第14話 隻眼の使徒再来
「さっきまで東の丘にいたはず。いつの間にこの南の丘へ……貴様、瞬間移動能力者かっ!」
大剣を下段に構えつつ、蔵人に詰問する京介。
「ああ、お前の妹と同じだ。もっとも俺は最近身につけたばかりのニワカだがな」
京介の太刀をいつでも迎撃できるように身構えつつ自嘲気味に蔵人は返答する。
時雨と月乃の派手なバトルに目を奪われていた観客たちの中にも、南端の丘で蔵人と京介が対峙しているのに気づく者が表れ出す。
「おい、あれ見てみろよ」
「あの隻眼、さっきは東端の丘に居たよな。瞬間移動能力者なのか」
観客たちの多くも次第に南端の丘での睨み合いに目を移していく。
「やっぱり蔵人くん瞬間移動できるようになったんだ」
泉がつぶやく。
「え? え? 泉さん知ってたのですか? 蔵人さんが瞬間移動できるなんて今知ったばかりで私はビックリしてるんですけど」
驚きを隠せない粟山さん。
「戦いのサポートをしてくれてる人にまで秘密にしてるなんて蔵人くんらしいわね。私も直接は聞いてなくて自分なりに推理しただけなんだけど」
泉は続ける。
「1ヶ月以上前のことなんだけど蔵人くんから聞かれたの。《HYPER CUBE》をやっている瞬間移動能力者の共通項目を抽出できないかって。
《HYPER CUBE》ではサーバーがプレイヤーの外骨格、筋肉、脳神経、DNA情報などを解析して、プレーヤーの特殊能力を決めるよね。蔵人君はそこを逆算してサーバーがどういう身体的特徴のある人に瞬間移動という特殊能力を付与しているかを探ろうとしてたの。頑張って《HYPER CUBE》のサーバーにハッキングかけて情報集めようと思ったけど、DNA情報っていうのは万人不同性、終生不変性を持ったあまりにセンシティブな情報だから道義的にやるべきでないってそう言って蔵人くんに止められちゃったの。
それで、瞬間移動能力者についての発信があるツイッターやフェイスブックのようなSNS、それにブログ、週刊《HYPER CUBE》や《HYPER CUBE》マガジン等の雑誌や新聞とかの情報を集めて、それらの情報全部を基礎データとして、学校が休みの日に学校中のパソコン800台を接続し並列的にクラスタによるプログラム処理での解析をやってみたの。
その結果でてきたのが男性については肺活量の数値が1万5000ccであることと血液型がABであるという情報だったの。私も漠然とオリンピックとかに出てる一流の水泳選手に瞬間移動能力者がけっこういるなとは思ってたけど、本当に関係があったんだなって。あとは私の推理。
と言っても、さっき考えたばっかなんだ。ゲーム開始のちょっと前からかな、蔵人くんの特殊能力って何なのかなって考えてたの。東京予選の決勝に出られる人のパートナーに選ばれるから、けっこう凄いのがあるんだろうなって。男性であれば肺活量が1万5000であること且つ血液型がABであることが瞬間移動能力者の前提条件って私が蔵人くんに言って、暫くして蔵人君が近所のスポーツクラブに入会して毎日通っているって雑談で言ってたの。そこのスポーツクラブは本格的な大きなプールがあるので有名なところだし、蔵人君がAB型なのは同じクラスになったばっかの頃に聞いてる。
だから蔵人くんはきっと肺活量を頑張って高めて瞬間移動できるようになったんだろうなって、そう推理したの。やっぱり蔵人くんの特殊能力って瞬間移動だったんだね」
《HYPER CUBE》の運営である粟山さんとしては、泉がサーバーにハッキングをかけようとしていたことは聞き捨てならないセリフではあったが、蔵人の友人のようだし実行にも移していないのだから聞かなかったことにしようと粟山さんは思った。それより泉は蔵人の最も強力な特殊能力を瞬間移動と思っている、その誤解を解かなければと粟山さんは考えた。
「泉さん、蔵人くんの1番の特殊能力は瞬間移動ではありません。蔵人くんの1番の特殊能力は……蔵人くんの1番の特殊能力は……」
粟山さんが言いかけた、その瞬間。東京ドームに青い強烈な閃光が走る。南端の丘の上からの強烈な閃光。蔵人と京介の丘の上での対峙を観ていた多くの観客たちは、眩いその閃光に目を開けていられなくなる。粟山さんと泉も同じだった。
◇
《HYPER CUBE》東京予選決勝の数日後に発売された週刊《HYPER CUBE》の最新号。巻頭特集は勿論《HYPER CUBE》東京予選の決勝。この記事の中で京介は記者のインタビューに答えている。インタビューが行われたのは決勝の翌日であった。
「あれから何度も振り返っているが、ほとんど思い出すことができない。自分の大剣を蔵人くんが躱したところまでは、はっきり覚えている。その後からが思い出せない。青い閃光の中で自分はただ何か強い衝撃を受けたことだけを覚えている。そこで自分は意識を失ったらしい」
インタビューに京介はそう答えていた。
青い閃光の中で何が起こっているか理解不能であったのは、観客たちも京介と同じであった。だが観客たちは京介と違い意識を失わなかった。だから、観客は目撃していた。青い閃光が引いた後の景色を……。
プレイ画面から「最前線」メンバーであり世界屈指の《HYPER CUBE》プレイヤーである矢沢京介は消失していた。
そして蔵人と京介が対峙していた南端の100メートルほどの高さの丘も消失していた。そこは何もないただの草原に変わっていた。
ただ1人、孤高の人色蔵人が佇むのを除いては。
矢沢京介は、丘ごと消滅していた。
目撃した観客たちも、あまりの出来事に何が起こったかを理解できない。観客席は、しばらく水を打ったように静かになる。だが、次第に観客席にざわめきが広がっていく。
やがて、
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
東京ドームは絶叫に包まれた。その日東京ドームを訪れた全ての観客は震撼した。目の前にある事実に。
◇
3年前、《HYPER CUBE》の大型アップデートが行われた。その直後、アップデート内容に奇妙なものが1つあると《HYPER CUBE》ファンの間で大きな話題になったものがある。そのアップデートとは背景に100m前後の高さの丘であれば、その丘は討伐対象とすることが可能であるが、それにより経験値は得られないし報酬金も得られないというものだった。その奇妙なアップデートについての目的などについての記載は一切無かった。
「これって誰得?」
ファンの間で激しい議論になった。
議論の初期においては、複数の大規模ギルドが連携して強力なボスを討伐する練習用のものという説が有力であった。100mほどもの丘が消失するほどの与ダメージを出すには、多人数のギルドが、複数のギルドどうしで連携しあって何ターンもかけて攻撃しないと多大な時間が浪費されてしまうことから、その説は当初は多くの支持を集めた。
だが、この有力説はやがて支持を失っていく。強力なボスなら高い攻撃力を持ち、それへ対処しながら戦うことこそが異なるギルドでの連携の練習になるが、なんら攻撃しないばかりか動きすらしない丘ではギルドで連携する練習には全くならないとの批判が表れる。その批判には極めて高い説得力があり、その批判に対し有力説の論者はなんら合理的な反論ができなかったからである。
やがて100mほどの高さの丘を消滅させるのに必要な与ダメージを計算した有志により、この丘を1撃で消滅させるのに必要な気(KI)の数値がwikiに書きこまれる。その気の量は5000。
今から4年前、すなわちこの大型アップデートの前年、バビロン事件があった。プログラムが誤作動を起こし暴走しログアウト不可能となりバビロンの塔最上階に居たラスボスに100人の人質がとられるという事件。国防軍のサイバー特殊部隊50人が全滅したなかで、たった一人の隻眼の少年が一撃でこのラスボスを粉砕するという形でこのバビロン事件は解決した。圧倒的な破壊力のある特殊能力は、『集極の波より来たりし闇』と世間から名付けられ、隻眼の少年は『隻眼の使徒』と呼ばれ伝説化される。だが、その後、その隻眼の少年が《HYPER CUBE》にログインすることは2度となかった。
100mほどの高さの丘を1撃で消滅させるのに必要な気(KI)の量は5000。気5000という数値は『隻眼の使徒』による『集極の波より来たりし闇』のバトルログを目撃した者が当時証言していた数値と一致した。『隻眼の使徒』による特殊能力『集極の波より来たりし闇』であれば、100mほどの高さの丘を1撃で消滅させることができると分かると、今回のアップデートは『隻眼の使徒』であるか否かを判別する装置ではないかという見解が表れ、その見解が《HYPER CUBE》ファン達の支持を集め、やがて通説として定着していくことになる。
そして100mほどの高さの丘は『隻眼の使徒のためのオブジェ』と呼ばれることになっていく。《HYPER CUBE》の予選会場に足を運ぶような熱心な《HYPER CUBE》ファンであれば、このことを知らない者はいない。
東京ドームの観戦者たちは気づいたのであった。消滅したのはただの100mほどの高さの丘ではないことに。消滅したのは『隻眼の使徒のためのオブジェ』であるという事実に。これを消滅させることができる者は、この世に1人しかいないという真実に。
「あの隻眼……それにこの凄まじいまでの威力……これってまさか……」
「ああ……4年前のバビロン事件のときの……『隻眼の使徒』に間違いない……」
「ずっと行方が分からなかったあの『隻眼の使徒』が遂にこの世界大会に現れた……」
「こりゃすげえよ……『隻眼の使徒』の再来だ!!」
ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ウオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ
ウアアアアアアアアアアアアアアアアアァァ
ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ
ウアアアアアアアアアアアアアアアアアァァ
東京ドームの観客席は未曾有の興奮に包まれた。
「く、蔵人君が……『隻眼の使徒』……こ、これって……どういうこと……」
ただ1人泉だけは言葉を失っていた。




