アメノウズメ
俺は、保名先生に会いに、中等部の職員室を尋ねた。
「ああ、出張に行ってるよ。明日には戻るはずだよ」
仕方ない。出直そうと考えて廊下を歩いていて、紅葉を見かけた。彼女の教室の隅、大柄なとても同級生には見えない女友達と話しこんでいた。
「もう鬼になれないんだから、私がここにいる資格も理由もないのよ! きっと追い出されるわ!」
紅葉の大きな声が、俺の耳にまで聞こえてきた。
「そんなことは……」
友人は、答えられず黙り込んだ。
「でもそれでもいいの。父さん、母さんが待っているから」
俺は、足早に図書室に向かうと、稗田さんが受付に座っていた。
「遅かったですね」
「ちょっと、用事があってね」
「さっきまで、清明さんと同じクラスの子たちが来てましたよ」
だろうな。俺の勘に狂いは無かった。
彼女たちのことだ、放課後に『清明くん、いますか?』とか言って話しかけたに違いない。
「良い子たちですよね。みんな個性的で。お友達になりました」
彼女の座っている受付の机の上には、色々なものが置かれていた。
皮の手鏡、ネックレス、イヤリング――手作りらしい小物たち。
淡い光を反射して、まるで小さな供物のように並んでいる。
俺の視線に気づいたのか、稗田さんが微笑んだ。
「ああ、これですか。お近づきの印にって。プレゼント、もらいました」
おいおい。お近づいてる俺は、何ももらったことがないぞ。
不公平だな。俺の方がお近いのに。
中高一貫校のこの学園で、俺のクラスの女子たちは委員長の辛島女史を除いて、高校から入学してきた。
そして三ヶ月。ようやく学校に慣れて、憧れの稗田さんと話をすることができた――そんなところだろう。
稗田さんは少し考え込むようにしてから、受付のプレートをひっくり返した。
「離席中」
そして小さく笑う。
「さあ、行きましょう」
もらったプレゼントを両手に抱えて。
休憩室に行くと、既に先客がいた。太陰だ。
「こんなところで何してるんだ⁉︎」
「はぁ、調査をしてるのよ!」
寝転がって漫画を読みながら菓子を食べているその姿には、調査のかけらも無かった。
要するに、いつも通りだ。
「私がここに居てって頼んだの」稗田さんが言う。
「そう、稗田様に言われたから」太陰は姿勢を正した。
稗田さんが、プレゼントを休憩室の隅に置いていた彼女のリュックに入れようとした。
「あら、捧げものね。想いが詰まってる」太陰はその中の一つを手にとって眺めた。
俺は思わず尋ねる。
「しかしなんで、こんなに稗田さんはうちのクラスの女子に人気なんだ?」
稗田さんは困ったように――けれど、どこか悟ったよう笑った。
「まったく、当代の我が主は不勉強で、恥ずかしい!」
太陰が俺の頭を軽く叩いた。
え? そんなことあるの?
「我が主が失礼をしました。で、主。稗田さんが何者か知ってる?」
「ああ、進学クラスの」
「そう、“神のクラス”。稗田様は天鈿女命の現人神。お前のクラスの女子は全員、巫女の転生者。だから崇敬しているの」
そうか。俺のクラスは、陰陽師と巫女のクラスだ。
「じゃあ、俺は稗田さんと仲が良いから、女子たちに虐めを受けることが無いな」
「……どうしてそんな発想になるの?」太陰は深い溜息をついた。
姑息な、負け犬の陰キャの発想がわからんとは。同じ陰キャとは思えん。
待て待て。もしかして、俺だけが仲が良いと思ってるだけか?
確認しようとしたが、彼女は顔を真面目に戻して言った。
「無駄話はそれくらいにしましょう。鉄輪について聞いたことを話すわ」
※
稗田さんは、紅葉とお茶をして聞き出した内容を、僕と太陰に話してくれた。
紅葉は、少し変わった感性の子で、鉄輪は、壁にかけて飾っていたらしい。彼女が鉄輪を持ってきたのは、この前の週末休みに親から渡されたらしい。
「え? 普通封印したり、この学校にある保管所に預けたりすると聞いてるけど」
俺はそう聞いている。
「それが、一般的なんだけど。二つ理由があって、一つは歴史的価値が無い。もう一つは、この学園の生徒には、鉄輪の呪いくらいじゃあまり効果が無いの」
稗田さんは、指を二本上げて折りながら話した。
その言い方に、ほんの少しの含みがあった。
「そうなのか?」
俺は驚きの声をあげた。
「いや、清明みたいに弱いところりと死ぬかもしれんな」
太陰は笑ったが、洒落にならない。俺は弱いことにかけては自信がある。
「じゃあ、狙いは俺のようなか弱い男なのか?」
「……」
稗田さんは、否定しない。その沈黙にぞくりとした。
「調査というか訪問するには、寮長の許可が必要だから会いに行きましょう!」
この学園では、男女だけでなく、所属するクラス別に小さな寮に分かれている。そして、寮ごとに遊びに行くにも、許可が必要だ。
陰陽寮と呼ばれる敷地の中にある、俺の寄宿舎の場合は有名無実になっているが。
「俺も行くの?」
「もちろんです。太陰様にも調査に行ってもらうので」
「じゃあ、太陰本人が行くから……」
女鬼の寮長に会うなんて、俺からしてみれば荷が重い。それも、過去の因縁があるらしい茨木先輩だ。俺は逃げ出そうとしたが、階段の上り口を太陰が塞いだ。
「違う、違う。トイレに行きたくなって」
「主! いいから! 行くよ!」
太陰に腕を組まれて、稗田さんに手を取られている。
これ同じクラスの女子に見られれば、虐めではなく嫉妬で殺されるだろう。
「茨木先輩なら、この時間は部活のはずよ。薙刀部だったと思うけど」
運動部の部室の入っているクラブハウスに向かう。日本の古武道の部活なんて特に、やばい人がうじゃうじゃしてるやん。
部室の前にかかっているネームプレートを読むだけで死ねる。
「無礼があったら、首が飛ぶ」
俺の顔が青ざめる。
稗田さんは、生徒に好かれており、すれ違うたびに挨拶をされている。
俺は、もちろん、目を合わさないように下を向いて歩く。
「あ、茨木先輩!」
「稗田さん。それと太陰様と出来損ないの君。どうしたぁ?」
「実は……」
俺が、なかなか話を切り出さないので、代わりに彼女が全て説明してくれた。
「わかった。その件かぁ。明日の夜、お二人を招待するよ。私も困っててね」
結局、俺はクラブハウスと図書室の往復しただけだったが、大汗をかいていた。
たぶん今日いちばん働いたのは、心臓だ。
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