最終話 Darker Than Crimson Red
アマゾンの密林の中に聳え立つ大きな岩山。その麓にある小さな洞穴の入口。
蔵人は泉から受け取ったラストダンジョンの座標情報を手がかりに進んできた。そして座標情報が示す地点に到達した。その地点こそが、この小さな洞穴の入口。それは、同じく泉から受け取ったラストダンジョン入口の人工衛星画像と一致するものだった。
「ありがとな。Dr.Intelligence」
蔵人はつぶやく。
蔵人はラストダンジョンに入り、薄い暗闇の中、その洞穴を進む。進むに従って次第に空気はアマゾンの中とは思えないほど涼しいものとなっていく。やがて蔵人は石でできた階段を発見し、昇っていく。昇った先にあったのは、高さ5m、横幅5m、奥行き30mほどの洞穴の中とは思えない広さを持った細長い空間。その空間には誰もいない。だが、蔵人が来ることを知っていて歓迎するかのように壁面には幾つもの松明が掲げられ、その空間は明るいものとなっている。床に敷き詰められた黒曜石は、松明の明かりにより光沢を放つ。細長い空間の両サイドには小さな小部屋がいくつかある。そして細長い空間の1番奥には一際大きく荘厳な装飾がされた扉があった。ラストダンジョンの主の部屋であることを誇示するかのように。
蔵人は左耳に水鏡からもらったルビーのピアスがあるのを確認する。特殊能力『集極の波より来たりし闇』を発動できるように。
だが、蔵人は暫くはそれを発動する必要がないことを分かっている。
「不意打ちはない。それでは人格者の「あの人」らしくないからな。「あの人」なら実力と実力、頭脳と頭脳での正々堂々とした真っ向勝負を挑んでくるだろう」
蔵人は心の中でつぶやきながら細長い空間を進む。
やがて蔵人はラストダンジョンの主の部屋であることを示す1番奥の一際大きな扉の前に立つ。
「入って、どうぞ」
部屋の中から低い男の声がする。
蔵人は、ゆっくりと扉を開ける。
30畳ほどもある広い空間。光沢のある黒曜石が全面に敷き詰められ、壁や天井にはバロック様式の絢爛豪華な装飾がされている。その空間の中央には、クリムゾン・レッドの絨毯が敷き詰められ、その奥には3段ほどの階段。その階段の1番上には玉座。
そこに座っていたのは黒いマントに金色の鳳凰の仮面をした男だった。
椅子に座っているが身長は170cm前後であろう。全長数メートルで獣のような容貌を持つと言われているビグースとは似ても似つかない。
「よくここまで来たね。たいしたものだよ」
仮面の男は蔵人に穏やかに声をかける。
「4年前、俺は『Darker Than Crimson Red』に襲われ、父を掠われ、自分の片目を失った。その時に俺が見た『Darker Than Crimson Red』は獣のような容貌で、あなたのような外形ではなかった。だが、それはあなたが変化できる能力を持っているから。そう考えていいですね?」
「そうだよ。4年ぶりだね。人色蔵人君。君とはゆっくり話がしたかった」
仮面の男はゆっくりと話す。
「そんなに経っちゃいないでしょう。地球外生命体である危険種ビグース。またの名を『Darker Than Crimson Red』。そして、その正体はコンピ研部長の田所史哉先輩、あなたですね?」
蔵人は仮面の男にゆっくりとそう言った。
「君には田所って先輩がいるのかい?でも、根拠もなく決めつけるのはよくないよ」
仮面の男は何ら慌てることもなく、落ち着いた口調で話す。
蔵人も穏やかな口調で続ける。
「『Darker Than Crimson Red』の正体、それはコンピ研部長の田所史哉先輩。これは3つの根拠から証明することができる」
「まず第1の根拠。田所先輩、あなたが昨日、泉にしたメールだ。田所先輩は、引っ越しがあるから部活に行けないとメールした。他方、『Darker Than Crimson Red』も、先進国の精鋭部隊により編成された連合軍からアフリカの秘密基地を急襲され、秘密基地の引っ越しをしていた。どちらも引っ越しをしている。完全一致だ」
「おいおい、本気かい? その理屈でいくなら、昨日、引っ越しをしていた世界中の何千人だか何万人だかが全員『Darker Than Crimson Red』になっちゃうじゃないか」
仮面の男は、面白そうに笑って反論する。
「だが、これにより『Darker Than Crimson Red』の範囲が相当に限定されることも事実だ」
蔵人はそう言って話を続ける。
「次に第2の根拠。それは4年前のバビロン事件だ。《HYPER CUBE》のサーバーが暴走し、バビロンの塔最上階でラスボスが100人を人質にとったという事件。《HYPER CUBE》で唯一の事故、この事故の原因は外部からのハッキングと事故調査委員会の報告書にあります。泉は4年前に《HYPER CUBE》にハッキングをかけようとしたが出来なかったそうです。民間のゲームのサーバにすぎないのに先進国の軍事機関での軍事最高機密以上のセキュリティーが施されていて驚いたと泉に聞きました。そんな泉も先日のブラックハットというハッカーの世界大会で準優勝している。
そんな泉でもできなかったハッキングが可能であったのはブラックハットで優勝した田所先輩あなたです。
他方、バビロン事件の真の狙い、それはバビロンの塔最上階のラスボスの高いステータスから推論すると、このラスボスを倒せるほどの特殊能力を持つ者を炙り出すことと考えるのが合理的でしょう。そんな特殊能力は『Darker Than Crimson Red』にとって1番の脅威だから、それを排除しようと考えた。
田所先輩、あなたにはそんな動機があったし、同時に、世界であなたしかできないハッキングであったという事実が、あなたが『Darker Than Crimson Red』であることを強く推認するのです」
「面白い話だけど、憶測だよ。ブラックハットに出てないハッカーも例外としているでしょ」
仮面の男は静かに反論する。
「ディベートにおいては例外による反論は、反論としては最も価値が低いと言われます」
蔵人も静かに再反論する。
「そして第3の根拠。それは、俺が隻眼であることだ。俺は4年前から不思議だった。ビグースはジンを連れ去るだけでいいのに、なぜ俺の片目を奪ったのか。だが、ある時、真の狙いは、俺から鮮血を流させることにあると気づいた。ビグースの手口は、常に事件現場を鮮血で染めるというものだったから。危険種の2つ名『Darker Than Crimson Red』を拡散させたいが如くに。
つまり『Darker Than Crimson Red』には、ビグースのメッセージが隠されている。それを解かなければならなかった、だが俺はできなかった」
「ほう」
仮面の男は一言だけ口にする。
「だが、この隠されたメッセージ解読にヒントをくれたのは泉だった。泉はこの秘密基地の場所を、襲撃ポイントにアナグラムがあることに気づいて、Amazonであると特定してくれた。
そうすると、『Darker Than Crimson Red』にも同様にアナグラムが隠されていると考えることが合理的となる。『Darker Than Crimson Red』の各単語の先頭のみを取り出すと『DTCR』。だが、Cは英米の発音としてはKで表記されることが多い。だからCはKへ置き換える必要がある。そうするとアナグラムは『DTCR』から『DTKR』となる。この『DTKR』という文字列を並べ替えると、『TDKR』という新たな文字列が生まれる」
蔵人の言葉が徐々に熱を帯びていく。仮面の男は黙ってその言葉を聞き続ける。仮面に隠れていることから、その下の表情までは分からない。蔵人は続ける。
「そしてこの『TDKR』という文字列の1つずつに『aiueo』という母音を適当に割り振ってみる。これにより出てくる文字列は『TaDoKoRo』。すなわち田所先輩。
よって、『Darker Than Crimson Red』の正体は、コンピ研部長の田所史哉先輩、あなたです。Q.E.D」
蔵人はピシッと人さし指を仮面の男に向けつつ証明終了を告げる。
仮面の男は黒いマントの中からうすい黄色い液体の入ったグラスを出して一気に飲み干す。
「驚いたね。僕がレモンティー作りが上手な田所先輩なわけじゃないか」
男は、そう言いながら金色の鳳凰の仮面をとる。
仮面の下にあったのは、切れ長の鋭くも優しげな瞳、整った目鼻立ち、爽やかな笑顔、そして右目の横には特徴的なイボ。それはコンピ研部長の田所史哉所先輩だった。
「田所先輩、どうしてこんなことを……」
蔵人は残念そうに田所先輩に尋ねる。頭では100%の確証を持ちながらも、心の中では現実であって欲しくないと蔵人は思っていた。それが現実となり蔵人を苦悩が襲う。
「悪いね。蔵人くん、せっかく地球の裏側から来てくれたのに、おもてなしをできずに。君に差し出すつもりだったレモンティーはいま僕が飲んじゃったから」
「せ、先輩?」
蔵人を無視して田所先輩は続ける。
「君と泉君には、感謝しているよ。コンピ研の部室で3人でPCで遊んだり、馬鹿な雑談したり。みんなで、よく七里ちゃんのお見舞いにも行ったね。あの時間が僕がこの地球に来てから1番の楽しい時間だったから。優しい君たちのことが、僕は大好きだったから。感謝してるんだ。それにジンさんにも」
「!」
蔵人はジンとの言葉に反応して目を見開く。
「大丈夫だよ。ジンさんは隣の部屋で、ゆっくりしてくれてるよ。七里ちゃんも一緒にね。ジンさんには僕に長い間、協力してもらったからねぇ、随分会えなくしちゃってゴメンね。ジンさんにはケガ1つ負わせてないから。君には悪いことしたね。本当にすまないことをしたと思ってるよ。悔い改めてる」
「田所先輩……あなた……」
蔵人は次第に自分が誤解していたことに気づく。
田所先輩は続ける。
「僕たちビグースは獣のような戦闘民族だ。見かけも獣だけど、僕のように人間に変化できる者も稀にいる。そんな僕の特性と、ビグースなのに好戦的でないという奇妙な性格を買われて、僕は地球への偵察を命じられたんだ。住基ネットにハッキングかけて、データを改変したら簡単に人間としての田所史哉の生活を送れたよ。
でも地球の人間たちは僕たちビグースと違って、優しい人ばっかりだった。いつからか僕は人類に肩入れするようになっていた。だが、ビグースと人類では知性も戦闘力も話にならないくらい差異がある。
だから、僕は人類にビグースへの対抗手段を見つけようとした。『Darker Than Crimson Red』を拡散させ、この隠されたメッセージを解読できる優れた知性を持った人間を見つけようとしたんだ。その人間こそが、ビグースを倒せる救世主となれるから。見つかったのは君だったけどね。
そしてビグースに対抗できるだけの戦闘力の高い人間を見つけるためにバビロン事件を起こしたんだ。ビグースにはアメリカ軍やロシア軍の戦闘機や戦車なんて戦闘兵器は全く役に立たない。役に立つのは気に裏付けられた特殊能力だけだからね。バビロンの塔最上階のラスボスを倒せるほどの気がある人間だったら、その戦闘力はビグースとの戦いの救世主となるから。それも君だったけどね」
田所先輩は苦笑しながら続ける。
「水鏡くんは面白い男だよね。《HYPER CUBE》の真の狙いは分かりやすかったね。ルビーのピアスの真の機能も。ビグースの知性なら、事実だけから簡単に推測できたよ。君の観察力と考察力なら気づいてるよね?」
田所先輩の言葉に蔵人は頷く。
「僕もジンさんに協力してもらって、水鏡くんのピアスと類似してはいるが異なる機能を持つ装置を研究開発した。それがこのサファイヤの指輪だ。さっき出来たばっかの試作品だけど君に受け取って欲しい」
蔵人は田所先輩から指輪を受け取る。田所先輩は続ける。
「ジンさんには協力してもらってばかりだったから、その分、君と七里ちゃんのことは全力で守ろうとしてたんだ。七里ちゃんの手術のことは、手術管理システムをハッキングすることで逐一把握できたからね。
七里ちゃんは手術中に容態が急激に悪化して、一時心肺停止状態になったんだ。それを確認した瞬間、僕は病院を襲撃して七里ちゃんにリザレクションをかけた。君たちが水鏡くんのルビーのピアスを使うことで発動する特殊能力を、僕たちビグースは何もしなくても使える。
だけど、リザレクションほどの高レベルの特殊能力は、その代償として自分の命を失うんだ」
田所先輩は静かにそう言った。
「田所先輩……」
蔵人の瞳に涙があふれる。
「これは僕が今まで傷つけてきた人たちへの償いでもあるんだ。だから、気にしないで欲しい。蔵人くん、最後に2つお願いがあるんだが聞いてくれるかな?」
田所先輩の言葉に蔵人は頷く。
「1つめは、ビグースは決して僕だけじゃないってことなんだ。『Darker Than Crimson Red』である僕は、まもなく命を失う。でも、本来のビグースたちは好戦的だ。僕が死んでも第2、第3のビグースが必ず現れる。そんなビグースたちが出現したとき、君が世界を救う鍵になるんだ。それだけは知っておいて欲しい。
2つめは、隣のマルチメディアルームの冷蔵庫の中を見て欲しい。今まで僕はレモンティーしか作ってなかったけど、ミルクティーを作ってみたんだ。今度のコンピ研の大会、僕は出れなくなっちゃうんだけど、しょうがないね。そのお詫びとして君と泉くんのために作ったミルクティーを飲んで欲し……」
最後の言葉を言い切れず田所先輩は倒れる。
「田所先輩イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ」
慌てて田所先輩にかけより抱き起こす蔵人。
だが、田所先輩は絶命していた。『Darker Than Crimson Red』。田所史哉。その死顔は、何かに安心したかのようなとても穏やかなものだった。
◇
蔵人のスマホの呼び出し音が鳴る。ディスプレイに表示された発信者は泉。蔵人は電話に出る。
「泉、心配かけたな。今? アマゾンだ。これから日本へ帰る。泉には報告することが2つあるんだ。1つめは、ジンと七里を見つけたこと。ああ、そうだ。今一緒にいるよ。2つめは、田所先輩のことなんだ……先輩は……」
蔵人は涙ぐんでしまい言葉を続けられない。
蔵人は気をひきしめる。今は必ずしも全て話さなくてもいい。
「田所先輩な、ミルクティーにチャレンジしたらしいんだ。これが、すごく美味いんだ。一緒に飲もうな」
泉との電話をすませると、蔵人は田所先輩のために作ったばかりの墓標の前で待っているジンと七里の下へ戻る。ジン、蔵人、七里は田所先輩の墓標に手をあわせる。
「惜しいやつを亡くしたな。いい男だっ。」
「ああ、最高の先輩だった。」
「心から感謝してます」
3人は長い時間をかけて、田所先輩の冥福を祈る。
「あ、お父様、お兄様、あの夕陽を見て下さい!旅行のときに見たときの夕陽にそっくりですね。とても、きれいです」
七里は西の空に沈む大きくて眩い夕陽を指さす。
蔵人とジンと七里。3人は、それぞれの思いを胸に、いつまでも、その夕陽を見ていた。
Darker Than Crimson Red編 完
ハイパーキューブ《HYPER CUBE》のうちのDarker Than Crimson Red編のみは完結です。
もっとも、ハイパーキューブ《HYPER CUBE》において、Darker Than Crimson Red編というものは序盤にすぎません。ナルトでいえば中忍試験は始まってませんし、ハンターハンターでいえば幻影旅団は登場していないという段階にすぎません。
今後のハイパーキューブ《HYPER CUBE》の展開としては、PureSublimityWhite編において《HYPER CUBE》世界大会決勝が、VividEdgedBlack編以降においてビグースと人類の戦いが描かれます。
これらはDarker Than Crimson Red編同様に、作者である西木野樹生Tのマイページに投稿される予定です。かなり書き貯めた後に投稿するか、1つずつの更新期間は長くなるものの早い時期に投稿するかなどについて迷っている点等もあり、続編の投稿開始時期は、未定です。これらについては決定ができ次第、作者のマイページの活動報告にて、報告させて頂きます。
また《HYPER CUBE》の世界で、皆様とお会いできるのを楽しみにしております。




