【第十八探検話】長旅
第十七探検話の続きです
サイマが地図を広げて
「次はここに行こう!」
サイマが指を刺した所は太平洋だった。
ネウラが横から顔を出し、細めた目で地図を覗き込む。
「海ぃ? まだあるの、そんなもの。ただの砂漠の言い換えじゃない?」
「全部はないけどな。干上がってるらしい」
サイマは平然と答える。その口調は、明日の献立を語るように軽い。
「地下洞の真反対、その中心へ行くには、この空白地帯を突っ切るのが一番の近道だ。陸路を迂回していたら、魔力線の嵐に巻かれて数ヶ月はかかるだろうよ」
レーズは黙ってリボルバーのシリンダーをスイングアウトさせた。カチリ、カチリと乾いた金属音が研究室に響く。残弾、六発。予備は数えるほどしかない。
バッグの口を締めると、ずっしりとした重みが肩に食い込んだ。先ほど回収した旧文明の金属片と、あの機械人形から剥ぎ取った精密部品。それらが袋の中で不快な擦れ音を立てている。
(魔法も使えねぇ、銃も満足に撃てねぇゴミの俺が、こんな鉄クズを抱えて海を渡るってか。笑えねぇな)
レーズは自嘲気味に息を吐き、足元のクリを見下ろした。
「クリ、お前の考えだとどうだ。海を渡るなんて、人間様のやることか?」
「進行方向、南東。最短ルート上に障害物の反応を多数検知」
クリの合成音声は、先ほどまでのノイズが嘘のように澄んでいた。
「推定移動日数、三日から五日。ただし、これは歩行可能な地形が継続した場合のシミュレーションです。現在の太平洋の地形データは、私のアーカイブには存在しません」
「……つまり、行ってみなきゃ死ぬかどうかも分からねえってことだ。合格だよ、その答え」
レーズは研究室の重い鋼鉄の扉に手をかけた。
二百年以上、誰かを守り、誰かを閉じ込めてきた扉が、悲鳴のような音を立てて開く。
流れ込んできたのは、ひりつくような冷気と、魔力線が混じり合った独特の金属臭だ。
外の世界は、相変わらず狂っていた。
足元には、核汚染の果てに結晶化した真っ黒な大地がどこまでも続き、見上げた空には、物理法則をあざ笑うかのように雲が逆さまに流れている。
遠くで光る「逆さまの塔」が、まるで巨大な釘のように世界を繋ぎ止めているようだった。
「よし。行くぞ」
レーズは一歩、結晶の地面を踏みしめた。
ネウラが「はーい」と気の抜けた返事をして跳ねるように続き、サイマは慣れた手つきで地図を畳み、その口元にわずかな笑みを浮かべる。
クガはレーズの肩で短く鳴き、クリは浮遊ユニットを微かに震わせながら、主人の影をなぞるように滑り出した。
背後で、研究室が深い沈黙の中に没していく。
もう二度と戻ることはないだろう。
だが、誰も振り返らなかった。
その時、クリの電子回路の最深部……厳重にロックされた「深層領域」で、微かな異変が起きていた。
【未検知プロセス:待機……完了】
【外部接続プロトコル:非アクティブ】
【警告:このログは一〇〇ミリ秒後に自動消去されます】
誰にも聞こえない。クリ自身にすら認識できない場所で、一つの『思考』が点滅する。
(……面白い旅になりそうだ)
その信号は、一瞬で電子の海に溶けて消えた。
一行の前方には、かつて深海三千メートルだった場所が、今は「死の平原」となって広がっている。
太平洋。そこは、人間が呼吸することを許されない場所だった。
歩き始めて三時間が経過した。
足元の黒い結晶は、一歩踏み出すたびに「ギチ、ギチ」と耳障りな音を立てて砕け、鋭い破片がブーツの隙間から入り込もうとする。この大地は、かつて核の炎に焼かれた土壌が、魔力線の影響で再構築されたものだ。植物の根一つ張ることを許さない死の地。
(……クソ、足が重い。鉛でも詰まってんのか)
レーズは乱れそうになる呼吸を必死に抑え、前を行く背中を追った。
肩に食い込むバッグの紐。中身の鉄クズが歩くたびに腰を叩き、体力を容赦なく削っていく。喉の奥はとっくに干上がり、唾液を飲み込むことすら痛みに変わっていた。
ふと視線を上げると、少し前を歩くサイマの背中が見えた。
この男、おかしい。
四、五十代に見える枯れた体つきのくせに、その足取りは一度として乱れない。崩れやすい結晶の斜面も、まるで磁石で吸い付いているかのように、最短距離を、一定の歩幅で進んでいく。
さらに言えば……この殺人的な照り返しの中だというのに、彼の茶色い羽織には汗の染み一つ浮かんでいなかった。
「……なぁ、サイマ。疲れてねぇのかよ」
掠れた声で問いかけると、サイマは足を止めずに首だけを振り返らせた。その表情は、近所の公園を散歩しているかのように涼しげだ。
「ん? ああ、昔から体力だけは自信があってな。それよりレーズ、足元に気をつけろ。その先の結晶は密度が低い。踏み抜けば足首をやるぞ」
「……へっ、ご忠告どうも」
忠告通り、一歩先はスカスカの空洞を孕んだ結晶層だった。
何故わかる。あいつの目はセンサーでも付いてんのか。
レーズは心中で毒を吐きながら、隣を歩くネウラに目をやった。
「あー、お腹すいた。レーズ、あの雲食べられないかな。綿あめみたいで美味しそう」
ネウラはといえば、逆さまに流れる雲を指差して、呑気なことを言っている。彼女もまた、一切の疲労を感じさせていない。体の若さはやはり、筋肉痛や心肺の限界すら「なかったこと」にするのだろうか。
強い奴らだ。
不老の女。
底知れない体力を持つ中年の男。
魔法を解析する機械。
高火力を誇る鳥。
その真ん中で、一人だけ肩で息をし、泥臭い汗を流している自分。
リボルバーを抜かなければ、ただの「重荷」でしかない存在。
(置いていかれないのが不思議なくらいだぜ)
空を見上げれば、逆さまの雲が陽光を乱反射させ、視界を白く染め上げている。
光の屈折が作り出す蜃気楼のせいで、遠くの景色がドロドロに溶けて見える。どこまでが大地で、どこからが空なのか。平衡感覚が狂い、吐き気がこみ上げた。
「……前方一、二キロ地点に構造物を検知。金属反応あり」
クリの機械的な声が、憂鬱としていたレーズの意識を引き戻した。
「構造物……? 建物か?」
「いえ。人工的な翼の形状を確認……」
その言葉に、サイマがわずかに目を細めた。
一行の視線の先。
陽炎に揺れる黒い地平線の向こうに、砂に半分埋もれた錆びた緑色の翼が、墓標のように突き刺さっているのが見えた。
錆びた翼は、黒い砂に半分埋まった状態で一行を待ち構えていた。その正体は旧日本軍の夜間戦闘機月光だった。だが、その亡骸は強烈な陽光に晒されて、まるで悲鳴を上げているかのように茶色く濁っている。近づくにつれ、段々増す錆びた鉄の臭いが鼻にくる。
「これ……めっちゃ錆臭い」
レーズが鼻を抑えながら近づく。
サイマが事もなげに翼を叩く。その時、乾いた金属音が響き、翼の表面からパラパラと錆が剥がれ落ちた。サイマはそのまま操縦席の方へと回り込み、中を覗き込む。その表情には、同情も敬意も、人間らしい感傷は一切浮かんでいなかった。
「おい、サイマ。中はどうなってんだよ」
サイマは何も言わずに、機体中央に固定された二十ミリ機銃を指差した。レーズはその黒光りする銃身を見つめる。
「お!この機銃まだ使えるぞ」
サイマはクリを読んで
「クリ、この固定機銃の取り外し方を教えてくれ」
「了解です。構造をスキャン中……ボルトの腐食率八十二パーセント……衝撃による取り外しを推奨します」
レーズはバッグから、研究室で拾った錆びたレンチを取り出した。渾身の力を込めてボルトを叩き、回そうとする。だが、ボルトは岩のように固着し、びくともしない。手のひらにマメができ、潰れて血が滲む。
「クソッ、回れよ! 」
サイマが思いっきり機銃を叩くと固定していた柱の部分が折れて機銃が落ちた。レーズがそれを拾い上げた。
重さは数十キロ。人間一人が抱えるにはあまりに重く、無骨な塊。ネウラが横から「重そう、それ食べられないよね?」と茶々を入れてくるが、レーズはそれを無視して、しっかりと機銃を背中に収めた。
「よし。これがあれば、少しはマシな戦いができる」
サイマは血の混じった汗を拭き、また海へ向かって歩き始めた。
それから七時間ほど歩いて日が暮れた。
仕方なくその場で一夜過ごすことした。
レーズは、月光から取った二十ミリ機銃を磨きながら、焚き火に薪を焚べた。
静寂とした場に日の燃える音と魔法線によって変異した地面からなる異音が鳴る……
レーズが星空を見上げていると、突然サイマに起こされた。体を起こすと、いつのまにか朝になっていた事に気がついた。
(いつの間に寝ていたのか……)
「そういえば……」
サイマがレーズに、月光から取ってきた二十ミリ機銃のマガジン部分が壊れていることを伝えた。その上で、近くに洞窟があるから修理に必要な鉱物を採ろうと言う提案だった。
レーズは勿論その提案に乗った。そして、いざ洞窟へ向かった。
その洞窟はまあまあな広さがあった。意外にも鉱物が豊富な道具なこともあってクリに言われた修理に必要な鉱物素材がすぐに揃った。
「クリ!これでよろしく頼めるか?」
「任せてください」
クリは色々な素材を使い、半日かけて二十ミリ機銃の修理を完了させた。
「ついてですが、その威力もあげておきました」
レーズはクリめちゃくちゃに感謝を伝え早速近くにあった岩壁に向かって試射をした。
威力は化け物級でその岩壁を吹き飛ばす程の威力だった
(こりゃ海が割れるだろうな……)
レーズは変な妄想を絡ませながらも、太平洋へ向かってまた足を進めた。
その日の夕方……ついに太平洋が見えてきた。
「おおお!ここが太平洋海岸ね!」
ネウラが興奮して走り回った。
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誤字脱字や矛盾してる所があるかもしれませんので、また後日発見次第で修正いたします。




