天狗の沈黙
五鬼の村にも、彼らは取引を持ちかけたという。
「加茂役を解放してやる。代わりに協力しろ」
「役君の命でなければ、動けません」
一切の交渉を拒む態度に、彼らは何も得られぬまま帰っていった。
「さて、どうしましょう」
加茂役が、葛葉の顔を見た。
「そうね。清明どうする?」
葛葉は、俺を試した。ここは、かっこよく見せたいところだ。
「それじゃあ、騰蛇は、天狗たちを捕まえてきてくれ! 白虎は、天后と共に、山を清めて廻ってくれ!」
「主人、すぐに連れてきてやるよ!」
「主、じゃあ、天后を呼んでくれ!」
従順な式神たちは、勢いよく立った。
いや、違う。葛葉がいるから素直なのだ。
「主人、主。これは二つ目の依頼だからな!」
再び合唱する。こう言う時はなぜか息が合う。玉置川で天后を呼び出した。もちろん、天后は報酬に厳しい。
「明日の夜は、良い宿を手配してある。報酬も国からもらえるから、欲しいものを言ってくれ!」
「契約は食事で充分だ。奴らみたいにうるさくない」
「そうだったな。広範囲で大変だけど頼むよ!」
「ああ、任せておけ。清明、少し大人になったな。白虎乗せていけ!」
式神を三柱呼び出しても余裕のはず……と思ったのだが、彼女たちを見送ると俺は倒れたようだ。
俺は、社務所で葛葉に膝枕されていた。
「ゆっくり、休みなさい」
「何故だろう……」
「呼び出してるだけでなく、激しく動いているからね。あなたの霊力も消費される」
「じゃあ、十二天将をずっと呼び出していた晴明は凄かったんだな」
「調べたのね。でも、焦ることはないわ」
彼女は、俺に霊力を与え続けている。暖かい力が流れ込んでくるのがわかる。彼女の背に、九尾の尻尾が、ふらふらと揺れている。
「だけど……使役もできない」
「ははは……清明にそんな力は必要無いわね。だって、みんな貴方のこと大好きだもの」
母は、愉しむ色を帯びた笑みを見せた。
「そうは思えないけどな」
「魂の色は自分では見えないものね。ほら、白菊や白鈴も心配してるわよ」
部屋の扉の向こうに、姉弟の影が見えた。
※
「清明様、起きられましたか! 」
俺は、慣れない山歩きと霊力の使いすぎ、それと精神もすり減っていたのだろうか。
元気な白鈴の声だ。
「ああ、起きたよ!」
「それでは、準備致しましょう?」
「え?」
俺は、ゴールに辿り着いたと思っていたのだが、まだ残っていたようだ。普段の運動不足から、全身筋肉痛だし、全身傷だらけ、足は靴擦れ。
三柱が徹夜で働き、加茂役や葛葉も、尋ねてきた人では無い者たちと会合をしていた。
俺だけサボっていたからな……。
白菊と白鈴が、薬を塗り、包帯を巻いてくれている。
「主様、あと二日です」
「清明様、こんばんは温泉だよ! 頑張って!」
加茂役は、全く疲れた様子を見せていない。
「さあ、行こう!」
「ああ」
沢に沿って、下り坂を降りる。湿った土の匂い、人の気配が再び消えた。
「なあ、役君。お前、朝廷に流罪にされたんだよな?」
「珍しいな、お前が他人のことに興味を持つなんて!」
「恨んで無いのかなって」
沢の音だけが聞こえる。自分が自然に溶けていく感覚だ。
「ははは、天狗が恨んでる話をしたからか? 俺は何とも思ってない。よくあることさ。紅葉もそうだったろ?」
役君が橋を作ることを鬼人たちに命じた。だが、鬼人たちは、自分たちの醜さを恥じて、その姿が見えぬ夜にしか働かなかった。
それで作業が進まず、その首領の一言主を役君は谷に突き落とし、呪術で岩に縛りつけた。
怒った一言主は、宮女に取り憑き、役君が鬼軍を使い攻めてくると諫言した。結果……流罪に。
「ああ、ということは、デマなのか?」
「当たり前だ。ともに鬼人の賀茂一族。つまり内輪揉めさ」
醜男だとか、醜女だとか。加茂役は口の悪い奴だと、学校では思われていて距離を置かれている。
「じゃあ、俺が誤解を解いてやるよ!」
「いや、俺は事実しか言えん!」
こいつの言い方にも問題がありそうだ。俺は、ブサメンだし、心が弱い。俺も距離を置こうと思った。
なんて、考えていたら、十津川村の里に到着した。
民家と田畑が見えて来た。
「温泉宿で、合流だが、その前に」
騰蛇が、天狗たちに縄を数珠繋ぎにして、俺の方に向かって歩いてきた。
「主人、捕まえて来たよ! ほら、さっさと歩け!」
うん。相手が悪いね。俺は天狗たちに少し同情した。
誰も文句の一つも言わず、下を向いてとぼとぼ歩いている。
俺は、尋問とか苦手だし、誰かに頼もうかと考えたが……
「人権侵害やろが! はよ放さんかい!」
「せやせや! おんどれ、晴明の生まれ変わりなんか? この蛇女、何とかしてみいや!」
天狗たちは騒ぎ出した。
「滝の裏にでも、閉じ込めておけば良い。縛りつけようか? 今度も死ぬまでかな……」
加茂役は冷たく言い放った。
いやいやいや、可哀想だろう。昔の晴明と今の俺は、倫理観が全く違うのだ。それはきっと前世の記憶が俺には無いからだ。
「何だ、そんなことならわざわざ連れて来なかったのに……」
騰蛇は、紐をぐいぐい引っ張って歩いている。紐が蛇のようにも見えるし、巻き付いて辛そうだ。
「いや、天狗さんたちは、そんなことしなくても自白してくれるよね?」
俺は庇ったつもりだったのだが、彼らの視線は俺に集中して、冷たかった。
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