第1話 水鏡恭一郎
20X0年7月25日
無数のカメラのフラッシュが20代半ばの若い男――水鏡恭一郎を照らしていた。
都心のとある高級ホテルの最も広い会場で開かれた記者会見の席上でのこと。この日、ゲーム会社のイリュージョン・アーツ株式会社の若き代表にして、天才宇宙物理学者としてもその名を既に世界中に轟かせていた水鏡は、各社マスコミを招いて、新たに開発したゲーム機の発表会を開催していた。
「このゲーム機の名は《HYPER CUBE》――今市場に出回っているすべてのゲーム機を過去のものとする画期的な体感型ゲーム機です。この《HYPER CUBE》の出現によって、世界のゲームの歴史は一気に百年進むと断言します」
色白の肌。細身の身体。整った短髪に涼しい顔つきをした青年――水鏡恭一郎は、そのゲーム機を前に、落ち着いた口調でそう言った。
《HYPER CUBE》――それは一見すると、手の平サイズの黒い箱でしかない。
過去の据え付け型ゲーム機に比べて明らかに小さい。
本当にこれが革新的ゲーム機なのか? どこが革新的なのか?
そんな疑問を持ったあるマスコミが手を挙げて質問した。
「このゲーム機の最大の特徴はその属人性の高さです。従来のゲームはあらかじめプログラムされたゲーム上のキャラクターに、プレイヤーが自分を重ねて行動するといったものでした。しかしそれでは結局すべてのプレイヤーが同じキャラクターを体験するにすぎない。ゲームはもっと多様であるべきです。人生と同じようにオンリーワンであるべきです。そこで、私たちはこの《HYPER CUBE》で、その問題をブレイクスルーしました」
「……つまり、どういうことなのですか?」
メモ帳を片手に、再びあるマスコミが質問する。
「これは説明するより、実際に体験してもらったほうがわかりやすいと思います。あなた、ちょっと来てもらえますか?」
眼鏡をかけたマスコミの男一人を指さして、水鏡は壇上にあげさせる。
「これを手に持ってください。そして、真上にあるスイッチを押してください。それでゲームがスタートします。今回は彼のプレイ動画を、特別にこの後ろの壁に映し出します。他の方はそれをご覧ください」
水鏡は残ったマスコミにそう言うと、《HYPER CUBE》を持ったまま戸惑った様子で立っている壇上の男に「さあ、お願いします。あ、それとゲーム中は『向こうの世界』に飛ぶので、この椅子に座ってください」と促した。
壇上の男は、言われるまま椅子に座ると、恐る恐る、ログインボタンをクリックする。
瞬間、男の身体がびくんと跳ねた。
マスコミがざわつく。
「す、すごい……」
男が虚空を見つめながら、感嘆の声をもらした。
否――虚空を見ていると思うのは、外野の人間だけだった。
男本人がこのとき見ている景色は雨の降りしきる廃墟のビル群だった。退廃的な雰囲気で、どこかドラマ性を感じさせる舞台だった。
「特殊な電波を用いて、彼の脳に直接アクセスした結果、今、彼はこのスクリーンに映る廃墟のビル群のステージの中に入っています。スクリーンの映像は、彼の視点からのものです」と、どこまでも冷静に説明する水鏡。
「すごい、なんだこれ、ほんとすごい!」
男は興奮した様子で、ゲームの中で飛び跳ねたり走ったりを繰り返した。スクリーンにもその様子が映し出されている。しかし現実の男は《HYPER CUBE》を握ったまま、椅子にずっと座っていた。
マスコミたちが「おぉ……!」と一斉にどよめいた。
「この《HYPER CUBE》はプレイヤー同士の対戦を1つの重要な要素とするMMORPGです。このゲーム空間には、昨日わが社が打ち上げた最新衛星を介して、世界中のどこにいても、この《HYPER CUBE》さえあれば繋げることができます。そしてご覧ください、今回は、このゲームの面白さを味わっていただくために、わが社と契約したβテスターさんに敵役として待機してもらいました」
水鏡がスクリーンのある一点を指さす。
同時に、ゲームの中に入り込んだ男の視線も、敵役の存在を捉えた。
ゴシックロリータの赤と黒の衣装、しかしスカート丈は膝上15cmと短く黒いニーソを着用した美形の10代半ばの黒い瞳に黒髪の少女。両手に深紅の皮の長手袋をはめ、右手には先端に拳くらいの大きさの赤い大きな宝石を備えた漆黒の杖を持っている。
「キャラデザインはプレイヤーの外骨格や筋肉といったものを反映して自動生成されます。服装は、この世界に出現するノンプレイキャラクターである雑魚キャラ、ボスキャラのモンスターとの対戦、あるいは対人対戦で勝つことで報酬金を獲得し購入することが可能です。武器や装備は報酬金での購入以外にボスキャラのモンスターとの対戦により得られるドロップアイテムとして、これらが得られることがあります。これら武器、装備に限らず、あとで詳しく説明しますがプレイヤーには特殊能力や特性がありますが、これらを我々運営からプレイヤがリアルマネーで購入することは現在も今後もありえません。プレイヤー同士のRMTは厳禁事項です。このゲームでリアルマネーで解決できることなど何もないんです、完全なる実力世界です。そして登録ネームはゲーム開始時に設定を行い、その後に変更することはできません。1人で複数のアカウントを所持することも厳禁されてます。いままでに言った厳禁事項は我々の規約違反への抵触を意味しますから、そのプレイヤーは、永久アカウント削除対象となりますし、新たにアカウントを作成することは絶対にできなくなります」と水鏡。
「初期装備としての武器はないのですか?」
男の両手に武器らしきものがないことを認めて、あるマスコミが質問した。
目が輝いている。仕事というより、すでに自分がプレイしたい、興味があるといった顔になっていた。
「初期装備に武器は、共通のものとしてはありません。もっとも、キャラクターにはそれぞれ先ほど言いました特殊能力があります。それにより武器を最初から所持している場合はあるというのが正確な解答になりますね」
「特殊能力にはどういったものがあるのですか?」とまた別のマスコミ。
「特殊能力の種類は、理論上無限です」と水鏡。
マスコミがまたどっと沸いた。
「ここが《HYPER CUBE》最大の特徴です。《《HYPER CUBE》はプレイヤーの外骨格、筋肉、脳神経、DNA情報などを即座に解析し、その人の人体データと人生をベースにした最も相応しい特殊能力、攻撃力呈示数値、防御力呈示数値などを導き出します。みなさんに注目して頂きたいのは、ここでいう人生ベースとはゲーム内のみならずゲーム外での経験値をも意味するということです。これこそが、このゲームの無限の可能性に道を開くものなのです。また先ほど申しました特殊能力はプレイヤー次第で、無数の能力があげられます。パンチ一撃で壁を破壊する能力や、姿を消す能力、飛行能力、瞬間移動能力等、βテスターさんたちによりわが社が行った検証、多少大雑把に分類してみても500系統は確認できました。たとえば、今敵役として立ってもらっている、そこの彼女。二神雫さんといいます。彼女の能力は『竜の雷槌』、平たく言うと雷を操る能力です。これは主にDNAデータに依存したものです。能力発動までにかかる時間は0.73秒。この種の能力発動条件としては遅いほうです。能力の発動は、このゲーム中で歩いたり跳んだりと行動をするのと同じように、頭で思えばすぐにできます」
「DNA情報の解析にゲーム外の人生経験からの能力選定だって……そ、そんなの聞いたことねぁえぞ、こ、こりゃすげえや……本当に革新的なゲーム機だ、ゲーム史が百年進むどころの話じゃねえぞ!」
もはや興奮を抑えきれなくなったマスコミの一人が吠えるように言った。それは、その場にいたマスコミたち全員を代弁するものであった。
「まあ、言うよりも、まずは実際にやってみてもらいましょうか」
水鏡はそう言うと、胸元のマイクでどこかに「やってみてください」と指示を送る。
少し間があって、女性キャラクターが漆黒の杖を男のほうに向けた。
「悪いですが、体験中のマスコミの方は、雷が当たるまでそこを動かないでくださいね。軽くやってもらうだけだから大丈夫です、少しだけ痛いかもしれませんけど」
そして――落雷。
男のキャラクターに虚空を切り裂く雷が落ちた。
「うわあ!」
叫び声と共に、椅子に座る男の身体がびくんと跳ねる。スクリーンのキャラクターの視点も大きく乱れる。ふっとばされて、地面を転がっていた。
男のキャラクターが態勢を立て直すと、「どうですか、感触は?」と水鏡は男に尋ねる。
「衝撃が来てびっくりしました……しかも少しでなくかなり痛いんですけど……」
マスコミたちの熱い視線は、そう話す男に釘付けになている。
「水鏡さん、ゲームをしながらでも、普通に会話できるのですか?」とあるマスコミが訊く。
「ええ、もちろんです。ゲーム中は視覚や聴覚など五感の大半をゲーム世界のほうにもとられはしますが、ゲーム中であっても聴覚や臭覚の一部は現実のほうに残るようになっています。ゲーム中に火事になって逃げ遅れた等の事故を回避するためにそう設計しました。視覚もスクリーンをよくご覧いただければわかりますが、右隅に小窓の形で現実世界がどうなっているかわかるようにしています。プレイヤーが望めば、ゲーム世界のほうに五感の大部分を使うこともできます。そのバランスはある程度自由にできる設計です。
さあ、ご覧ください。先程の彼女の一撃で、彼のパラメーターに変化が起きましたね。画面下の青いバーが短くなっています。これがHPです。なくなればゲームオーバーです。ちなみに対戦相手の彼女をみると、彼女のプレイヤーネーム『シズク』さんの下にも青いバーが見えますね。これをみて、相手が弱っているかどうか判別できます」
「なるほどぉ……」唸るマスコミたち。
「では次はこちらから攻撃してみましょうか。すみませんが、プレイヤーさん、ちょっとステータスを表示してくれませんか? ステータスバーを出せと思うだけでけっこうです」
「わかりました」
プレイヤーの男が言うや、スクリーンにステータスバーが表示された。
男のキャラクターの全体像がゆっくりと左旋回している。その横のウインドウには、プレイヤー名、身長、体重、Level,、HP、KIの他に『特殊能力』という項目もあった。
特殊能力:カメラを具現化できる。そのカメラで撮影した場所の中央付近が燃える。射程距離30メートル。連続撮影までの間隔は五秒。
「とてもマスコミらしい能力ですね。なんで撮影したら燃えるのかわかりませんけど」と水鏡が言うと、場内が笑いに包まれた。
「では早速その能力を実際に使ってみましょうか。もうわかるかと思いますが、思うだけでけっこうです。右手を前に出して、カメラよ出てこいと念じてみてください」
言われるがまま、男はゲームキャラクターの右手を前に伸ばした。
一瞬して、その掌の上に一眼レフカメラが現れる。
「よし、ではそれを使って、彼女を攻撃してみましょか。カメラを構えて、彼女を撮ってみてください。シズクさんは申し訳ないですが動かないで下さいね」
男は指示通りに、シズクをファインダーに捉えた。シャッターを押す。
次の瞬間――シズクの全身が炎上した。
漆黒の杖で瞬時に大きな風を起こすことで炎を無効化するシズク。
炎が消えると、シズクの青いバーが少し短くなっていた。
「このようにプレイヤーはお互いの能力を用いてHPを削り合います。たとえば今回の実戦では、この廃墟ビル群を舞台に隠れたりしながら戦うということになります」
「ほ、他にも舞台はあるんですか?」と、あるマスコミが鼻息を荒くする。このゲームに完全に引き込まれている様子だった。
「舞台数は市街地ステージ、草原ステージ、渓谷ステージ、砂漠ステージ、湖畔ステージなど100系統以上のステージあります。ですが、これは現時点での話です。今年のクリスマスイベント前に行うアップデートでは、皆様へのプレゼントとして、人工衛星映像と連動させて世界中のあらゆる場所をステージ指定可能とすることを予定しています。ウォール街、天安門広場、グランドキャニオン、サハラ砂漠やヒマラヤ山頂さえもです」
「革新的なゲーム機だって、いや、もはやゲームという概念の革命だろ……」
マスコミの一人がつぶやいた。それに同意するように皆が沈黙した。
「また、各舞台にモンスターを出現させ、各人がソロあるいはギルド単位でこれを討伐することで各人がLevelを上げHPやKIの数値を高めると共に、固有の特殊能力をより効率的に大きく育成できるようになっています。戦略性に富んだゲームといえましょう。そして私たちは、このゲームを完全無課金ゲームとして世界中に配布します。DLはもちろん無料。そして我々がゲーム内の装備やアイテムなどあらゆるもので、円、ドル、ユーロといったリアルマネーを得ることは現在も今後も一切ありません。メンテナンスとアップデート費用としてトップページの広告バナーを頂く以外には、このゲームからは一切の収入を拒絶します。そして、私たちは、このゲームの世界大会を毎年、行ってまいります。詳しくは、これからお配りする資料をご参考ください。本日はわが社の新作ゲーム機発表会にお集まりいただき、誠にありがとうございました」
そう言って水鏡は恭しくお辞儀する。
「こんなとんでもないゲームを世界中に完全無料で提供なんて、仮想空間だけでなく現実世界も変わってしまうぞ」
マスコミの1人のつぶやきは、そこにいる全員を代弁するものでもあった。
マスコミたちは、会場の隅に佇んでいたイリュージョン・アーツの社員の手から、我も我もと資料を引ったくっていった。ゲーム世界から戻ったマスコミの男をインタビュー攻めにする者たち、本社に大きな紙面を開けておくよう緊急の電話する者たち、記者会見場の喧噪を尻目に水鏡恭一郎は会場を後にする。
西暦20X0年7月25日-――この日、ゲーム史に新たな伝説が生まれた。そして現実世界は変わった。




