見る。



「451号文書……か……」


 蔵人の表情に緊張が走る。



「451号文書のある機密資料室に入れるのはイリュージョン・アーツ株式会社の社員だけなんでしょ。だったらゴーストか、その関係者がイリュージョン・アーツ株式会社の社員にいるってことよね」


 エリチが推理する。

 泉が納得し、うなずく。



「そうとは限らないな。仮に『Invisible dance on the moon』の使い手が瞬間移動能力者テレポーターでもあるとすると、瞬間移動能力テレポートにより自由に機密資料室へと出入りできる。だから、イリュージョン・アーツ株式会社の社員というように限定するのはリスクを高めることになる」


 蔵人はエリチをいさめる。



「なるほど~、さすが私のダーリンね」


 エリチは、そう言うと蔵人の腕に抱きつく。



「ちょっとエリチっ! 近い、近い。あとエリチ足太いよ」


 泉は、エリチを注意する。



「太くないもんっ」



「ん? エリチ、今、俺の腕に固い金属の感触があったんだが?」


 エリチに抱きつかれた蔵人は不思議そうにエリチを見る。



「ああ、これはピストルよ。二神の守護者ガーディアンとして、拳銃携帯許可証を持ってた方がいいと思って、この前とったからね」


 エリチは、そう言いながら、ブレザーの内側にホルスターを掛けて収めた小型のピストルを蔵人に示す。



「エリチ、すごいじゃない! 拳銃携帯許可試験って、第3次世界大戦直後の治安が悪いときはVIPの警護職にいたら、簡単にとれたらしいけど、平和な今じゃ超難関なんでしょ。現役高校生で取れるなんてスゴイよ」


 泉はエリチを尊敬の眼差しで見る。



「ありがとう、泉。でも、ギリギリだったのよ。心理テストの科目が悪くてね……」


「心理テスト?」



「うん。心理鑑定の人に、私はシスコンだって言われちゃった。シェーシャお姉ちゃんは、孤児院で育った私にとって、唯一の肉親で、私はそんなお姉ちゃんに、こだわりすぎるんだって。私が幼女だった頃、孤児院の職員たちはヒドイ人たちばっかだったけど、いつもシェーシャお姉ちゃんが私を懸命に守ってくれ感謝してる。そんな思いが強すぎるんだって。それに子どもの頃の楽しい思い出は、全部シェーシャお姉ちゃんのことばっかなの。シェーシャお姉ちゃんのこと大好きだから、いつか必ず会えるって信じてるの」



「心理鑑定の人は、もし仮にシェーシャお姉ちゃんが死んでて、シェーシャお姉ちゃんを殺した人の名前を私が知ったとしたら、我を忘れて、私は必ずその人を射殺するって鑑定したの。でも、そんな人に会うのは、確率的に低いことだからって理由で、ギリギリで拳銃携帯許可試験に合格できたのよ」




「そうなんだ。エリチって苦労してきたんだね」


 泉が驚く。




「そうなのか。シェーシャお姉ちゃんに、いつか会えたらいいな」


 そう言って蔵人は、エリチの頭を優しく撫でる。



「ありがとう、ダーリン」


 エリチは、また蔵人の腕に抱きつき、心から安心する。



 今の蔵人の内心が苦悩と後悔に満ちていることを、エリチは全く知らぬがゆえに。

 新巌流島決戦において、シェーシャは既に殺害されている。蔵人の手によって。そんな残酷な真実があるとは夢にも思わぬがゆえに。



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