第17話 時雨死す
「そ、そんな……雫を……た、助けに行かないと……」
衝動的にそう言うと時雨は部屋を飛び出し、廊下をダッシュする。
「待て、時雨」
ショッキングな映像に衝動的な行動に出た時雨を呼び止めながら、蔵人は時雨を追いかける。
時雨を追いかけて、蔵人も外へと出る。
そして、蔵人は観た。
自らのタッグパートナーである二神時雨が、全身に無数のナイフを受けて、血まみれになって倒れている姿を。
「時雨えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
蔵人の絶叫が渋谷の街に響き渡る。
特殊能力『Unlimited Knife Phenomenon』。術者が操作する無限の数のナイフが、超高速度でターゲットへ襲いかかる。ターゲットはこれを躱すことができない。
「はて? このお嬢ちゃんは、さっきスクランブル交差点で倒した気がするんだが? そうか! これがあの『二神の双子』か」
男は1人納得する。
その男の身長は2m近くととても高い。迷彩模様の戦闘服。左手には機関銃を持つ。そして、頭には緑のベレー帽。そのベレー帽はアメリカ陸軍最強の特殊部隊グリーンベレーの戦闘員であったことの証。
この男こそ特殊能力『Unlimited Knife Phenomenon』の発動者、サンダース大佐その人だった。
「サンダース大佐、貴様の仕業かああああ」
蔵人は叫ぶ。
「やっと出会えたな。人色蔵人。いや『隻眼の使徒』。お前にも、このお嬢ちゃんにも、恨みはないんだがな。ホワイトナイト様のご命令に私は背くわけにはいかない。悪く思うな」
サンダース大佐はそう言ってニヤリと笑う。
「サンダース大佐、お前がホワイトナイトの側へいるということは、全てを知った上で、そちらへ回ったってことでいいんだな」
蔵人は真剣な表情でサンダース大佐に問う。
「そうだ」
サンダース大佐も、真剣な表情でゆっくり頷く。
「なぜ伝説の英雄のあんたが、人類を滅亡させようとするビグースの側にいるんだ? なんで400人の敵兵から自分を犠牲にして20人の仲間を救ったあんなが、そんな風に」
蔵人はサンダース大佐に問いかける。
「話はそれだけか?」
サンダース大佐は冷静な表情を変えず、そう言った。
「サンダース大佐。俺はあんたが参加した北アフリカでの激戦のときのことを聞いたことがある。北アフリカに駐留していたグリーンベレーの戦闘員たちに、ある日、20人のみの精鋭で地下道を通り敵の基地から捕虜となった仲間を奪還するというミッションが言い渡された。ミッションは順調に遂行され、グリーンベレーの戦闘員達は敵の基地の牢屋で仲間を発見できた。だが、その仲間を連れだそうとした瞬間、運悪く敵兵に見つかった。敵の基地にいた敵兵の総員は400人。精鋭とはいえ、たった20人が、400人の中を突破するのは至難の業だった。そんな絶望的状況の中、1人の男が殿を勤めると名乗りをあげた」
蔵人は1拍置く。そして蔵人は続ける。
「その男は大きな声で言ったんだ。『俺には家族がいない。俺が死んでも誰も悲しまない。だが、お前達は違うだろ』。その男はそう言って、他の者が殿に加わることを絶対に許さなかった。その男は仲間を逃がすために自分が死ぬことを覚悟していた。そして、その男は唯1人、機関銃を片手に敵の基地の中枢へ勇猛果敢に飛び込んでいった。敵の基地の中枢は大混乱に陥った。そしてグリーンベレーのミッションは成功し、捕虜と共に戦闘員たちは無事に帰還できた。だが、みんなの為に囮となって戦ったその男、1人だけは、いつまで待っても帰ってこなかった。その男こそが、伝説の英雄。サンダース大佐あなただった」
「そんなこともあったな。よく知ってるな。さすが『隻眼の使徒』だ」
そう言ったサンダース大佐は、真剣な表情を変えない。
「20人の仲間や、その家族を守ろうとしたあんたが、どうしてホワイトナイトなんて悪党の側へ、ビグースのサイドへ回ったんだ! ホワイトナイトは、人類を滅ぼそうとしてる悪魔なんだぞ。あんたとは正反対のやつじゃないか!」
蔵人はサンダース大佐を詰問する。
「黙れ。俺の悪口はいいが、ホワイトナイト閣下の悪口だけは断じて許さん」
それまで冷静な表情だったサンダース大佐は、一変、顔面を紅潮させて怒る。
「食らえ」
そう言いながら、サンダース大佐は瞬時に右手でサバイバルナイフを蔵人へ投げる。
蔵人は、とっさに飛びはねてサバイバルナイフを躱す。
だが、これこそが元グリーンベレーとして近接戦闘に熟知しているサンダース大佐の巧妙な罠であった。サンダース大佐の本当の狙いは、蔵人を飛びはねさせることにあった。なぜなら飛びはねた空中では人は態勢を変えられないから。そしてサンダース大佐は、蔵人が着地することになる地点にサーモバリック手榴弾を転がす。蔵人が完全にサンダース大佐の罠にかかった瞬間だった。
「かかったな」
サンダース大佐はニヤリと笑う。
「し、しまった……」
空中で蔵人はつぶやく。
もはや蔵人はサーモバリック手榴弾の転がったところへ着地するしかない。
蔵人は自らの敗北を覚悟した。
その瞬間、血まみれになった1人の少女が、飛び出し、サーモバリック手榴弾に覆い被さる。
轟音とともに明るい閃光が広がる。
サーモバリック手榴弾が爆発した瞬間だった。
猛烈な爆風が少女を襲う。
蔵人は自らを犠牲にして助けてくれた少女の下へ駆けよる。
「また私が先に倒されてしまったようだな」
横たわったまま少女は笑顔を蔵人へ向ける。
その少女は、二神時雨。
サンダース大佐の特殊能力『Unlimited Knife Phenomenon』を直接受けた時雨は瀕死の重傷を負った。だが、最後の気力を振り絞って、自らを犠牲にすることで時雨はサーモバリック手榴弾から蔵人を守ったのだった。
「時雨、なんて無茶なマネするんだ」
蔵人は言葉を失う。
時雨のHPバーは急速に縮小し、間もなく尽きようとしている。
「だが、勝つにはこうするしかなかっただろ? サンダース大佐は手強そうだな。そして、まだホワイトナイトもいる。大丈夫か?」
横たわったままの時雨は、不安そうな表情で蔵人へ問いかける。
「なぁ時雨。矢沢兄妹が東京予選にエントリーしたと分かった夜のことを覚えているか。そして俺がDarker Than Crimson Redとの決着のためラストダンジョンへと向かうアマゾンの飛行場でのことも。その時も俺は言ったはずだぞ。なぁ時雨、俺を誰だと思っているんだ。ニアリーリトの息子?隻眼の使徒?そんなのどうでもいい。俺はお前の契約者だ。お前の契約者に敗北の2文字はない。覚えておけ」
優しげな眼差しで蔵人は時雨を見つめながら、いつかのセリフを口にする。
時雨の瞳から流れた涙が、時雨の両頬を濡らす。
そして笑顔で、時雨は残った全ての力を込めて言葉を絞り出す。
「私もそう思う。後は頼んだぞ、私の契約者人色蔵……」
《HYPER CUBE》世界で屈指の貫通力を誇る特殊能力『竜神の逆鱗』の使い手。世界屈指のプレイヤーからなる最強ギルド『最前線』のメンバー。そして《HYPER CUBE》界に君臨せし絶対的序列第1位『隻眼の使徒』のタッグパートナー。
二神時雨の《HYPER CUBE》世界大会での最期だった。




