鉄輪
「おい、清明、授業は終わったぞ!」
「いつの間にか寝ていた。きっと、睡呪にでもかけられたかな……」
気持ちよく寝ている俺の頭を叩いたのは、加茂だ。
放課後。教室には俺たちだけ。大きな窓からは、下校する生徒たちと部活の声が聞こえてくる。
彼はスポーツマンで、勉強もできる。残念隠キャの俺とは、まるで正反対だ。
「いや、自分で掛けたんだろうな」
呆れ顔の彼。日焼けした顔には、サッカー部の練習の汗と努力の跡が光る。
「それで、わざわざ起こすって何の用だ? まさか部活のお誘いとかじゃないよな?」
俺は急いで立ち上がり、机の上の本と筆記用具を鞄にしまった。加茂に捕まったら最後、逃げるために上履きをきちんと履く。
「それは、あり得んだろう。お前の優秀な運動神経では……」
運動神経もセンスも抜群で、各運動部が争奪戦を繰り広げた男の言葉が胸に刺さる。
「優秀なマネージャーが欲しいのかな、と」
「勘弁してくれ。お前には近寄ってほしくない」
加茂が数ある運動部の誘いの中から、サッカー部を選んだ理由は、女性マネージャーの存在だ。正しくは、一学年上の祥子さん目当て。
穏やかで清楚、優しく、学校でも有名な美人。
「ああ、でも俺は彼女に認知されてるぞ!」
もっとも、認知されているのは、加茂の友人だからだ。
「それは良かったな。部活に遅れるから、つまらん話はお終いだ。で、お前に話をしたいって奴がいる」
「告白か……? 待て待て。相手は誰だ?」
高等部に入ったら、何か良いことがあるのだろうか。そんな淡い期待を抱いた時期もあったが、入学して数か月、日々は静かに流れるだけだった。
「後ろにいるじゃないか?」
まったく気配を感じられない控えめさ。背筋がぞくりとした。
「え?」
「も、も、紅葉です。お久しぶりです、清明さん」
中等部の制服を着た小さな女の子。頬を赤く染めている。真新しく、サイズの大きい制服。新入生、一年だ。
「教室の入り口で入りにくそうにしていたから、連れてきた」
「だろうな。この教室の住人も、ちょっと癖が強いから」
だが、彼女と会った記憶はない。
「じゃ、俺は行くよ」
顔見知りだと分かり、加茂は二人に手を振って去っていった。その気遣いが滲み出る態度。だから、モテるのだろう。
「それで、何か用事かな?」
本当は「どこで会ったっけ?」と聞きたい。だが、それを口にすれば、彼女を傷つける気がする。
「なくしものがあって。先生に聞いたら、高等部に阿部って人がいるから相談してごらん、と言われて」
「その先生って、保名先生かな?」
「そうです。とっても優しい先生ですよね」
いや、それは相手によるんだよ。こうやって厄介ごとを平気で振りかけてくるし。
「はぁ……わかった」
「では、詳しい事情を……」
紅葉が話し始めようとするのを、俺は制した。
「ごめん。今日は図書委員だから、図書室で話を聞かせてくれる?」
「はい!」
彼女は小さく頷き、俺と並んで歩き出す。さっきまでの怯えた雰囲気はどこにも無かった。
「くそっ……」
後にしたはずの教室から、声が聞こえた。
※
京都の北山。広大な敷地の中に、私立の学校が立っている。その学校には、無許可で入ることはもちろん、近づくことも出来ない。私道のトンネルの先にあり、その前に柵があり普段は閉じられている。
学校は、全寮制の寄宿舎で、生徒も教職員も、普段はそこで過ごしている。
「じゃあ、月曜の朝までは、部屋にあったんだね?」
「はい。夕方、自分の部屋に戻ると有りませんでした」
「なるほど」
今日は、火曜日。昨日、紅葉は、友人にも協力してもらって捜索をしたらしい。
この学校から平日、外に出ることは基本無い。それは特別な用事の場合で、届出制だ。それに歩いて出て行くことは禁じられている。
金曜の放課後になると、自宅に一時帰宅する子息の出迎えで蒸気自動車が並ぶ。そして一部の教職員も家に帰る。
「持ち出そうとするなら、月曜には盗まない」
「そう思います」
「もう一度、盗まれたものを教えてくれるかい?」
図書の受付業務をもう一人の委員に任せ、俺たちは奥の扉から地下室へ降りた。
図書委員の部屋として勝手に使っているその地下には、貴重書を収めた書庫があり、俺たちはその前室で話をしていた。
前室にはソファが置かれ、委員たちが私物を持ち込んでいるせいで、今ではすっかり遊び場みたいな雰囲気になっている。
「私も仲間に入れて!」
「終わったの?」
「ええ、今日は短縮営業です」
彼女は、俺と同じ一年。稗田さん。進学クラスのメガネっ子、優等生だ。
「構わないかな? 紅葉?」
「はい、よろしくお願いします」
「お姉さんに任せなさい!」
助かった。紅葉の言ってる盗難されたものがイメージがつかない。それと、女子寮に捜査に入れないからだ。
紅葉が再び説明をする。
「わかったわ。鉄輪ね。それが呪具なのね?」
「その通りです。その呪具は……」
「人を呪い殺すことができる。違うかしら?」
紅葉は答えず、ただ頷いた。
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