第1話 泉と蔵人
第1話 泉と蔵人
その翌日の早朝。蔵人は1人、名門・秋葉原学園高校のコンピ研の部室にいた。
蔵人は冷蔵庫からアイスティーを取り出してグラスに注ぐ。
アイスティーを口をつけると思い出されるのは、やはり田所先輩との思い出。
このコンピ研の部室は、蔵人にとって、校内のどこよりも多くの思い出の詰まった場所だった。ファーストフードでのバイトに忙しい蔵人は、正式な部員とはならなかったが、この部室に遊びに行くと部長の田所先輩も、部員の泉も、いつも大歓迎してくれた。この部室は、そんなコンピ研準部員としての蔵人の大切な場所だった。そして誰よりも人類を愛しながら人類の為に自分を犠牲にして亡くなった田所先輩との沢山の思い出の詰まった場所だった。
この部室へ来て、田所先輩が作るのが得意だったアイスティーを口にすることで、蔵人の脳裏は田所先輩のことでいっぱいになる。
「田所先輩……」
蔵人は虚空を眺めながらつぶやく。
◇
ガチャ
ノック無しに部室の扉が開かれる。入ってきたのは蒼い髪に小さな顔、優しげな眼差しの美少女。コンピ研の副部長、水内泉だった。
「あれ?なんか人の気配がするなって思ったら、やっぱり蔵人くんが来てたんだね。蔵人んが部室に来るのなんて珍しいね」
白河院先輩の入部試験のあと、蔵人が部室に来なかったことを知る泉は、不思議そうに蔵人を見る。
「って、何勝手に入ってるのよ!蔵人くんは正式な部員じゃないんだから、勝手に職員室から鍵を持っていく権利は無いっていつも言ってるでしょ。これって規則違反なんだからね!《HYPER CUBE》世界に君臨せし絶対的序列第1位と言われ、『隻眼の使徒』の2つ名を持つ蔵人くんも、コンピ研ではタダの準部員なんだから、規則はちゃんと守ること!」
蔵人がこの部屋に入った手段に気づいた泉は、怒って頬を膨らませる。律儀な泉は、蔵人が正しい手続きをふまないで入室したことことにコンピ研の副部長として叱責する義務を感じたのである。
「まぁ《HYPER CUBE》世界大会で優勝したご褒美で、今日のところは許してあげるわ。あらためまして。蔵人くん、世界大会優勝おめでとうございました!」
泉は一転して満面の笑みで蔵人に祝辞を贈る。
「それ、昨日の大会の後も、粟山さんと一緒に選手控室に来て散々言ってくれたよな。ありがたくはあるが、少し聞き飽きたな」
蔵人は少しテレながら、蔵人流に感謝を口にする。
「もう~、素直じゃないんだから」
泉は頬を膨らませて抗議する。
だが蔵人は軽口を続ける。
「そんな何度も祝ってもらうほどのことじゃないよ。例年なら新聞の一面は《HYPER CUBE》世界大会の優勝だが、今年は違ったしな」
「新聞の一面はインドの事件だったよね。アメリカ海軍第7艦隊が停泊していた軍港が周辺都市ごと消滅したって今朝もテレビのニュースで大騒ぎしてた。どこかの国が爆弾を落としたんだろうから、戦争は必至って報道してたわ。あんな大事件と比べると、やっぱりゲームの大会だからね……仕方ないね……」
と泉はフォローする。
「確かに、先進国の政府はどこも、どこかの国か爆弾を落としたってことにしたいらしいな。そしてマスコミはそれを疑うことすらしない」
「え?爆弾を落としたことにしたいって、本当は違うってこと?」
泉は首を傾げる。
「今のアメリカ合衆国は人工衛星により世界全土を24時間体制で監視して録画するシステムを構築している。だから、昨日の事件の犯人も特定済みだよ。自国の海軍が犠牲になったんだ。今までの歴代アメリカ合衆国大統領は、他国やテロ組織による同様の事件が発生した場合いつも即座に特定した犯人を公表し、それへの報復を宣言してきた。それが最大の抑止力となると分かっているから。だが、今回は、もう10時間以上も経つというのに何の宣言もしない。ならば宣言したくとも、できないと考えるのが合理的だろう。なぜ宣言できないのか?それは先進国の軍事力では何らの対処もできない破壊力を有した相手であり、そのことが知れると世界中がパニックになるからだ。そんな破壊力を有した相手。そんなの1つしかない。
つまりビグースだ。」
「え?インドの事件は……ビグースの仕業ってことなの……」
泉は手を震わせながら驚く。
「なぁ、泉、田所先輩ことDarker Than Crimson Redは最期に俺へ2つの願いを託した。1つはアイスティーのこと。もう1つの願いを覚えているか?」
「もちろんよ!ビグースは田所先輩だけじゃない。『Darker Than Crimson Red』である田所先輩は死ぬけど、第2、第3のビグースが必ず現れるってやつよね!」
「そうだ。そしてその後、田所先輩の預言のとおり第2のビグースであるPure Sublimity Whiteが現れ、俺は《HYPER CUBE》世界大会で彼奴を倒した。」
「そして昨夜、アメリカ海軍第7艦隊が停泊していた軍港を周辺都市ごと消滅させるほどの特殊能力の保持者が現れた。それこそが第3のビグースVividEdgedBlackだ」
「そ、そんな……」
驚いた泉は息を飲む。緊張の余り泉は手が震えるのを止めることができない。
「そして、VividEdgedBlackが出現たタイミング。それに俺たちは留意しなければならない。行動からの心理の分析だ。VividEdgedBlackが出現した時刻、それは俺が第4回《HYPER CUBE》世界大会で優勝を決めたのと全くの同じ時だ。
例年であれば《HYPER CUBE》世界大会の翌日は、その模様が世界のトップニュースとして大々的に扱われる。だが、今日のトップニュースは《HYPER CUBE》世界大会ではなく、インドの事件にとって変わられている。
つまりVividEdgedBlackは俺を挑発している。
俺には分かる。VividEdgedBlackは俺に言ってるんだ。
人間界でのVividEdgedBlackを見つけてみろと。俺がDarker Than Crimson RedやPure Sublimity Whiteの正体を探し当てたように、VividEdgedBlackの正体も探し当ててみろと。
そう言って彼奴は俺を挑発しているんだろう。
そして俺がVividEdgedBlackを探し出した瞬間、彼奴は俺を殺すつもりだろう」
「そ、そんな……そんなの怖いよ」
泉は唇を震わせ涙ぐむ。
蔵人は笑顔で泉の頭を撫でる。
「大丈夫だ、泉。俺は無茶はしないよ。安心してくれ」
「Pure Sublimity Whiteは最期に言った。ビグースにはアメリカ軍やロシア軍の最新兵器なんて全く役に立たないと。役に立つのは気に裏付けられた特殊能力だけだと。そして俺とギルド『最前線』のメンバーに人類の命運が託されていると。
今度の敵、VividEdgedBlackは最強だ。俺1人では心許ない。俺には同士が必要だ。
だから俺は決めたんだ。」
そして蔵人は言った。
「俺はギルド『最前線』に入団する。そして9人目の『最前線』となる」




