第8話 世界大会開戦
山手線をJR千駄ヶ谷の駅で降りると、泉は改札までダッシュする。
千駄ヶ谷駅から《HYPER CUBE》世界大会の会場である新国立競技場までは、動く歩道が設けられており、普段なら歩くことなく楽に移動することが出来る。これは2020年の東京オリンピックのときに設置されたものである。だが、泉は、そこもダッシュする。動く歩道を走っているの泉だけでなく、けっこうな数にのぼる。
「走るのは危険です。ゆっくり歩いて移動して下さい!」
警備員がメガホンで注意を促す。
泉は走るスピードを緩め、時計を見る。
「うん、これくらいなら歩いても試合開始には間に合うかな」
泉は走るのをやめ、歩きはじめる。
◇
泉が自宅を出たのは普段なら余裕で世界大会開戦に間に合うはずの時刻だった。だが、今朝、泉が起きるとあたり一面は銀世界。東京は一夜にして雪国へと変貌していた。天気予報では雪が降るとの予想は全くなかったのだが、一夜で記録的な降雪があったのだ。
「これは私たちも予想できず、雪の妖精か雪女の仕業としか言いようがありません」
TVの気象予報士は、そんな暢気な釈明をしていた。
「そんな非科学的な存在、いるはずないじゃない」
泉は文句を言いながら急いで朝食をとり家を出た。
東京の交通機関は極端に雪に弱い。最寄りのJRの駅へ着くとJR中央線は記録的大雪に運休していた。泉はバスで西武線の駅へと移動し、新宿で山手線に乗り換えて千駄ヶ谷へ着くことを余儀なくさせられた。そんな迂回のおかげで選手入場の場面が観られなかった。
「選手入場観たかったんだけどな~。まっ、いっか」
泉は無理やり自分に納得させる。
◇
入場ゲートを潜る。最大8万人を収容できる新国立競技場は超満員になっており、間もなく行われるゲームの開始を待つ人々の熱気に溢れていた。
《HYPER CUBE》を運営するイリュージョン・アーツ株式会社の本社が東京にある関係で、《HYPER CUBE》世界大会は毎年、東京で行われる。今年で4回めとなる世界大会は、毎年、新国立競技場を超満員としていたが、今年も例外ではなかった。会場では対局者の様子を生で見られるだけでなく、メインステージにあるオーロラビジョンをはじめ多数の超大型4Kディスプレイが設けられ、観客は観客席から対戦しているプレイ画面の様子をも観ることができる。
《HYPER CUBE》に出場する選手には、プレミアもののリングサイド席が1人に1枚ずつ配布される。蔵人は東京予選決勝のときと同様に、その招待チケットを泉に渡していた。チケット記載の席番号を頼りに、泉は最前列近くを歩く。
「泉さ~ん、こっちですよ~」
大きな声が聞こえる。振り返ると、かわいらしいピンクの髪をした眼鏡の少女が、泉に向かって大きく手を振っている。少女の名は粟山千秋。二神時雨の幼なじみで、《HYPER CUBE》運営チームでアップデートなどを担当するプログラマーでもある。粟山さんは、蔵人のタッグパートナーの時雨から、今回も招待チケットを貰っていた。なので、東京予選決勝と同様、2人は隣どうしとなった。泉が粟山さんの方へ歩くと、観客席の多くの視線が泉と粟山さんへと集まる。それは、この2人が類い希な美少女であることによる。観客たちは、そんな2人に一瞬で魅了されたのである。
「早いものですね、この前、東京予選だったばかりなのに」と粟山さん。
「本当ね。あの時は、いっぱい泣いちゃったよね」と泉。
再会した2人は笑いあう。2人は思い出していた。東京予選決勝が終了した瞬間のことを。
泣きながら抱き合って勝利に安堵したときのことを。お互いに涙を浮かべながら「よっかったね。本当によかったよね」と何度も繰り返したときのことを。
「雪のせいで、だいぶ遅れちゃったけど、ギリギリ間にあったみたいね」
「泉さん、大丈夫かなって私もハラハラしてました。もうすぐですよ。ほら」
粟山さんは、メインステージのオーロラビジョンを指し示す。そこには開戦60秒前のカウントダウン開始の表示があった。
泉は新国立競技場の中央にいる対戦者たちを見やる。世界大会出場を決めたファイナリストたちの顔は、自信と緊張を持った良いものだった。その総数は15名。そのうちの過半数である8人がギルド『最前線』のメンバーだった。
ギルド『最前線』。それはメンバー全員がLevel75以上、KI160以上という他の追随を許さないステータスを持ち、圧倒的な火力を持つ完全無欠の集団。自分たちこそが新MAPを攻略する最前線たる者との自負より『最前線』との名を自らのギルドに与え、有言実行し続ける無敵の軍団。《HYPER CUBE》のプレイヤーなら誰しもが彼らに憧れ、近づきたいと思っている。そんな8名が現実世界で1つの場所に集結しているのは、まさに壮観であった。その中には、当然、『最前線』の中でも最強と言われる『皇帝』と呼ばれし男も含まれる。
そして、今年は《HYPER CUBE》界に君臨せし絶対的序列第1位にして『隻眼の使徒』との異名を持つ人色蔵人が参戦し、大きな注目を集めている。
また、アフリカ予選決勝を3連覇してきたカーシー兄弟を、ただ1人で打ち破ったソロプレイヤーであるカーネル大佐も、話題にされることが多い。
そんな強者たちが試合開始を待つ。観客席は、極度の興奮から異様な雰囲気に包まれる。
《HYPER CUBE》の対人戦では、独自の趣向が凝らされている。対戦の舞台は、運営のサーバーが、リアルタイムの人工衛星画像と連動させた世界中のあらゆる場所の中から無作為に選択する。その人工衛星画像はリアルタイムに存在する人物の画像を事前に完全に排除した上で投影するというプライバシーへの配慮がなされているが、実際の現実世界と同様の場所が舞台とされているのである。ウォール街、シティー・オブ・ロンドンなどの都市ステージとなることもあれば、サハラ砂漠、タクラマカン砂漠のような砂漠ステージ、富士山の樹海のような森林ステージ、グランドキャニオンなどのような渓谷ステージなどの自然の多い環境となることもある。もちろん無名の町や村が選ばれることも多い。こうして運営のサーバーが対戦の舞台を決定すると、対戦者には対戦する舞台の俯瞰画像が提供される。この俯瞰画像は観戦者も観ることができる。この俯瞰画像が提供された瞬間から30秒以内に対戦者は自分のスターティングポイントを選択することができる。選択を行わないとサーバーが任意にスターティングポイントを選択することになる。ここで対戦者が自分たちや相手側のステータス、特殊能力を考慮して自らが最も優位に立てるスターティングポイントを選ぶことは、《HYPER CUBE》が世界中のゲーム愛好家から戦略ゲームと言われている要素の1つである。俯瞰画像が提供された瞬間から30秒後、全対戦者が選択したスターティングポイントが対戦者と観戦者たちに公開されると同時に対戦開始前10秒からのカウントダウンが開始されるという仕組みになっている。
オーロラビジョンに対戦開始40秒前のカウントダウン表示がされる。
と同時に、対戦と観客に、運営のサーバーが決定した対戦舞台の俯瞰画像が提供される。
今回、運営のサーバーがランダムに選択したステージは東京の渋谷駅周辺であった。渋谷駅前のスクランブル交差点を中心とした半径2Kmの円の範囲を、サーバーは対戦の舞台と決定した。
俯瞰画像を観ながら蔵人、時雨たち15名のファイナリストたちは、それぞれスターティングポイントを入力する。
俯瞰画像の提供から30秒後、対戦開始前10秒からのカウントダウンが開始され、全プレイヤーの選択したスターティングポイントが対戦者と観戦者たちへ公開される。
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
なんだってええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ
面白れえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ
会場中が絶叫する。
なんとギルド『最前線』のメンバー8人全員が、渋谷のスクランブル交差点の中をスターティングポイントとして設定していた。さらに、蔵人も、交差点の中にいる。
渋谷のような市街地ステージでは、多くの建物などの遮蔽物が多い。こういうステージでは、遮蔽物に隠れながら、ゲリラ戦を戦うのが絶対定跡とされている。
しかし、ギルド『最前線』のメンバーは、その定跡を採用しなかった。
それはギルド『最前線』メンバーの自負であった。わずか2ヶ月前まで、彼らは《HYPER CUBE》世界での頂上であり続けた。街で、あるいは狩り場で、彼らとすれ違うだけで、プレイヤーは嬉しく思う。参加したレギオン戦に『最前線』のプレイヤーがいて、その夜は興奮して眠れなかったというのはよく聞く話であった。そんな世界に8人しかいない憧れの存在。
だが、2ヶ月前、事態は一変した。4年の沈黙を経て、突然《HYPER CUBE》世界に伝説の英雄『隻眼の使徒』が再来した。《HYPER CUBE》界に君臨せし絶対的序列第1位たる人色蔵人、そんな蔵人に世界中が驚愕し注目した。
そして、世界大会直前に『ホワイトナイト』という謎のプレイヤーによりギルド『最前線』のメンバーがわずか一撃で三連敗するという大失態があった。
それらは、ギルド『最前線』のメンバーたちを大きく傷つけるものだった。
ゆえに彼らは己のプライドを賭けて、スクランブル交差点の中という舞台の中央で、真っ向勝負を挑み、世界大会という大舞台で自らの勇姿を見せることで、自分たちの真価を世に問おうとしたのだった。
試合スタートのためのカウントダウンは続く。
7秒、6秒……2秒、1秒、スタート!
新国立競技場いっぱいに広がる強力な明るい光。観客たちは眼を開けていられなくなる。と同時に。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドン
観客の誰もが耳の鼓膜が破れたかと思うほどの大きな雷鳴。
この時、新国立競技場の観客たちは、みんな競技場に落雷があったと思った。雷鳴の余韻に空気が震える。
やがて観客たちは視界を回復する。
そして、その強い光と爆音の源たる者を知る。
そこにいたのは、ゴシックロリータの赤と黒の衣装の少女。赤いスカートの丈は膝上20cm。そして黒のニーソ。両手には深紅の皮の長手袋、右手には先端に大きなルビーを備えた漆黒の杖。ツインテールにした炎髪に大きな緋色の瞳。左耳にはルビーのピアス。
二神時雨、その人だった。
時雨が発動した特殊能力『竜の雷槌』の最終形態たる『竜神の逆鱗』。それこそは《HYPER CUBE》界で随一の貫通力を誇る特殊能力。
それを第1ターンから誰よりも早く発動させることで、先制攻撃に成功したのだった。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
興奮した観客たちの絶叫が新国立競技場を包む。
「みんな、遅すぎぃ。よくそんなノロい発動で予選突破できたわね」
時雨は笑いつつ挑発するかのように憎まれ口をたたく。




