ちくわだから。
「どうして、僕の身体には穴が空いてるんだろう……」
ちくわは、鏡を見つめながらため息をついた。
幼い頃、両親に聞いたことがある。
でも、呆れたような諦めたような顔をするばかり。
今の僕と同じように、ため息をつきながら返事をされた。
――だって、ちくわなんだから当たり前でしょ?
「他の練り物は、穴なんてないのに……」
「ちくわー!? 起きてるのー? 笹かまくん来たわよー?」
「今行く!」
階段下で声を上げる母さんに返事をする。
雑に鞄を拾い上げると、焼き目を少し整え部屋を出た。
「はよー、ちくわ」
「おはよう、笹かまくん」
「何朝からシケた面してんだよ」
「うん、ちょっとね……」
笹かまくんは、僕の数少ない友達の1練り。
コミュ力が高くて、察しがいい。
よくお土産なんかに選ばれている人気者だ。
そんな彼が、なぜ僕なんかと仲良くしてくれているのか、昔から不思議でたまらない。
ただ、理由を聞いてしまったら惨めになりそうで、聞いたことはないんだけれど。
「悩み事かー?」
「まぁ、そんなところかな」
無理に笑って返事をすると、笹かまくんが唇を尖らせた。
「幼馴染で大親友の俺にも言えないのかよ」
……キミだから言えないんだよ。
そんな、ちょっと苦しい思いを飲み込む。
だって、笹かまくんは本当にいい奴なんだ。
人気をひけらかしたりもせず、誰とでも仲良くなれる。
僕自身が、この空いた穴のように空虚なだけで——。
「まあいいや! 無理に聞いてもしゃーないしな!」
そう笑うと、彼は話題を変えた。
こういうところが人気の理由だろう。
少し複雑に思いながらも、僕は隣を歩いた。
「おはよ、2練りとも」
「はよー、お前いつも早いな」
「そっちがギリギリなんだろう?」
教室に入ると、いつメンの1練りであるはんぺんくんが僕たちに声をかけてきた。
人当たりがよく、それでいて吸収もいい。
そんな彼は、いろんな場面で引っ張りだこだ。
……いいなぁ、はんぺんくんは。
色白だし、口当たりがなめらかで、出汁も染みやすい。
もちろん、穴なんか空いてないし。
「どうした? ちくわ」
「ううん。なんでもないよ、はんぺんくん……うわっ!!」
ふいに背に重みを感じた。
振り向くと、かまぼこくんがツヤツヤと笑っている。
「うっす! なんの話ー?」
「はよー、かまぼこ」
「おはよ、なんかちくわが元気なくてさ」
「はぁ!? なんだ!? 悩み事か!?」
ぶんぶんと、かまぼこくんに身体を揺さぶられた。
彼の圧倒的な弾力に、ちくわの僕は大きく揺れる。
彼もいつメンの1練りだ。
紅白の粋な見た目は、祝い事に招かれることも多い。
そのためか、普段からテンションがちょっと高めだ。
一方、穴が空き、地味で庶民派の僕はだいたいローテンション……。
「ちくわ! どうしちまったんだよ!!」
「お前が揺さぶるからだろ!!
ちくわは俺らに比べて身体が弱いんだから、加減しろよ!!」
「俺もさすがにその力で揺さぶられたら、ちぎれる自信しかないわ……」
笹かまくんがかまぼこくんを叱り、はんぺんくんが自らの身体をさする。
僕の友達はとても優しくて、とても賑やかで、とてもいい練り物たちだ。
「——ですので、姿形は違えどみなさんは我が校の練り物です。
夏休みに入っても、その誇りを忘れずに生活してください」
全校集会。
毎年同じように、校長先生が挨拶をする。
「……姿形は違えど、ねぇ」
それが1番問題なんだけどなぁ……。
ちらっと辺りを見渡す。
僕と同じちくわである子は、やはり同じように穴が空いていた。
「……気にならないのかな」
「なにがー?」
「わあっ!!」
突然耳元で声をかけられ、僕は飛び退く。
「悪い悪い! そんな驚くと思わなくてさー!」
かまぼこくんがニシシと笑っている。
どうやら全校集会は終わっていたようで、生徒たちはぞろぞろと移動し始めていた。
「そんでー? 何が気にならないのかって?」
「あ……、えっと……」
変だと思われないだろうか。
ちくわなのに、穴を気にしてるなんて。
だけど、誰かに聞いてほしいとも思っていた。
気にすんなよ! って、励ましてほしかったのかもしれない。
不安と緊張で、穴が塞がるほどに身が締まる。
「……僕、穴が空いてるでしょ?
他の練り物には、なくていいなぁって……」
僕の言葉に、かまぼこくんが目を皿のように丸くする。
やっぱり……、僕がおかしいんだ……。
口にしてしまったことを後悔した。
父さんや母さんが言うように、穴が空いてるのが当たり前。
僕のように、疑問に思うのがおかしいんだ。
だけど、かまぼこくんは僕の肩を抱くと楽しそうに笑った。
「そういやお前、穴空いてるな! 気にしたことなかったぜ!」
「え……?」
「もしかして、そんなこと気にして元気なかったのか?」
「笹かま……。相手が気にしていることを、そんななんて言うなよ……」
いつの間にか、笹かまくんもはんぺんくんも集まっていた。
誰かに聞いてほしかっただけなのに、僕の悩みはいつメン全員に伝わってしまったようだ。
「あ……、えっと……、その……」
どう誤魔化したら、笑いに変えられるだろうか。
必死で考えるが、こういうときに限って頭は全く働かない。
それどころか、頭はどんどん白くなっていくばかり。
まるで空っぽな僕を嘲笑うかのようだ。
「そんなん言ったらさ、俺はお前が羨ましいけどなー」
笹かまくんが、頭の後ろで手を組む。
「俺なんか、土産で選ばれはするけどさ、冷蔵庫に常駐とかないぜ?
あ、たまに食うの忘れられて、もう期限切れたとかはあるけどな!」
笹かまくんの言葉に、はんぺんくんも頷く。
「そうだね。俺も煮物やらおでんに呼ばれることはあるけれど、天ぷらには呼ばれないし。
そもそも生食できることを、知られていない場合もあるくらいだから」
自嘲気味に笑う彼の言葉に、かまぼこくんも乗っかる。
「そうそう!! 俺なんかさー、ほぼ出番ないぜ!?
うどんとか、そばとか? 稀に呼ばれるけどさ!!
祝い事も呼ばれるけど、ちょっとよ? ほんの数切れ!!」
かまぼこくんの悲痛な叫びに、他の2人が首を縦に振る。
「要するに、ちくわにはちくわのいいとこがあんじゃん!
冷蔵庫常備!! 天ぷら、サラダ、煮物、おでん、つまみ、そのまま食える!!」
「おい、かまぼこ! そのまま食えるって雑かよ!
それに、俺たち全員そのまま食えるじゃねーか!」
かまぼこくんと笹かまくんがぎゃいぎゃい騒いでいる。
それを見ていた僕の隣に、はんぺんくんが並んだ。
「チーズ包んだり、きゅうり包んだり、俺はちくわの穴が羨ましいよ。
俺たちもチーズ入りとかはあるけれど、消費者が手軽にアレンジできるのがちくわの良さだと思うな」
穴が僕の良さ……?
そんな風に、考えたことなかった。
僕の穴は、僕の欠けている部分だと思っていた。
それどころか、僕も父さんや母さんと同じだった。
笹かまくんは、お土産で人気者だから。
はんぺんくんは、吸収がいいから。
かまぼこくんは、紅白で華やかだから。
これも、僕が勝手にそういう物と思っていただけだ。
見えているところにばかり目がいって、みんなのことを勝手に羨ましがって……。
僕が穴で悩んでいるように、みんなにも悩んでいることがあるんだ。
みんなの良いところが個性であるように、僕の穴も個性なのかもしれない。
気に入らなくても、好きになれなくても、きっと僕にしかないものなんだ——。
「……そっか、ありがとう」
静かな僕の言葉に、3練りが嬉しそうに笑う。
「よし! じゃあ明日から夏休みだし、予定立てようぜ!!」
「あ、俺お盆はパス。その時期は贈答品で忙しいんだよ……」
「なら、笹かまが忙しくなる前に予定を立てようか」
「「さすが、はんぺん!!」」
ハモるかまぼこくんと笹かまくんの言葉に、僕は思わず吹き出す。
「ほら、ちくわの予定も教えろよ!!」
かまぼこくんの言葉に、2練りが僕を見つめる。
僕は大きく息を吸うと、3練りに向かって笑顔で答えた。
「僕、冷蔵庫の常備品だからいつでもいいよ!」
おやまはちくわ食べたの1年前くらいです。
こんなに練り物のことを書いていますが、あまり好んでは食べません。
なぜでしょうね。わかりません。




