第21話 泉と蔵人
秋葉原学園高校の放課後。
泉は、教室の隅で1人窓の外を眺める時雨に気づく。
「今日も蔵人くん、学校来なかったね……」
「今日で4日……いや5日か……」
語りかける泉も、答える時雨も気落ちして元気がない。蔵人は5日連続で学校を欠席していた。七里は蔵人にとって誰よりも大切な肉親。蔵人の心中を察し、2人の少女は意気消沈する。
今から5日前、東京ドームの控室で電話を受けた蔵人は、急いで病院へ駆けつけた。そこで蔵人は驚愕した。七里の入院していた赤坂総合病院には沢山の警察車両と消防車両で騒然としていた。受付けの職員から話しを聞き蔵人は声を失う。
その日、赤坂総合病院を地球外生命体の危険種ビグースが来襲。ビグースは医師と患者を連れ去った。
連れ去られたのはフランス人医師ジャン・ピエール・デサイー。
そして蔵人の妹、人色七里だった。
◇
泉は重い足どりでコンピ研の部室へと行く。コンピ研の部長である田所からは、今日は引っ越しがあるため部活には行けないとのメールを泉は事前に受けていた。誰もいない部室でPCを起動する泉。
Yahooトップのトピックスは、全て危険種ビグースについてのニュースが独占していた。
それまでビグースは、民間人に対しては夜間に人知れず希有の人材を連れ去るのみであったから、先進国の首脳たちも不完全ながらも事件の隠蔽に成功してきた。だが、今回、ビグースは、アメリカ合衆国と日本で白昼堂々と、その獣のような恐ろしい姿を表し民間人を連れ去っていた。先進国首脳たちは、もはや隠しきれないと判断し、ビグースの存在を認める共同声明を発表する。
他方、先進国首脳は、自国の精鋭部隊を派遣しあい、最強の連合軍を編成し、ビグースのアフリカにあった秘密基地を急襲する。だが、その急襲は失敗し、ビグースは秘密基地を移転した。この事実は、全く公表されていない。それを泉はハッキングにより探知し、蔵人にも昨日、メールで伝えていた。蔵人からの返信は、まだない。
泉はハッキングにより新たなビグースの基地を独自に調査していた。授業を受けていた間の世界の動きを把握し、ビグースの基地についての新たな情報を入手するため泉はハッキングをかけ続ける。
だが、調査結果は芳しいものではなかった。それは泉だけでなく世界中の諜報機関も同じだった。
「今日は情報なしか……」
そうつぶやきながらPCからログオフしようとした時、スマホの呼び出し音が鳴る。
ディスプレイの発信者名には人色蔵人との表示。慌てて電話に出る泉。
「ちょっと蔵人くん! 学校に全然来なくってみんな心配して」
「泉……頼みがあるんだ……」
泉が全てを言い終わらないうちに被せるように蔵人が話す。蔵人の声色は憔悴しきっている。
いままでの蔵人とは別人のように。
「泉……ビグースの新しい秘密基地がどこにあるか……を調べて欲しい……」
蔵人は弱々しく言葉を絞り出す。蔵人が自分なりに相当調査し、だが真実に辿り着けなかったとの苦悩を泉は感じる。
「分かった。頑張ってみる。え? 田所部長? 引っ越しがあるから行けないってメールがあったから。いないよ。私だけでも、きっと大丈夫。まかせて蔵人くん」
今も調査をしていた事は、あえて泉は言わない。先月のハッカーの世界大会ブラックハット個人の部で田所先輩は優勝、泉は準優勝であった。蔵人は田所先輩にも手伝って欲しかったのだろうと思ったが、自分だけでも大丈夫とフォローしつつ、努めて明るい声で蔵人に返事をする。自信はない、だが今の蔵人を落胆させてはいけないと思ったから。
電話での会話が終わり、コンピ研の部室に再び静寂が訪れる。泉はPCをログオフしない。世界中の警察、諜報機関に再度ハッキングをかけよう、泉はそう決意した。
その時、泉のPCのポップアップが起動する。泉は世界中の警察のPCを遠隔操作しており、どこかの警察でビグースの情報隠蔽が行われたときに泉にその旨のメールを行い、PC利用時はポップアップ表示されるよう設定していた。
送信先はドイツ連邦刑事局BKA( Bundeskriminalamt)。ドイツのゾンダースハウゼン総合病院で、危険種が白昼堂々と人間を襲ったという情報であった。
泉は、この情報に違和感を感じた。だが、違和感の正体は分からない。
「何かが違う。でも何?」
自問自答する泉。そんな泉の脳内にいつかの蔵人の声が聞こえる。
『なあ泉、CIAのIってどういう意味か知ってるか。これは、お前の弱点でもある。だから聞いて欲しい。CIAのIはIntelligenceつまり知力だ。彼らは情報を集めるだけでなく、それを徹底的に知性を使って分析する。その結論は俺の知る限り全てが最善手だ。ウォーターゲート事件、スノーデン事件と何度も組織解体の危機に陥りながらも、彼らはその度ごとにむしろ自らの力を強めてきた。奇跡といえるほどに。泉、お前は世界の誰より情報を収集できる力がある。だが、それは世界で1番情報の海で溺れるリスクがあるということでもある。俺はいつまでも、お前の側にいられるとは限らない。高校を卒業すれば、みんな進路は違うだろう。もし、お前が困った自体に陥ったとき、「知力を使って分析すること」このことを覚えていて欲しい』
そんないつかのホームルーム前の蔵人の話を泉は思い出した。
「いま、私の側に蔵人くんはいない。今こそ私が知力を使って分析しなきゃ」
泉は懸命に考える。
「今まではビグースは夜間にこっそりと優秀な人材を連れ去るだけだった。それに対し、今回の3件は、白昼堂々、人間を攻撃しているだけ」
泉はコンピ研の部室で1人つぶやく。
「これって、人間を挑発してるだけよね……挑発?!!」
泉は分かった。今回の危険種の行動は人間への挑発を目的としているとしか思えない。そんな人間の1番の関心事は危険種の秘密基地の場所の探知である。そうすると、危険種が本当に挑発する意図を持つなら、挑発行為を行った場所に秘密基地の場所の手がかりを残すはずと。
「被害に遭ったのは、日本の赤坂総合病院、アメリカ合衆国のマサチューセッツ州立病院、ドイツのゾンダースハウゼン総合病院。この3つの病院がある場所にヒントがあるってこと? アナグラム?」
泉は3つの病院の所在地を行政区画から番地まで細分化する。そしてコンピ研の部室のパソコン20台を接続し並列的にクラスタによるプログラム処理で、これらの暗号解析をやってみる。
だが、30分待っても、解析中の表示のまま。これはクラスタ処理でも、結論が出ないこと意味する。
「学校のパソコン800台を繋げてクラスタ処理するには生徒会長の許可が必要だけど、こんな時間だから生徒会長は帰ってるよね……明日……まで待ってる時間はない」
泉はつぶやく。
泉の脳裏に先ほどの蔵人の声が聞こえる。
「泉……ビグースの新しい秘密基地がどこにあるか……を調べて欲しい……」
電話での蔵人の声は別人のように打ちひしがれていた。クラスでは蔵人が学校を辞めるのではないかという噂がたっていた。蔵人なら勉強しなくても大検くらい今の学力でも余裕で合格できるだろうから噂も根拠のないものではない。
「もう蔵人くんと会えなくなるかも……」
「集中しろ、水内泉!」
泉は自分自身に大きな声をかける。
「こんな複雑な計算じゃないはず。だってビグースは挑発してるんだから。分かりやすいやり方ほど、挑発は効果的になるんだから! 手がかりは病院がある場所ではなくて、病院そのものかも! 式も、もっと原始的なもののはず!
1番初めの事件は日本の赤坂総合病院、2番目はアメリカのマサチューセッツ州立病院、3番目はドイツのゾンダースハウゼン総合病院。だとすると1番めはAkasakaだから、先頭から1文字取って「A」。2番めはMassachusettsだから2文字だけ「MA」。3番目のSondershausenだから、初めの3文字は「SON」。そうすると……AMASON……? なにこれ?
……でも、ドイツ語でのSONは英米だとZONと表記される発音に近い。ということは……AMAZON!!」
泉はCIAの人口衛星画像にハッキングをかける。ゾンダースハウゼンでの情報はCIAも探知しているはず。そうするとCIAのオペレーターがアマゾンを映していれば、泉の結論は、CIAと一致することになる。
だがCIAの人工衛星画像はアフリカを映していた。
「え? アマゾンじゃない? ……」
その3秒後、CIAの人工衛星画像はアマゾンを映し出した。
泉の情報解析は、CIAのそれより3秒早かった。情報戦での3秒差。
泉が知力においてCIAを上回った瞬間であった。
「よかった」
ほっとした泉の目に涙が浮かぶ。
やがてCIAはアマゾンの全録画一斉解析による検出法を用いて、ビグースの秘密基地となっている地下ダンジョンを割り出した。泉は、そのダンジョンのある緯度、経度をメモし、ダンジョン入口の人口衛星画像をプリントアウトする。
◇
その30分後、蔵人のマンションの近所の公園。
そこには泉と蔵人の姿があった。
「蔵人くん、これ」
蔵人を呼び出した泉は、すっかりやつれた蔵人へ封筒を渡す。
「なんだ? 手紙?」
蔵人は不思議そうに封筒の中味を見る。封筒の中には、秘密基地であるダンジョンの位置を示す座標情報。そしてダンジョン入口の人工衛星画像。
「え?! 泉? こ、こんな早く……見つけてくれたのか?」
蔵人は驚いて目を見張る。
「蔵人君、Dr.IのIってどういう意味か知ってる?」
「え? 泉のイニシャルIzumiのIじゃないのか?」
泉の問いかけに、戸惑いながら返す蔵人。
「それは以前の話ね。今は違う。Dr.IのIはIntelligenceのIなんだからね!」
満面の笑顔の泉。
「はっ!」
蔵人は、気づいた。いつかの自分の言葉を。泉がその言葉を覚えてくれていたことを。泉がその言葉の真の意味を理解してくれていたことを。
蔵人は満面の笑顔で言葉を返す。
「Dr.Intelligence。俺もそう思うよ」
泉は嬉しかった。蔵人の笑顔が以前の蔵人のそれに戻っていたことが。




