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第10話 ハイパーキューブ症候群S型(1)

第10話 ハイパーキューブ症候群S型(1)



 蔵人はゆっくりと泉に言った。

「泉、俺はハイパーキューブ症候群S型に罹患しているんだ」



 蔵人は続ける。

「昨日のハイパーキューブ世界大会の後、出場者全員はイリュージョン・アーツ専属医師団によるメディカルチェックを受けた。そこで俺は医師団から思いもよらない宣告を受けた。それは俺がハイパーキューブ症候群S型に罹患しているということなんだ」



「え?昨日の世界大会で時雨もロックコ君も発症してたよね。蔵人くんも発症してたの?全然気づかなかったけど」



「彼らの特殊能力スキルは、『竜神の逆鱗』や『絶対インペリアル時間タイム』。これらはレアなものではあるがランクAにすぎない。ゆえに彼らが罹患したのはハイパーキューブ症候群の中でもA型と言われるものらしい。他方、俺の特殊()能力(キル)である『集極(エターナル)(ウェーブ)より来たりし(サデニシオン)』は、ランクSに位置づけられるらしいんだ。ゆえに、俺が罹患したハイパーキューブ症候群はS型という全く別物らしい。」



「私たちがハイパーキューブ症候群と思ってるのは、昨日、時雨たちが発症した《HYPER CUBE》世界での出来事を現実()世界(アル)での出来事と錯覚するって症状だよね。でも、それはA型っていうハイパーキューブ症候群の中でも1つの類型にすぎないってこと……なの?」



「ああ、そうだ。

 ハイパーキューブ症候群A型の原因はこうだ。《HYPER CUBE》世界での光景は、人工衛星映像やこの時代に世界中に張り巡らされた公共カメラネットワークなどを利用することで、現実()世界(アル)での光景に限りなくに近似したものとなっている。また《HYPER CUBE》は、プレイヤーの外骨格、筋肉、脳神経、DNA情報などを即座に解析し、その者に最も相応(ふさわ)しい特殊()能力(キル)を選択するだけでなく、その者の等身大の現実()世界(アル)のその者と同じと言っても過言でない3Dアバターを《HYPER CUBE》世界に出現させる。そんな《HYPER CUBE》世界の中で、生死を賭けた戦闘を繰り返すことは、分かってはいても本当に生死を賭けて戦っているかのような極度の緊張感をプレイヤーに与え続ける。そんな中で精神を極限状況にまで追い詰められる。このことを原因として、《HYPER CUBE》世界での出来事を現実()世界(アル)での出来事と錯覚するという現象。それが《HYPER CUBE》症候群(シンドローム)A型なんだ。だから、リラックスするなどして安静にして時間さえ経てば、A型は容易に治癒されるし、A型では何ら後遺症も残らない。」

 と蔵人。



「S型は違うの?」

 泉は泣きそうな顔で蔵人に尋ねる。



「残念ながら……その通りだ。

 ハイパーキューブ症候群S型は全く違う。

 ランクSの特殊()能力(キル)というのは、莫大な量のKI(気)を体内に蓄積し、これを大量放出することで顕現されるものだ。これはイリュージョン・アーツ専属の医師団が最近発見したばかりの最高機密でもあるんだが、この特殊()能力(キル)の顕現過程において、ランクSの術者の体には神経回路とは別の『気の回路』というものが出来てしまうことが、分かったらしいんだ。そして、この『気の回路』が術者の神経回路を圧迫するなどの大きな負担をかけるらしい。つまり、ランクSの特殊()能力(キル)というのは身体に有害な禁術なんだ。そして、このことがハイパーキューブ症候群S型の原因らしい。

 ゆえに、S型はA型とは原因が全く異なるし、症状も全く異なるわけなんだ」


 泉は、思いもよらない事実に驚き、蔵人の体に異変が起きているという事態に、心配を交えた真剣な顔で話に聞き入る。



 蔵人は続ける。

「ハイパーキューブ症候群S型には、初期のレベル1から末期のレベル4までの4つのステージがあるんだ。



 ハイパーキューブ症候群S型レベル1。これを発症すると精神が破壊される。



 精神が破壊されると言っても、理性はしっかりと保持される。ただ、人を好きだと思ったり、人を可哀想だと思うだとか、喜怒哀楽といった感情の部分が失われてしまい、これは可逆性を持たない。つまり治癒は不可能らしいんだ」



「そ、そんな……

 ハイパーキューブ症候群A型と全然違いすぎるよ……S型は……そんなの深刻すぎるよ……」

 泉は驚きながら、目に涙を浮かべて言葉を絞り出す。






「そして俺はこのハイパーキューブ症候群S型レベル1を現在、既に発症している。」






「そ、そんな……」

 泉は息を飲む。



「一昨日、つまり《HYPER CUBE》世界大会前日のことなんだ。

俺は大会前にリラックスしようと妹の七里と一緒に『()(たる)るの墓』を鑑賞したんだ」

 そう言って、蔵人は一昨日の悲劇を語りはじめる。



「俺も七里も、『火垂るの墓』が大好きで、小さい頃からしょっちゅう『火垂るの墓』のレッドレイ(※ブルーレイの次世代としてこの時代に普及している円盤の名称)を観てたんだ。だから、やっぱリラックスするには、これだなってことで一昨日も『火垂るの墓』を選んだ。


 そして、『火垂るの墓』には、節子の佐久間式ドロップが無くなるけど、残った粉を水に溶かせて、『味がいっぱいすぅ』と節子が言うシーンがある。

 そのシーンで俺は今まで必ず悲しくなって号泣していた。




 だが、一昨日、俺は節子が『味がいっぱいすぅ』と言っても、全然悲しくなかったんだ。




 節子が理不尽な目にあっているという事実を理性により認識はできた。だが、節子が可哀想という感情が全く生じなかった。運良く俺のズボンのポケットにハンカチがあったから、それを目頭に当てることで七里に不審に思われる事態は回避できたんだが……。


 つまり、俺の悲しいという感情は、ハイパーキューブ症候群S型レベル1により破壊されているということなんだ」




「そ、そんな……で、でも、きっと小さい頃から観てきたから覚えちゃってて、悲しくならないんだよ。私もフランダースの犬のレッドレイ持ってて、ネロがパトラッシュと天国に行く時、子どもの頃はいつも泣いてたけど、もう覚えて慣れちゃたから今じゃ泣かないよ」

 泉は蔵人をフォローしようと必死に努める。



「いや、俺は『火垂るの墓』を小さい頃から何十回も観てきて、今まで必ず号泣してきたし、少し前にあったハイパーキューブ東京予選の前日にも観て号泣してたんだ。それが、悲しい気持ちが以前よりは和らぐなら分かるが、突然に全く生じなくなるなんてことは起こるはずがないだろ」




「た、たしかに……そうだよね……」

 泉は自らのフォローが奏功しなかったことに落胆し、そして蔵人を心から心配する。




 蔵人は続ける。

「ハイパーキューブ症候群S型レベル2。これを発症すると自分の特殊能力スキルを制御できなくなる。」




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