鬼泣き村
諏訪湖をぐるりと半周、再び、春宮の前を通る。
大祝妹と洩矢が手を振ってくれていた。そして、彼女たちの周りには人が集まっていた。
「学校でね、紅葉!」
「またね、姉ちゃん! またな、晴明!」
そして、車は山道を登り始めた。諏訪湖の全貌が見える。
上田を抜け、善光寺を通り過ぎる。
「観光していくか?」
「ううん」
阿智くんは、紅葉に聞いたが彼女は首を振った。
車の中では、彼が雑学を話していたが、紅葉は上の空の様だった。俺は、昨日飲み過ぎたせいでまだ、頭が痛いし、吐きそうだった。
戸隠に着くと、神社の中社についた。
「車は今日と明日、好きに使うといい。話はしてある。僕は、地元の人の話を聞いておくよ。夜に会おう」
阿智くんは、それだけ言うとニコリと笑い去っていった。
「すいません。それでは運転よろしくお願いします」
「もちろんです。どちらに行きますか?」
阿智くんの運転手は言った。彼らは、特別国家公務員でもある。
「鬼無里村迄」
「お任せてくんな、地元だで」
運転手はあらかじめ、阿智くんに指示を受けていたのだろう。俺も紅葉も何も言わないのに、彼女にゆかりのある場所に連れて行ってくれた。
紅葉が暮らした内裏屋敷の跡や岩屋、稲荷社。そして、洞窟まで。
「人がよく来てますね」
「はい、紅葉伝説は有名ですし、特に近頃、各地から来られます」
考え込む彼女、静かな彼女に調子が狂う。
「そろそろ行きましょうか。腹も減ったでしょ」
そういえば、昼も食べていない。それは運転手さんも同じだ。
「すいません。気がつきませんでした」
俺が頭を下げると、にこりと笑った。
「紅葉、戸隠といえば戸隠蕎麦だよ」
「うん」彼女は小さな声で返事をする。
だが、車は、食堂ではなく、村の真ん中にある立派な寺に着いた。
「ここは?」
「紅葉さんの菩提寺 松厳寺ですよ」
運転手に案内されるまま、大きな寺の中に入った。そこには、溢れるほどの人がいた。
「紅葉様がお戻りになられたぞ!」
村の人たちが、彼女が来る知らせを聞いて集まってきていた。暖かい目が彼女に集まる。
「よぐ、お戻りなさったな」
「どうぞ、こちらへ」
それは、一千年の時を超えて、今だに語り継がれ、愛されている彼女の帰郷だった。
「ありがとうございます」
その声は震えていた。
そして、紅葉は、憚ることなく大声で泣いた。
※
「お腹いっぱいです」
そう言いながらも、紅葉は「どうぞ、食べてくんな」と出される料理をその小さな体のどこに入るんだと不思議なほど次々と平らげていた。
「祭りには必ず、来てくんねな。主役、いねぇと困るで」
「はい、必ずまた来ますね」
紅葉は、いつもの元気な声を出して窓を開けて手を振った。涙顔から笑顔に変わりながら。
「まるで、知ってる村人のようでした」
「そりゃあ。きっと今でも子孫の人おるに決まっとるよ」
田舎だからこそ、長い時この地で世代を重ねる者もいるのだろう。村の名主や寺の住職などは特に。
紅葉帰郷の連絡をもらい、近隣の村からも人がやってきていた。
「それでは、戻りましょう」
戸隠への山道を車で戻った。途中、クラクションを鳴らす、車に煽られたりもした。
「昔の人は、ここを歩いて登ったのか、俺には考えられないね。紅葉?」
俺は問いかけたが、彼女は夢の中だった。はしゃいで疲れたらしい。
その日の宿は、高級な宿坊だった。
「お疲れでしょう、ゆっくりなさって下さい。阿智様は本日より神社にお泊まりになります」
「そうですか。ありがとうございました」
宿に入って驚いたのは、俺と紅葉が同じ部屋だったことだ。
「襲わないでくださいよ!」
「誰が中学生を襲うんだ。それよりも、ここからが旅の目的だ」
「そうです。頑張って下さいね」
自分の用事は済んだとばかりの紅葉。
「いやいや、知恵を出してくれ!」
「私を頼るんですか? どなたか呼び出しては?」
そうだ。二人で寝るのは気まずいし、その方がいいな。
本当は白鈴と白菊を呼び出したい。心温まる交流を見て、無性に会いたくなったのだ。
「申し訳無いのですが、食事の時間を遅くしてもらえませんか? それと、いきなりで悪いのですが、一人増えるかもしれなくて……」
「なんとかすっで、心配するな」
俺はキャリーバッグからリュックに必要なものを入れ替えた。
「紅葉、ここで待っててくれ?」
「一緒に行きますよぉ、散歩しないとお腹減らないから」
一眠りして、すっかり元気を取り戻したようだ。
「それで、どなたを呼び出されるのですか?」
「天后だな」
疲れている俺を癒すなら、彼女だ。
「太陰様は?」
「……さあ、行こう」
宿を出ると、中社が近くにあった。
「参拝していきましょうよ!」
「阿智くんだよ……」
「今は、思兼神ですよ」
社殿の扉が、閉まる時間らしいが、中から俺たちに手を振っている彼の姿が見えた。
「彼にはしてやられたな。気を遣ってもくれたけど」
「へへへ、みんな優しい。それでどこに行くんですか?」
「ああ、池があるといいんだけど、知らないか?」
紅葉は、俺の手を引っ張って歩き出した。
「それなら、近くに小鳥ヶ池があります。その前に」
ひっそりと佇む、「足神さん」という社に俺は連れてこられた。
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