第19話 東京予選決勝・終戦
東京ドームに響き渡る大きな爆発音。
矢沢月乃は蔵人に対して2撃めとなる特殊能力『爆発する小剣』を発動する。蔵人のHPは230から80まで減少した。そして蔵人へ月乃は追い打ちをかけて3撃めの特殊能力『爆発する小剣』を発動した。
東京ドームの観客たちは絶叫する。
いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
らめええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ
えええええええええええええええええええええええええええ
やめてええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ
観客席はパニック状態に陥る
「さよなら、チートさん」
月乃はつぶやいた。
「人間なんて、ただのNPC」
蔵人はつぶやく。
「え?」と月乃。
その瞬間、東京ドームは激しく青い閃光に包まれる。
「こ、この青い閃光は……エターナル・ウェーブ・サデニシオン……と……いうことは……チートさんって、ま、まさか『隻眼の使徒』!」
青い閃光により月乃はそれを察する。
一流選手であるからこそ超一流選手に憧れ、近づきたいと強く願う。そういうことが稀にある。例えば日本プロ野球で一流の結果を出していたソフトバンク・ホークスの川崎宗則選手。川崎選手は、当時シアトル・マリナーズに所属し、超一流の結果を出し続けるイチロー選手へ憧れ、心酔する。2011年のシーズンオフ、川崎選手はFA宣言をすると「イチローさんと一緒にやりたい。」と希望球団を当時イチロー選手が所属していたマリナーズ一本に絞り単身渡米して、翌年1月マリナーズとマイナー契約を結ぶ。一流であるからこそ超一流の凄さが肌身で分かる。ゆえに川崎選手はイチローに憧れ心酔し、イチローに近づきたいと強く願った。
それと同じような憧れと心酔、強い願いが矢沢月乃にもあった。最強ギルド「最前線戦」に所属し、世界最巧の近接戦闘家との異名を持つ月乃が一流の《HYPER CUBE》プレイヤーであることに異論はない。そんな月乃であるからこそ、バビロン事件の報道を目にして以来、超一流の《HYPER CUBE》プレイヤー『隻眼の使徒』に強い憧憬を持っていた。バビロン事件についての記載のある新聞や特集のある雑誌は全て購入し、バビロン事件からの生還者のブログを片っ端らからチェックした。実際に生還者に話しを聞きに行ったこともあるほどだった。それは月乃だけではなかった。月乃と同じく最強ギルド「最前線戦」に所属し、前回の《HYPER CUBE》ヨーロッパ選手権優勝者にして世界大会第3位の実績を持つアルト・ネイチャーも熱心な『隻眼の使徒』ファンだった。《HYPER CUBE》内に実装されていたグループチャットで月乃とアルトは「隻眼の使徒ファンクラブ」というグループを作り、アルトが会長、月乃は副会長を称するほどだった。
ちなみに、『クリスマスの消失事件』のとき、月乃とアルトも『隻眼の使徒』の壁紙をゲットできると熱い思いで『隻眼の使徒』への投票を行い、壁紙が貰えなかったことから2人で涙した。閑話休題。
そんな月乃であったからこそ東京ドームを包む激しく青い閃光を目の前にすることで、その正体が『隻眼の使徒』による『集極の波より来たりし闇』だと気づくことができた。
その青い閃光の中で、月乃は自らの足がつま先から徐々に消失し始めているのに気づく。他方、蔵人は無傷。それは月乃が『集極の波より来たりし闇』により被ダメージ認定を受け、蔵人は月乃の『爆発する小剣』による被ダメージ認定を受けていないことを意味する。
「そ、そんな……なんで……」
月乃は眼前の事実を信じることができない。世界最巧の近接戦闘家と言われる月乃は《HYPER CUBE》の仕様を誰よりも熟知している。
《HYPER CUBE》の対人戦闘での被ヒット認定は非常に厳格にプログラミングされている。だから月乃は、相手のあらゆる攻撃を躱すために瞬間移動で移動し続け、機を見て『爆発する小剣』を発動する。それこそが月乃の必勝の戦術。
この東京予選決勝に必勝を期する月乃は、蔵人を格下と侮ることをせず、今まで蔵人の攻撃を躱すために瞬間移動で移動し続けてきた。たとえ『集極の波より来たりし闇』といえども、月乃に被ダメージ認定を受けさせることはできないはずなのである。粟山さんの真の第3の疑問、十分な気を蓄積した蔵人ならば『集極の波より来たりし闇』により月乃さんを倒せるのかについての理論というものは、月乃にとって余りに当然のものだった。
また、《HYPER CUBE》プレイヤーとしては一般レベルのプレイヤーにすぎない粟山さんとは違い、トッププレイヤーである月乃には、粟山さんとは異なる観点からの1つの確信があった。それは《HYPER CUBE》トッププレイヤー同士の対決では、特殊能力を発動するまでのわずかの時間差こそが生命線となるという事実だった。数多くのトッププレイヤーとの対決の中で月乃は、それを感じ取り、その生命線を誰よりも大切にした。だからこそ月乃は世界最巧の近接戦闘家の名を欲しいままにするに至ったのである。この特殊能力を発動するまでの時間というものは、攻撃の熟練度に大幅に依存する。
そして、《HYPER CUBE》での攻撃の熟練度というものは、防御の熟練度と同様、ゲーム内での実戦経験に応じてしか上げられないという仕様になっていた。そして、現在、《HYPER CUBE》内において攻撃の熟練度をカンストしている唯1人のプレイヤー、それが矢沢月乃だった。月乃が特殊能力『爆発する小剣』を発動するまでの所用時間はわずか0.11秒。それは世界最速だった。
それに対し、蔵人はゲーム内での実戦経験が皆無同然であるから、攻撃の熟練度も当然極めて低い。熱心な読者の方は覚えてらっしゃるかもしれないが、4年前の水鏡恭一郎による《HYPER CUBE》製作発表記者会見のとき、βテスターだった時雨の姉である二神雫は『竜の雷槌』発動までに0.73秒もの時間がかかっていた。現在は世界屈指の《HYPER CUBE》プレイヤーである雫でも、初期は実戦経験の少なさゆえに、それほどかかっていたのである。そして現在の蔵人が特殊能力を発動するまでの時間も、さほど変わらぬ0.71秒。
特殊能力発動までの所要時間0.11秒と0.71秒の差は0.6秒。《HYPER CUBE》の対戦での0.6秒、それは永遠とも言えるほどの隔絶だった。陸上の100m競争にたとえると、最高記録が13秒台の選手が9秒台の選手に挑むような絶望的状況。それを月乃は知っていた。
だからこそ、月乃は眼前の事実を全く信じられず、パニック状態に陥っていた。
「人間なんて、ただのNPC。」
蔵人はつぶやく。
「月乃、お前は強い。対人戦闘での被ヒット認定が厳格という《HYPER CUBE》の設定に基づき、俺の攻撃を躱すために瞬間移動で連続して移動し続けるというお前の戦術も、理に適ったものだった」
混乱している月乃に気づき蔵人は言葉をかける。
「だ、だったら、どうして……」と月乃。
「戦略を持った弱者は、時に戦術を持つ強者を凌ぐ。そういうことだ」
蔵人は続ける。
「お前はこの対戦の主導権を常に握り続けていると思ったはずだ。だが、対戦が始まった瞬間からお前の行動は完全に俺のコントロール下にあった。お前の行動は俺に支配されていた。
行動を支配された人間なんて、ただのNPC」
蔵人は月乃を見つめる。
◇
時間はほんの少し遡る
「ねえ粟山さん、真の第3の疑問について、もう少し聞かせて? やっぱり違和感があるの。
真の第3の疑問、つまり十分な気を蓄積した蔵人くんならば『集極の波より来たりし闇』により月乃さんを倒せるのかってやつ。これは月乃さんが瞬間移動で移動し続けることで、『集極の波より来たりし闇』を躱し続けられることを論拠の骨子としている。ならば、瞬間移動能力者に対して『集極の波より来たりし闇』は効力を持たない、そう考えていいんだよね?」
粟山さんは、泉の瞳に光りが蘇っているのを見た。泉の気持ちに応えるためにも、しっかりと正確に答えよう、粟山さんはそう思った。
「その解答は正確ではありません。「意思を持った人間である」瞬間移動能力者に対しては『集極の波より来たりし闇』は効力を持たないというのが正確な表現になります」
正確に確実に解答することで粟山さんは泉の気持ちを最大限まで汲もうとする。
「え? それは「意思を持たない」瞬間移動能力者に対しては『集極の波より来たりし闇』は効力を持つことはあり得るということ?」
「そうなんです。時雨が蔵人くんと契約するときのテストの相手は、NPCの『騎士の亡霊』でした。『騎士の亡霊』は瞬間移動できるNPCです。この『騎士の亡霊』戦を蔵人くんは『集極の波より来たりし闇』により勝利しているんです。それはNPCである以上、『騎士の亡霊』の行動には法則性がありましたから、人外の事象観察力と高速度物理演算能力を持つ蔵人くんが『騎士の亡霊』の瞬間移動を事前予測することができたからなんです。
なので、「意思を持たない」」瞬間移動能力者に対しては『集極の波より来たりし闇』は効力を持つことはあり得ると言えるわけです。
それに対して、月乃さんは「意思を持った人間」であることから、『騎士の亡霊』のようなプログラムによる法則性を持って動くわけではないので、そんな瞬間移動能力者に対しては『集極の波より来たりし闇』は効力を持たないということなんです」
粟山さんは、誤解が生じように細心の注意で正確に解答する。
「そうだとすると……蔵人君なら、できるかもしれない……蔵人君なら誰も思いつかないような戦略を練れる。確かに月乃さんは「意思を持った」人間だから『騎士の亡霊』のようなNPCとは違う。でも、蔵人君なら月乃さんを誘導することで、きっと行動を支配できる。行動を支配された人間なら、動きに法則性があるから、もはや月乃さんは「意思を持たない」瞬間移動能力者と言える。そんな月乃さんは蔵人くんにとっては『騎士の亡霊』みたいなNPCと同じだよね。そして、「意思を持たない」瞬間移動能力者に対して『集極の波より来たりし闇』は効力を持つことはあり得る。そこに蔵人君の勝機がある!!」
泉は涙で潤んだ目を輝かせながら、粟山さんを見る。
「完全論破です!!泉さん、私の理論への完全論破が成立しました!!」
粟山さんの目からも、嬉し涙が一筋こぼれる。
◇
蔵人は月乃の沈黙が話の続きを促していることに気づき、話を続ける。
「俺との対戦、お前は初手から悪手を指した。俺への挑発、あのときお前は感情的になっていた。勝負においては、感情的になった方が負ける。なぜなら感情は思考を鈍らせるからだ。対する俺の2手目。俺は「俺も時雨と同じ負けず嫌いだから勝ちたいだけだ。それだけを理解してれば、お前には十分だ。」と言って挑発を挑発で返した。
だが、俺の頭は冷静なままだ。俺はそう挑発し返すことで、俺も時雨と同じような負けず嫌いな人間であるとの暗示をお前にかけた。思考が鈍った状態のままのお前は、俺の暗示にかかった。つまり、あの瞬間からお前の行動は完全に俺のコントロール下に入った。お前の行動は俺に支配されていた。NPCのごとくにな」
「ま、まさか、あの時から、そこまで計算してたと……」
月乃は辛うじて言葉を絞り出す。
「そうだ。俺の攻撃を躱すために瞬間移動で連続して移動し続けるというお前の戦術は見事なものだった。普段のお前が相手なら100回戦っても俺が100回負けただろう」
「……」
蔵人のさり気ないフォローに月乃は沈黙でさらに続きを促す。
「だが、この1戦だけは違った。お前が俺に対する2撃めとなる『爆発する小剣』を発動した瞬間、俺の暗示にかかったお前は、俺も時雨のように負けず嫌いだから吹き飛ばされてはならないとその場に踏みとどまると予想した。だから俺に連続して3撃めとなる『爆発する小剣』を発動した。
だが、『爆発する小剣』は大きな気を消費する特殊能力。2撃めの『爆発する小剣』の発動から、3撃めの『爆発する小剣』の発動態勢に入るまでの間は0.81秒かかる。そして、その0.81秒間、お前は瞬間移動できない。
その動きは俺にとっては必定のもの、NPCのようにな。その空白の0.81秒間に俺はお前に『集極の波より来たりし闇』を発動した。だから俺はお前に月乃に被ダメージ認定を受けさせることができた」
月乃は『集極の波より来たりし闇』により、今や腰元までが消滅している。だが、蔵人の言葉を真剣な表情で聞いている。蔵人はそこに月乃の向上心を感じとり、そんな月乃の気持ちに応えようと言葉を続ける。
「月乃、お前が俺への3撃めの『爆発する小剣』を発動するまでの所用時間はわずか0.11秒。俺が『集極の波より来たりし闇』を発動するまでの時間は、0.71秒。その差は0.6秒。俺たちが同時に特殊能力を発動させあっていたら俺に勝ち目はなかった。
だが、俺はお前が2撃めの『爆発する小剣』を発動した直後に連続して3撃めの『爆発する小剣』を発動することを分かっていた。だから、俺は、お前が2撃めの『爆発する小剣』の発動した0.2秒後に『集極の波より来たりし闇』の発動態勢へ入ることができた。ゆえに、お前が2撃めの『爆発する小剣』を発動した0.91秒後に俺の『集極の波より来たりし闇』は発動していた。
対してお前の3撃めの『爆発する小剣』は空白の0.81秒間と発動所要時間0.11秒のために0.92秒後にしか発動できなかった。
つまり、お前の3撃めの『爆発する小剣』が発動する0.01秒前に俺の『集極の波より来たりし闇』は既に発動していた。
矢沢月乃、チェックメイトだ」
月乃は全てに納得をした。
その身体は今や胸元まで消滅していたが、月乃は満面の笑顔で蔵人にささやく。
「さすが私の認めた男、『隻眼の使徒』やわ。人色蔵人、ええ男やね。惚れてまうやん」
爽やかな笑顔で瞳に涙を浮かべた矢沢月乃は次第に消えゆき、やがて完全に消滅した。
『集極の波より来たりし闇』。その特殊能力を受けて再び立ち上がった者は歴史上存在しない。
1度めはバビロン事件において、バビロンの塔最上階で100人を人質にとったラスボスが。
2度めは重装のNPC『騎士の亡霊』が。
3度めは『奇跡の林檎』の使い手、世界屈指の《HYPER CUBE》プレイヤー矢沢京介が。
そして、今。
青い閃光の中で、矢沢月乃が霧散した。
近接戦闘家として世界最巧と謳われた矢沢月乃は、その近接戦闘において、人色蔵人にわずか1撃で敗れ去った。
審判員からの勝ち名乗りがされる。
「勝者、人色蔵人・二神時雨ペア!」
ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ウオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ
ウアアアアアアアアアアアアアアアアアァァ
ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ
ウアアアアアアアアアアアアアアアアアァァ
東京ドームを観客たちの割れんばかりの大歓声が支配する。
泉と粟山さんは、泣きながら抱き合って勝利に安堵する。
「「よっかったね。本当によかったよね」」
お互いに涙を浮かべながら何度も繰り返す。
「やったぞ、七里!」
蔵人はつぶやく。
シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!シート!
観客たちの大歓声はやがて満場の『隻眼の使徒』コールへと変わる。
その日、観客たちの『隻眼の使徒』コールは、いつまでも、いつまでも鳴り止まなかった。




