序 九尾の狐
「お世話になりました。それでは、又」
俺は、土御門さんという初老の優しげな老人と葛葉と共に、家に帰ることになった。
神社で、白鈴と白菊が見送りをしてくれる。
「お早いお戻りを」
「清明様、待ってます」
二人とも、泣き出しそうな顔だ。
俺は、再び二人の手を取り、霊力を与える。
「ああ、近いうちに必ず来るよ」
そして、二人の頭を撫でてあげる。そうしてやっと、二人は笑顔になった。
家には、土御門さんが運転する、黒鉄自動車に乗った。
後部座席に、俺と葛葉。
「白菊も白鈴も、本当はもっと強いのよ。それと今はあの場からそれほど離れられないけど、そのうち清明について来れるようになるわ」
後部座席に後ろの窓から、手を振る二人の姿を見て何故か俺は後ろ髪が惹かれた。
車は、やがて洛外に出て、桂川にかかる橋を越える。
葛葉から教わることは、俺の知らないことばかりだ。
「生まれ変わりですか?」
「それも清明だけじゃないわ。神も鬼も多くの存在が、人の形をとり現世に現れているわ」
「……そうですか」
「あまり驚かないのね? まだ小学生だから意味がわからないか」
「いいえ。晴明に予知の力があっても、千年後生まれ変わる理由が別にあるような気がするんです」
葛葉は、車の窓から外を眺めていた。道路の両脇に工場が黒煙を吐いている。
「ふふふ、でも人の世は相変わらず面白いわ。楽しみましょう」
※
「ここです」
俺がどんなところに住んでいるのか、生活をしているのかは話をしている。阿部王子神社の近くの一軒家。
葛葉は怪訝な顔を一瞬したが、老人に先に家を訪ねるように指示を出した。
「帰ってきていないようです」
俺は、心を撫で下ろした。
「少し待ちましょうか、土御門、弁当でも買ってきて」
「わかりました」
老人が、車に乗って家から離れた。
「清明君かな? 何度か来たんだけど、やっと会えたね」
どこから現れたのか、警官がいきなり、俺に声を掛けてきた。
「はい。どうしたんですか?」
「君のおばあちゃんが事故で重体なんだ。ちょっと一緒に来てくれるかな?」
俺は激しく動揺したが、葛葉は、うすら笑いを浮かべて言った。
「おじさん、関西弁じゃ無いんだね」
「はぁ、何を変なこと言ってるんだ。警察の仕事を邪魔すると逮捕するぞ!」
俺は、かなりきつい大人の男の重い声にびびっていたが、葛葉は、動じず言い返した。
「面白い。ユーモアはあるんだ!」
警官は、葛葉の言葉を無視する。
「はぁ、そんなことより、清明くん。こっちだ」
俺は、警官に引きずられるように、熊野街道に止まっているパトカーの後ろにある輸送車の中に連れ込まれた。
そこには、十人以上の警官が乗り込んでいた。
「え?」
俺を連れて来た警官が後ろを振り向いて言った。
そこに、葛葉の姿があったからだ。
「どうしてお前がいるんだ?」
「ついて来いって言ったじゃない」
だが、少しも気配を感じられなかった。
「何を連れて来てるんだ!」
俺の手を強く握っている警官が他の警官たちに叱られている。
「何とは、失礼ね」
「そいつをバスから降ろせ!」
指揮官らしい恰幅の良い年配の男が、隣にいる蟷螂のような顔をした男に、耳打ちをされていた。
「待て待て、心配なんだろう。一緒に来るか?」
指揮官が、警官たちの声を制して言った。
「はい。清明くんのおばあちゃん……」
「そうかそうか。じゃあ、ここに座って」
「ううん。清明くんの隣がいい」
彼女は、俺の隣の席に座っていた通路側にいる警官に退くように指差した。
「ああ……」
警官は、しぶしぶ席だが、素直に席を立った。
大型バスの形をした輸送車が、ドアを閉めてゆっくりと動き出した。
俺たちを取り囲むように、大人しく警官が席に着いた。
「すいません、どこに行くんですか? 勝手にいなくなると、おじさんが心配するかも知れないので」
「ああ、さっきの車の人か。おじさんって、何者なんだ?」
よく知らない俺は、葛葉の顔を見たが彼女はやりとりを楽しそうに見ているだけで、何も答えない。
「土御門さん……」
俺は、ぼそっと、葛葉に尋ねたが、警官たちに聞こえてしまったようだ。輸送車は、熊野街道を南に走っている。
「ほお、土御門か……これは大物を引いたかもしれん」
報告を受けた指揮官が、揺れるバスの中を歩いて近づいてきた。
しまった。俺はいらぬことを口にしてしまったのかも。
「問題無いわ」
俺の焦った様子に、顔色一つ変えずに、葛葉が俺の手を握る。彼女の暖かい霊力が俺に流れ込んでいる。
「おい、全員、戦闘準備をしておけ! まだ、覚醒してないはずだが、変な技を使うかもしれん」
警官たちが、銃を手に取った。俺は、やっとこの男たちによって誘拐されたことを確信した。
葛葉の身にも、危害が及ぶかもしれない。まずい。変なことに巻き込んでしまった。
「ははは、安心しろ。お前を守る為だ」
嘘だ。騙されやすい俺でもわかる。彼らの銃が俺たちに向いている。
「それで、祖母はどこですか?」
「もう少し先の病院だ。ところで、制服の女の子、貴様の名前は?」
「他人に名前を聞く時は、自分から名乗るものよ!」
「はあ……そうだな、失礼した」
葛葉に睨まれると、指揮官の態度が急に変わった。
「私は、人族解放軍の誘拐部隊長 中江だ。清明が、化け物だと聞いて捕まえにきた」
「中江、そろそろ車を止めてくれない」
「だれが……まあいいだろう」
何故か、素直に彼女の言葉に従って、車を停めた。
「着いたわ、ここよ。信田森の稲荷よ」
まるで、バスが停留所に着いたと言わんばかりに、葛葉は俺の手を取って降りようとした。
「おい待て! 何を勝手に!」
警官全員の銃口が俺たちを向いた。
俺は貴人を呼び出そうとして、彼女に止められた。
「霊力の無駄遣いよ。貴方の危機じゃないから、出てこないわ!」
「何を喋っている。こいつらを眠らせろ!」
「待って。名を名乗ってなかったわね。葛葉よ。うーん。九尾の狐って言った方がわかるかしら」
その名を聞いた瞬間。警官が一斉に銃を撃った。
ぷすり、ぷすりと、催眠弾が撃たれた。
俺にでは無い。彼女にでも無い。自分に向けてだ。
彼女から僅かな妖術のようなものが出ていたのは気づいていたが……。完全に彼らを支配していた。
「これくらいすぐにできるようになるわ、さあ、降りましょう。運転手さん。警察に行って自主しなさい」
俺たちが、降りた場所。信太葛葉稲荷神社の前だった。
パトカーは異変に気づいて逃げ去り、輸送車は、警察署に向かったようだ。
「気にする問題は無いわ。パトカーが彼らのアジトを教えてくれるし。そんなことよりお腹減ったわ。私の家にようこそ」
参拝に来ていた人々から、悲鳴が上がった。
「大変だ! 神主、葛葉様だ」
「葛葉様が、お帰りになられたぞ!」
葛葉は、囲まれて恥ずかしそうな顔をしている。
「葛葉様、連絡くらい下さい! 全然帰って来ないし。そちらは?」
女性の神主が走ってやって来た。
「森田。息子よ。見つかったの!」
葛葉の言葉に彼女の目が驚きで大きく見開かれて、その話を聞いていた人々が言った。
「え? 晴明様の生まれ変わり……」
「祭りだ! 祭りをしよう!」
「ああ、知らせだ。知らせを回せ!」
その場は、一気にハレの気配が広がった。
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