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第10話 絶対時間(インペリアルタイム)

 その瞬間、スクランブル交差点の中にいたギルド『最前線』のプレイヤーたちの動きがピタっと止まった。

 時雨も、アルト君も、月乃も、誰もピクリとも動かない。

 時雨は『(ドラゴニア)()(ンダー)』を発動しようとして漆黒の杖を振り上げたまま、銅像のように全く動かない。ネルソン神父に倒された月乃は、立ち上がり、歩こうとした瞬間、完全停止している。



きたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


待ってたよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


皇帝ネロおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


インペリアルタイム来るうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう



 会場中で歓喜の叫びが聞こえる。


「やっぱり、こうなるわよね。あのチートね。そして、また、あれが始まる……」


 泉は力を失ったようにつぶやく。


 わざわざ新国立競技場へ足を運ぶほどの熱心な《HYPER CUBE》ファンなら、誰もが知っていた。『最前線』のメンバーの動きが完全に止まったわけを。そして、この瞬間を待ちわびていた。



 皇帝(インペリアル)の出陣を。



 新国立競技場が新たな興奮に包まれる。



 その特殊()能力(キル)を発動したのは世界最凶のプレイヤーの名を欲しいままにする男、ロックコ・ビンセント。

 ロックコは前回の《HYPER CUBE》アメリカ選手権の優勝者であり、またギルド『最前線』の中でも最強と言われる男。『隻眼の使徒』が再来する2ヶ月前までの《HYPER CUBE》界での序列は第1位。すなわち《HYPER CUBE》界の皇帝(インペリアル)


 だが、ロックコは、ただの皇帝ではなかった。ロックコの2つ名は『皇帝ネロ』。ロックコは、その行状から、史上最も残虐非道と言われた暴君、ローマ帝国第5代皇帝ネロに(たと)えられることが多い。そして、そんな2つ名よりも、また、ロックコ自身の名前よりも、もっと有名なものがある。それこそが今、ロックコが発動したエクストラ特殊()能力(キル)である。




 その特殊()能力(キル)の名は『絶対(インペリアル)時間(タイム)』。

 絶対(インペリアル)時間(タイム)が発動した場合、ロックコと同じバトルフィールドの全プレイヤーは2ターンにわたって全く動くことができない。ただし、術者ロックコのみは自由に動くことができる。そして、この2ターンにわたって、ロックコは残虐非道に、陵虐の限りを尽くす。

 ゆえに、世界最凶と言われ、また『皇帝ネロ』と呼ばれるようになった。ロックコは。



 灰色の長髪、瞳は燃え盛る火のように赤い。


「真打ち登場と行こうか」


 静かにそう言いながら、ロックコはスクランブル交差点の中央へ、ゆっくりと進む。

 ロックコは月乃の正面へ立つ。月乃は逃げようとするが、ロックコが発動した特殊()能力(キル)絶対(インペリアル)時間(タイム)』のために、1歩も動けない。


「やめてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」


 月乃の悲鳴が新国立競技場に響き渡る。




 ロックコ・ビンセント。アメリカ合衆国ニューヨーク州出身。14才。《HYPER CUBE》をDarker Than Crimson Red編よりお読みの熱心な読者の方には、《HYPER CUBE》世界で初めてLevel76に到達した存在として、あるいは名門浪速大学大学院に在籍し安定した将来の約束されていた矢沢京介をニートの世界へ引き込んだ少年としてご記憶かもしれない。




                ◇




 話は今から2年前へ遡る。

 ロックコが《HYPER CUBE》と出会ったのは、12才のクリスマスの夜だった。両親からクリスマスプレゼントとして世界中でブームが続く《HYPER CUBE》を贈られたロックコ少年は、とても喜ぶ。ロックコ少年は、さっそくログインして、ステータス表示で自分の特殊()能力(キル)を見る。そこに記載されていた特殊()能力(キル)の名は『絶対(インペリアル)時間(タイム)』。


 絶対(インペリアル)時間(タイム):この特殊()能力(キル)が発動された場合、発動者と同じバトルフィールドに立つ全プレイヤーは2ターンにわたって完全に移動の自由を奪われ、全ての動きを停止させられる。もっとも、発動者のみはその自由を奪われない。


 特殊()能力(キル)説明欄には、そんな記載があった。


「やったー! こんなの聞いたことないよ。超レアスキルだ!」


 ロックコ少年は、喜んだ。その特殊()能力(キル)は、それまでの《HYPER CUBE》世界で確認されたことのない完全なるエクストラスキルだった。2ターンにわたって発動者と同じバトルフィールドに立つ全プレイヤーは2ターンにわたって動きを完全に無効化させるという神のような特殊()能力(キル)が出現したという衝撃的なニュースは、世界中に広まった。


 ロックコ少年のそんな楽しいクリスマスの後、ロックコ少年の学校のクラスではニューイヤーを記念するお楽しみ会が催された。お楽しみ会では、《HYPER CUBE》ユーザーの為のバトルロイヤルという企画もあった。その企画は10名もの参加者が集まり、大人気だった。ロックコ少年も、その企画に参加し、満面の笑みでログインする。そして、ロックコ少年は、スタート直後、特殊()能力(キル)絶対(インペリアル)時間(タイム)』を発動する。そして2ターンが経過する。バトルフィールドに立っていたのは、ロックコ少年だけだった。

 ロックコ少年はログアウトする。そこでロックコ少年が見たのは、クラス全体が凍りついたかのような雰囲気。新年を祝う楽しい雰囲気は一変し、化け物を見たかのような恐怖がクラスを支配していた。


(ち、違うんだ。ぼ、僕は超レアスキルを持ってるだけなんだよ)


 余りに戸惑ったロックコ少年は、そう言いたいが、ショックのあまり口を開くことができない。クラスの誰も、ロックコ少年に近づこうとしない。

 そんな中、幼なじみの少女、リーナだけがロックコ少年に近づく。ただ1人とはいえ、理解者がいることを知って、ロックコ少年の顔が(ほころ)ぶ。


「リ、リーナ、ありがとう……」


 ロックコ少年は自分の声が涙声になっていることに気づいた。




 リーナはロックコ少年に近づくと、ゆっくりと口を開いた。




「You are monster(お前は化け物だ)」




            

 その新年のお楽しみ会を最後にロックコ少年が再び学校へ通うことはなかった。

 クラスの友人たちの視線に、そしてリーナの言葉により、ロックコ少年の精神は、破壊された。


 ロックコ少年にとっての現実()世界(アル)、それは余りに辛いものだった。そして、ロックコ少年は《HYPER CUBE》世界に自分の居場所を見つけた。ロックコ少年の特殊()能力(キル)絶対(インペリアル)時間(タイム)』は、ボス攻略でも有効だった。

 《HYPER CUBE》世界に引きこもりはじめたばかりのある日、ロックコ少年は、《HYPER CUBE》世界で話しかけられたオジサンたちばかりのギルドと知り合いになる。オジサンたちは、『怒りのワイバーン』というフィールドボスの討伐に苦戦していた。


「あのボスは発狂後の攻撃がやっかいだってwikiに書いてたよ。だから発狂した瞬間、オジサンたちは、後衛に下がって。そこで僕は『絶対(インペリアル)時間(タイム)』を発動する。2ターンにわたって、ボスもオジサンたちも、動けなくなっちゃうけど、後はなんとかするから」


 ロックコ少年は、オジサンたちにそう言った。


 そして、ボス討伐が行われた。ボスが発狂した2ターン後、オジサンたちは、『怒りのワイバーン』が倒されているのを目撃する。

 オジサンたちは、大歓声をあげて、ロックコ少年を(ねぎら)い、賞賛する。ロックコ少年は自分が他の人の役に立ったことが、嬉しかった。

 ロックコ少年は《HYPER CUBE》世界に自分の居場所を見つけた。



「ドロップしたアイテムはオジサンたちにあげるよ。僕は興味ないからね。それよりも、僕はもっと前線へ行きたいんだ」

 ロックコ少年は、オジサンたちに言う。


 オジサンの1人がロックコ少年を引き留めて声をかける。そのオジサンはロックコ少年がヒゲのオジサンと呼んでいた優しいオジサンだった。オジサンはいつもの優しい眼差(まなざ)しで語りかける。


「ロックコくん、現実はつらい。だけど、自分の信じた道、それを見失ってはいけないよ。僕たちが決して辿(たど)りつけない最前線。でも、君ならきっと辿(たど)りつけると思うよ。そこには、君が今日のように全力で守り、そして守られる、そんな本当の仲間がいるかもしれない。君は自分の信じた道、そこだけを真っ直ぐに歩いて行って欲しいんだ。今の君は、この言葉の意味が分からないかもしれない。だけど、いつか、この言葉を思い出して欲しい。ロックコ・ビンセントくん、君に神の加護があらんことを」


「うん、オジサンが何を言ってるか全然分からないよ。でも、なんか気づかってくれてることは分かるよ。ありがとう。オジサンもがんばってね」


 ロックコ少年は、笑顔でそう言うとオジサンたちを残し立ち去った。



 《HYPER CUBE》世界に自分の居場所を見つけたロックコ少年は、『絶対(インペリアル)時間(タイム)』を武器に飛躍的にレベルを上げていった。ログイン時間は、毎日18時間以上にも上った。そして、ゲーム開始の1ヶ月半後、ロックコ少年は最前線に立っていた。



 『絶対(インペリアル)時間(タイム)』を発動する間のロックコ少年。それは、まさに暴君『皇帝ネロ』。いつしかロックコ少年は、世界最凶と言われ、《HYPER CUBE》世界で、最も怖れられる存在となった。やがて《HYPER CUBE》世界の住民たちは、恐怖からロックコ少年と目を合わせることすら怖がるようになった。いつかのお楽しみ会のクラスメイトのように……。




 だが、ギルド『最前線』は違った。

 ギルド『最前線』。それはメンバー全員がLevel75以上、KI160以上という他の追随を許さないステータスを持ち、圧倒的な火力を持つ完全無欠の集団。自分たちこそが新MAPを攻略する最前線たる者との自負より『最前線』との名を自らのギルドに与え、有言実行し続ける無敵の軍団。その入団資格となる指標は、その者の圧倒的強さのみ。圧倒的強さがなければその門戸を決して開かない、だが、圧倒的強ささえあれば、あらゆる存在を受け入れる。それこそが、『最前線』が『最前線』たる由縁(ゆえん)。『最前線』の矜持だったから。



 そんな『最前線』のメンバーだから、知りつくしている。ロックコの真の強さを。そして、ロックコの真の恐ろしさを。




                ◇




 話はその2年後、《HYPER CUBE》世界大会真っ最中の現在へと戻る。



「真打ち登場と行こうか」


 静かにそう言いながら、ロックコはスクランブル交差点の中央へ、ゆっくりと進む。

 ロックコは月乃の正面へ立つ。月乃は逃げようとするが、ロックコが発動した特殊()能力(キル)絶対(インペリアル)時間(タイム)』のために、1歩も動けない。


「やめてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」


 月乃の悲鳴が新国立競技場に響き渡る。



 暴君であった『皇帝ネロ』さながらにロックコは、(こぶし)をグーにして月乃の顔面に叩き込む。

 泉は思わず目を背ける。新国立競技場にいる会場中の女性の観客たちから悲鳴があがる。



 それこそが『皇帝ネロ』との2つ名を持つロックコの真骨頂だった。全く動けない相手に、性別年齢を問わず、ひたすら顔面のみを素殴りし続け、時には特殊()能力(キル)を発動し、陵虐し続ける。たとえ相手が許しを乞おうとも『絶対(インペリアル)時間(タイム)』の間は決して許さない。


 ロックコは、月乃をさらに殴る、また殴る。月乃の鼻からの出血にロックコの拳が染まる。


「ウヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョ」


 ロックコは奇声の雄叫びをあげる。

 今のロックコの目に宿るのは狂気のみ。



 突然月乃を殴るのをやめ、ロックコは視線を時雨へと向けかえる。


「次は、お前だ、二神(ふたがみ)時雨(しぐれ)


 ロックコは、ゆっくり時雨へ歩み寄る。だが、時雨はロックコが発動した特殊()能力(キル)絶対(エンペラーズ)時間(タイム)』のために完全に動きを停止させられており、指先1つ動かすことができない。


「おや?」


 ロックコはニヤリと笑う。


 今日の時雨のコスチュームはゴシックロリータの赤と黒の衣装。赤いスカートに、黒のニーソをあわす。両手には深紅の皮の長手袋、右手には先端に大きなルビーを備えた漆黒の杖。ツインテールにした炎髪と、大きな緋色の瞳に、この衣装は映える。



 そして赤いスカートの丈は膝上20cm。ゆえに黒のニーソの上部にある白い肌が強調される。


 ロックコは思春期真っ盛りの14才の少年。考えることは1つしかなかった。


「いいこと考えたもんね~、ウヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョョヒョヒョヒョヒョヒョョヒョヒョヒョヒョヒョ」


 ロックコはさらに大きな雄叫びをあげる。




「黒かな、それとも赤カカカカカ、カキキキキキキキキキクク……クククケケケケケケケココ……コココココ」


 奇声を上げながらロックコは時雨のスカートへと手をかける。




「らめええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」


 時雨の悲鳴が新国立競技場に響き渡る。



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