第9話 契約者の矜持
蔵人が時雨の屋敷を訪れたのは、先日の契約をした日以来だから2度目だった。
その日と同じ様に、いま蔵人は時雨の部屋で、時雨と粟山さんを前にしている。
「時雨、なぜ転校してきた? 気まぐれか」
蔵人は朝から少し気になっていたことを単刀直入に聞く。
「連絡する必要があるだろ。今日メモ渡したみたいにな。」
「そんな原始的な方法使わなくともメールで済む。わざわざ転校してきたのは何故だ?」
納得しない蔵人。
「《HYPER CUBE》の東京予選の初戦の対戦相手が事実上決まった」
「おまえ、俺の話を聞いてるか?」
質問を無視する時雨にイラっとする蔵人。だが時雨は、そんな蔵人を全く気にとめず話を続ける。
「矢沢兄妹が東京予選にエントリーした、あいつらは前大会の準優勝者、そして2人とも私と同じく最強ギルドである最前線のメンバー。あいつらのことは私が1番よく知っている。予選決勝まで来るのは間違いない。そしてお前では勝てない。予選で対戦するとは思わなかった……
教えておいてやろう。矢沢兄妹の特殊能力は【キャスリング】。普通の特殊能力は1人でのみ使えるもの。だが、兄妹ほどDNAに類似性があると2人で使える特殊能力が発現するケースが稀にある。【キャスリング】も、その1つ。
また妹の矢沢月乃は近接戦闘で世界最巧と言われる。ゲーム内経験値に乏しく熟練度に劣るお前が最も対処できない相手だ。そしてあいつは瞬間移動できる。NPCの『騎士の(ラ)亡霊』とは違い、月乃は意思を持った人間だ。行動に法則性はない。ゆえにお前の高速度物理演算能力でも瞬間移動を事前予測できないことから対処できない。
そして兄の矢沢京介。彼は世界最高の遠隔狙撃者。2500メートル離れたビルの上からリンゴを確実に打ち抜くスキルがある。お前の特殊能力は直接相手を叩く近接戦闘特化型、京介の存在はお前にとって天敵そのものだ。京介の遠隔射撃を前にお前は、何も出来ずただ無惨に撃たれるだけだ。
京介の射撃を避けながら月乃と戦うことは、お前には絶対不可能。しかも、あいつらのうちどちらの攻撃も強力であるから1撃でも食らったらお前のHPが半分になる。仮にお前が、月乃と互角に戦い、互いのHPが半分ずつとなったとする。そんな時に【キャスリング】が発動する。これにより月乃と京介は位置を入れ替えることができる。そしてやっかいなことに、京介は近接戦闘において、月乃は遠隔射撃において、それぞれ世界でも一流レベル。お前の危機的状況は、さほど変わらないこととなる。近接戦闘で京介が1撃さえ入れればお前のHPはゼロになる。しかも京介のいた位置まで離れた月乃は、お前から攻撃をうけなくなることからHPを回復できる。それに対して仮にお前が京介に有利であったとしても、対峙しながらHPを回復させることはできず半分より減じた状況になっている、そして【キャスリング】が再度発動する。HPを完全回復した月乃と、HPが半分よりかなり減ったお前が世界最巧と近接戦闘を行う。絶望しかないな。
そして私……に期待するなよ」
いつも強気そうな時雨の弱気な発言を蔵人は意外に思う。
「私の能力は『竜の雷槌』。素人のお前には4年前に話題になった記者会見でマスコミに雷を食らわせたβテスターの能力と言ったら分かるか?あいつは私の双子の姉で最前線メンバーでもある二神雫だ。あいつと私の特殊能力は同じだ。私たちの特殊能力は貫通力は最前線で最強、Level75のプレイヤーのHPを1撃で70%は削れるだろう」
時雨は悔しそうに語る。
「ならば」
蔵人がそう言って口を挟みかけると、それを許さないかのように時雨は被せて続ける。
「だが、あの兄妹には固有特性として『避雷神』がある。
これは数億人に1人しか発現しないレア特性なんだが、『竜の雷槌』の与ダメージを90%軽減できる。私にとっての天敵みたいな奴らだ。私では1撃でHP7%しか削れない。そんなのリジェネで一瞬で回復できるから無ダメージと変わらん。
事実、あいつらとの対戦で私は勝ったことがない。
私が雫とペアを組まないのも……
まぁいろいろあったが、あいつらに対処するには違うパートナーを選んだ方がいいのもある」
時雨は拗ねたような眼差しでチラっと粟山さんを見る。
「それだけじゃないでしょ。昨年の東京予選で矢沢兄妹に負けた直後、荒れた時雨は他ゲームでですがRMTをやったりマクロ組んだりして、やりたい放題だったのを雫が咎めてケンカしたって言うのもあるでしょ。
でもRMTがMMOの貨幣秩序を乱すし、マクロでは見かけの数値が上がるだけで本当の実力はつかない、時雨は全部自分で気づいて、悔い改めたんだから、今は雫も時雨を見直してるわ。いつも最前線で一緒に戦ってるんだからそろそろ仲直りしたら」
諭すように話す粟山さん。
「ああ、私が蔵人と組んで世界大会で優勝したら仲直りするつもりだったが、もう一生仲直りはできなくなったな」
投げやりに話す時雨。粟山さんは呆れ顔をする。時雨は続ける。
「分かったか? お前だけでは絶対に無理だ。私がいても今回だけは無理だ。私と雫は矢沢兄妹が出場しなかった昨年のアジア選手権で優勝していて、そのシード枠を私が使えるから私とお前は東京予選の決勝からなのは言ったとおりだ。矢沢兄妹は前回の世界大会で準優勝しているから、シード権により予選なしで世界大会決勝へ行けるんだ。世界大会のシード権を持っている者が予選に出場するなんて前例がない。そんなことしてくるとは思わなかった……。
だが、ここで私の世界大会決勝進出を阻んでおけば、あいつらにとって世界大会決勝はより楽になる、それは1つの合理的思考とも言える。ならばこれは私に責めがある誤算だ……決勝はバトルロイヤルで行われるから、頭を使ってあいつらと戦わなければどうにかなると思ってた。だが、予選決勝は、私たちとあいつらの2対2、そうはいかない。
なんで転校してきたかだったな。タッグではタッグパートナーを知らなければならない。一言でいえば、そういうことだ。もう密約のことはそんなに気にするな。最優先事項はあいつらに勝って東京予選優勝による世界大会決勝進出だ。だが冷静にみても、状況は「詰み」だ。私の話を聞いてどうだ、お前の状況分析は?」
時雨は一気に巻くしたてながら、蔵人に挑発するかの様に状況分析を尋ねる。
『詰み』と言われ蔵人はジンの事を思い出す。蔵人の幼少期からジンはよく将棋で遊んでくれた。チェスとは違って持ち駒使用のできる将棋は二人零和有限確定完全情報ゲームの中でもズバ抜けて奥が深く面白いというのが蔵人とジンの共通認識だった。通算成績は5000勝5000敗。今日こそ決着をつけようと言いながらジンと蔵人が買い物から帰る道で、ふたりはビグースに襲われた、4年前の新月の夜に。
「そうだな。俺の分析でも状況は『詰めろ』だ。」
「…………」
「…………」
たしかに状況は絶望だが蔵人なら勝算を導き出してくれるかもしれない。時雨も粟山さんも、そんな都合のよい妄想をほんの一握りでも持っていたなかったといえば嘘になる。だが妄想はやはり妄想にすぎないとの現実をつきつけられ、時雨も粟山さんも、肩を落として黙り込む……やはり矢沢兄妹には勝てないよ……2人の目にはそんな失望の淀みが漂っていた。
「なにか勘違いしてないか? 時雨、それに粟山さん、知っているか? 『詰めろ』は『詰み』とは違ってイコール負けを意味しない。2つは概念として全く異なる。『詰み』においては勝つ可能性はゼロだ。だが『詰めろ』においてはピンチであっても勝つ可能性は必ずしもゼロではない」
「え!」
「ん!」
粟山さんと時雨の瞳に輝きが蘇る。
「今の俺には世界大会決勝に行かなければならない理由がある。この大会の先には水鏡恭一郎がいる。俺は彼奴と対峙しなければならない。ゆえに簡単に諦めるわけにはいかないんだ。勝算なんて無ければ考え出せばいいだけだろ? ならば俺は『詰めろ逃れの詰めろ』をかけようじゃないか。これによって今度は矢沢兄妹がピンチになる。
なぁ時雨、俺を誰だと思っているんだ。ニアリーリトの息子?隻眼の使徒?そんなのどうでもいい。俺はお前の契約者だ。お前の契約者に敗北の2文字はない。覚えておけ」
「私もそう思います!!」
自分に言われたわけでないにもかかわらず涙をうかべながら笑顔で大きな声で返事をする粟山さん。
時雨は返事をしない。だが、涙を浮かべているのは同じだった。返事をすれば、涙がこぼれるかもしれないから、時雨はそれを怖れているだけだった。
契約者の矜持として。




