第5話 MIレポート
「俺は死の病ハイパーキューブ症候群S型を発症している。俺の余命は、あと1年。
今年の2月時点での診断だから、正確には残り10ヶ月だな」
蔵人は平然と言う。
泉は絶句する。
「でも、昨日の第1回《HYPER CUBE》カップで優勝を決めた時、蔵人くんは、右手を上げて、笑顔で満場の隻眼の使徒コールに応えてたよね。だから、ハイパーキューブ症候群S型レベル1、つまり精神が破壊される症状は進行が止まってるんだと思ってた……」
泉は言葉を絞り出す。
「違うな。俺は、あの瞬間、全く嬉しくなかった。喜怒哀楽のうち既に俺の喜びの感情の大部分は喪失してしまっている。だが、俺には理性が残っている。例えば通常の人間であれば大会で優勝した人間は、喜びから笑顔になるといったかんじで、場面ごとに俺は理性でなすべき表情を演算できるんだ。
ゆえに俺は精神を破壊されながらも、こうして支障なく日常生活が送れるんだ」
「で、でも、第4回《HYPER CUBE》世界大会の次の日の朝、蔵人くん、言ってたよね……。
『イリュージョン・アーツの医師団たちが、今、懸命にハイパーキューブ症候群S型の治療法を研究してくれてる。一流の医師たちが、約束してくれた』って……」
蔵人は首を横に振る。
「それが芳しくないらしい……」
「そ、そんな……」
泉は絶望に声を震わせる。
泉の感情を察した蔵人は、フォローする。
「大丈夫だ、泉。ハイパーキューブ症候群S型はデメリットだけじゃない。その裏腹なのかは不明だが、メリットもある」
「メリット……?」
泉は不思議そうに尋ねる。
「そうだ。VividEdgedBlackとの戦いの後、俺は自分の特殊能力表示を見て、驚いた。俺は、過去に屠った敵の特殊能力を1度のみ発動できるんだ。おれは1回限りの制限付きでコピーできる能力を得た。しかも盾も持てるようになっていた。大盾じゃなく小盾だけどな」
「え? それって蔵人くんは運営のお気に入りだから、サービスじゃないの?」
「俺も最初は、そう思った。だから《HYPER CUBE》開発担当トップでもある水鏡さんに聞いてみた。だが、これは運営によるものじゃないらしい。
Pure Sublimity White言った。《HYPER CUBE》の真実。それは《HYPER CUBE》空間こそ、『次元の狭間』だと。
いま、《HYPER CUBE》空間で何かが起きている。 今までに無かった何かが……。これだけは確かだ。
ゆえに、今までと全く異質な新しいビグースが地球を襲来しても、何の不思議も無いんだ」
「また新たなビグースが……襲来する……! 蔵人くん言ってたよね、Vivid Edged Blackの最期の言葉を!True Gentle Blueへの警告の言葉を!」
蔵人は窓から登校してくる生徒たちを見やりながら言う。
「そうだ! 『この戦争に勝つために、お前たちが最後に倒さなければならぬ存在。その存在の名はTrue Gentle Blue。これだけははっきりと真実を伝えたかった』。Vivid Edged Blackは、その言葉を残して、この世を去った。
またVivid Edged Blackは、こうも言った。『ビグースの強硬派。これこそが人類を滅亡させ、この地球を統べようとする存在たちだ』と。Vivid Edged Blackが敗れたことで、遅からずきっと、強硬派自らが、俺たちの前に表れることを、Vivid Edged Blackは預言した。
そして、ツカサ大将軍、ゴースト、ビースト辺境伯の三体のビグースが表れた。ISLANDERSがな。こいつらの特徴は大胆不敵。だから、俺には分かる」
「いるんだよ。新たなビグースが。新入生かどうかは分からない。だが、この秋葉原学園高校の中にな。新たなる刺客がいるんだよ」
「キャッ」
怖くなって泉は、思わず蔵人の胸に飛び込む。
腕立て伏せをしていたことから蔵人の上半身は裸。
蔵人の体の生の温もりを感じ、泉は頬を染める。
「新たなる刺客が……ビグースがこの学園にいるなんて……いつTrue Gentle Blueに殺されるかわからないよね。そんなの怖いよ……」
泉は怯えた表情で蔵人を見つめる。
「大丈夫だ。泉。第1回《HYPER CUBE》カップの直前、お前は俺に『MIレポート』を渡してくれた」
『MIレポート』。
それは世界最強のハッカーDr.Iこと水内泉が1年をかけて、CIA、SIS、モサドなど世界中の諜報機関をハッキングして得たビグースの情報についての最終報告。
「『MIレポート』で得た知見は、とても大きいものだったよ。そして、俺は決意した。
たった一人となっても俺はビグースを、殲滅させると。俺は守りたいからな。
七里を。そして、泉を。だから大丈夫だ。泉。お前は俺が守るから」
蔵人は優しい笑顔で言う。
「ありがとう」
安堵した泉は、笑顔を取り戻す。
「はっ!」
突然、泉は目を見開く。
「どうしたんだ、泉?!」
蔵人は驚く。
「蔵人くん言ったよね。ハイパーキューブ症候群S型によって今の蔵人くんは喜怒哀楽のうちの喜びの感情の大部分を喪失しているって……精神を破壊されてるから。でも、場面ごとに俺は理性でなすべき表情を演算できるんだって
だから、その笑顔も演算なんだよね……」
泉は悲しげな瞳で、蔵人を見つめる。
「違うよ、泉。確かに俺は喜びの感情の大部分を喪失している。だが、あくまで大部分であって、100%じゃないんだよ。俺はわずかに残された喜びの感情で、お前を守りたい、お前に安心して欲しいって思ってるんだよ」
蔵人は再び優しい笑顔で言う。
「蔵人くんっ」
泉は喜びに蔵人の胸に顔を埋めて、泣き続ける。
蔵人は、そんな泉の頭を優しく撫でる。
髪を撫でられ泉は、心から安心する。
蔵人の言葉が真実でないと知らぬがゆえに。
蔵人の喜びの感情は、既に100%喪失している。そんな真実を知らぬがゆえに。




