第12話 侵入者
「よし! 女の敵がやっつけられて安心だよ」
泉はガッツポーズをして、隣の席を見る。
粟山さんは、スクランブル交差点での戦いを観ないで、真剣な表情で、ひたすらタブレット上の文字列を追い続けている。《HYPER CUBE》運営としてアプデやメンテを担当する粟山さんが、システムログへアクセスしているのだけを泉は理解できた。だが、なぜ今そんなことをするのか理解できなかった。
「え? ……粟山さん? どうしたの?」
驚いて泉は粟山さんに尋ねる。
「間もなくです。予告状のとおりなら、あのスクランブル交差点の中央へ『侵入者』が現れるんです」
粟山さんは真剣な眼差しで泉を見る。
泉は驚き、言葉を失う。
「その『侵入者』って、も、もしかして……」
そんな泉の問いかけに粟山さんは、ゆっくりと口を開く。真剣な眼差しで。
「泉さん、それは企業秘密ですから、残念ながらその者の名を今の私は言うことができません。ここでは危険体X。そう呼んでおきましょう。そして、危険体Xは昨夜、イリュージョン・アーツ株式会社の《HYPER CUBE》サーバへハッキングをかけることに成功し、自らが世界大会の開始10分後へ現れることを予告しました。同時に危険体Xは、イリュージョン・アーツ株式会社代表であると共に、《HYPER CUBE》世界大会実行委員長でもある水鏡恭一郎社長に取引きを持ちかけたのです」
「と、取引き……を……」
驚愕の事実に衝撃を受けた泉は、かろうじて言葉を絞り出す。
「はい、そうです。危険体Xの要求は世界大会に参加することだけです。優勝の名誉をはじめ優勝賞金、副賞などのあらゆる報償は辞退するとのことです。世界大会の参加が許されたことの見返りに、危険体Xは、データの全消去をはじめとするあらゆる《HYPER CUBE》世界大会の妨害を行わないし、プレイヤーや観客たちに一切危害を加えないことを約束しました。そして水鏡さんは、取引に応じました……」
その時のことを思い出したのか、そう話す粟山さんの唇は震えていた。
「でも、《HYPER CUBE》のサーバーって、先進国の軍事機関での軍事最高機密以上のセキュリティーが施されているって聞いたことがあるわ。そんな簡単にハッキングできるなんて……」
「そうなんです……だから、私も、水鏡さんも、大きなショックを受けました。ですが、思い出して下さい。4年前のバビロン事件のことを。《HYPER CUBE》のサーバーが暴走し、バビロンの塔最上階でラスボスが100人を人質にとった事件のことを。《HYPER CUBE》で唯一の事故、でも、あの事故の原因は外部からのハッキングです。事故調査委員会の調査報告書が公開されたときに大きな話題になったことから、泉さんもご存知でしょう。そんなことが可能な高度な技術を持ったハッカーが、この世の中にはいるのです。あのときの犯人が、今回またハッキングをしたと私は考えてます」
粟山さんは恐怖に唇を激しく震えさせながら、そう言った。
(違う。バビロン事件という不可能を可能にした奇跡のハッカー、Darker Than Crimson Redは、もうこの世の中にいない)
だが、それを泉が口にすることは許されない。
「はっ!」
泉は驚いた声を出す。
泉は気づいたのだった。バビロン事件という不可能を可能にした奇跡のハッカー、Darker Than Crimson Redに匹敵する技術の持ち主がいることを。
コンピ研の入部テストのときの銀髪の少女の熱弁を思い出す。
『まぁ私自身の保身のため、その機密情報はXと呼んでおこう。私はそのXという情報を入手したかった。だが、某国の諜報機関のオンライン接続されたPCにハッキングをかけても、Xを発見することはできなかった。そこで、私はXが諜報機関のスタンドアローンのPCにあることを確信した。そして、私は『ホワイトドゥークー』というウィルスを作成した。『ホワイトドゥークー』は、侵入したPCを全探索してXについての情報を収集し、その情報を私が利用可能で且つ私が利用していると探知されない、あるPCへ送信するという機能を持つウィルスなんだ。だが、『ホワイトワーム』をスタンドアローンのPCへ送り込まないと情報収集のための全探索をできない。だから、私はプロトタイプの『ホワイトドゥークー』を変異させ、『ホワイトドゥークー』をUSBメモリなどのリムーバブルメディア経由で、あらゆるPCへ拡散されるように組み替え操作を行ったんだ。いくらスタンドアローンのPCであっても、新たな情報移転の際にUSBメモリなどのリムーバブルメディアが接続される瞬間が必ずある。そこに『ホワイトドゥークー』 を侵入させる隙が生まれるってわけだ。そして、その諜報機関のネット接続されたPCに対し私は猛攻撃を開始して大量の『ホワイトドゥークー』を送り込んだ。『ホワイトドゥークー』は隠密裏に行動するから、その諜報機関は私に攻撃されてることすら気づかなかった。
諜報機関のネット接続されたPCに侵入された『ホワイトドゥークー』は、やがて諜報員のUSBメモリを経由してスタンドアローンのPCへ侵入し、スタンドアローンのPCをウィルス感染させることになったよ。あとは、そのスタンドアローンのPCに再度USBが指しこまれ、そのUSBがネット接続されたPCへ指しこまれるのを待つだけさ。かくして私はスタンドアローンのPCから機密情報Xを入手できたってわけさ。
余談だが、私のPCや外付けハードディスクには『ホワイトドゥークー』の痕跡なんて何もないよ。自分の作ったウィルスをDropBoxに保管してFBIに発見されるなんていう2013年あたりの片山ゆうちゃんの事件なんて論外だ。そんな初歩的なミスを私はしない。それどころか私は完全なる証拠隠滅に成功したよ。FBIをはじめ、世界中のどんな優秀な捜査機関も『ホワイトドゥークー』から私へ辿り着くことはできないと断言できる』
泉は思い出した。
コンピ研の新部長、白河院京子先輩のことを。
「ど、どうしたんですか? 泉さん顔が青いです。」
粟山さんは心配そうに泉を見る。
「大丈夫、なんでもない」
なんとか、それだけを泉は口にする。
泉はひどくショックを受けた。白河院先輩の技術なら《HYPER CUBE》サーバーへ侵入するという不可能が可能となるという事実に。
「私は、白河院先輩をホワイトナイトと疑ってしまっている。その技術の高さに驚嘆し、コンピ研部長への就任を頼み、入部したばかりなのに引き受けたくれた優しい先輩のことを……そ、そんな」
泉は心の中でつぶやく。
泉はコンピ研入部テストの際の蔵人の言葉を思い出す。蔵人は頭を下げながら、こう言った。
「白河院先輩、長らくの失礼をお詫びします。あなたがホワイトナイトだという嫌疑は0.1%です」
「蔵人くんは、嫌疑が0.1%だと言った。0.1%は限りなく0に近い。だけど、0じゃない……」
心の中で泉はつぶやき、ショックに体から力が抜けるのを感じる。
◇
その時、新国立競技場のスピーカーで、大音響のアナウンスがされる。
「私は《HYPER CUBE》世界大会実行委員長である水鏡恭一郎であります。皆さまにお知らせしたいことがあります。」
「え?」
「なにそれ?こんなの初めてだよね」
観客たちは、突然の事態に不思議がる。
水鏡のアナウンスが続く。
「先ほど、《HYPER CUBE》のサーバーはハッカーによる侵入を受けました。そして、我々《HYPER CUBE》世界大会実行委員はハッカーの排除に失敗しました。」
新国立競技場に動揺が広がる。
世界大会の中止を予想した観客たちから、罵声がとぶ。
「なにやってるんだよ、バカ」
「これからが、いいとこだろ。金返せよ、無能運営」
「マジ無能運営」
「そうだよ」
クリスマス消失事件の衝撃の大きさから、貼られてしまい、すっかり定着してしまった必ずしも真実ではないレッテル「無能運営」という言葉の連呼に、粟山さんは心を痛める。
水鏡はアナウンスを続ける。
「このハッカーの要求は《HYPER CUBE》世界大会への参加のみでした。観客のみなさん及びプレイヤーの安全は保証されています。
そして、我々《HYPER CUBE》世界大会実行委員会は、この侵入者の世界大会への参加を承諾しました。ただ、この侵入者は予選を通過していないことより、この侵入者が優勝したとしても、優勝者とはなりません。この侵入者は、いわばNPCとして扱われます。
その侵入者は、まもなくスクランブル交差点の中央へ出現するでしょう」
水鏡のアナウンスに新国立競技場はざわめき立つ。
「侵入者って誰だよ?」
「ハッキングしてまで参加したいなんて、どんだけええ」
「どうせ予選で負けた雑魚なんだろ」
「そうだよ」
観客たちは口々に思ったことを言葉にしながら、スクランブル交差点の中央を見つめる。
その時、スクランブル交差点の中央に白い閃光が走る。
そこにいたのは全身をボディースーツ型の真っ白な甲冑で覆った騎士。頭部も真っ白な涙滴形のマスクに覆われている。そして、右手には白銀の長剣。
それこそはホワイトナイトだった。
「あのホワイトナイトが……世界大会に現れた……」
「ああ最……強ギルド『最前線』のメンバーを、たった一撃で3連勝しているあの……ホワイトナイトが……」
「ギルド『最前線』の奴らは相当に怒っているって聞いたぞ。こりゃ『最前線』全員対ホワイトナイトが観れるってことか……」
「それだけじゃねえよ、今、戦場には『隻眼の使徒』もいる……こりゃすげえよ!!」
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新国立競技場は未曾有の興奮に包まれた。
次の更新は明日です。
タイトルは「ギルド『最前線』VSホワイトナイト」。




