太陰
俺は寄宿舎の部屋に戻ると、引き出しから人型の紙を取り出した。
「これ、バレたら怒られるんだよな」
鉄輪の捜索に、式神を使うつもりだった。
「お待ちください、清明様」
鈴の音が鳴り、白小袖に浅葱の袴を着たおかっぱ頭の童子が現れる。白鈴だ。
「どうした、白鈴」
「清明様は輪廻の中でご記憶を失っておられますが、紅葉様にはお会いになっています」
「そうなのか?」
白鈴の話によると、俺は紅葉に術を教えたことがあるらしい。
「じゃあ、仲が良かったのか?」
「そう思います。ですが、紅葉様は嫉妬に狂われて鬼と化しました」
「え、俺そんなにモテるのか」
「すみません。お相手は主様ではございません」
「……そうかよ」
鬼の一族。
この学校でも一大勢力を築いている。油断はできないし、揉めたら大変だ。
「ですので、慎重にご対応を!」
「そういうことなら、奴らを呼ぶしかないな」
俺は人型の紙を引き出しに戻し、壁に掛けてあったリュックを手に取った。靴を履く。
白鈴が小さくため息をつく。
「はぁ……お姉様、どうしましょう」
その声に応えるように、空気がゆらりと揺れ、もう一人、童女が姿を現した。
白袴に薄紅の小袖。切れ長の瞳を持つ、白鈴より少し年上の少女――白菊だ。
彼女は何も言わず、ただじっと俺を見つめている。無口な性分らしい。
「白菊、安心しろ。呼び出すのは太陰だ」
その名を聞いた瞬間、白菊の肩がびくりと震えた。だが、何も言わずに小さく頷く。
俺は部屋を出て、夜の寮を抜け、裏手の山へと向かった。そこには古い社がある。
普段の運動不足がたたって、すぐに息が上がる。白鈴たちは少し後ろを歩き、黙ってついてくる。護衛のつもりだろう。
「わざわざ登らなくても……」
白鈴が辺りを見回しながら言った。
「いや、他の森は別の奴らの領域だ。夜に入れば、命がいくつあっても足りない」
暗黙のルールを知らなかった頃、俺は一度殺されかけたことがある。実は何度も死にかけてる。
「そうでしたね。失礼しました」
白菊が無言で白鈴の手にしていた紙扇を取り上げ、こんっと叩く。
「痛いよ、お姉ちゃん」
素が出た白鈴の声に、思わず笑みがこぼれた。
途中から登山道を外れ、細い獣道に入る。
「ついてこい」白鈴が身振りで合図する。
わかってるっての、と心の中で返しつつ、黙って従う。
やがて、白菊も俺のランタンを奪って灯し、前を歩き始めた。
前に小さな崖から転げ落ちたことがあって、彼女たちはそれ以来、やたらと過保護だ。
しばらく歩くと、木々が途切れ、開けた野原に出た。
中央には焼け焦げた護摩壇の跡。
俺は息を吐き、隅の小屋に腰を下ろした。小屋は鍵が掛かっていて中には入れない。
「疲れたな……」
白菊が水筒を差し出す。
「ありがとう。うまいな!」
近くの小川の水だろう。冷たくて、喉が潤う。
礼を言うと、白菊は照れたように微笑んだ。
「さて――呼び出すか」
俺はリュックから必要なものを取り出し、地に並べた。
香が焚かれ、夜気にゆらゆらと煙が漂う。
符を地に並べ、印を結ぶ。指先に淡い光が走り、低く呪を唱えた。
「日・月・火・水・木・金・土――七曜の理、太陰の座に帰す。太陰よ、我が声に応えよ」
その瞬間、風が止む。
雲の切れ間から月が顔を出し、銀の光が結界を満たしていく。
光はひとつに集まり、人の形を成した。
――銀の髪を持つ少女が、そこにいた。
月光のように淡く輝く瞳、金色の衣が、風もないのにふわりと揺れる。
「誰? 私を呼び出したのは」
「もう、清明だよ。忘れたのか?」
「あんたじゃあるまいし、忘れないわよ。でも……久しぶりね」
澄んだ声が響く。だがその声には、嫌味と揶揄いが混じっている。
――そんなわけが、あるものか。
「一番呼び出してるのは、太陰だよ!」
彼女も又、無口な方だと思うのだが、俺とは割と話をする。
少女は一瞬、静かに俺を見つめ、それから微笑んだ。
「そうね。あなたの結界、相変わらず綺麗」
太陰は、足元に光の輪を描きながら、ゆっくりと俺の前に歩み出る。その瞬間、月光がさらに強く輝き、夜全体が静かに息をのんだ。
彼女の手が俺の頬に触れる。
白菊が、口を開こうとして、太陰に睨まれ後退りする。
「それで相談なんだけど!」
「ふん、つまんない男ね。誘惑しているのに」
お前の中身が、老婆なのを知ってるからね。とは口が裂けても言えない。彼女は、口が硬いし頭が良い。相談相手にはもってこいだ。
俺は、事件のあらましを話した。
「まあ、紙人形を女性寮に忍び込ませなかっただけ、進歩したわね。前に大変なことになったものね」
「ああ……」危うくそうするところだったけどな。失敗から学ばないことは無いのだ。忘れっぽいだけだ。
「それで、鉄輪はどのように保管していたの? なんで寮に持ってきたの? いつからあるの?」
「……」
俺を軽蔑したように見る太陰は、諦めたように黙り込んだ。
「紅葉に明日聞くよ」
「駄目よ。稗田様に明日教えてもらいなさい。わかったわね!」
「ああ、そうする。早く帰って寝ないとな。明日も早い」
お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。




