第15話 Unlimited Knife Phenomenon
「ウヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョョヒョヒョヒョヒョヒョョヒョヒョヒョヒョヒョウヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョ」
ロックコは再び雄叫びを上げる。
「さっきの右腕は、お前が殺めた雑魚4匹の分だ。そしてな……」
そう言いながら、大剣を中段に構えたロックコは、ホワイトナイトへゆっくりと近づく。
「これは俺の分っ」
そう叫びながらロックコは長剣の突きをホワイトナイトの胸部へ食らわす。
ホワイトナイトのHPバーが赤色へと変わり、一気に縮む。
HP表示カウンターも一気に下がる。
250……200……100……50……10……3……2……1
0が表示されたかと思われたその瞬間、2ターンにわたった『絶対時間』は終了した。
フィールド上の全プレイヤーは、再び体を動かす自由を獲得した。
と同時に。
無数のナイフが超高速度でロックコを襲う。
それは特殊能力『Unlimited Knife Phenomenon』の発動によるものだった。
特殊能力『Unlimited Knife Phenomenon』。術者が操作する無限の数のナイフが、超高速度でターゲットへ襲いかかる。ターゲットはこれを躱すことができない。
「キヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
粟山さんの悲鳴が観客席へ響きわたる。
会場中の観客たちは目を見張る。
ロックコは完全に『無傷のまま』、スクランブル交差点の中央に立つ。
二神雫とネルソン・セレーゾ神父が、多数のナイフを全身に受けて、血まみれになったままロックコの前に横たわる。
雫とセレーゾ神父からの出血が、路面の雪を真っ赤に染める。2人も共に、ギルド『最前線』のメンバー。時雨の姉である雫とセレーゾ神父は、放たれた無数のナイフから自らの体を盾とすることで、ロックコを守ったのだった。
「そ、そんな……」
粟山さんは青ざめた顔で、小刻みに体を震わせながらつぶやく。
無数のナイフの前に体を張って飛び出した雫を見て、粟山さんは悲鳴をあげた。そして、今、雫と時雨という姉妹と幼なじみである粟山さんは、体中に多数のナイフが突き刺さったまま血まみれになって雫が路上に倒れているという凄惨な光景に、言葉を失っていたのだった。
◇
「来たか。ご苦労だった。サンダース大佐」
ホワイトナイトは『Unlimited Knife Phenomenon』を発動したサンダース大佐に労いの言葉をかける。
「閣下、かたじけなき幸せ」
サンダース大佐は頭を下げ、ホワイトナイトへ返答する。
元グリーンベレーであり、ゲリラ戦のスペシャリストであるサンダース大佐は、スターティングポイントをスクランブル交差点から遠く離れた坂の上のNHKや渋谷公会堂のある付近に取った。だが、それは目眩ましにすぎなかった。サンダース大佐は、スクランブル交差点以外に陣取るプレイヤーたちをゲリラ戦により始末すると、ホワイトナイトを援護すべく、スクランブル交差点へと向かった。目立ちやすい公園通りなどの大通りを避け、雑居ビルの間の細い路地を目立たぬよう移動した。そして、スクランブル交差点を見渡せる交番の陰でロックコの隙を窺っていた。ロックコの隙。すなわち特殊能力『絶対時間』が終了する瞬間を。そして、『絶対時間』が終了した瞬間、サンダース大佐は特殊能力『Unlimited Knife Phenomenon』を発動したのだった。
「サンダース大佐、お前には『隻眼の使徒』を頼もう。私はこの『最前線』と名乗っているお子様たちを料理する。『ホワイトアウト』は左手1本あれば発動できる。そして、今、私はハイヒールを自らに発動した」とホワイトナイト。
「Yes , My Lord.」
サンダース大佐は返答する。
ヒールより強力な回復の特殊能力であるハイヒールによりホワイトナイトのHPはフルである460まで回復していた。
◇
そんなホワイトナイトとサンダース大佐の会話は、ロックコの耳には届いていない。
ロックコは衝撃を受けていた。
自分を守るために雫とセレーゾ神父が自ら犠牲になったという事実に。
「な、なんでだ、なんでだよ……」
激しく動揺しながら、ロックコは血みどろになった雫とセレーゾ神父のところへ歩く。『Unlimited Knife Phenomenon』を直接に受けて、雫もセレーゾ神父も残りHPは風前の灯火となっている。
「雫、さっき俺はお前の双子の妹の時雨に過ちを犯そうとしたばっかだ。そんな俺をなぜ助けるんだ」
ロックコは雫へ叫ぶ。
血みどろになって横たわった雫は、それでもニッコリとロックコへ微笑みかける。
「神父さんよぉ、あんたもそうだ。『皇帝ネロ』だとか『世界最凶』だとか言われてる俺なんて神に1番遠い存在じゃねえのかよ。俺なんて助けたら罰が当たるんじゃねえのかよ」
ロックコはセレーゾ神父に叫ぶ。
セレーゾ神父も、ニッコリと微笑む。優しげな眼差しで、ゆっくりとセレーゾ神父は口を開く。
「そんな事ないよ、ロックコ君。僕たちは嬉しかったんだよ。ホワイトナイトの右腕を切り落とすとき、君は、京介くん、アルト君、時雨ちゃん、月乃ちゃんの4人の分と言ってくれたじゃないか。君が僕たちを全力で守ってくれた。だから、僕と雫ちゃんは、全力で君を守ろうとした。本当の仲間だからね。君が自分の信じた道を真っ直ぐに歩いてくれたからこそ分かりあえた、かけがえのない仲間だから」
「はっ! も、もしかして……あのときのヒゲのオジサン……」
大きな衝撃がロックコを貫く。
神父の言葉に、ロックコは全てを思い出した。
現実世界に絶望したロックコ少年が、《HYPER CUBE》世界を彷徨い始めたばかりのときのことを。オジサンたちばかりのギルドと一緒に、フィールドボス『怒りのワイバーン』を討伐したときのことを。
そして、ヒゲのオジサンが最後にかけてくれた言葉を。
『ロックコくん、現実はつらい。だけど、自分の信じた道、それを見失ってはいけないよ。僕たちが決して辿りつけない最前線。でも、君ならきっと辿りつけると思うよ。そこには、君が今日のように全力で守り、そして守られる、そんな本当の仲間がいるかもしれない。君は自分の信じた道、そこだけを真っ直ぐに歩いて行って欲しいんだ。今の君は、この言葉の意味が分からないかもしれない。だけど、いつか、この言葉を思い出して欲しい。ロックコ・ビンセントくん、君に神の加護があらんことを』
遠い昔に聞いたその言葉をロックコは今、鮮明に思い出す。
「そ、そんな……セレーゾ神父が、あのヒゲのオジサンだったなんて……」
「ようやく思い出してくれたようだね。ギルド『最前線』にいる時の僕は『着けヒゲ』をしていないから無理はない。少年は傷つきやすい。そして、インターネット空間は時にその傷口を広げかねない。そうならないようにパトロールする神父の集団、それがオジサンたちのあのギルドだったんだよ。でも、オジサンは君が真っ直ぐに最前線を歩いて行くと決めた姿に安心した。そして、今、立派に戦った君の姿に感動さえしたんだよ」
セレーゾ神父は嬉しそうに話す。
「オジサン、死んじゃ嫌だ。僕はまだ、オジサンと何も話していないよ、最前線に来るまでの沢山の戦いのことも、この戦いが終わったらリーナと仲直りするつもりだってことも。もっともっとオジサンと話したいことがいっぱいあるよ」
ロックコは、いつしか涙声になり、ロックコの瞳からは両頬へと涙が溢れ出す。
「もう君は大丈夫だ。オジサンは安心した……よ……」
そう言い切った瞬間、セレーゾ神父のHP表示は0となった。
「ヒゲのオジサアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン」
ロックコの叫び声が渋谷のスクランブル交差点に木霊する。




