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第12話 東京予選決勝・開戦

 東京ドームで行われる《HYPER CUBE》東京予選決勝。会場では対局者の様子を生で見られるだけでなく、超大型4Kテレビディスプレイが複数設けられ、観客は観客席から対戦しているプレイ画面の様子をも観ることができる。この予選決勝を臨場感ある中で観ようと全国の《HYPER CUBE》ファンたちが東京ドームへつめかけ、試合直前の会場は満員、大熱狂の渦であった。


 選手入場。先に入場するのは矢沢兄妹。予選1回戦から勝ち上がってきた矢沢兄妹は、ここでは挑戦者として扱われることからである。入場曲として会場に大音響でボカロ曲ショットガン・ラヴァーズが響き渡る。歌うのはボカロではなく矢沢兄妹の妹である矢沢月乃。月乃はニコ動でも、かなり有名な歌い手であり、曲をアップした翌日は総合ランキングのカテゴリ合算1位鉄板。そんな中でも月乃の「ショットガン・ラヴァーズ歌ってみた」は再生回数1千万を超える月乃の代名詞となっているもの。そんな月乃の力強い歌声が響き渡ると、それを知っている会場の大多数は熱狂し、会場は大歓声に包まれた。


 先に現れたのは矢沢兄妹の兄である矢沢京介。左手にはショットガン……ではなく大型ライフル。これこそが世界最高の遠隔狙撃手である京介の第1の武器。これにより2500メートル離れたビルの上からリンゴを確実に打ち抜く特殊()能力(キル)奇跡(ミラクル)林檎(アップル)』の発動が可能となる。接近戦にも対応できる白銀のプレート、白銀のグリーヴを着用。左耳には赤いルビーのピアス。アバターそっくりの派手なコスプレで現れたことで会場は盛り上がる。


 続いて月乃が登場する。月乃もアバターのコスプレ。ミスリルのプレート、ミスリルのミニスカートに黒のニーソ、左耳にはルビーのピアス。ツインテールのかわいさと勇ましさを備えた月乃のいでたちに会場からは大歓声があがる。左手には近接戦闘で世界最巧と言われる月乃の武器ミスリルのナイフ。そして右手には……マイク……先ほどからのショットガン・ラヴァーズは月乃の生歌であることに観客が気づきだす。


「喉からCD音源じゃねえか」


 観客のひとりが叫ぶ。

 月乃の歌がCD化されているわけではないから、その表現は精確なものとはいえない。だが彼が言わんとすることに共感する観客たちは誰も彼をとがめない。


 と同時に曲はサビに入り月乃の力強いシャウト。かわかっこいいその歌声に観客たちは魅了される。東京ドームはもはや月乃のライブ会場、会場の盛り上がりはピークに達する。



 続いて入場する蔵人・時雨ペア。入場曲は対照的な荘厳なクラッシック。ホルストの「惑星」第4曲「木星 快楽をもたらす者」。2人が着用するのも対照的な普段着ている秋葉原学園高校での制服。 矢沢兄妹と違い地味ではあるが、2人の凜として、かつ張り詰めたオーラを前にそれを揶揄できる者など誰もいなかった。



 そんな会場の中で粟山さんだけは安堵していた。数週間前、大会組織委員から入場曲を申請する書類が時雨へ送られてきた。『そんなものいらないわ、私たちは中味で勝負するタイプだから、アイドル気どりの歌い手(笑)さんの土俵にわざわざ上がるなんて何の意味もないわ』『そうだな要は試合で勝てばいいだけだからな』。時雨と蔵人の意見は一致していた。

『これは興行でもあるんだから大会組織委員さんのことも分かってあげましょうよ』変なところでこの2人は似てるんだからと呆れながら、世の中の空気を読める粟山さんは2人を説得した。『『じゃあ任せた』』2人同時。

 絶句しながら粟山さんは書類に自分の好きなクラッシックの曲を書いて送付したのがこの入場曲であった。



「入場曲なかったら絶対空気おかしくなってたよね。あの2人は全くもう」

 粟山さんは心の中でつぶやく。




 メインステージに立つ矢沢兄妹と蔵人・時雨ペア。満員となった東京ドーム5万8千人の熱い眼差しが4人に降り注がれる。わざわざ会場の東京ドームにまで足を運ぶほどの《HYPER CUBE》ファンであれば、ギルド「最前線」の凄さを肌身で知っていた。


 メンバー全員がLevel75以上、KI160以上という他の追随を許さないステータスを持ち、圧倒的な火力を持つ完全無欠の集団。自分たちこそが新MAPを攻略する最前線たる者との自負より「最前線」との名をギルドにつけ、有言実行し続ける無敵の軍団。《HYPER CUBE》のプレイヤーなら誰しもが彼らに憧れ、近づきたいと思っている。街で、あるいは狩り場で、彼らとすれ違うだけで、プレイヤーは嬉しく思う。参加したレギオン戦に「最前線」のプレイヤーがいて、その夜は興奮して眠れなかったというのはよく聞く話であった。そんな世界に8人しかいない「最前線」ギルドのうち3名がこの予選決勝という場にいるというのは異例中の異例である。そんな「最前線」の実際にプレイするところを生で観てみたい、自分たちには一生到達できない者たちの試合を観てみたい、その様な熱い気持ちを持った《HYPER CUBE》ファンたちが、試合開始を待っていた。



 一方で、そんな彼らは、この試合が互角の熱戦とは予想してなかったというのも両立する厳然たる事実であった。矢沢兄妹が固有特性として持つ『(アンチ)雷神(サンダーゴッド)』により、時雨の希有な火力を誇る『(ドラゴニア)()(ンダー)』が限りなく無効化させられてしまうこと。そのことを過去の対戦よりファンたちは知っていたし、彼らの中での格付けは既に終了していた。会場は兄妹の勝利という結果で間違いはないという空気、中世ヨーロッパで見せしめとして行われた公開死刑執行会場のようなある種の狂気に似た興奮が蔓延していた。そんな異様な雰囲気の中、ファンたちは試合開始を待っていた。


「ハブとマングースみたいもんだからな」

「いや、ハブとマングースは稀にハブが勝つこともあるらしいぞ。ウサギとライオンかな」



後ろの席から聞こえる観客の残酷な会話に泉と粟山さんは、胸を痛めていた。



「蔵人くん、頑張って」

「時雨、頑張って下さい」


2人が同時につぶやく。




 《HYPER CUBE》の対人戦では、独自の趣向が凝らされている。対戦申し込みに対し、申し込みを受けた者が対戦受諾の意思表示をすると対戦決定のメッセージが表示される。すると、運営のサーバーが対戦の舞台をリアルタイムの人工衛星画像と連動させた世界中のあらゆる場所の中から無作為に選択する。人工衛星画像はリアルタイムに存在する人物の画像を事前に完全に排除した上で投影するというプライバシーへの配慮がなされている。ウォール街、ロンドンシティーなどの都市ステージとなることもあれば、サハラ砂漠、タクラマカン砂漠のような砂漠ステージ、富士山の樹海のような森林ステージ、グランドキャニオンなどのような渓谷ステージなどの自然の多い環境となることもある。もちろん無名の町や村が選ばれることも多い。


 こうして運営のサーバーが対戦の舞台を決定すると、対戦者には対戦する舞台の俯瞰画像が提供される。この俯瞰画像は観戦者も観ることができる。この俯瞰画像が提供された瞬間から30秒以内に対戦者は自分のスターティングポイントを選択することができる。選択を行わないとサーバーが任意にスターティングポイントを選択することになる。ここで対戦者が自分たちや相手側のステータス、特殊()能力(キル)を考慮して自らが最も優位に立てるスターティングポイントを選ぶことは、《HYPER CUBE》が世界中のゲーム愛好家から戦略ゲームと言われている要素の1つである。俯瞰画像が提供された瞬間から30秒後、全対戦者が選択したスターティングポイントが対戦者と観戦者たちに公開されると同時に対戦開始前10秒からのカウントダウンが開始されるという仕組みになっている。


 今回サーバーがランダムに選択したステージはメキシコのかなり郊外の草原であった。草原の中央には、かつてのアメリカの西部劇を思わせる古い町がある。町といっても、大きな舗装されていない1本の道路のまわりに数軒の飲み屋と宿場が並ぶだけ。それを囲むように半径1Kmの円状に草原が広がる。草原の東端と南端には100m程度の丘がある。俯瞰画像を観ながら蔵人、時雨、矢沢兄妹が、それぞれスターティングポイントを入力する。


「困ったことになったわね」泉がつぶやく。


「最前線」のメンバーとレギオンを組んだことの多い泉は、矢沢兄妹や時雨の力量を知っているし、それを実践的に分析することもできる。矢沢兄妹の固有特性『(アンチ)雷神(サンダーゴッド)』に対して時雨の『(ドラゴニア)()(ンダー)』は圧倒的に分が悪い。なので、勝機があるなら真正面からの対戦にならず不意打ちを繰り返せる消耗戦が可能なステージだと考えていた。市街地ステージや廃墟ステージなら建築物があるし、ジャングルステージなら生い茂った樹木がある。これらに隠れながら『(ドラゴニア)()(ンダー)』を死角から撃ち続け、矢沢兄妹のHPとKIを削り続けること、多大なKI消費をする『(ドラゴニア)()(ンダー)』の連続発動は先に時雨のKIが枯渇するというリスクがあるが、勝つとすればその方法しかないと泉は考えていた。


 だが、今回のステージは死角となる場所がほとんどない。しかも、市街地、廃墟、ジャングルなら矢沢京介の特殊()能力(キル)奇跡(ミラクル)林檎(アップル)』による遠隔射撃を避けるためにビルの中や樹の陰へ入って狙いを躱すことができるが、今回のステージは中央に小さな町があるだけ。しかも草原の東端と南端には100m程度の丘がある。この丘が京介にとって絶好の狙撃ポイントとなっている。泉にとって、このステージは必敗のステージとしか思えなかった。



「大丈夫です、泉さん。時雨たちだって手を拱いて予選決勝を待ってたわけじゃないですから」


 不安げに手を握りしめている泉に粟山さんがフォローを入れる。だが粟山さんも話しながら緊張から自分の喉がカラカラに乾いていることに気づく。前日の蔵人と時雨の作戦会議に粟山さんは立ち会っていた。障害物の多いステージなら『(アンチ)雷神(サンダーゴッド)』を有する矢沢兄妹に対して時雨は真正面から打ち合わず、ゲリラ戦で相手を消耗させるようにと蔵人は時雨に指示していた。それが最善の展開と蔵人は話していた。そんな中、蔵人が続いて言った1言を粟山さんは思い出す。


『最悪の展開は遮蔽物がなく射撃ポイントが複数あるパターンだな』。蔵人はそう言っていた。射撃ポイントが1つなら、そのポイントに京介がスターティングポイントを設定している蓋然性が高いので蔵人もそこをスターティングポイントとし、ゲーム開始と同時に近接戦闘が行える。だが、狙撃ポイントが複数の場合、京介の設定したスターティングポイントと違うスターティングポイントに蔵人が陣取ってしまう可能性があり、この可能性が現実化したとき蔵人は京介の『奇跡(ミラクル)林檎(アップル)』の格好の標的になってしまう。そして、今回のステージは草原の東端と南端に100m程度の丘。すなわち遮断物がなく射撃ポイントが複数ある。まさに最悪の展開であった。



「蔵人くんと京介くんが同じ丘を選んでますように」

 粟山さんは心の中でつぶやきながら、すがる思いで両手をあわせる。



 俯瞰画像の提供から30秒が経過した。全プレイヤーの選択したスターティングポイントが対戦者と観戦者たちへ公開された。



ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

なんだってええええええええええ

ありえねえええええええええ


 会場中が絶叫する。

 会場の観客の多くは京介の狙撃を避けてるため、蔵人・時雨ペアが草原中央の町のなかの宿場や飲み屋といったわずかな遮蔽物に隠れると思っていたらしい。それは矢沢兄妹と対戦するときの絶対定跡とも言われているものだった。京介の『奇跡(ミラクル)林檎(アップル)』による遠隔射撃は1撃で相手に致命傷を与えることができるので、それへの対処を考えるのが一般的な作戦と言われており、それは理に適ったものであるからだ。現にこれまでの東京予選の矢沢兄妹との対戦者は、この定跡を採用してきた。結果は伴わなかったのだが。



だが、時雨は挑発するかのように草原中央の町の道路、その往来の真ん中をスターティングポイントとして設定していた。そして、その時雨の真正面、わずか3mの距離に月乃がスターティングポイントを設定していた。



「自殺行為だ……」

「遠隔射撃のいい標的だし、月乃相手に真正面からって……正気か?」


観客が口々につぶやく。



 他方、京介は草原の「南」端の丘をスターティングポイントとしていた。

これに対し蔵人が選んだのは、草原の「東」端の丘だった……。


「そ、そんな……」


粟山さんは絶句する。

泉は不安げに両手をあわせ、蔵人たちの勝利を祈っていた。



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