保名先生
その日の夜。俺は椅子に座り、本を読んでいた。
俺には、昔の記憶が無い。だから昔の縁起を学ぶしか無い。
その一方で、引き取られた保名先生から、教えられた陰陽の術は、一度だけで、書物も見ずに唱えたり、使えた。そして、俺しか使えない術すら脳裏に浮かんだ。
「俺は天才かもしれない……いや、天才だったんだな」
夜も更けたが、太陰は帰って来なかった。
「遅いな。何かあったのかな?」
俺が心配げに尋ねると、白菊が現れた。
彼女は、俺をベッドに寝かしつけてきた。
真っ白な綺麗な敷布には、太陰がくしゃくしゃにした跡は残っていなかった。
「わかったよ、寝るよ」
白菊は、うんと頷くと、俺の隣に潜り込んできた。
言っておくが、彼女たちに何も感じない。本当だ。人では無いのだ。
「学校のお時間です、清明様」
白鈴の声で目を覚ます。木曜日の朝だ。
「うるさい、白鈴」
添い寝していたのは、いつの間にか、太陰に変わっていた。
「太陰何処言ってたんだ?」
「主、仕事に決まってるだろう。鉄輪を探しに徘徊していたのよ!」
「それで、見つかったのか?」
「ううん、だけど主にしてもらうことが出来た。こら、そんな嫌そうな顔をするな」
喧嘩とか、戦いとか、そう言うのなら、誰を代わりに呼び出そう。
だが、彼女に頼まれたことは、意外なことだった。いや、俺の苦手な面倒なこと。
「あの頃の娘の気持ちは、繊細なんじゃ」
「でもなぁ、鬼だろ? もっと図太くて」
「主は馬鹿か! 情が深いからこそ、鬼にもなる。それを昔の主は知っていたから、優しく奴らに接していたのだ」
「俺も優しいからやりますよ。やればいいんでしょ」
俺は、自慢ではないが不器用だ。
放課後になり、再び、保名先生に会いに行った。
紅葉いるのかな? と職員室に向かう途中の彼女の教室を覗いたら、既に誰も居なくがらんとしていた。
「部活にでも行ったのかな?」
この学園では、課外活動に入らないといけないから。
職員室の扉の前に、この前、教室で紅葉と話していた大女がいた。中の様子を盗み見している。
「何をしてるの?」
「しっ!」
彼女は、俺の腕を掴み睨んだ。
その力の強さ、三学年下の女の子に負けてしまう俺。
「わかったよ」
平和主義者の俺は、去ろうとしたら職員室から、紅葉と保名先生の声が聞こえてきた。俺も、盗み見をした。
「退学はできないと言うことですか?」
「ああ、ご両親の元を訪ねたが、もう住んでいなかった。引越しされててね。それと……紅葉さんの親権も国に」
「私が鬼になるからですか? でも、鉄輪も盗まれて鬼になれない私は……何者でもない……」
紅葉の頬を、止めどなく涙が伝う。肩を震わせ、しゃくり上げながら彼女は職員室の扉を開け、駆け出していった。
「待って、紅葉! お願い!」
職員室を覗き込んでいた女の子が、慌ててその後を追う。
呆然と立ち尽くしていた俺は、ようやく我に返り、職員室へと足を踏み入れて保名先生のもとへ向かった。
「清明か。話をしよう」
「お願いします」
彼は職員室の隣にある談話室に入ると、俺を座らせた。
「何が知りたい?」
「無知すぎて、わからないことだらけです」
「そうだろうな。時間がなくて、先に教えて無かったな」
違う。彼は昔からそうだ。求めなければ、与えない。
保名先生は、話を始めた。
紅葉の両親は、既に死んでいる。だから今の両親は、育ての親だ。彼女も知っている。だが、大切に育てられたらしい。
「国から支援金が出るからな。そして、学園に入ると多額の報酬金が支給される」
「もう、育てる必要は無いと?」
「そうだ。彼らは怖いんだよ。例え、生みの親でもそう感じるものは多い」
「鉄輪が無くなって、鬼になれなくても?」
「紅葉の本性は変わらない。それに鉄輪は……」
「ああ、太陰から聞いた。これから鍛治仕事だ」
保名先生は、大笑いをした。
「鬼に優しい晴明様の御魂だな」
「違う。俺の意志だ。忙しいから失礼します」
俺は、席を立った。何故か腹を立てていた。
わかってる。保名先生は、きっと説得に出かけてくれたのだろう。週末楽しげに、この学園から出かけていく多くの生徒。
俺は図書室に顔を出すと、稗田さんが待ち構えていた。
「ものづくり部へ案内するね。太陰様から聞いてるの」
「わかった」
太陰は言わなかったが、彼女は昨夜、鉄輪の捨てられそうな場所を、一晩がかりで捜索してくれたらしい。
「遊んでばかりだと思っていた。俺も一緒に……」
「清明くん。貴方が、夜に他人の領域に入ると揉めるでしょ。こっちよ!」
ものづくり部。俺の想像は、打ち砕かれた。校舎から離れた小高い丘に、鍛治屋敷があった。入り口の表札には、「鍛治部」
「お邪魔します、稗田です」
「お待ち下さい」
古い立派な日本家屋の土間で待っていると、一人の少女が現れた。
少女は、額に手ぬぐいをきつく巻き後ろ一つに結んだ黒髪を布の中に収めている。生成りの麻の単布に革の前掛け、袖を短く折り紐で留めて動きやすそうな格好だ。
俺たちは簡単な挨拶を済ませた。現れた少女は、稗田さんの同じクラスらしい。
「金山ちゃん、天津部長はいますか?」
「もち、いつも居るわ。話は伝えてるわよ」
「まさか、部長自らご指導を?」
「もちろんよ、稗田様のご依頼ですから」
鍛冶場に連れて行かれる。
灼けた空気が肌を刺し、炉の中では炎が唸っていた。
筋骨隆々の男たちが、忙しげに作業をしている。
指導者である部長の天津が静かに立ち、隻眼の瞳で清明たちを見つめた。
「部長、よろしくお願いしますね」
「ああ、任せておけ。満足のいく品を作らせてみせる」
いや、ただの鉄輪の代わりになるものなんですが。天目一箇神の生まれ変わりに指導されるほどでは……
稗田さんは、女鬼寮に行く準備があるとかで、挨拶だけを済ませると帰っていった。
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