第20話 水鏡恭一郎との対峙
東京予選決勝で勝利した蔵人と時雨は、誰もいない控室へと戻る。長椅子が1つしか無かったことから、2人は並んで腰をかけ疲れ切った体を休める。
「ま、所詮これは予選だからな。勝って当然だ。次の世界大会決勝こそが本番だ、気を抜くなよ」
いつもの強気な口調の時雨。
「初っ端から倒されていたのは誰だったかな」
蔵人は微笑みながら皮肉る。
「な、な、なにを……」
顔を真っ赤にしながら口を膨らませて拗ねる時雨。
時雨は微笑んでいた蔵人の顔つきが不意に真剣なものへと変わるのに気づく。
「どうしたんだ?」
「時雨……その左耳のルビーのピアスなんだが」
そう言いながら、蔵人が時雨のピアスに手をかけた瞬間。
「失礼するよ」
と、突然に控室の扉が開かれる。
「おっと、これは失敬。お邪魔だったかな。」
扉を開けた途端に、まるで男女が肩を寄せあうような姿。
短髪を几帳面に整え、研究室で実験中の研究者のような白衣を着た細身の青年は、そんな2人に戸惑いの表情をみせる。
「な! 何がお邪魔……か、か、勘違いするなよ、私とこいつは、べ、別に……」
赤面する時雨がなおも口早に何か言おうとしたが、それを上回る勢いで口を開いたのは、蔵人のほうだった。
「水鏡恭一郎っ!」
その青年の名は水鏡恭一郎。20代半ばでありながら世界有数のゲーム会社であるイリュージョン・アーツ株式会社の代表であり、また《HYPER CUBE》の開発者として世界に名前を轟かせている。
「僕を知ってくれてるなんて光栄だよ。自己紹介はいらないようだね。初めまして、人色蔵人くん。
久しぶりだね、時雨ちゃん。
いや、僕の用事はたいしたものじゃない。それよりお客さんは、もう1人いるみたいだけど」
水鏡は軽い挨拶を済ませると控室を見やる。
そこにいたのはまだ幼さの残る美少年。金髪と青い瞳というアングロサクソンの特徴を持つその少年は、少年でありながらも高級そうなブラウンのスーツに赤の蝶ネクタイ。左耳にはルビーのピアス。赤面しながら恥ずかしそうに蔵人を見つめる少年の手にはなぜか色紙と筆ペンがあった。
少年の名はアルト・ネイチャー。12才でありながら前回《HYPER CUBE》ヨーロッパ選手権優勝者にして世界大会第3位の実績を持つ。最強ギルド「最前線」に所属する世界屈指の《HYPER CUBE》プレイヤーであった。アルトは《HYPER CUBE》東京予選決勝の観戦のために来日していたが、『隻眼の使徒』の出現にすっかり興奮していた。VIP席の隣どうしで観戦していた水鏡が蔵人・時雨ペアの控室へ行くと言ったのを聞くと、いても立ってもいられず水鏡に頼んでついて来たのだった。
「あれ?アートネーチャーくん!」と時雨。
「アートネーチャーじゃない!僕の名前はアルト・ネイチャーだ!」
少年は顔を真っ赤にして時雨を全力で怒る。アルトにとって、その呼ばれ方は相当に嫌なものらしい。
「君たちは、いつもそのやり取りやってるよね」
そう言って水鏡は苦笑する。
「は、は、はじめまして。人色蔵人さん。僕はアルト・ネイチャーと言います。今日は、ぜ、ぜ、是非『隻眼の使徒』さんのサインを貰いたいと水鏡さんに無理を言って連れてきてもらいました。僕は漢字が大好きなんで、「隻眼」って揮毫もしてもらってよろしいでしょうか」
アルトは、おどおどしつつも、自己紹介をし丁寧に蔵人にサインを頼む。
「お前、相変わらず『隻眼の使徒』バカだな。大会前にお前に蔵人のこと教えてやろうと思ったんんだが、『隻眼の使徒』バカのお前に言うと、お前が『隻眼の使徒』バカ友達の月乃に言うと思って内緒にしたんだ」と時雨は軽口を叩く。
「バ、バカってなんだよ! そりゃ僕は「隻眼の使徒ファンクラブ」の会長で、月乃さんは副会長だからね。でも『隻眼の使徒』さんの命令だったら、いくら僕だって内緒にしたよ」
アルトは拗ねた表情で時雨に抗議する。
そんなやり取りの間に蔵人はアルトのオーダーどおりにサインをすませ、アルトに色紙を渡す。
「あ、ありがとうございます。蔵人さん」
アルトは満面の笑みで色紙を受け取る。
色紙を渡した蔵人は、水鏡を見やる。
「水鏡さん、あなたから来てくれるとは話が早い。渡してもらえるわけだな、『あれ』を」
蔵人と水鏡は全くの初対面であるが、蔵人は挨拶もなく単刀直入に本題へ入る。
「蔵人くん、さすがだね。僕が『あれ』を持ってきたと分かっているとは驚きだ。さすがはニアリー・リト人色ジンさんの息子さんだ。蔵人くん、君とはフレンドリーな関係でいたいと思ってるよ」
驚いたと言う水鏡だが、その顔には、さほど驚きはない。水鏡の涼しげな表情は変わらない。
「フレンドリーな関係を築けるかは、あなた次第だ。少なくとも、俺はあなたへの敵意はない。いや、時雨たち最前線のメンバーを守ってくれた善人として敬意を表した方がいいかもな」
その蔵人の言葉に水鏡は一転驚き、目を見開く。
「そ、そ、そこまで知っているのか……も、もしかして『あれ』の本来の機能をも知っていると……」
そこに涼しげな青年の顔はなかった。水鏡は、驚きと苦渋をおり混ぜた沈痛な面持ちになっている。
「へ?? さっきからお前たち、なんの話をしてるんだ? 『あれ』って《HYPER CUBE》世界大会決勝へ進出する者に贈られるルビーのピアスのことだろ。今年も持ってきてくれたんだな、水鏡。毎年、水鏡が世界大会進出者に律儀に配ってることは絶対の極秘事項っていうから、私も最前線のみんなも秘密にしてたんだぞ。 蔵人は、なんで知ってるんだ? ルビーのピアスの本来の機能って、装飾以外に無いだろうに。さっきから訳の分からないやりとりしてるけど、お前ら頭大丈夫か?」
そんな時雨の言葉は、水鏡にも蔵人にも届かない。水鏡と蔵人は黙って視線を合わせる。
他方、蚊帳の外の時雨とアルトは不思議そうに水鏡と蔵人を見る。
「『あれ』とは、時雨が言うようにルビーのピアス。だが、このピアスの本来の機能、それは殲滅。その対象は地球外生命体の危険種ビグース、またの名をDarker Than Crimson Red。それが俺が辿り着いた解」
ゆっくりと蔵人はそう言った。
水鏡は脱力した表情で深く頭を項垂れた。
◇
「ご明察だ。世界中で私しか知らないはずだったんだがね……さっき僕は君のことを、さすがニアリー・リト人色ジンさんの息子さんだと言った。訂正させてもらう。さすが人色蔵人くん、さすが隻眼の使徒だ」
失意から項垂れた頭を上げつつ、水鏡はそう言った。もう水鏡の表情に苦痛はなかった。澄んだ瞳を持ったいつもの冷静な表情であった。
「蔵人くん、聞かせてくれないか? どうしてこのルビーのピアスにビグース殲滅機能があると分かったか? それにどうして私は時雨ちゃんやアルト君たち最前線のメンバーを守ってきたと分かったか? 」と水鏡。
水鏡の瞳に誠実さを読み取った蔵人は、ゆっくりと口を開く。
「《HYPER CUBE》の世界大会のスポンサー企業が、わら人形として介在させたものだったという情報が初めだった。そして数十億の費用の本来の出資者がT&W財団であり、財団の総帥が水鏡恭一郎、あなたということが分かった。 《HYPER CUBE》のような世界中で大人気のゲームが完全無課金で、どうして広告以外で収益を上げようとしないのか不可解だった。世界大会の様子は無料でのネット配信を無制限に許可し、TVでも放映権料を放棄するばかりか、大会のスポンサーまでやるとなれば、あなたの会社には利益がでないばかりか赤字になりかねない。だから、あなたの目的は、《HYPER CUBE》により金銭を獲得することにはないと分かった。
そして、あれだけ派手な制作発表会見をしたり、世界大会を自らスポンサーとなってまで開催し、その大会のネットでの無料配信を促したという事実を踏まえて、さらに考察をした。
これにより水鏡さん、あなたの目的は、《HYPER CUBE》を広め、その有能なプレイヤーを集めることにあると分かった。他方、あなたが総帥をやっているT&W財団は、多額の費用をビグースに対抗する兵器の開発に投じていた。
これらを考えあわせると結論は1つ、《HYPER CUBE》というものはビグースを殲滅するスキル保持者を選別し訓練する装置、そして世界大会決勝にはそのスキル能力者が集められることになる」
一気に話す蔵人の言葉を、水鏡は一言も聞き漏らさないとの真剣な表情で聞く。蔵人は続ける。
「他方で、そんな殲滅スキルをビグース相手に現実世界で発揮するための出力装置が必要になるはずだ。これが分からなかった。
だが、この東京予選決勝が始まると、これもすぐに分かった。時雨、矢沢京介、矢沢月乃というギルド「最前線」のメンバーが揃いも揃って同じルビーのピアスをしてたからな。そこにいるアルト君もそうだしな」
蔵人の言葉に、時雨とアルトは驚いてお互いの顔を見あわせる。
「これにより俺は、このルビーのピアスにビグース殲滅機能があると分かったんだ」
その蔵人の言葉に、水鏡は黙って深く頷く。
「あとはどうして水鏡さん、あなたが最前線のメンバーを守ってきたと分かったかだったな? これは《HYPER CUBE》のアップデート情報からの推理だ。以前から、一般的なMMOではプレイヤーはHPとMPが与えられているのに、《HYPER CUBE》にはHPとKIが与えられていること、なぜMPでなくKIなのか、KIとは気であるということ以外に何ら説明されていないことを不思議に思っていた。
そして、今年行われたアップデートで、気のゲージはステルス的にキャップ解放するとともに、表示方法としては気の保有量が180以内のプレイヤーの気はそのまま表示し、気の保有量が180を超えるプレイヤーの表示に際しては気のマックスから180減少させた数値をゼロとしてそこ時点からの気の保有量のみを表示するがそれは単に見せかけの表示でありゲーム内の気の保有量を表すものではないという内容変更が行われたのを知った。
アップデートの変更点の中でこれだけは非公開にされたことも知った。これにより気の保有量が180を超えるプレイヤーの気のゲージは実際の気の保有量が一致しないという問題点が生じる。仮に気を200保有しているプレーヤーが気を50削られた時は180-50=130なので気は130と表示されるが、そのプレイヤーは実は200から50削られただけなので200-50=150なので実際の気の保有量は150になるというように。
これはわざわざ欠陥を作って、それをわざわざ隠蔽しているようなものだ。そんな不合理なことを、わざわざするからには必ず欠陥と隠蔽露見の不利益を上回る利益となるだけの理由がある。
そこで俺は1つの仮説を立てた。気というものこそがビグース殲滅の鍵となる力であると。そして、あなたは、この事実を将来誰かが気づくことを危惧した。その事実が明らかになることで大量の気を持った人間こそがビグースを倒せると分かると、世界中の世論が人類を守るために大量の気を持つ者たち、例えばギルド「最前線」のメンバーを生け贄にしようという流れができかねない。
たとえ、そのメンバーが時雨やアルト君のような未成年の少年少女であってもだ」
蔵人の言葉を今は時雨もアルト君も真剣な表情で聞き入っている。
「だから、あなたは彼らを守るため先手を打って、レベルキャップ開放があっても、気が180を超える人間の存在が明らかにならない方策を採った。
仮にビグースがギルド「最前線」のメンバーを連れ去ろうとしても、メンバーはルビーのピアスをつけているから、すぐにビグースへ特殊能力を発動できる。《HYPER CUBE》の特殊能力は、思うだけで発動できる、ならば毎日《HYPER CUBE》をプレイすることで特殊能力発動が条件反射とまでになっている最前線メンバーなら、たとえピアスの本来の機能を知らなくても自然にビグースへ特殊能力を発動できというのが必然となる。
だから、水鏡さん、あなたが最前線のメンバーを守ってきたことに俺は敬意を表している」
蔵人は一気に話し終えると静かな眼差しで水鏡を見る。
「完全解答だよ。人色蔵人くん。参りました、その一言だよ。これを受け取ってくれるかい?」
世界で唯1人自分だけが抱え込んでいた悩みを理解してくれる者が表れた。今の水鏡の表情には、そんな安堵があった。水鏡は蔵人に小箱を渡す。小箱の中味はルビーのピアス。それこそが《HYPER CUBE》の特殊能力を現実世界でビグースに発動するための出力装置。蔵人は水鏡から小箱を受け取った。
その時、蔵人のスマホの呼び出し音が鳴る。
「は、はい。分かりました。い、今から大至急行きますから」
蔵人の声は緊張に震えている。
「急用が入った」
蔵人は秋葉原学園高校の制服の上着をとると、慌てて控え室から出て行った。
蔵人はなにも言わなかった。だが、その電話は七里が手術を受けている病院からのものであった。その電話は、手術を受けていた七里の容態が急激に悪化し、肉親である蔵人への来院を促すものであった。




