苦悩の影
-Little Tokyo "New MALlLlN'S ROOM♪"-
「え~、本日はご多忙の中、ご列席頂き誠に有り難う御座います。え~、わたくしがここリトルトーキョーの地に足を踏み入れたのは‥‥」
「ホヘト~、披露宴の挨拶じゃね~んだから。もういいだろ」
「え~、もうちょっと喋らせてくださいよ~」
リトルトーキョーで起きた、連続銀行強盗の実行犯の逮捕から一夜開けて次の日の夜、ここは『新マリリンの部屋♪』。
ボッサンとユオの活躍により、銀行強盗犯を逮捕出来たという事で、ボッサンとユオ、それにリトルトーキョー分署のローサン、フェイフェイを呼んで一杯飲もうじゃないかとホヘトが一席設けたのである。
勿論スギポンとラッキョは、『新マリリンの部屋♪』の従業員としての参加である事は言うまでもないが。
そして、ホヘトの長引きそうなスピーチにボッサンが釘を刺した所であった。
「とりあえずお疲れ様という事で~、カンパ~イ!」
ホヘトの乾杯の音頭と共に、グラスをぶつけ合ってビールを飲むメンバー。
1人だけ浮かない表情のボッサン。
「ボッサン!そんなパチンコで大負けしたような顔してないで!飲みましょうよ!」
ホヘトがボッサンの前の席に座って、元気づけるように言った。
「親玉はまだ捕まえてね~んだぜ。そんな浮かれてらんね~よ」
眉間にシワを寄せてビールを一気に飲み干すボッサン。
「捕まえた奴らを締め上げれば、親玉の手掛かりも見つかりますよ。ね~マリちゃん♪」
オードブルの皿を持って来たマリリンに話を振るホヘト。マリリンは皿をテーブルに置いてホヘトの隣に座った。
「そうね。すぐに見つかるわよ」
「軽く言ってくれるぜ」
「ボッサンがタバコを取り出すと、マリリンがライターを出して火を着けた。
ボッサンは鼻をクンクンさせながらマリリンに聞いた。
「マリリン、香水は何つけてるんだ?」
「私?シャネルの19番よ。それが何か?」
「いや、いい匂いだなと思ってな。かみさんの土産に買っていくか」
ボッサンは思い出したようにホヘトに聞いた。
「そう言えばホヘト、ユオが応援要請したのに何ですぐ来なかった?」
ボッサンの発言でユオは思い出した。
「あ~、そうそう。散々待たされたっけ」
ホヘトは頭をかきながら言い出した。
「 え~っとあの時は、パトカーで出動しようと思ったらタイヤがパンクしてて、タイヤ交換しようと思ったらスペアタイヤもなくって...」
ボッサンは続けてホヘトに聞いた。
「ヒゲの男が乗り捨ててったキャデラックから何か分かったか?」
「あのキャデラックは盗難車でした。車内にも手掛かりはなくて‥‥」
ユオがビールを一口飲んでボッサンに言った。
「そもそもさ~、最後にボッサンがヒゲの男を仕留めてれば丸く収まったのに~」
ボッサンが言い返す。
「何言ってんだよ!ちゃんと弾は当てたんだぜ!
ま~、狙った場所じゃなかったけどな」
「どこ狙ったのさ」
「足を狙ったんだが、何故か肩に当たった」
「あれまあ」
ユオはアメリカ人のように両手を広げてリアクションした。
「おめ~な!息を切らした状態で、走ってる貨物列車の間から狙ってみ?当たっただけでも良しとしないと!」
ローサンが身を乗り出して会話に参加してきた。
「ボッサン凄いと思う。それって当てただけでも神ワザ。おれだったら100発撃っても1ミリも当たらないよ」
ポン子がボッサンの脇に来て、片ひざついてビール
を注いだ。
「良くガンバったと思うわ~♪そのガンバリはきっと報われるはずよ」
ボッサンは注がれたビールを一口飲んでポン子に言った。
「う~ん有難いが、その無精ひげとすね毛を何とかしてくれ」
ボッサンの話を聞いてラッ子がポン子の側に来た。
「え、ポン子さんすね毛剃ってないんスか?それヤバいわよ。
私なんかほら!ツルツルよ♪」
ポン子に足を見せるラッ子。
ラッ子の足は綺麗にすね毛が剃られていた。
ポン子はラッ子に言った。
「あんたラッ子のくせに毛を剃ってんじゃないわよ!水に浮かなくなっちゃうわよ!
すね毛剃ってる暇あったら、その四角いメガネ何とかしなさいよ!コンタクトにするとかさ~!」
「これは外せないのよ悪いけど。気に入ってるんで」
「は~ん、そ~ですか。じゃ好きにしなさいよ!人がせっかく忠告してあげてるのに!」
「そうさせてもらいますわ」
言い合っている2人にマリリンが割って入った。
「まあまあ2人共、その辺で終わりにしましょ。でもケンカする程仲がいいって言うからほっといていいのかしら?」
「悪かったね変な2人連れて来ちゃって。マリちゃんも気苦労が絶えないね」
ホヘトが気を使ってマリリンの肩を揉みながら言った。
「い、いいのよ~そんな事。かえって楽しくやってるわよ」
「1つ分からない事があるんだ」
ボッサンが突然真面目な顔で言い出した。だからといって普段不真面目な顔だという事ではない。
ユオが聞き返す。
「なにが?」
「俺とユオでヒゲの男に銃を向けてた時、誰がスモークグレネードを投げ込んだのかだ」
「あれは~、あのゴツい男2人のどっちかじゃないの?」
「俺も最初はそう思った。だけど、ヒゲの男の後ろから転がってきたって事は、シャッターの外から投げ込まれたって事だ!」
「そうか~、まだヒゲの男の仲間がいたって事ね」
腕を組んで考えるユオ。
「ま~ま~、仕事の事は明日考えましょ。今日の所はとりあえず飲みましょうよ!ね~マリちゃん。あれ?マリちゃん?
どうしたの?汗かいて」
ホヘトはマリリンの顔を覗き込んだ。
「何だか暑いわ~。ちょっと飲み過ぎたかしら」
2人を見ていたフェイフェイが羨ましそうに言った。
「マリリンさんは愛しのケンちゃんが側にいるだけで熱が上がっちゃうんでしょ~」
「いや~ん♪そんな事言われたら益々熱が上がっちゃうわん♪
あら、ビールが無いわね。ちょっと持って来るわね」
マリリンが奥に入っていく後ろ姿を、ボッサンは目で追いながら呟いた。
「ヒゲの男はきっとこのリトルトーキョーにまだいるはずだ!
絶対に捕まえてやるぞ!ヒゲ野郎!」
ボッサンの脳裏には、踏切の向こう側で、投げキッスをしながら走っていくヒゲの男の後ろ姿が焼き付いていた。
その後ろ姿をかき消すように、ボッサンはグラスを一気に空にした。