第5話 騎士の亡霊戦・終戦
「そう、それが唯一の合理的に説明する方法だな。それが私が導き出した解……だが、あいつと人色ジンとでは年齢が……あまりにも違う……
私もそこで混乱が残っている……
はっ! 黒野っ、黒野はいるか、いま戦ってる男の名前は何といってた?」
時雨の声を受けて部屋の外に待機していた黒野が参上する。
「はい、お嬢様。彼の名前は人色蔵人でございます」
「人色……そう……だったな……。『盤上の唯一神に最も近づいた男』に息子がいたか……先に見つけられてよかった。あいつより……」
時雨は平常心を取り戻しつつあった。
「ニ、ニアリーリトの息子さんなら……可能です」
粟山さんも、冷静さを取り戻そうとはしていたが、まだ体の小刻みな震えを止めることはできていない
そうこうするうち、蔵人の気のゲージが100%である180になる。
「よし、これで戦える」
両の拳をバキバキと鳴らしながら、蔵人は『騎士の亡霊』を見据える。
「たしかにデュラの突進はこれで封じたかもしれんがな。しかしここからどうする気だ? 地道に墓石をぶつけて奴を倒すか?そんな悠長なことやってる間に、『騎士の亡霊』は槍で墓石を破壊して、墓石のバリケードを突破するぞ。ではどうする? まさかあの墓石で出来た闘技場に身を投じる気か?」
そんなのは自殺行為だ、とばかりに、挑発っぽく時雨が言う。
「そのまさかだ」
蔵人はそう言って、不敵な笑みを浮かべた。
「正気か?!」
時雨は叫ぶ。
「『騎士の亡霊』相手にたった一人で真正面から勝てるわけがなかろう!」
「こんなテストを仕向けたお前が言うか? そういうこと」
蔵人は呆れたといった感じで肩をすくめる。
「まあ見てろ」
そして、次の瞬間、『騎士の亡霊』が待ち構える闘技場の中へと大きく跳躍した。
『騎士の亡霊』との対峙。
突進という技が封じられたとはいえ、馬上から槍を振り回す攻撃がまだ『騎士の亡霊』には残されている。
まともに喰らえば、HPゲージがゼロになる可能性を否定できない。
蔵人はそう考えながらも、『騎士の亡霊』との接近戦をあえて選択した。
自分の能力を一番発揮できるのが、このやり方だと分かっていたがゆえに。
『騎士の亡霊』が、槍の切っ先を蔵人に向けた。
蔵人も、それに呼応するように、右拳を腰だめに構えた。
機動力を使って撹乱させようなどという気が毛頭ないことは、誰の目に明らかだった。
「真正面からやり合うとは……本気か……?」
時雨が懐疑的な目で一騎打ちを見つめる。
「来いよ、『騎士の亡霊』!」
蔵人が吼える。
刹那――『騎士の亡霊』が槍を構えたまま突進を始めた。
首なしの騎士を乗せた重装の馬が疾駆し、蔵人との距離が一挙に詰まる。
槍の先端が、蔵人を捉えようとした――次の瞬間だった。
「はああああっ!!!!」
蔵人が見せた裂帛の気合と共に、蔵人の右拳が突然激しく光り始めた。
目の眩むほどの激しく青い閃光。
貯めた気をすべて右拳に集中させたゆえの現象。
この特殊能力こそ。
『集極の波より来たりし闇』
未だかつて、この特殊能力をまともに喰らって、倒れない敵はいなかった。
特A級相手に一撃で決まるのか、蔵人にとってそれは定かではなかった。
しかし、長引かせてどうにかなる相手ではないことも確かだった。
ゆえに今の蔵人は、この一撃に賭ける他なかったのである。
その覚悟が、『集極の波より来たりし闇』の威力を更に高めた。
地面に穴が開くほど、左足を大きく踏み出す蔵人。
強烈な雄叫びと共に解き放たれる右拳の一撃。
『騎士の亡霊』の槍の先端に向かって打ち出されたその拳は、巨大な槍を一瞬で粉々に打ち砕き、武器を失った『騎士の亡霊』までをも諸共吹き飛ばしてみせた。
まるで大爆発のような一撃。
その様子を傍で見ていた時雨と粟山さんが長らく言葉を失うほどの大きな威力だった。
『騎士の亡霊』は吹き飛ばされ、かなり遠くにあったはずの『地下墓場』の壁に激突し、消失した。
大地が、空気が激しく震える。
「はあ、はあ……」
肩で息をする蔵人。
100%まで溜めた気を、一気に放出することは、ゲーム内のことであるにもかかわらず、実際にひどい疲労を感じさせた。
『騎士の亡霊』が、青白い粒子となって消えゆく。
「これで3000万円は俺のものだな……」
右上の小窓の中で、まだ呆然としていた時雨に向けて、蔵人はニヤリと笑みを浮かべた。
粟山さんは目の前で起きたことを信じられなかった。山道を歩いていたら、いきなり頭が100ある大竜に出会った、そんな心境であった。
「そ、そんな……『騎士の亡霊』を一撃……。そんなの無理ですっ!
今の特殊能力は『練気』系統ですね。正確な特殊能力名は不明。ですが世界最強の『練気』の使い手と言われる《HYPER CUBE》の前回のヨーロッパ選手権優勝者にして世界大会第3位のアルト・ネイチャーさんでも『騎士の亡霊』を一撃なんてとても無理です。この『騎士の亡霊』は最前線と言われる最強の8人のギルドによる攻略を想定して彼らの能力から逆算してプログラミングしたんです。すなわち最前線のメンバーなら1ターンで1人で与ダメージ3000可能なことから計算して作成しました。その8人には勿論最前線メンバーであるアルトさんも含めて具体的に計算したんですよ。そして私は運営として彼らのバトルログを毎日つぶさにチェックしてます。でも、そんな彼らが8人がかりで『騎士の亡霊』を倒したバトルログでの最短は27ターンでした。最前線のメンバーの時雨には言うまでもありませんが……
それをたった1撃だなんて……私も時雨も本当に『騎士の亡霊』を倒せる人がいるなんて思ってなかったのに……『騎士の亡霊』相手に何ターン持ちこたえられるか、『騎士の亡霊』のHPを何割削れるかだけを今回のテストで時雨は見たかったんですよね……それを倒す……わずか1撃で……そんなんのありえないです」
粟山さんは動揺を未だ抑えることができない。
「ああ、私もデュラ相手に最もHPを削れるやつと契約しようとしか思ってなかった、倒すには1人で自分にヒールやリジェネをかけ続けながら250ターン以上という途方もない回数の攻撃が必要となるがそんな者いるはずがないと考えていたというのが本音だが……1撃か……目の前に事実がある以上認識するしかあるまい……」
時雨も辛うじて声を絞り出す。
「彼奴は戦闘前にステータスデータを公開設定したと言ってたな? ちょっと見てみようか……」
時雨は憔悴しながら蔵人のステータスデータを表示させる。
「……Levelが80にHPが460気が180ですって、こ、こ、こんなの信じられませんっ!
Levelは3ヶ月前のアプデで75からキャップ解放したばかりです。そして、その時に新たに設けた上限がLevel80、HP460、KI180です。デイリークエスト解放という要素のないこのゲームのレベル上げの難しさは比類を見ないと言われてるんですよ。たった3ヶ月で到達なんてできるはずないです。《HYPER CUBE》の前回のアメリカ選手権の優勝者にして最前線8人の1人でもあるロックコさんが昨日、世界で初めてLevel76に到達して大騒ぎになったとこなんです。ロックコさんのバトルログは運営にとって大切な情報だから知ってますが、彼は3ヶ月間ほぼ毎日18時間以上ログインしている廃プレイヤーです。しかも実力が最前線8人のひとりなんですよ。そんなロックコさんでもHPを452、KIは1しか伸ばせず171でした。Levelが上がってもHPやKIは、個人の属性に応じてしか伸びないんです。ゲーム提供開始からレベル上限は75でしたが、たしかに3ヶ月前のアップデートでレベル80を上限にしました。と言っても、ゲーム提供時レベル75でカンストしていた人たちは、まさしくカウンターストップさせており、ステルス的にカウントして3ヶ月前のアップデートで数値を加算するなんてことは一切してません。だから最前線のプレイヤーたちもレベル75の状態から3ヶ月前に一斉スタートだったんです。なので、ロックコさんの3ヶ月後のレベル76が人間としての限界のはず……」
「……はっ!
私には基本的な大きな見落としがありました・・・《HYPER CUBE》はゲーム内経験値だけでなくプレイヤーのDNA、外骨格や脳神経などの現実世界での情報を解析することで初期レベルが設定されます。多くの人たちはレベル1でスタートされることから誤解しがちですが、超一流の学者やプロスポーツ選手がログインした瞬間にレベル30代からスタートだったとの報告は世界中で散見されています。現に最前線の8人は30代スタートの人ばかりです。そして思い出せませんが……かつてレベル75でスタートした伝説のプレイヤーが数年前にいたと先輩から聞いた記憶があります……信じがたいことですが1つの仮定として蔵人さんその伝説のプレイヤーだとしたします。そしてそのプレイヤーは実際のポテンシャルはレベル80あったとします。そうするとそのプレイヤーは前回のログイン時にログインと同時にカンストしており、3ヶ月前のアップデートの後に行われた今回のログインであたかも前回の数値がステルス的にカウントされていてその数値がまるで引き継ぎとして加算されたかのようにレベル80に達するということが理論上あります……そ、それなら……か、可能ですが……」
粟山さんは目の前の状況を辛うじて論理的に説明する術があることに気づきその論証に成功することで少しの安堵をみせる。
だが、まだ1つの疑問が解消されていないことに気づき、不安になった粟山さんはさらに続ける。
「で、で、でも、仮にそれが可能としましょう、でも、『騎士の亡霊』を1撃は不可能です。あんなデタラメな1撃はありません。ひどいじゃないですか。あの重装の『騎士の亡霊』をたった1撃で跡形もなく消失させるなんて、あんなの攻撃じゃありません、もう理解不能な闇の世界ですよ」
その言葉に時雨はハッとする。
「闇の世界か……や、闇と言ったか……ち、ちょっと待て、さっき気の上限をアプデで180にしたと言ったが、それは表示上のことか、それとも実際の保有量のことか?」
時雨が鋭い眼光で粟山さんを問い詰める。
「よく知ってますね、時雨。
今はこのゲームの気(KI)の上限は、表示上の上限でしかなく実際に180以上の保有量を持っていることがあるんですよ。表示はさせませんが、数値が表示上は180とされているだけで、それより多くの気を持っている可能性があるんです。気についてはステルスですが事実上の無制限のキャップ解放ですね。これに対して、HPは一律に表示の上限460を実際の保有量と一致させてます。水鏡さん、アプデの指示のとき、この気のゲージのところへの指示だけは異常に厳しかったんですよ。気のゲージはステルス的にキャップ解放するとともに、表示方法としては気の保有量が180以内のプレイヤーの気はそのまま表示し、気の保有量が180を超えるプレイヤーの表示に際しては気のマックスから180減少させた数値をゼロとしてそこ時点からの気の保有量のみを表示するがそれは単に見せかけの表示でありゲーム内の気の保有量を表すものではないことになります。3ヶ月前のアップデートの変更点の中でこれだけは公開してないんですよ。非公開にすることも含めて全部水鏡さんの指示なんですけど、気については水鏡さんなんであんな変な指示するのかなって運営チームのみんなも首を傾げてたんですよ。
だから時雨が察っしてるように気(KI)のゲージは気の保有量が180以内のプレイヤーにとっては実際の保有量を示しますが、保有量が180を超えるプレイヤーのゲージは保有量と一致しないという問題点があるんですよ。仮に気を200保有しているプレーヤーが気を50削られた時は180-50=130なので気は130と表示されますが、そのプレイヤーは実は200から50削られただけなので200-50=150なので実際の気の保有量は150になるって問題点なんです。でも180を超える気を持った人なんて最前線にすらいませんから、この問題点が顕在化することはありえないんです。
世界中で気づいてたのは時雨が初めてじゃないですか?何で分かったんですか?」
そんな粟山さんの話に、時雨は納得した顔を見せニヤリと笑う。
「やはりそうか!
水鏡が考えそうなことだ。すなわち気の上限180は見せかけの上限であり、実質的には無制限。そして常識外の圧倒的な気を保有する者がいれば、その能力を100%発揮できるようにプログラミングされたわけだな。蔵人が仮に5000の気を持っていたとする。デュラの最初の1撃で気のゲージは40になったが、それは180-140=40という何の意味もない数値を示すにすぎず、実際には5000-140=4860はそのまま保有されていた。つまり、蔵人はデュラの1撃後も4860の気を保有しており、実際は気を貯める必要はなかったということだな。
いや5000の気があれば、こんな闇の世界のような能力を説明できるが、なぜデュラの1撃で気が40まで減少したか、この1点が疑問だったが、お前の今の説明で腑に落ちた。このことはさっきのお前の闇の世界って言葉がヒントになったんだ。礼を言うぞ、本当にいたんだよ、使える者が、『集極の波より来たりし闇』を……」
「エターナル・ウェーブ・サデニシオン……
4年前、このゲーム発売直後にプログラムが誤作動を起こし暴走しログアウト不可能となりバビロンの塔最上階のラスボスに100人の人質がとられた事件でしたね。国防軍のサイバー特殊部隊50人が全滅した後、たった一人の少年が一撃で粉砕したものの、その圧倒的な破壊力のあるスキルだったことから、そのスキルは『集極の波より来たりし闇』と世間から名付けられ伝説化されました……
で、でも、あれは少年がラスボスがドロップしたアイテムも取らず人質100人を確認した後すぐにログアウトしたことから、専門家からは私人のプレーヤーではなく軍の秘密兵器との推測がされていました。当時は私は運営チームに入ってなくて、詳しくはしりませんが……
でも、あの伝説のプレーヤーが国防軍のプロの兵士でなく学生だなんて……」
粟山さんは少し声を震わせる。
「そうかな?
私にはそうは見えなかった。アイテムをとらなかったのは、むしろ人質の中から大切な人を探そうとしているように見えた。そう、恋人か父親のような……」
「それに、あの伝説のプレーヤーには特徴的な外形がなかったか」
時雨が粟山さんに、そう話しかけたと同時に、蔵人の長髪が風にふかれ、黒い眼帯がディスプレーに写された。粟山さんも、これにより思い出したようだった。
「! あ、ありましたっ!
そして思い出しました! 伝説のプレーヤーは隻眼でした、『隻眼の使徒』と呼ばれていました
それに思い出しました……先輩がかつてスタート時からレベル75だった伝説のプレイヤーが数年前にいたと言っていたとき、その先輩は伝説のプレイヤーを……『隻眼の使徒』と呼んでいました……」
「『隻眼の使徒』……本当にいたんだな……」
時雨はつぶやく。
「ニアリーリトレベルの演算能力者、『隻眼の使徒』、どちらも探していたが……まさか同時に見つかるとはな……世界は広い」
そう言いながら時雨は我を取り戻すと、通信用マイクを手にとり時雨は蔵人に告げた。
「人色蔵人、契約成立だ」